エピローグ
目が覚めると緑のカーテンに囲われた白いベッドの上にいた。身体中は包帯が巻かれ、大穴が空いていた筈の脚は大事にならないよう吊るされている。腕は点滴がされていた。
意識を取り戻した事に傍に座っていた母親が気づき、直ぐにナースコール。担当医も駆けつけて簡単な問診を終えるとその場を去っていった。父と母には泣いて怒られた。当然だが、一度ならず二度までも怪しげな事件に巻き込まれて死にかけたのだ。特に今回は前回と違って意識不明の重体。親の心境も察せられるだろう。話を聞くともう一週間も眠っていたようで随分と心配をかけてしまった。熱心に看病をしてくれた両親には頭が上がらない。
意識を取り戻して二日。家族以外の面会が解禁され、警察が来て聴取をされたがどういうことかかなりあっさり目に終わった。
静寂零は怪人に襲われた被害者として処理されていた。学校のしっちゃかめっちゃかになったグラウンドで身体の大半を失った死体として見つかったのだ。一般の人間からすれば彼が加害者とは考えないだろう。
学校が荒れたこともあり、総雲高校は3日間休校になっていたようだ。教師と生徒が揃って同じ日に死傷したのだ、当然といえば当然だ。
意識が戻ったことで親も一日中いることはなく、仕事終わりから夜にかけて毎日顔を見せに来てくれている。意識を失っている間にかなり休んだようで中々顔を出せないことを謝られたが気になどしていない。毎日来てくれるだけありがたいとお礼を伝えた。
夕方、特にできることもないので適当な漫画を読んでいると二回、扉をノックされた。
「どうぞー」
「悪りぃな、入るぞ」
扉の奥から現れたのは飾だった。
「飾か、随分と久しぶりな気がするな」
おうよ、と言いながらパイプ椅子をベッドの前に設置して座り込む。
「なんつーか、アレだな。生きてて良かったよ、ケルベスの奴から勝ったって聞いてたからよ」
「ほとんど相討ちみたいなもんだったよ。運良くケルベスたちの救援が間に合ったからな。助けがなきゃ死んでいた」
幹人が目を覚ました日の夜にはケルベスは見舞いに来ていた。彼はヒーリングと共に傷ついた幹人の元に駆けつけ、応急手当ての後に病院まで送り届けてくれたと言う。今度ヒーリングには良くお礼を言っておくようにとの事だ。何せ遠方からここまで来てくれたのだ。菓子折りの一つでも持っていって礼をするのが筋だろう。
「ケルベスは裏方で色々やってくれるもんなー。オレも何か手伝えれば良かったんだが...本当にすまなかった」
座ったまま頭を下げる。静寂に怯えてしまい共に戦う選択ができなかったことをかなり悔いているようだ。一本筋を通す性格も相まってどうにも自分が許せない。
「気にすることはないって。戦いに行く前にも言っただろ、あの化け物を相手にしたら誰だってビビるって」
「それでも幹人。アンタは恐怖に打ち勝って立ち向かっただろ?ま、コレは弱気になっちまった自分への決別みたいなもんだ。もし次があるなら臆して逃げねぇ、強くなってお前の隣で戦えるようになる」
「それは頼もしいな」
「だろ?」と不敵に笑う。敗北を糧にして次に活かせる人間は強くなる。例え相手に怯えて逃げ出したとしても、生きて次へ繋ぐ為に努力を惜しまなければなんとかなる...かもしれない。絶対なんて言葉はありえないが少なくとも前の自分よりは強くなる。今日より明日、明日よりも明後日。積み重ねがその後の未来を左右させる。飾は立ち止まることなく、日進月歩でも前へと歩み出したのだ。
「ああ、それとコレ」
乱雑にポケットから取り出したのは紙パックに入ったオレンジ100%のジュースであった。
「さっきそこの自販で買ってきた。お見舞いの品つーにはちっとばかりショボイかとしれねぇけど」
「ありがとう。どんな物でも貰えるのは嬉しいよ。後で飲むわ。悪いけどそこの冷蔵庫に入れといて貰ってもいいか?」
「おー任せとけ」とジュースを冷蔵庫に入れていると突如として病室のドアが開けられた。
「よー!幹人!見舞いに来たぜ!」
現れたのは篝恭哉。身長180を超える巨漢の茶髪男。チャラチャラとした格好で元気よく挨拶をしてきた。学校外だからか耳にはピアスをつけており、雫の形をしたそれは光を反射してキラリと光っていた。
「っておいおいおい!女の子。女の子が見舞いに...いる?羨ましいぞコノヤロー。彼女か?」
タイミングが悪かった。まさか飾が見舞いに来ているタイミングで恭哉も来てしまいダブルブッキング。しかもこの手の恋愛事情の話は恭哉の大好物だ。普段から女好きな彼だが、恋バナも大好き。特に幹人には彼女作らないのかとしつこく言ってくるのでお見舞いに来た女の子がいると分かれば止まらない。
「いや、違うよ。ちょっと訳あって最近知り合った友達だ、恭哉みたいに手当たり次第女の子に声かけてる訳じゃないから」
それを聞くとそそくさと寄ってきて耳元で飾に聞こえないように囁いた。
「いやいやいや、友達でも余程好感度高くないとお見舞いなんて1人じゃこねーよ」
「いや、だから「何をヒソヒソしてんだ、別にコイツの言った通りただのダチだよ」
遮るように飾は話に割って入ってきた。初対面、しかもあらぬ誤解をしたまま目の前でヒソヒソ話してるのが気に食わなかったようで若干不機嫌。ちっさい身体で巨大の恭哉を睨みつけていた。
「悪い悪い。幹人はよ浮ついた話全然聞かないから隠してんじゃないかって邪推しちまってな。俺は恭哉、宜しくな」
「っは、俺の名前は飾だ。その手の話は当人がいないとかでやるんだな。器大きい俺は許してやるよ」
俺っ娘だと!?と衝撃を受けていたが普段と違いデレデレすることなく和気藹々と3人で話しをした。気がつけばあっという間に日が暮れそうになり、隣町の飾は足早に帰っていった。
「じゃ、また来てやるよ。元気でな」
「おう、ありがとうな。また」
そして病室に残されたのは男二人。何も起きない筈がなく、いなくなった途端に恭哉の恋愛トークが始まった。
「いやー今の子ちょっと小柄だけどめっちゃ可愛かったな。俺って言い方もギャップ!みたいな!」
「急にどうした、落ち着けよ」
飾の前では抑えていたのか、どうにか幹人から聞き出したい様子。
「落ち着けるもんか!幹人、お前にとうとう春が来るのかもしれん。この好機、逃すなよ」
「だから!違うって!普通の友達だから!」
「普通の友達だった二人が意識しだして...ってのはあるだろ?俺が狙いたいくらいの可愛い子ちゃんだが、親友の相手を奪うほど落ちぶれちゃいねぇ」
「...話しを聞いているか?」
もはや暴走列車だ。親友の病室に一人できた少女というシチュエーション。それを燃料として走り続ける恭哉。最後はビシッと決めていく。
「良いか、焦るなよ。ゆっくり着実に距離を縮めて付き合うんだ。いいな!俺はここでお暇するぜ!あ、見舞いの林檎はここ置いとくから飾さんにでも切ってもらえよ!またなーーーー!」
「あ、おいっ!ありがとう!」
言いたいことだけ言ったのか満足して素早く帰っていった。
「...バイトかな?」
おそらくバイトがあって時間がないのだが、飾についてどうしても話したくて無理して残っていたのだろう。別の機会で話せば良いのだが、ウズウズが止まらなかった。今後はそれに関してウザ絡みをされそうで若干気落ちする。
楽しい一日だった。久々に見た親友の顔に魔法少女仲間。病室に一人で退屈していたので二人も見舞いに来てくれて嬉しかった。少しばかり曇っていた心が晴れた。
「後は慧理が目覚めてくれれば...」
蒼慧理は未だに目覚めない。臓器の損傷に加え大量の失血が原因か、未だに集中治療室におり身体に管が通った状態で眠っている。幹人と比べて致命的なダメージとヒーリングによる応急処置もなかった少女の傷は中々癒えない。下手したらこのまま植物人間として一生を終えるんじゃないかと不安がよぎってしまう。医者が言うには時間が経てば意識は戻る筈というがそれがいつになってしまうのか。自分がメチャクチャやってしまい、慧理のピンチの時に気絶していたことを悔いる。早く目覚めるようにと祈るばかりだ。
*
遥か上空。三角錐型の空中要塞。それは高度な魔法技術によって迷彩となっており、完全に空に馴染み視認することはまずできなかった。中には数十人の騎士が在中しており、要塞の玉座に座る者を守護していた。この要塞の主は悪趣味の成金野郎。内装が金ピカに光っていて目に悪い。騎士どもの甲冑もすら金。お付きのバニーガールも金色。ここまでくると最早笑えてくる。
玉座も当然金ピカ。そして座っている男の鎧も金色だ。赤い皮膚を纏うのは金の鎧。イカツイアーマーで両肩には盾が携わっており、豚顔は隠さずに横のテーブルに金の兜が置かれている。
4m程の長身に力士よりも太く、ボディビルダーよりも筋肉質な肉体。荒々しく鼻息を吐くその男はオーク。架空の怪物であるそれに酷似していた。眼光は鋭く、見たものは畏怖すること間違えない。顔には右目から一直線に斬られた跡が残っており、更に威圧感が増す。モーニングスターの鎖をジャラジャラと弄りながら、仮面の男の報告を聞いていた。
「それで、静寂。いや、ノワールは死んだのか」
「ええ、ええ!それはもう見事に敗北致しましてねぇ。見るも無惨な死体になってしまいましたぁ」
転変者。彼が報告している相手は陰影の人形のボス、オーグ・ウェスコット。現在、この世界での最高指揮官であり、最強の男。自身よりも大きい5mもある金色のモーニングスターを振り回す筋肉の化け物。彼の機嫌を損ねた者はその鉄球により圧殺される。その肉体一つで勝ち上がってきた軍属の実力者だ。
「...まさかあの男が負けるとはな。俺に近い実力を持っていた筈だ」
「彼は強すぎたんですよ。肉体も精神もねぇ。本来であれば、我々の怪人化で負の方面に行動が一本化するのですが、強靭な精神力で蝕まれずに迷いを持ってしまった。克服してほしかったのですが、無理でしたねぇ...ククク」
はぁ、と短くため息を吐く。真面目な報告だと言うのにふざけきった態度を崩さない仮面の男に嫌気をさしているのだ。
(竜将軍の直属でなかったらとっとと送り返しているところだ...)
立場が厄介な存在なので雑に扱って更迭もできない。とことん仮面の男とはソリが合わないので常々相手にしたくないと考えている。
「それで、始末はどうつける。ノワールを潰せるほどの魔法少女がいるのならそれ相応の対策が必要だ」
「何の問題もありませんよぉ。ノワールの遺産がありますので。彼の忠臣がやり遂げてくれるでしょう。無論、コチラからも人材は手配しますがねぇ」
玉座を指でトントンと叩きながら遺産について思い返す。
「...ああ、あの兵器か。仕様が変えられて少々めんどくさくなっていると聞き及んでいるが、使えるのか?」
「ええ!ええ!ええ!何一つ問題などありませぬ!アレは最高で最悪で悪辣で魔法少女諸共全てを破壊してくれますよ」
全てを破壊されるのは困るのだが、とツッコミを入れたいところだが仕事に関しては問題なくやり遂げるだろうとオーグは結論付ける。
「なら任せた。なるべく早くノワールを殺した魔法少女を始末しろ。エニス程の魔法少女を再び生み出してはならん」
「仰せのままに」
*
「ノワール様は死んでしまった...そこで話がある」
熊谷神社の奥。潰れた山小屋跡に幹部候補の3人は集まっていた。緑葉、鬼巖、桃雲。静寂の配下であり、近辺を統治する幹部候補の怪人達だ。緑葉以外は不機嫌そうに立っており、やる気がない。
「なんでテメェが仕切るんだよ!緑葉!ノワールに張り付く金魚の糞がリーダー気取りか?雑魚のくせによぉ!」
あって早々怒号を飛ばす鬼巖。見るからにイラついており、緑葉の話しに聞く耳を持たないつもりだ。それでも集まったのはこっから先は俺が仕切ると緑葉を突っぱねる為だ。
「...五月蝿い男だ。もう少し静かにできんのか脳筋」
桃雲はどう足掻いてもやる気はない。自分の研究に没頭したいからだ。それでもこの場に現れたのは理由がある。緑葉に託された静寂の遺産。それに一枚噛んでいる為、研究対象として興味をそそられてきた。
「いや、笑いが仕切らせてもらう。コレはノワール様の遺言だ。まずは見せたいモノがある」
そう言って燕尾服の懐から出したのは15cm程ある翡翠色の円柱。
「...なんだこりやぁ?それがなんだ?テメェがこの地区を引き継がれたのか?あぁ!?」
「それは鍵だ。ノワールと私が本国の兵器を少しばかりいじって作り出した破壊兵器のな」
「...貴様。知っていたのか」
「言った通りだ。共同開発みたいなものだ。まあ、ほとんど私が作り替えたのだがな」
「つまり、ノワールの野郎は俺たちにそれを起動させろってことか?」
緑葉は静かに頷く。
「ッチ、桃雲も知ってんなら嘘ではないだろ。その話に乗ってやる。破壊兵器ってとこに連れて行け」
苛立ちは隠せないが緑葉、桃雲と自分以外の二人が何やら示し合わせたいるようで緑葉一人の妄言でない事を理解した。心底腹立たしいようだが一先ずは協力する方向に話を進めた。
「なら私が案内してやる。ついてこい」
桃雲はこっちにこいと言って更に茂みの奥に入っていく。緑葉と鬼巖は頷き、闇の深奥に沈むようにその場から消え去っていった。
*
「アー、コチラレイモンド。対処を捕捉しタ。やはリ、贖幹人は魔法少女だったようデスね。それと教員の静寂零、彼ハ怪人と断定されましタ」
幹人と静寂の戦った決戦の夜。一匹の鼠が入り込み、その一部始終を観察していた。場所は校内の3階。教室から双眼鏡で覗き込んでいた。
『やはりか...無能の警察どもが。サッサと例の事件の資料を我々に渡していればここまで危険を侵す必要などなかったのだがな』
無線の先からは渋い男の声。3、40代と思われる男の重低音がノイズ混じりに聞こえてきた。
「まあ、仕方ありまセン。証拠を示した上で怪人の存在を認めナい集団...彼らは融通が効かなイのは初めからわかってオリましたノで」
『ガキなのに本当、大人びてるなおめぇさんは。話は戻すが教員の静寂は怪人で間違いないんだな?』
「YES」
『了解した。令状作って今のうちに家宅捜索をする。決着がついたら報告をしろ。頼んだぞ』
*
「ようやく退院が決まったぜ」
嬉々として退院が決まったことを語る幹人。どうやら後は3日もすれば退院できるとのことで、一ヶ月に渡る長い病院生活の終わりに喜びを隠せない。
「おめでとさん。ようやく俺がこの街のパトロールをしないで済むってわけだ」
ブルーレインもゴールドラッシュもいない街を見回っていたのはグリーンアサルトであった。なんでも彼女のいる地区に新しい魔法少女が生まれたので、自分達の街は新人に任せて応援に来てくれていた。
「本当に助かったよ、ありがとう」
「困ったときはお互い様ってな。んで、戻るってんなら話がある」
いつになく真剣なトーンで語り、緊張感が走る。
「何かあったのか?」
「異常と言えば異常だな。どうもここ最近は怪人の被害が大きくなっている。幹部がやられた上で」
本来、幹部がやられると怪人たちの行動はある程度収まる。その地区の指揮系統が潰れてしまい、補充要員が来るまでは静かになる。しかし、今回はその逆だ。異常なくらい活発になっているのだ。
「...調べる必要がありそうだな」
「そうだな、お前たちの街だけじゃない。俺のとこも、そして更に隣接した縫合市側も怪人が暴れてるって聞いた。気を引き締めていくぞ」
「あぁ!」
数々の思惑が交わる。
一難去ってまた一難。
幹人たちの戦いは終わらない。
という訳で一章はコレで終了となります。満足していただけたら幸いです。
次回からは2章が始まります。以降も頑張って参りますのでよろしくお願いします!
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