魔法少女はねむれない
私は戦闘中に1秒も意識を失ってしまっていた。頬を力強く打ち抜かれた瞬間に世界が暗転したのだ。
目を覚ました時には何もかも遅かった。ゴールドラッシュの腕は黄金に輝き、私の身体を穿った。悪足掻きの回避も虚しくそこで決着はついてしまった。身体を支える肉も骨も失った私は薄汚れた地面に這いつくばる他なかった。
急速に冷えていく身体が何よりも死を実感させる。いや、冷えているのではない感覚が失われているのだ。既に触覚は無い。音も光も遠くなっていき視覚と聴覚が消え去っていく。
ああ、これが死というものなのか。酷く冷たくて苦しいものかと知見を得る。それなのに私の心は鳴。君への想いで溢れてしまっている。
失って本当に辛かった。私が原因で鳴を死に追いやってしまい、罪悪感で押し潰されそうだった。鳴の夢を踏み躙ってしまって本当に申し訳なかった。
死に際に話すことすらできなくて、鳴の恨み言すら受けることもなかった。きっと私が原因と知れば幾ら優しい君も恨むだろう。当然だ、それほどの罪を犯してしまったのだ。最愛の人に罵詈雑言を浴びせられ、嫌われる覚悟だ。
今迄の行いもそうだ。復讐を望んでいるのかもわからない。仮に望んだとしてもその矛先は私だろう。だが、私は私自身の感情を優先して君の仇を討つという名目で世界へ八つ当たりした。
私の苦行を与えた世界が鳴を奪った世界が憎くて憎くて堪らないから。我ながら最低最悪だという自覚はある。それでも鳴との繋がりが欲しくて教職を選んだ。鳴の夢見た先にいることで君が想い抱いた心を得られると思ったから。
魔法少女を殺す。躊躇した理由は単純だ、繋がりが断ち切られると感じたから。それでも私は私の復讐を完遂する為に断ち切ることができた。結局どこまで行っても私の根幹は暗殺者であり、目的の為ならば切り捨てることができる人間ということだ。
矛盾した行動をとりながらいざとなれば失う事を厭わない。鳴に合わせる顔もない...だがそれでも死後の世界があるというのなら一目逢いたい。本気で殴られても嫌われてもいい。
本当に自分勝手な人間だな、私は。
もう間も無く私は死ぬ。だが今でもこの世界を壊すという目的は変わらないがそれを顔も名も知らぬ者に譲るつもりはない。
敗者から勝者への餞別の一つくらいあっても良いだろう。
*
「...ぜぇ、ぜぇ。か、勝った。勝ったぞ...」
天変地異でも起きたのかと錯覚する程荒れに荒れたグラウンド。敗者は地面に倒れ込み、勝者は膝をつきながら辛うじて立っていた。
こんなでも立っているのが不思議なくらいの傷を負っている。このままでは死んでしまう。それだけはダメだと身体を引きずってでも病院に向かおうとした矢先、敗者の口が静かに開いた。
「...き、きこ...ている....が..い...」
今にも風に攫われてしまいそうなほどに弱々しく掠れた声。
「...心臓消し飛ばしたのになんで喋れんだよ」
心臓諸共肉体を消し飛ばしたので即死したと思い込んでいたが虫の息で意識があるようだ。だが、その顔には生気は失われており青ざめた無表情の顔で血を垂らしながら静かに唇を動かしていた。
「...わか...ないが...たる」
「...もう声が聞こえてないのか」
此方の発言にも反応せず、わからないという言葉が辛うじて聞こえた。伝わっているかわからないが何かを言わなければならないようだ。ここまでして伝えたい事情があるのならと近づいて耳を傾ける。
「...のせかいに...て、てを。...だし...のはわたしたち...だけでは...い。い、いわ..かんにきづけ。...すでに...」
そこで事切れた。
「...なんだよそれ」
静寂は第三勢力がこの世界に侵入している事を伝えて死んだ。ここまで色々な犠牲があってようやく幹部を一人倒せた幹人にとっては余り知りたくはない事実だった。
(これから先はコイツみたいな奴と戦いながら別のやつも相手にしなくちゃいけねーのか?...ケルベスはこの事を)
思考が無駄に回ってしまう。片足を引きずりながら校門を目指す。
「っ!まずー」
地面につまづいて転んでしまう。そのまま視界が徐々に狭まっていく。血を流しすぎた。もう幾許の猶予も残っていない状態でのギリギリの勝利だった事を理解した。
(っ...くそ。こ、ここまで来たのに...)
意識は深く、深く沈み込んでいった。
*
「アレですか!ケルベスちゃん!って不味いよ!?ぶっ倒れちゃってるよ!?」
「緊急/急がねば!彼を死なせるわけにはいかない。処置を頼む、ヒーリング」
倒れ込んだグラウンドの上空。そこには二つの影があった。一つはぬいぐるみサイズの小さい影。もう一つは大きな注射器とナース服を象った影。両者は慌てて地上に降りて幹人の元に向かう。
「うわ、コレはだいぶ酷い。魔法でどうにかなるかな?いや、やるっきゃないんだけどさ!」
「不安/念のために君を連れてきて良かった。ヒーリングがいなければ彼は此処で確実な死を迎えていた」
少女はどこからともなくアンプルを生成して2本を幹人の身体に打ち込んでいく。
「全くだよ。私の地区はこっからすっごいすっごい遠いから眠れないよー」
うわーんと泣き言を言いながら脚の治療に入る。
「酷すぎて助かるか微妙だな...とりあえず真ん中の骨以外取り除いて増肉のアンプルで体力が残ってくれれば助かるかも」
彼女が脚の治療前に打ったのは増血と血管の補修。次に打つのは増肉。用は失ってしまった肉の修復を狙ったアンプルだが、体力的にキツイ可能性がある。だがこのままでは脚がダメになってしまう。今後も魔法少女活動を続けていこうとする幹人にとってそれは致命的だ。それ故に一か八かで治療する。
一応本人の許可は得ている。幹人と別れてヒーリングを呼びにいくと決めた時に万が一の事態になった場合は部位の損傷は機関でも治してほしいと幹人が言ったのだ。
「急務/頼む。後は適切な措置が必要だろう?緊急の処置が終わったら病院まで抱えて行ってほしい」
「あーはいはい。わかってるって。仲間はきちんと助けるよ」
その後、アンプルを打たれた幹人は脚の空洞がジワジワと埋まっていった。それを確認するとヒーリングは背負って病院へと向かった。




