最後の作戦
「少しばかり説明しにくいから要約して説明するけどいいか?」
「あぁ、構わねぇよ」
幹人は語った。自分の身に香織の魂の残滓が残ったいたこと。その僅かな残り滓で立ち上がり、自分達を守るために抗ったこと。そして、自分自身の正義に従って幹人の申し出を断り、死を選んだ。
彼女はその心の在り方を決して揺らぐことなかった。正しいと思う道を歩み続けた。死の間際まで素晴らしい生き様であったと事細かく伝えた。
「なるほどね、香織らしいやり方だな。そんで、幹人。アンタがその遺志を継ぐことになったって訳だ」
「ま、残念なことにそういうことだな。もう少し先輩と学園生活を送りたかったよ」
「なんだぁ?惚れてたのか」
小馬鹿にしながら聞いてくるが、彼女に抱いていた気持ちは恋慕とは違う感情だ。それこそ最初は容姿を見て綺麗だからと視界に映るたびに思わず目で追ってしまっていた。何も知らないうちは只、魅入られていた。挨拶運動ではじめて関わりができた。そこで彼女の誠実さを知った。深く関わらなければ、その心の奥で芽生えたモノは恋慕だったかもしれない。
しかし、彼女と一体となって本音で語り合って、全てを知り合ってそれは尊敬の念に変わった。自分の持っていない視点や他者に対する思いやり。至る所で自分の持っていないものを見せつけられ、羨ましいと焦がれたのだ。
突き詰めるならそれは―――「憧れてたんだよ」
思いもしていない返しだったのか一瞬硬直する。
「あっははは!憧れかぁ憧れ!そりゃ後輩からしたら頼もしいもんなあの人」
一瞬の静寂の後に大爆笑。コイツはこの場が病院だと言うことを弁えていないのかと冷めた目で見てやりたくなる。
飾は嬉しい。自分の中にある気持ちを目の前の少年と共有できて。それが余りにも真っ直ぐで淀みない。だからだろうか、笑い飛ばしてしまった。
「それじゃあ自分からも二代目って名乗りたくなるよな」
軽快に笑いながら肩を組んでくる(と言うよりは体格差がありすぎて背中回りになってしまってるが)。幹人はそれに対して赤面する。女子に身体を触られたという不埒な理由では無い。まあ、少々それも入っているが主な理由は二代目と名乗ったことを突っ込まれたとこだ。
「いやーそれは鎌田さんが言ってきたからそう言っただけで...他意はないっていうかその。俺の姿を知らなかったから二代目って言っただけ!」
別に二代目って名乗るがちょっとカッコいいとか思ったりりとかはしているが、他者から指摘されるのが物凄く恥ずかしい訳で...必死に弁明するも取り付く島もない。ニタニタといやらしく笑いながら見てくるだけだ。
「まあまあ、ここは病院だ静かにしようぜ」
どの口が言ってるだと罵倒してやりたいが正論は正論だ。大人しく声量を落とすことにする。
「ああ、それと飾で良いよ。俺たちは最早戦友だろ?もっと仲良くしていこうぜってことでよ」
「わかった。宜しくな飾」
LAINのQR画面を見せながら背中を叩いてくる。思っていた以上に気に入られており、嬉しい。お互いの連絡先を交換し終えると先ほどまでの和気藹々とした空気を切り替えて真面目な形相で現状の問題を投げかけてきた。
「と、世間話つーの?それはこの辺にしておいてよ、俺たちを襲ってきた怪人はどうする。アイツから逃げるために結構なダメージ与えたようだが、回復したらまた来るぞ。よくわかんねーけど爆発的に強くなる技はもう使えないんだろ?」
負と正の力を混ぜ合わせることなく、反発し合う状態を意図的に起こした危険な技。結果的に逃げる事はできたがそれもギリギリだ。両腕と片足をオシャカにしてようやく得ることができた戦果。とてもじゃ無いが二度と実戦では使えないだろう。
無限に回復の恩恵を受けれるのなら何度でもやってやるが、無い物ねだりだ。その案は切り捨てて別のやり方を提示するのが最適だ。
今後の動向については既に決まっている。流石に無策でバトンを渡すほど香織はバカではない。消える前にどうやって静寂を撃ち倒すか、算段はついている。
「問題ない。策はある、って言っても先輩のやり方を知識として植え付けられただけだがな」
「なら100人力だな。憧れの先輩の最後の作戦って訳だろ?で、どんなやり口よ」
「今日の夜、決戦を仕掛ける。向こう側も今しかチャンスがないと理解して迎え撃ってくるだろうけど」
そう、チャンスは今しかない。昨夜の暴発によって静寂を確かに上回ることができた。四肢が爆散する程の反動と引き換えに与えた傷は深く残っているだろう。人型の怪人であれば再生力はそう高くはないが、彼ほどなら余り時間を置くと全快してしまう可能性がある。
故に、叩くなら今夜。暇を与えずに早期決着をつけさせる。シンプルでわかりやすい作戦だ。
「なるほどな...だが幾ら弱ったとはいえ、俺や幹人ではまだ届かないぞ」
わかりきった事だが静寂の強さは魔法少女たちの遥か上をいく。ブルーレインでさえ本気で相手をすれば瞬殺する。それに近い実力のグリーンアサルトと現ゴールドラッシュでは弱体化したところで歯が立たない。
「それも考慮している。別のやり口があるんだよ、俺の強さを飛躍的に上げられる裏技みてーなもんがな」
「別のやり口?そんな秘策があるのか...まあ、香織の考えだ。外れることはないだろうが」
少しばかり不安だ。しっかりと静寂の恐怖を刻み込まれた飾はどれだけ策を練っても安心はできない。足がすくむし、動悸が止まらなくなってしまう。軽いPTSDになってしまっている。
「先に言っておく。すまない。ハッキリ言って俺はお荷物だ。まともにやりあえる力量もねぇし、あの時の事を思い出すと息が詰まって震えちまう。情けねぇ...」
これほどまでに自分が情けないと思ったことはない。役に立たないどころか一緒にいって寄り添ってやることもできない。ただ、遠くで勝利を祈るだけ。そんな自分が恥ずかしい。
「アレは仕方ない。誰だって恐怖に支配されてしまう。俺も本当は死ぬほど怖くて逃げ出したい。でも、対抗できるのは俺だけで、他の人を見捨てることもできない。だから気合い入れて行くんですよ。つまり、任せてくださいってことで」
椅子から立ち上がって拳を差し出すと飾はニヤリと笑ってそれに応えた。
「っは!そりゃどうも。悪いが任せたぜ。慧理の事は安心しろ、私がみといてやるからよ。あのムカつくやろうの顔面ぶん殴ってやってこい」
「おう!」
飾に別れを告げて病院を後にする。時刻はまだ昼の15時過ぎ。夜にはまだまだ時間がある。
(とりあえず適当に飯でも食って英気を養うか。腹が減っては戦はできぬってな)
特に当てもなく飲食店を探し、外を歩き始める。幹人の背後で怪しげな影が尾行していることを知らぬまま。




