烈戦!我流VSトラップ
静寂の使う技は純粋な格闘技ではない。柔道、空手、八卦掌、骨法、シラット、カラリパヤット。あらゆる武道に精通していた静寂家の祖先がそれらをベースに編み出した効率的な人体の破壊法。言うならば暗殺拳が男の武器だ。
近代における武器の多様化によって徒手格闘よりも銃火器を使った殺害の方が効率的といえば間違えないだろう。
拳よりも剣よりも弓よりも銃。ただ殺すだけで有れば相手に対し悟られぬように離れた位置で眉間に鉛玉でもぶち込んでやればいい。人を殺せる程の筋力も、刀や弓を操る技術も必要ない。トリガーを引けば簡単に殺せる。無論、暗殺者としてやっていくならば最低限の肉体と訓練が必要ではあるが拳を使うよりかは楽だ。
そんな情勢の中でも静寂家は廃れる事もなくその拳で暗殺業を貫き続けた。何故か、その答えはシンプル。異常なまでに洗練された暗殺術であるから。
音を殺し、気配を殺して標的に近づき命だけを摘み取る。痕跡すら残さない。何事もなかったようにその場を去って死体だけが残る。そして何よりも彼らは過去に囚われる事はなかった。完成された拳の極地とは考えずに常に進化を続けた。スポーツ医学から現代における銃撃戦や情報戦。それらを取り込み続けて時代に合った技術を下地に拳で屠る。正に生きる伝説である。
そして怪人となった静寂は魔力という要素を新たにインプットして静寂家に伝わる呼吸法を昇華させた。全身を駆け巡る魔力の通路を整え、行き渡る速度の向上や純粋な出力の上昇。元々の目的である呼吸の整えや筋肉強化の力も腐らせずに己の技として身につけ、我流の暗殺拳と化した。
それを使い始めた彼ならば、互角であった贖幹人の一歩先を行く。
「っ喝!!」
大地を揺るがす震脚と共に縮地的に敵対者の制空を侵す。怪人化によって一回り大きくなった大男が強靭な肉体で俊敏に動く様は恐怖以外の感情は表れない。詰め寄ったスピードを殺す事なく強烈なインパクトとしてストレートで打ち込む。
紙一重であった。急激なスピードアップによる強襲の一撃。まともに喰らっていたら土手っ腹に風穴が開けられていた。僅かな動きの前動作から狙いを予測してブリッジの体制で避けることができた。掠めてしまった骨と鎧は粉々に砕け、光と共に消え去った。直ぐに追撃が来る事を懸念してその場から離れて仕込みを行う。
(呼吸を変えただけで俺よりも一段上の領域に行きやがった!正面からの撃ち合いは自殺行為...色々と技使わねぇとな)
打ち出した拳を何度かグーパーと握り、打った感覚を整える。
(やはり昨日受けた腕の損傷が激しいな。高揚感で痛みは引いたがパワーもスピードも落ちている。修正は完了した、次は当ててやる)
手頃な石を使ったクラウチングスタートからのナンバ走り。巨大な身体に似合わぬスピードで突進してくる静寂に対し、幹人は金色の髪を使う。
幹人は静寂から離れる際にトラップを張った。校舎、木、フェンスにナイター照明。近辺にある物を利用して髪の毛一本一本を広く拡散させ、括り付けた。静寂の通過点を予想して張り巡らされたワイヤートラップ。魔力も込められたそれは鉄塊なども軽く斬り裂くほどの凶悪な罠と化した。
トップスピードで突っ込んでくる静寂が引っ掛かれば一発KO。サイコロステーキみたいに無惨にもバラバラな死体になってグラウンドに転がり落ちるだろう。
視線は静寂を捉えたまま。自身の目的を悟らせない為に前羽の構えを取り、前方に両手を出して受けの体勢にはいる。トラップに対して過信はしない。突破した事も想定して相手の動きをよく観察する。彼ほどの実力者ならば一挙一動に意味があり、重心や視線から次の動作を読むための眼を養わせる。
トラップ地点に到達する瞬間、静寂は手で薙いだ。風を切る音と硬い何が折れる音が鳴り、トラップは粉砕された。
「ッ!」
手刀だ。ナンバ走りで振り上げた腕を勢いよく降下さて、魔力をまとったその手で全てを断った。
「私は視力が良い方でね、例えワイヤーと違い光の反射がなくともその程度の太さで有れば目視で確認できる」
(冗談だろ...闇夜で更に見にくいってのによ!)
光源があるとはいえお世辞にも明るすぎるとは言えない。暗がりのグラウンドならば気が付かずに切り伏せられると思ったのだが、男はその上を行った。
弾丸が如く突っ走ってきた静寂。絶体絶命に見えたが、罠とは二重、三重と幾つも仕掛けて置いて油断した所に差し込む物。
脅威的なトラップを回避させ、此方にはもうなんの手立てもないと錯覚せた。自分自身が優位に立ったと勘違いしたその隙を幹人は狙っていた。静寂は気づいていない。それも当然だ、まだ彼とは正面からしか対峙していない。故に背中に刻まれた赤き薔薇を知らない。
地面が揺れ動き、大地を裂いて巨大な荊が四方八方から静寂に襲いかかる。
「っ―――しまった!」
地面を隆起させ、その姿を顕現させてお次は地面を崩す。激しい波の如く上下に揺れる大地に静寂は重心を崩れる。その間に荊は身体を拘束して締め上げる。
怪人としての能力も完全に取り込んだ今、この変身形態は金剛寺香織の怪人としての力も引き出して扱うことができる。彼女のもう一つの力は薔薇。情熱を持ったそれは全身を包み込み、天へと向けた唸りながら締め上げて昇る。
「っぐ、ぐぁぁぁぁぁあ!」
綺麗な薔薇には当然棘がある。強力な圧力で締めれば締めるほど棘が全身に食い込み、唸る事で突き刺さった棘が身体を無慈悲に裂く。もはやそれはアイアンメイデンよりも恐ろしい拷問器具と言っても過言ではないだろう。
「第二の矢が上手く刺さったみたいだな」
幹人はニヤつくと右腕に魔力を集中させる。
「このままケリをつけてやる!」
雄叫びを上げながら魔力が集まっていく。とっておきの一撃でとどめを狙うが不発に終わった。
「ぬぐぅぅ!っかぁぁぁぁぁ!」
同時に静寂は幹人を超える叫び声と共に荊を撃ち破った。結構なダメージを負い、身体中が裂けて多量の血を流す。荊を吹き飛ばした風圧で幹人は仰け反ってしまう。どれだけダメージを負って自分が不利になろうとも静寂は徹頭徹尾冷静であり、敵の見せた隙を見逃すことは決してない。崩れかけた荊の塔を踏み台にして上空から勢いよく跳躍する。
「はぁぁぁぁぁ!」
バキン!と金属が砕ける音が鳴る。飛び出した静寂の蹴りが脇腹へと直撃し鎧を砕いて生身の身体にヒットさせた。
「っうごぉ!」
呻き声を上げて横転しながらグラウンドを突き抜ける。瞬時にその到達点へと出向き、今度は腹から蹴り上げる。
「っぐぅぁぁぁぁぁ!」
吐血しながら宙を舞う幹人の左腕を掴み、崩れた荊の塔に叩きつけた。
「ぬん!」
「がぁぁぁぁぁぁ!」
一瞬の油断が命取り。静寂の様を見てわかっていたつもりだったが、やはり人間は優位に立ってしまうと幾許かの隙が生じてしまうようだ。
(...血は垂れてるけど内臓の損傷は酷くなさそうだ。軽い内出血...肋は一、二本逝っちまったみたいだな...)
血の混じった痰を吐き捨てて崩れ去った塔の底から這いずり起きる。
「互いに精神的未熟が窺えるな。脳味噌では油断も隙もないつもりだったが...少々侮っていたようだ」
そう、自分だけではない。幹人は大ダメージを負ったが相応に静寂もダメージを受けている。垂れ流している血の量から生半可ではないと断言ができる。それに静寂から僅かに透けていた余裕が完全になくなっている。自分に有利な流れを保つ為に心に余裕を持って上手く立ち回っていたのだろう。
だがしかし、それが仇となって今の状況を生み出してしまった。それを理解しているからこそ静寂はこっから先、力と技で捩じ伏せて戦いの主導権を無理矢理奪ってくるだろう。
「都合よく物事が進むと足元が留守になっちまうみたいだな。だがな、こっから先は同じ過ちなんてねぇよ。テメェを潰すことに全ての力を捧げてやるよ」
精一杯の強がりで片手で手招きをして挑発する。それを見透かしたように鼻で笑う。
「此方も同じだ。最早私に付け入る隙なんぞ求めるなよ。私を殺したければ己の力で隙を作って見せろ。全てを向かい撃ってやるがな!」
互いの魔力が高まり、睨み合って衝突を起こす!両者の手と手を組み、額をぶつけての力比べ。
「「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
勝利の女神はどちらに微笑むのか。
いつも閲覧頂きありがとうございます。
前日、初めてローファンタジーの日間でランキングに入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
これからも精進して参りますので最後までお付き合い頂ければ幸いです。
もう間も無く一章は終わり、二章へと向かっていきます。今章で出たのに活躍しなかったキャラの活躍や新しい魔法少女の登場など色々考えておりますので楽しみにして頂けると嬉しいです。




