2章 プロローグ 中編
―――――2ヶ月前。
草木の生い茂った山を下り、住宅街へと出向く。
「...なあ。山の奥にその兵器があると思ったんだがよ。なんで降ってくんだよ。こんなところに兵器があんのか?」
昼ならば少なからず人の往来がある住宅街の一角。夜に溶け込むように幹部候補の三人は静かに道路を歩いていた。
「木を隠すなら森だ。格納庫自体は別にあるが入口は只の民家。ぐずぐず言ってないで黙ってついてこい」
桃雲の嫌味っぽい態度に半端キレながらも「へいへい」と大人しく背後からついていく。鬼巖としてもここで不用意に騒いで目立つつもりはない。
「ここか」
外観は他の家と変わらないごく一般的なものだ。生活感を演出する為か、使いもしない車が停めてあり庭には様々な花が植えられていた。
「緑葉、鍵を出せ」
「既に出してありますよ」
取り出した鍵で玄関を開けて中に入る。
「...この体だと入りにくいな」
常人を超えた背丈を持つ鬼巖には玄関よりもデカいので腰を結構曲げないと入れない上に室内が余りにも狭い。
「...変身を解いた方がいい。こっから先は更に狭くなる。地下への扉が隠す都合上そう大きくはできんのでな」
「なら最初からそう言ってろよ」
身体を光らせて縮んでいく。鬼のような形相もツノも筋肉も縮小していき、人間になっていく。中身は筋肉質な男であった。スーツがミチミチになっていて服の上からでも筋肉が透けて見える。ワックスでオールバックの髪型に眼鏡をかけていた。先程の鬼巖の外見とはかなりイメージの違う姿であった。
「相変わらず社畜か...私のように仕事をやめてしまえばいい」
「うるせぇな。んなもん俺のかってだろうがよ」
パンパンと手を叩きながら緑葉は二人の間に割って入る。
「ほら、さっさと行きましょう。時間が勿体無い」
背後から二人の背中を押してぐいぐい前に進ませていく。
「わかったからやめんか!場所はそのドアの先だ。キッチンの床に地下に続く道がある」
三人は調味料や米といった貯蓄の入った床下の底を外す。その下には梯子がかけられており、順番に降りていく。地下は原始的で機械で掘られた訳ではなく、人の手によって穴掘りされたので歪な形をしている。降りて直ぐの場所に懐中電灯が置いてあり、それを手に取って道なりに進んでいく。
「マジで地下があるんだな。んで、あとどのくらいだ」
「もう直ぐだ。ほら、見えているだろう」
灯りの先は白い扉があった。無機質で機械的な扉だ。土塊の洞窟の果てに在る存在にしては異質だ。少々土で汚れてしまってはいるが、作られてから時間が経っておらず古い建築物ではない。
「どうやってはいるんだ?」
取っ手がないので疑問をぶつける。
「桃雲。お前なら開けられるとノワール様から聞いた、頼む」
無言で首肯をすると扉の脇にあるディスプレイに手を当てた。すると洞窟内で音を反響させながら扉は開かれた。
「魔力による認証だ。内部の施設で二人の魔力も認証システムに組み込む」
明らかに現代の技術ではない。科学と魔法の二つを扱ったシステムであり、この世界では実現していない機構だ。というのもこの世界における魔法使いはその神秘を独占したがる傾向があり、他者にそう易々と魔法について教えないし見せない。科学技術を取り入れるつもりもないので今のところ実現が叶わないし、技術者たちは魔法という概念すら知らないのが殆どだろう。
その点、この施設はそれを完璧に取り入れている。電気をエネルギー源とするのでなく魔力をエネルギー源としてこの施設は動いている。そのおかげで地下に造られたこの魔法技術の工房は電気料金などで対外的にバレる事はまずない。完全に異界独自のシステムと防音魔法によって徹底された管理が行き渡っているので魔法少女側の勢力にバレずにここは扱われている。
中に入るとまず階段があり、人感センサーで照明が点灯されていく。下には再び扉があるがそれも魔力認証によって開く。内部はかなり広い。道が三つに分かれており、どの通路の先も終着点が遠い。途中には幾つもの扉があり、多数の研究室などが在ることを予想させる。
「思っていた以上に広いな...兵器の格納スペース程度だと思っていたんだが」
「天井が高いのは助かるぜ、ここなら変身しても普通に動けるな」
二人はその内部に驚いて見渡していると、近くの扉が開いて人間が現れた。予想外の事態に対して緑葉と鬼巖は警戒をするが桃雲がすぐに手で抑制する。
「アレは私が作った死体だ。敵ではない」
「に、にんぎょう?」
どっからどう見ても人形には見えない。普通の人間にしか見えないが、そこに生気はない。無表情で虚な目をしており、顔色が悪く青白い。
「...死体をいじったのか」
「ご名答、アレは私が研究してる最中の実験台でね、前回の失敗を糧に色々と改良を施したものだ」
前回、ゴールドラッシュを相手にテストした際は足止め程度には使えるが直ぐに潰れて終わってしまう完全な消耗品であった。その際の戦闘データを元に新たな死体を使って改造を施したアンドロイド。それが彼らの元に現れたのだ。
「おかえりなさいませ、桃雲様。実験に必要な死体の培養は着々と進んでおります。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「私たちはA・Dの起動の為に来た。今回はお前たちに用はない、持ち場に戻れ」
承知いたしました。そう言ってアンドロイドは直ぐに持ち場に帰っていった。
「使いっ走りじゃねーか。んで、A・Dってのが兵器か?」
「ああ、施設の一番奥にある。万が一侵入者が来た時を考えて少々めんどくさい位置にあるが一度で場所を覚えておけ」
*
10分ほど施設内を歩き回ってようやく格納庫にまで辿り着いた。やたらと曲がりくねった道を通っていき鬼巖の頭はパンク寸前だった。
「此処が格納庫か。このハンドルを回せばいいのか?」
その扉は今迄の質素な造りと違い、仰々しいもので大きな鉄の扉であった。中央にはハンドルが取り付けられており、あたかもそれを回せば開くと思わせる造りになっている。
「ダミーだ、右上に暗証番号を入力するディスプレイが隠されている。見分けがつきにくいが軽く押せば開く」
言われた通りに右上の方面を何箇所か軽く押してみると鉄が飛び出してきてディスプレイと0から9の数字が画面に表示されていた。
「暗証番号はみて覚えとけ」
画面を素早くタップして8桁の番号を入力するとけたたましい音が室内を制圧する。金属の扉がゆっくりと開かれていき直ぐ、目の前にその兵器は彼らの前に顕現した。
「ッ!コレがノワール様が遺した兵器!?」
「クソデケェなオイ!コイツをボタン一つで暴れさせられるのか?」
それは30mを超える金属の塊であった。内部はかなり深く、ライトが点灯していない階下は何も見えない暗闇だ。コレほどの巨大兵器が暴れ回れば街の一つや二つ潰すことなど容易い。下手すれば国の一つも落とせるだろう。
「いや、それは無理だ。A・Dの起動は少々厄介でな、負の感情が集まらなければ動くことはない」
「負の感情?魔力で動くのではないのか?」
「元々は帝国が創り出し兵器でな、辺りの魔力を奪い取って暴れ回る侵略兵器だったのだが...いかんせん欠陥品でな敵味方の識別がつかないクズ鉄だったのだよ」
桃雲によると実験段階で国中の魔力を根こそぎ奪いそうになったので直ぐに運用を停止して計画が凍結されたらしい。元々は帝国には向かう相手の魔力を奪い取って戦場で数多の戦果を上げる予定だったらしい。その情報を静寂が聞きつけて仮面の男に譲ってもらい、この世界で新たな計画を打ち出したのだ。
「だから、奪う対象を変えてやったのさ。人の悪意や恐怖、マイナス方面の感情をエネルギー源として運用するようにな。無論、最低限の魔力も必要ではあるが問題は感情の方だ」
「そいつをどうやって集めりゃいいんだよ」
「簡単だ、街中で犯罪だの破壊工作だのして人の恐怖を煽る。後は怪人を増やして悪意の持つ人間を増やすことだ、今から起動をして悪事を働き続ければ数ヶ月で動き出す筈だ」
街を悪意と恐怖の蔓延する環境に仕立て上げる。それさえできればA・Dは動き、国の蹂躙が始まる。
「なるほど、ノワール様らしい悪辣な兵器だ。つまり、コイツを起動させてしまえば世界は恐怖と悪意に支配されて世界が破滅するまで動き続けるってことだろう」
「その通りだ。一度起動できればコイツはどこまでも羽ばたいて全てを蹂躙する」
「ガハハ!いいねぇ!怪人らしくて最悪で最高じゃねぇか!だったら俺たちで起動させてやろうぜコイツを!」
そして三人によるA・Dの起動計画が始まった。それにより近辺の怪人情勢は一変し、過激さを増した。怪人も被害者も増えて魔法少女との激突も増えた。少女らの知らぬまま、世界を破滅させる兵器の胎動がはじまった。




