プロローグ(黒)
教員という職を片手間に私は怪人として日夜、人を殺めていた。我が悲願を果たす為に己の能力を高める必要がある。
怪人が強くなる為に必要なことは己の欲を満たすこと、人を殺すことの二つだ。私個人の欲を言うならばこの世界に復讐する事である。故に人を殺し続ければ最も効率的な成長に繋がる。
...それを更に効率化することができるのだが、彼女の顔が脳裏を掠めて実行できずにいた。復讐を決意したあの日から幾年と時が経った。
しかし、私は彼女の死から脱却できずにいる。ずっと囚われているのだ。そうでなければ私は教職になど就いていない。死を悼み、彼女を憂いた。せめて、せめて彼女の夢を私の手で叶えてやるくらいはと思い大学の自主退学する事なく教員免許を取ることにした。
皮肉なものだ。
人を殺す存在でありながら天敵である魔法少女を生かし、この世界の未来である子ども達を育む。
矛盾だ。どこまでも私の存在は矛盾しており、それを自覚する度に私の生きた方に反吐が出る。
悪人で有りながら善でいようとするその卑しさに。大勢の人を殺しておきながら、愛した人間の死だけを特別視するその心に。
それでも私は止まることなく、今夜も人を殺めるだろう。
*
「ええ、ええ!実に嘆かわしいと言わざるを得ませんね。期待していただけに失望というものですよ。貴方の働きは足りていない。一般人を殺した数ならダントツ!ですが、我々が貴方に求めているのは異界の門番の使い。即ち、魔法少女の死に他ならない!力無き一般など適当な怪人に任せれば良いもの...ええ、ええ!言いたいことはわかりますね?」
ある夜の出来事だ。仮面の男は静寂が全く魔法少女を始末しない事実に痺れを切らせ、叱咤しに彼の前に現れた。既に静寂は仮面の男の指導下からは離れている。久方振りの顔合わせだ(顔は見えないが)。
「...私に指図か。既に貴様を超える力を得ている。私はお前達の協力者であって味方ではない。利用し合っている立場だ、人を減らしていれば十二分だろう」
彼の言う通り、静寂は仮面の男を超える力量を備えている。仮面の男の指導と膨大な屍の山を築いた彼より強い人間はこの世界に数える程しかいない。仮面の男は既に格下。ハナから嫌っている相手の言うことなど叶えてやる必要もないと考えている。
「ああ、ああ!!嘆かわしい。実に!実に!実に!既にボクは格下とほくそ笑むのは勝手だ。しかし、しかしだ!コレは我が帝国!我が上司の命令。押し退けるのは簡単だが、後が怖いぞ。クククハハハハハ!貴方は我が上司からすれば随分と格下ァ!始末は容易いということですよ。ええ、ええ!貴方の才能は我々も高く評価している。だが、扱えぬ上に我らを超える才覚を待つのであればだ。叛逆の前に始末するのが至極当然であろう。まだ、協力関係でいたいのなら!サッサと職務を真っ当することだ」
これは忠告だと言い残し、静寂の言い分も聞かぬまま仮面の男は闇に溶けた。
「面倒なことになってしまったな。...いや、先延ばしにしていただけの問題か」
男は魔法少女相手には殺すことはなく、トラウマを植え付けて二度と魔法少女として再起できないように心を折ることで撃退してきていた。魔法少女を殺さずに撃退と大量の一般人の死で誤魔化し続けていたがそうも言っていられなくなった。のだが、実際問題として彼は悩み続けていた。
殺さなければ復讐を果たせない。
殺してしまえば彼女の夢を汚すことになる。
どちらも嫌だ。彼女の夢を立てながら、復讐を果たすなどできるはずもないのに。
「...殺す。殺すか、何を怯えている。最早、死んだ。死んだのだ。あの世があるとしても殺しを続けた私が天国に行くことなどない。彼女とは会わことなく地獄へと落ちるだけだ。嫌われることを恐れる意味はない。復讐を決めた時、好かれることを諦めたはずだろう?」
自問自答を繰り返す。何度も何度も何度も。覚悟を決めても揺らぐほどに彼女の存在は大きく影響を及ぼす。
身体中から嫌な汗をかく。じっとりと下着を濡らし、呼吸が乱れる。
「ふぅー!ふぅー!」
大きく深呼吸を繰り返し、心を落ち着ける。洗面所に向かい、水で顔を洗う。濡れた髪をかき上げて鏡を覗く。
「っふ、酷い顔だ。ここまで入れ込んでいるとはな、自分でも驚きだ。だが、殺す。殺さなければ明日は無いと思え」
*
狙う相手は決まっている。金剛寺香織。即ち魔法少女ゴールドラッシュ。
彼女とはこの町で長いこと戦っている。戦闘センスがずば抜けており、いずれは静寂自身に匹敵するほど強くなると読んでいる。戦い慣れており、危険を察知すれば仲間のブルーレインと共に戦場から直ぐに離脱して此方の索敵から抜け出す。徹底したリスク管理と戦闘時における立ち回り。心を折るまでいかず、手加減しなければ殺す以外の選択肢がない相手であった。
彼女の正体を知ったキッカケは幾度となく戦った結果と言わざるを得ない。口調や歩法、視線の配り方。それが全て合致した生徒が偶々いた。自身が顧問を務める生徒会の会長として。
(僥倖と言うべきか。わざわざ探す手間が省けて奇襲することができる。それに彼女の怒りのツボもわかっている、冷静さを崩すことなど容易い)
金剛寺香織は周りに危害が及ぶことを嫌うタイプの人間だ。普段の学生生活からもそれは見てとれる。
(ならば、人質...いや生徒一人を目の前で怪人にでもしてやれば冷静さを保つことはできまい)
残酷に冷酷にターゲットを分析し、奇襲に適した場面を狙っていた。一切の慈悲などなく、殺す為に。
そして、その日はやってきた。
「忘れずに挨拶運動するんだよ。じゃあまたね」
少女は少年と道を別れ、自宅へと歩みを進める。閑散とした空気の中にある、どこか張り詰めた緊張感。その違和感を肌で感じ取っていた。
「怪人かな...隠れているのはわかっているよ。まさか、正体を暴かれてしまうとはね。絶対に君たちは帰しておかないよ」
変身と呟き、黄金の輝きに包まれて金剛寺香織はゴールドラッシュへと姿を変えてみせた。長く美しい金糸を束ねたポニーテールに少女がつけるにしては少々イカつい赤と金色のガンドレッド。身体を覆う金と赤色の装甲は分厚く、鉄の槍すら通さないほどの分厚さであった。
「...ターゲットを捕捉及び会敵。現在最高指令であるノワールに従いAndroid:MK=α並びにAndroid:MK=β。戦闘を開始します」
現れたのは成人男性と成人女性と思わしきスーツの姿をした人間だ。どこか異質な雰囲気は感じられるが怪人とは違う摂理で動いている。
(なんなんだコイツらは...明らかに怪人ではないね。魔力反応はあるけど...)
質が違う。出力で言えば怪人を優に上回り、魔法少女と並ぶ力を持っている。だが、こんな姿の人間なんてものは見たことがない。純粋な魔術師がこの世界に存在する事は知っているが、彼らが怪人に組みするとは考えられない。
(ッ!考えてる暇はこれ以上ない!来る!)
α及びβは同時に駆け出した。全身に質量のある魔力を纏い、アスファルトの地面を粉砕しながら襲い掛かる。
それと同時刻、近隣の公園から派手な爆発音が鳴り響いた。
「っく!何が起きている!」
だが、考えている余地など敵は与えない。機械的に息のあったコンビネーションで両サイドから下段、上段の蹴り。強烈なインパクトはあるがガンドレッドで衝撃を吸収させ完璧に受け止める。
「ッ!なんて威力!だけっっ!」
そう完璧に受け止めただけだ。だが、最もダメージを受けていたのはAndroidを名乗ったαとβ。ガンドレッドとぶつかり合った瞬間、肉を打ちつけたような風船が割れたような鈍い破裂音。
「肉体の損傷を確認。右脚大腿二頭筋から爪先まで損傷率65%。走行に問題はありません。両腕をメインウェポンに変更」
蹴りを放った脚全体が激しく裂けており、過剰なまでに血を噴出している。それにもかかわらず顔色一つ変えずに追撃を行う二人に恐怖を覚えた。
「本当に何なんだい!?」
ただ、攻撃を受け止めるだけ。それだけで二人は全身から血を噴き出し、血肉と骨がズタズタに裂けて内臓が潰れる。技を避けても結果は一緒だ、人工物とAndroidが砕ける。ぐちゃぐちゃに汚れた通学路に一人残されてようやくこの人形達の意図を理解した。
(悪趣味だね本当に...概ね理解したよ、コレは僕に不快感を与える為だけに用意した死体のデコイか!本命は公園か?まさか!)
身体をスピンさせて体にまとわりつく血肉を剥がす。超人的な跳躍によって直ぐに公園に到着したが、時は既に遅かった。
「あ、あ...あぁ!」
「GYAAAA!」
先程まで楽しく会話をしていた少年が。醜く変貌していった。全身から骨を突き出して身体を覆い、怪人へと生まれ変わる。
顔は山羊にも悪魔にも見える歪な頭蓋。全身を纏う強靭な骨は一本一本が腕に匹敵するほどの大きく太いものだ。関節と腕先からは尖った骨が露出しており、杭のように突き刺す凶器として顕となっていた。
「でやぁぁぁぁぁ!」
怒りは最高潮に達した。巻き込んでしまった自分に対する怒り。一般人を苦しめる怪人へと変貌させた幹部に対する怒り。そこに冷静さはカケラもなく、感情に振り回される年相応の少女がいた。
(完璧だ。こうも予定通りに行くとは、幾ら冷静沈着だとしても所詮はまだ子ども。感情の抑制など容易くやってのける訳もあるまい)
静寂は外套の奥底で静かにほくそ笑んだ。
少女は振り回された感情のまま静寂に拳を向ける。
(嗚呼、ついに私は彼女の夢を汚す。...すまない、不出来な人間で。いや、人間を名乗るのも烏滸がましいか)
爆ぜた。
拳で殺す感触を嫌った静寂は魔の弾丸を放ち、贖幹人と金剛寺香織。両名に致命傷を与えた。
(コレでいい、コレでいいのだ)
酷く気分が悪かった。吹っ切れた筈なのに、囚われから抜け出して完全な復讐を果たす筈なのに。血に濡れた少年少女を見てはいられず、その場を離れた。
公園から離れ、数十分。死体を確認する為に現場へと戻ってきた。途中、時間稼ぎの為に寄越した桃雲のAndroidの様子を見にきた。
「...コレは酷いな。桃雲、何故ここまで醜い肉塊になっている」
ドキツイピンク色のスーツを纏った男、桃雲は不敵に笑いながら答えた。
「はは、コレはまだ実験段階だよ、実験段階。どうやら出力が強すぎて肉体が持たないようだった。まあ、僕としては良いデータが取れたから感謝しといてやる。何か使いたいならまた呼べ、色々調整してみたいからな」
研究データの為か、肉塊や血の回収。アスファルトの傷などを写真で撮って血で汚れた道を綺麗にしてその場を去っていった。
「...相変わらず変わったやつだ。さて、心の準備はできた」
息を飲み、殺害現場へ向かう。その場には両者の死体があると決めつけて向かったのだが、予想に反した結果が目の前にあった。
「...贖?」
血溜まりの中央には死体は無く、傷口が完全に修復された贖幹人が倒れ込んでいた。素早くその場に駆け込み、首の脈を測る。すると脈は正常に動いており、殺したはずの生徒が生きていることを証明した。
「...願いの力か!」
仮面の男の情報で一度耳にしたことがある。魔法少女は己の命と魔力を引き換えに歪な奇跡を起こすことができると。ならばこの男はそれによって蘇生された筈だが。
(何が歪んでいる?完璧な蘇生にしか見えんぞ)
時間をかけて、彼の異常部を探る。内臓の欠損やら記憶、意識障害を疑ったがどうにも腑に落ちない。歪みを発見できなかったが、いずれにせよ生かして置くことはできない。殺すしかないのだが、その一歩を踏み出すことに再び躊躇していた。
「2度、殺すのか?私が...それは冒涜ではないのか...いや、今更何を言っている。既に生命を冒涜してきた私が?」
いや、わかっている。まだ、纏わりついている。彼女への想いが。
「嗚呼、頭がおかしくなりそうだ。次だ、次こそは完璧に仕留める。殺してみせる。それにもう、コイツは生き返ったところで怪人だ。殺す必要などありはしない、そのはずだ...」
誰かに言うのではない。虚空に自分に言い訳するように呟いて逃げるように去っていった。
後編に書く予定でしたが長すぎたので分割しました。




