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魔法少女:Record Blue Imagine   作者: 誰何まんじゅう
First:その身体に潜むもの:蒼き慟哭
57/92

正義の話

大幅に加筆修正致しました。

 正義の定義とは。


「初めから否定してあげるよ。正義なんてモノは儚いよ、僕の貫く正義も君が選んだ正義もね」


「俺を説得したいって言ってませんでしたか」


「その通りだよ。だから話は最後まで聞いてもらおうか」


 細く柔らかな人差し指を唇に押し当てる。


「贖君は僕が正しく道を歩み、他の人々の為になるって思ってるよね。まあ、間違いではないよ。僕は自分自身の信念に基づいて行動をしている。今も昔もね」


 その行動の果てに今の自分が積み上げられたと彼女は語る。


「只、正義ってのは突き詰めた先はエゴなんだよ。正義の味方を名乗るのは自分の正しさを押し付けることだ。僕の正義は偶々社会的通念に寄り添っていただけで本質的には君の正義と変わらない」


 彼女は語る。自分と相手の正義は元は同じだと。


「なんだよ...それ!」


 初めて彼女に対して怒りが湧いた。幹人の正義と香織の正義が同じ。そんな訳ないだろ、それが彼の抱いた感想だ。


 例えそれが自身の内から発生した信念が元だとしても辿ってきた過程と結果が余りにも違う。賞賛される者と批判される者。それが同じだと言われて黙っていられるほど大人ではなかった。


「どう考えても別じゃないですか!俺と先輩の正義は!誰から見ても明確だ、どちらが善か悪かって!」


 こんなに怒る筈じゃなかった。


 贖幹人よりも金剛寺香織が生きていた方が遥かにこの世界にとって有益だと考えたからこそ、自身の命を投げ捨ててでも延命させたいと思った。


 だから嘘をついた。死にたくもないのに死ぬことが願いだと。変えられるなら変えたい本心をボロボロの鎧で覆いかくして。


「だから!わかってくださいよ!俺が生きるよりも先輩が生きた方が世界の為になる!ブルーレインもグリーンアサルトもそれを望んでいる筈だ!」

 

 そして、ようやくその怒りに対して香織はアクションを起こした。


「遂に出してくれたね、贖君の本音」


「あ」


 誘導されていた。突かれたくない部分を指摘して、怒りを誘発させた。そのまま頭に血が昇ってしまえば判断力が鈍る。口論になった後に本心を聞こうと行動をしていたが、それよりも早く幹人の方から隠していた部分を自分から話してしまった。

 それほどまで切羽詰まっていたのだ。自分に対しても周りに対しても思うことがあり、余裕がなかった。

 吐き出してしまえば、もう彼女の思う壺だ。自分のペースを保てずに香織のペースで話が進んでしまう。


「ごめんね、嫌な感じに伝えてしまって。でも君の心の鎧を剥がすことができた。正直な話を聞かせてほしいな」


「...」


 息が詰まる。

 何故かと問われれば、本当に情けなくてどうしようもない。身勝手で矮小な自分の本心を語らなければならないからだ。

 どこまで行っても自分はカッコ良くなれない。カッコつけられない。守られてばかり。

 

 けど、そんな自分の回答を彼女は待っている。静かにその場で佇んで。時間がない筈なのに。ならば彼女の想いに応えるべきだと。報いるべきだと。


 深呼吸をして、口を開く。


「俺は皆んなが羨ましいです。先輩もブルーレインも人々を守る為に戦って、罪を許す心がある。誰かに言われたからとか、飾ってる訳じゃない。本当に信念に基づいて行動をしている。それが羨ましい。俺にそんな事はできなかった。罪を犯した人間が許せない、この手で罰してやらないと気が済まない。他の誰かの許しじゃない、俺自身が許せなくて他人を罰するんですよ。本当に救いようのない、クズなんです。誰にも肯定されない、俺自身も肯定できなくなってきた。俺が否定されたあの日から、蔑むような視線に晒された日からずっとなんだ。人に優しくしてきた、好かれるような人物像を考えて行動してきた。正しく生きたかったから、人に尊敬される人物になりたかったからです。その為に素行の悪い人は常々注意していたんですよ。事件を起こす前から!でも彼らは直ぐに罪を認めて手を引いた。体格のある俺が怖くて手が出せなくなったが正しいかもしれない。それでも上手くやっていけた!だけどたった一度の凶行で全てが台無しになった!俺の正しさを証明する為に!一度言っても聞かない悪い人間を殴って粛清した!それが他人には恐怖の対象で、俺の信用を失墜させた。確かに教師の見解としては俺の暴行が原因として報告されたかもしれない。けれど、謹慎が解けて登校した後には仲良くしてくれた皆んなが俺の事情を汲んで、いつもと変わらない日々を過ごせると思っていた!でもダメだった。数少ない真相を知る人間以外は俺に近づかなくなった。だから、本当に羨ましいです。自分の考えを曲げずに貫いた正義が認められて、学友と楽しく過ごせている日々が。だから、俺はそれを奪ってはいけないって思った。先輩の輝かしい日々を。正しく導いて、怪人たちを倒すその勇姿を残さなきゃいけない!その為に命を捧げられるのなら誇らしい気分になれる。それが俺の全てです」


 吐き切った。恥ずかしさなど無くなった。本当に心の底から思っている言葉をぶちまけたのだ。

 幹人の夢は香織のように人徳のある正義の味方になりたかった。だが、その根本的な考えが他者とずれていたゆえに不和をもたらした。

 そんな自分に明日を生きる資格はない。周りを幸せにする正義の香織が生きていて欲しい。それが全てなのだ。


「贖君の考えもよく分かったよ。君の想いと僕の想いは互いを生かす事が目的になってしまったね。僕の責任と贖君の夢。ならばこそ、夢のまま誰かに託すのではなく自分自身で羽ばたいて欲しい」


「俺の願いは夢にすらならない幻想ですよ。現実の俺への評価は最底クラス。朽ち果てた学校生活より、先輩の輝かしい生活こそ意味がある」


「意味ね。なら捨てるには早いよ。君の夢は誰もが認める正義の味方だろう。なら幻想(ゆめ)を捨てるにはまだ早い」


「無理「なんかじゃない!」


 無理だと否定する言葉を遮る。


「無理なんかじゃない。ネガティブな発言や考えばかりではそれに引きずられてしまう。例え僕の影響があったんだとしても、変わろうとした君の意志すら否定してまう」


 目を背ける幹人の顔を両手でガッチリと捕まえて、目線を合わせる。


「逃げたくなる気持ちもわかるさ。でもね、そこで折れてしまったら終わりなんだ。どんなに辛く、悲しい事や困難な壁に阻まれても立ち向かわなきゃダメなんだ。楽を覚えてしまったらずっと楽な方に流れて、いつかそのツケが回ってくる」


「そのツケが回ってきたのが今なんだ。俺は正しいことをするためにわかりやすい暴力に頼ってきた。その結果として嫌われた...どうしようもない人間なんだよ」


 項垂れた幹人の口を柔らかな手のひらでそっと塞ぐ。


「ほら、ネガティブ」


 手を突き放すように後退る。


「今が一番苦しい時なのかもね。だからこそ逃げる場面じゃない、そう思わない?」


「...どうしてそこまでしてくれるんですか?俺にはわからない。生き延びるチャンスが目の前に転がり落ちていて、救える未来がある。先輩の信念を貫くのなら縋って役目を果たすべきなんじゃないんですか!?」

 

「それは君にも言えることだ。贖君だって生きる機会を捨てようと躍起になっている。違うかな?」


 図星を突かれて言葉に詰まる。彼女の言う通り幹人自身も生き延びて自分を変えられる機会を捨て去ろうとしている。本当の心根では望んでいるものを抑圧して、自分よりも完璧に世界を正せる人間に託すことで救われた気分になろうとしている。


 その選択は彼女にとっても彼にとっても納得のいかないものだとしても、それが最上の選択だと思い込んで。


 金剛寺香織は言の葉を紡ぐ。


 その過ちを正すように優しく。


 己が信念を貫く為に雄弁に。


「贖君。君の命を繋ぐことは僕にとっての正義を、信念を一本筋で通すことに他ならない。最初に伝えた筈だよ、魔法少女は夢や希望を繋げるもの。僕はそれを決して歪めることはない」


 彼女は一歩たりとも引く気はない。必ず少年を生かして正しいと思える道へと導く。優しくその身体を抱擁し、決死の説得を試みる。


「だからね、僕のせいで巻き込んでしまった贖君は絶対に死なせない。君を生かして明るい世界に届けたい。間違って、苦しんで悩んで僕を生かすと言う決断を下したのかもしれない」


「...俺は」


「否定するよ、君の決意を。ここまで来たらもう僕の我儘だ。僕が魔法少女として戦うと決めてから直向きに貫いてきた信念を、正しいと思ってきた行いを曲げないし否定させない」


 そこでようやく気づく。幹人がやろうとしていることは他の誰でもない金剛寺香織の決意を信念を歪ませてしまうことに。


「ずるいじゃないですか...俺の決意は否定して自分の在り方のために我儘を通そうとするなんて」


「ずるいとも、言っただろう。正義なんてものは突き詰めればエゴでしかない。だから僕は僕のエゴを通す。だから贖君は贖君の欲望を、叶えたい君の本心を言ってごらん」


 本当に狡い人だと思った。


 全部吐いた。思い出せば顔を真っ赤にしてしまうくらいの思いの丈を香織にぶつけた。贖幹人としてなりたかったもの、夢描いたもの。羨望の先、変わりたい生き方。


 だから、本心を言ってなんて今言われてしまったら涙腺が決壊してしまう。


「俺は...俺は生きたい!」


 子どもの様に泣きじゃくる幹人を笑うことなどしない。泣きながらも伝えたいことを必死に話す彼を静かに見つめるだけ。


「生きて、先輩のようになりたい!みんなに好かれて、困ってる人を救って、みんなが笑い合える明日をつくりたい!」


「なら、やることは決まっているだろう。僕に力を使うんじゃない。この先も贖幹人として生きて戦うこと。...未来に進むことはできるかな?」


 少年はもう迷わない。自分の足で進むことができる。逃げずに立ち向かう心構えはできた。


「ええ、もう立ち止まりません。俺は先輩の為にと言っておきながら、誇りを傷つけた。それを言い訳に逃げていた、本当にダサい...カッコ悪い人間なんです」


「でも、もう逃げない。だろ?」


 握り拳を幹人の胸に当てた香織の身体は淡く光りはじめた。


「逃げませんよ。俺の犯してきた罪も罰も背負い込んで新しい自分に変わっていきます。...見守っていてくれると嬉しいです。上手くやっていける自信はありませんが必死にもがいて夢を叶えてみせます」


 もうお別れだと確信が持てた。だから野暮なことは言わない。伝えることができる最後のチャンスなのだ。今でなくてはもう二度と有り得ない僅かな時間。


 上手く笑えているだろうか。頬を伝う水滴が顔を歪めてないだろうか。


「良い笑顔だね...あの世ってのがあるなら見守っておくよ。それじゃあ、またね。後は任せた」


「また、会えるのなら!いつか!」


 光の泡沫となり泡沫の如く消えゆく。


 その姿は最後まで微笑み、指先が消えるまで手を振り続けていた。

 

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