2章 プロローグ 前編
「神楽坂アメリア。只今帰還しました」
とあるビルにあるオフィスの一角。扉を開いて中に入ってきたのは一人の少女であった。名は本人の申告通り神楽坂アメリア。イギリス人と日本人のハーフだ。アイルランド系の彼女はストロベリーブロンドの髪色に緑色の瞳を持つ。身長は170前後と言ったものだろうか。まだまだ成長中の17歳であり、その風貌から大人びた雰囲気を醸し出している。超と言って良いほどのロングヘアーで毎日丁寧なケアをしており、美しく唸り大変艶、質感が良い。服装は現在通っている高校のものでブレザーを着用している。誰が見ても美少女と言って差し支えのない美貌の持ち主だ。
「おお、ご苦労さん。我々だけではどうしても対処できないからね。とても助かっているよ」
そう言ってマグカップに注がれたコーヒーを啜る男、矢上健司はソファに座ったまま片手で手を振る。年齢は30代後半といったところだろうか。短く整えられた黒髪に少し老けた貫禄のある顔。肉体は筋肉質であり、同じ年齢層と比較してかなり動ける部類にはいる。スーツ姿はとても似合っており、その顔に似合わず気さくな雰囲気を出していて部下からの信頼も厚いおじさんだ。
「お疲れ様です矢上さん。本日は怪人3体の浄化を完了しました」
「3体ねぇ...やっぱあからさまに増えてやがんなぁ。怪人達ももう少し落ち着いてはくれんかね」
時刻は23時過ぎ。18歳未満である少女が就労するには如何なものかとツッコミが入るだろうがそうは言っていられない。日本、いや世界全体で起こっている怪人被害。それらを食い止めるには魔法少女たちの力が必要不可欠なのだ。
魔力と呼ばれる実態のない力を操る怪人達には現代兵器の大半が無力化されてしまう。ハンドガン程度では簡単に防がれてしまい、有効打となり得るのは戦車だのミサイルだのと言った市街じゃとても使えないような兵器レベル。また、有効打となるだけで致命的なダメージを与えられるとも限らない上に殺すという手段でしか怪人を無力化できない。彼らは殺されるべき加害者ではなく、庇護されるべき被害者なのだ。真っ当な意味で救えるの魔法少女のみとなるので軍人や警官などが出る幕は基本ない。
では彼らは何者か。
International Monster Measures Organization.
国際怪人対策機関。通称IMMO。彼らは世界各国で魔法少女と協力をして今起きている怪人による被害を抑えるべく裏で働き続けている。
初の目撃情報はアメリカカリフォルニア州ロサンゼルス。人間がアスファルトの地面に押し込まれて死んでいるとの通報。圧迫されて人体が破損。事件現場は強大な爬虫類の足跡が残っていた。その一連の姿を見ていたという人物は人の形をしたカメレオンがそれをやったと答えた。
警察は半信半疑どころか信じてなどいなかった。寧ろそれを見たという人物に薬物検査をしたが反応はなかった。結局それは未解決事件として見送られてしまった。
二度目の目撃情報はイタリアヴェネト州ヴェネツィア。深夜寝静まった都市で破壊音を聞いた住民が窓から外を覗いた。そこでは3m近くある魚人がゴンドラを破壊して人を沈めていた。直ぐに警察機関に連絡をしたが、辿り着く頃には行方が分からなった。被害に遭った男性は数日後に水死体となって発見された。
以降、中国、インドネシア、ドイツ、日本。様々な国で人外の目撃が増え、その全てが証拠不十分として犯人に辿り着くことができずに未解決事件となり警察の信用が失われていった。
そんな折、一人の魔法少女が大人へとある提案があった。貧民層出自の彼女はそれらの情報提供と事件解決に協力をする代わりに金銭を要求してきたのだ。とんとん拍子で話は進み、警官や軍人等を中心に各国から選出されてできた組織だ。しかし、ご存じの通り一般市民には知られていない。警察や防衛省等の地位の高い人間にのみその情報が共有されている。
怪人は加害者であり、被害者であるからだ。怪人が衆目の元に晒され、未元が割れてしまうと私刑が起きるのは必然。また、本人のメンタル面にも問題が発生する。自分の意思で怪人になったわけでもないのに他者を殺した事実を突きつけるられ、鬱病等の心の病に罹患することも考慮している。私刑にしてもそうだ。高度にネットが発達した現代社会では怪人の元の人間を特定され、不特定多数の人間に叩かれて同じく精神的不調をきたす可能性がある。彼らはそれらを考慮して決して表沙汰にはしないように努めているのだ。
「静寂零。彼が死んで以降、近辺地域の治安は急激に悪化しました。幹部、それも特に影響力の強い者であればある程にその地域の沈静化は進みます」
「だが、そうはならなかったって訳だ」
毎日、所轄の地域をパトロールしなければ連日殺人事件が発生して次々と報道がされていく。それは彼らの望むことではないが何か立場が立場故に簡単に横槍が入れられない。警察内部の情報も直ぐに受け取れればいいのだが、頭の硬い奴らが出し渋る。現場で働いている事情を知らない連中が特殊捜査として片してくれなければIMMOに引き継ぎが出来ない。明らかに無駄手間で怪しいものはサッサと送って欲しいのだが個人情報に関わる機密だのなんだの言って徹底捜査した上でなければ特殊捜査として投げてはくれない。
「逆に格が高すぎたのかもな。余程の地位を持っていて自分が死んだ際、スムーズに何かしらの計画が実行できるようにしたの連中に徹底していた、とかな」
「計画...ですか。それにしては余りにも悪目立ちが過ぎます。陽動的な作戦でしょうか」
「そこまでは俺にもわかんねーかな。一先ずは先月出たよくわかんねー物体の解析が進めばその辺の一端に触れられるかもな」
「静寂宅で見つかった翡翠色の円柱ですか」
二ヶ月前、総雲高校で魔法少女と幹部の激突があった。結果として魔法少女が苦勝ではあるが幹部に打ち勝った。そして、その幹部の名前は静寂零。彼はIMMOから怪人幹部と断定され、家宅捜査に踏み切った。完全な証拠を手にしていた為、警察機関の上層部に直接訴えて令状の手配。証拠を消されないよう、その日の内に魔法少女を護衛に捜索がはじまった。
その中で、一際異質な物体が発見されたのだ。細工された机の引き出しの底の底。板と板の間に緩衝材に包まれて翡翠色の円柱が丁寧にしまわれていた。鑑定に出したがどうもこの世界にある金属ではないと判定が出された。用途も不明。少なくとも日本では調べようが無いのでIMMOの本部に送り、解析を待っている。
「そうだ。だが、これだけ経っても解析は終わらん。やはり我々は情報が少な過ぎる。攻めてきている怪人に対し圧倒的に不利だ」
「...『情報屋』に当たるのはどうでしょうか」
「当てにならねぇ気がするがな。アイツは魔法少女と繋がりを得て、それらの情報をまとめて俺たちに売ってくる。小遣い稼ぎしたいだけのガキだ。怪人や魔法少女に関しての信憑性は高いが異界の技術には疎いだろうよ」
『情報屋』は関東から東海にかけて怪人の情報をまとめて販売をしてくる魔法少女のことだ。魔法少女側には地域の怪人情報を与える代わりに自分の地区の怪人討伐を任せ、IMMOにはそれらの情報をまとめて結構な金額で売ってくる。実際に彼女の魔法は索敵にかなり向いている為、売られる情報は役立つ。そしてこの手の輩は他の国にもいるそうでIMMOとしては上手く利用して世界平和に貢献している。だが、彼女らの情報はその程度で異界。怪人たちがいた元いた世界の技術などは殆ど知らない。偵察隊程度に思っておくのが一番だ。
「ま、いいさ。座を構えて待つことしか俺にはできねえ。書類仕事でもしながら続報を待つさ」
「そうですね...私の方では静寂零の配下を探し出し、吐かせることを第一目標としてやらせてもらいます」
「宜しく頼むよ。それじゃあそろそろ解散だな。もう遅い、学校もあるだろう」
「お気遣い感謝します。それでは私はここで失礼いたします」
報告が終わるとアメリアは一礼して直ぐにオフィスから出ていった。矢上もそれに対してお疲れ様と言葉を返して帰りの支度をする。
(それにしてもどうも嫌な予感がするな)
どうにも胸のざわめきが止まらない。余り不安にさせないようにアメリアの手前で待つしかないと言った。だが、あの円柱の謎を早く解明しなければ取り返しがつかないことになる。そんな予感がしてしまうのだ。