勝つのは俺だ!
男にとって矜持なんてカケラも無い。腹の底にあるのは世界を恨むだけの醜い復讐心。誰も望まない憎しみの連鎖を紡ぐだけの獣だ。矜持だの誰かの為だの最もらしき理由さえ在れば悪の組織に属する人間として纏まっていた。だが男の願いの果てにあるのは純粋なる破壊だけだ。世界を憎悪し、全てを終わらせる。何も残らない。誰の得にもならない。自分自身すら救えない。
理解している。今、この場で魔法少女を討ち取って組織すら壊滅させた先に未来なんてない。
そもそもの話だ。あの日、あの瞬間に自分は死んでいる。愛した者を、求めていたモノを壊された時に自分の人生に意味なんてなかった。その先に世間一般的な幸せを手に入れたとしても自身が原因で彼女が死んだことに変わりはない。過去は変わらない。脳裏に張り付き、蝕み続ける。それに男はあの出来事を忘れた幸せを享受することすらできない。一度ではない、二度目なのだ。家族を踏み躙り、その次は愛した恋人。だから、静寂零という男は生霊だ。既に死んだくせにいつまでも生者のいる場所にしがみついて場を荒らす霊。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
何が己をここまで奮い立たせるのか。憎悪に焚べられた怪人化という薪だろうか。今更になってくだらない思考がグルグルと頭で周る。
「らぁぁぁぁぁ!」
吠える。
喉が枯れるくらい目一杯。片方になった腕で左手だけで殴る、訳じゃない。関節から先が無くなった右腕でも突くことくらいはできる。尖った骨が武器になってしまって凶悪さだけは増している。リーチはないがそれもデメリットにはならない。幹人の機動力は8割方失われているのだから。無理矢理繋げた脚ではロクに動かすことも出来ずにいる。片脚に重心を預け、両腕で静寂の猛攻に真っ向から殴り合っている。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
死にたくない、死にたくない。勝って勝利を掴んで明日を笑って過ごせる未来にしたい。金剛寺香織の前で誓った、自分の夢を約束を叶える為に立ち止まる訳にはいかない。
幹人を突き動かすのは勝利への執念。未来への願い。少女との約束。守るべき人々がいる。今倒れてしまうのは楽だ。とても簡単な逃げ道だ。死んでしまえば正義を他者の信用を得るための苦難な道からも今受けている苦痛からも解放される。だとしても、その選択だけは間違いだ。少女との語り、受け止めた想いは此処で途絶える事を望まない。文字通りに血反吐を吐いても這いずってでも立ち向かっていかなければならない。
少年は固く拳を握る。叫んで殴る!殴られたら踏ん張る!勝機を見据えろ。眼前の生きた亡者を殺す為の一撃をぶち込むために。
お互いはもう死の間際。ギリギリ限界を超えた死闘で途絶えそうになる意識を必死で堪えて殴り合うだけ。派手さなんてない。泥臭い喧嘩の延長戦上。たった一つ、勝利を目指して拳を放つ。顔を腹を肩を殴る蹴るの応酬。
もうどれだけ殴られたかわからない。痛みもあまり感じない。アドレナリンが大量に生成されているのだろうか。もうよくわからないけど右の拳に魔力を集め続ける。なんとなく、今しかないと思った。只の殴り合いとて異常な魔力の集中は静寂も警戒して距離を取ってくる。この膠着した状態を吹き飛ばす逆転の一手も無意味に不発に終わり、静寂側に軍配が上がってしまうだろう。
赤く染まった視界で見えた一瞬の隙。白目を剥いた静寂がいた。1、2秒も有れば目を覚ましてしまうだろう。ならば、短時間で魔力を溜め込む。とっておきの一撃は死にかけの静寂を屠るには1秒もあれば十二分だ。
割れたガントレットが黄金に輝く。拳を中心に光を生み出して世界を照らす太陽の如く煌めき、大地を穿つ稲妻の如く電光が走る。
固有魔法。
ブルーレインの水刃。
グリーンアサルトの武器生成。
ゴールドラッシュにもそれは存在する。悪を打ち砕く究極の拳。
暴走していた状態ではコントロールが効かずに自分諸共辺り一帯を消し去ると判断して香織は使用しなかった。静寂を倒せたとしても幹人も殺してしまい、穿たれた山は崩れて二次災害を起こして凄まじい人災になってしまう事を恐れた。
安定性を得た今、コントロールは完璧。黄金に煌めく衝撃は敵を穿つ。
「勝つのは俺だァァァァァァァァァ!」
「っっ!」
直撃の寸前に覚醒した静寂が回避行動を取るが既に時は遅い。逸らした結果、左肩から胸、腹部の大半を光に飲まれて円状に肉体を消しとばされた。塵の一つも残らなかった。大量の鮮血を撒き散らしながら静寂は正面から地面に倒れ込んだ。
本日は2話更新です。17時投稿予定です。




