決戦前
男は一人、決戦の場で佇む。
今夜、必ずあの男はこの場にやってくると。何せゴールドラッシュと呼ばれる魔法少女が組みしているのだ。昨夜のダメージで弱体化した己を叩きにやってくる。そうでなくては彼らに勝機は無いと確信を持っている。
己の包帯で大袈裟に巻かれた腕を見る。酷い傷だ。拳型に抉られた患部は未だに熱を持ち、神経から痛みが発せられている。それだけでは無い、横腹には大きな青痣。右太腿は全身全霊で蹴られた影響で骨が粉砕し、筋肉の断裂が起きている。
(昨夜の攻防で想像以上の痛手を負ってしまったな)
だか、機動力は落ち、弱点が出来て力を失ったとしても魔法少女等と圧倒的な力量差があるのは言うまでもあるまい。肉体の再生も決して早くは無いが、着実に修復されていってる。特に脚を集中して魔力を送っているので彼との最終決戦において最低限動くことは出来るだろう。
彼。いや、贖幹人はその戦力差を埋める術を手中に収めて決戦の場に訪れる。その心当たりも男にはある。二つの性質を持つ魔力、二身一体のカラダ。完全に己の制御下にあるのであれば他者の介在の必要も無く、己が意志で一つ上のランクへと上がることができる。
慢心は敗北を招く。今から現れる男は自身と同じ境地に達した人間として戦う。目を瞑り、深呼吸。精神を落ち着かせてできる限りリラックスした状態になる。
勝負事は最高のコンディションでやるべきだと常に律している。過度な不安や緊張など感情に流されては場を掴まれる。如何に自分の流れに持っていくことができるか、それが重要だ。故に彼は盤外から最良の結果を得られるように行動を続ける。決戦の時が来るまで。
*
食欲を満たし、夕方から夜の帳が下りるまで軽い運動を行い身体と心の緊張を解す。贖幹人にとって、今夜の決戦は己だけではない。死んだ香織、重傷を負わされたブルーレインの仇討ち。そして、大勢の人々を守る為の戦いだ。その肩にのしかかるプレッシャーは半端ではない。
今迄にない程の重圧だ。飾の前では軽口を叩いてはいたが、いざ決戦の時間が近づくにつれてそれは刻一刻と重くなっていく。
(コレが背負うってことだ。この重圧に負けちゃいけねー)
一歩一歩アスファルトの地面を踏みしめて学校へと向かう。総雲高校。そこが最終決戦の場だ。幹人、香織、静寂。彼らの日常の場であり、唯一の接点。
静寂も理解している。今夜で全てを決めに来ると、その決闘を受けるべきと。示し合うこともなく、両者が理解した上で待つ場所といえばそこしかあるまい。
どの程度静寂の力が弱まっているかは知らない。だが、致命傷を与えるレベルで傷付かなければ自分と彼とでは雲泥の差がある。
しかし、幹人も香織も馬鹿ではない。その雲泥の差を縮める手段をその手に掴んでいる。傷の具合によっては全く相手にならないかもしれない。だが、分の悪い賭けではないと考えている。一時的ではあるが昨晩は静寂の強さを上回った。ヤツの肉を抉るほどに。此方も四肢を粉砕してまで全力でぶん殴ったのだ、相応に傷ついているはずだ。
そこから先は無心に歩く。考えれば考えるほど思考に埋もれていく。それだけはダメだと自分に警笛を鳴らし、無心であろうとする。
気がつけば門前に立っていた。通い慣れた学校の校門は閉じており、校内は明かりが無い。いつもなら平然と通り抜けていた校門も今はその一線を越える事に躊躇する。グラウンドはナイター照明が明かりを灯しているので完全な闇ではない。
門前で心の準備をしていると薄暗闇の奥から一人の男が歩いてきた。
「静寂...」
ポツリと言葉が漏れた。その呼び名に敬意はない。生徒を殺すような人間を先生と呼びたくないからだ。眼前の男は教員という立場にありながら国の未来である子どもを殺す屑。目の前に現れた男には憎しみしかない。自然と眉間にシワが寄り、殺気立つ。その心情を知ってか知らずか嘲笑うように静寂は言葉を発する。
「静寂先生...だろう?贖。君は生徒で私は教員だ。その言動はよくないな」
「アンタが極悪非道じゃなかったら敬意もあったし先生と呼んでいた。先輩を殺しておいて教師面できると思うなよ」
コレは手厳しいと鼻で笑いながら校門を開ける。門前で立ち尽くす少年に一言、「入りたまえ」。そう告げてグラウンドへと案内した。
「怪人と知られてから君と対話するのが今回が初めてだな、贖」
「ああ、それがどうした」
「つれないヤツだな。もう少し会話を楽しむ気はないのかね」
「...お前、自分がしてきたことを理解しているのか?」
会話を楽しむ気など毛頭ない。幹人からすれば静寂は仇以外の何者でも無いくらい憎しみで溢れているのだ。付け加えて言うならば今は殺し合う為にこの場に来ている。会話をする為にきた訳ではないのだ。
「ああ、理解しているとも。何、ネズミが一匹迷い込んだようでな。心当たりがあるか聞きたいだけだ」
「ネズミ?何を言ってるんだ」
その反応は何も気づいていないようだなと肩をすくめる。
「まあいいだろう。ネズミの一匹や二匹、貴様を殺した後で始末すればいいことだ。...死合うとするか、贖!」
グラウンドの中央。両者は離れた位置で対峙する。
「やってやるよ。静寂、アンタをぶっ飛ばす仇討ちだ」
異常に人気の無い学校とその周辺は静まり返り、骨身を染みる冷たい風の音だけが響く。
二人の声がその静寂を打ち破った。
「「変身」」