繋ぐ
全身が朽ち果てる。
肉、血管、骨。全てがはちきれる。
「だぁぁぁぁ!せいやぁぁぁぁ!」
(耐えられるけれど!これ以上のダメージは危険!どうにか押し切らないと!)
鋼よりも硬い拳が無数の軌道を描いて静寂の身体を正確無比に撃ち抜いていく。
「ぐ、うぉぉぉぉぉ!」
その猛攻に耐え、尚も反撃を続ける。マトモな怪人が受ければミンチになる拳撃も鋼鉄が如く強靭な肉体を持つ静寂零は押し切られはしない。
全身を撃つ拳の流星群には己が腕と目で見切る。追いつけないレベルの拳には肉体の急所を外し、身体を潜らせ肩で受ける。それすらも激痛が走るが問題は無い。
(痛みだけだ...奥の手は残すことができるな。このまま奴の自己崩壊を待つのみ!)
ひたすらに耐え、隙あらば打撃を与えて内部崩壊を狙う。凄まじい速度で成長という名の崩壊が突き進む。
魔法少女として才覚のあった金剛寺香織。
怪人としての才覚のあった贖幹人。
暴発を続ける魔力はその手に余るほどに強力な力を生み出し続ける。
「ぐぅ、らぁぁぉぁぁぁあ!」
「ッ!!」
空気が破裂する。
両腕をもってして受け止めた。
(よもや、これ程とは!)
腕がへし曲がった。筋肉の繊維が圧迫により潰れ、拳型の後と共に骨が見えるほど痕を残した。
ひび割れた骨の周りから鮮血が流れ始めるが、驚異的な回復力により止血した。剥き出しの肉に夜風は染みる。慣れた激痛ではあるが苦痛は隠せない。
(行動に問題は無いが、先程までと同じようには捌け無いな...)
奥の手を使うかと正面を向くと、静寂よりも悲惨な傷をゴールドラッシュが負っていた。
「っう!はぁ!はぁ!」
腕がひしゃげていた。
断裂し、骨が飛び出し筋肉繊維がめちゃくちゃに断ち切られた。血管は爆発、決壊したダムのように多量の血を流す。
(血は問題ない...直ぐに止まる筈。ちょっと流しすぎたかもしれないけど。それよりも...片腕...殴れても一発が限界。本気でピンチだね)
好機だと、確信した。
遂に代償を支払う時が来たのだ。無茶苦茶な魔力運用のツケ。強力すぎるが故に腕が耐えきれず、殴ると同時にその反動で腕が一本お釈迦になった。
片腕に酷いダメージを負ったが、静寂は問題なく動かす事はできる。それに対してゴールドラッシュの腕は完全に使い物にならない。そして、次の一発を撃った瞬間にもう片方の腕も弾ける。
(カウンターでやられる可能性はあるが、今攻めなければそれこそヤツの思う壺だ)
腕が砕ける程に上がった魔力の一撃を喰らえば静寂とて危険だ。正面から受けた上で腕に痕をつけた。いくら鍛えてるとはいえ、ボディに喰らっては内臓が潰れて致命傷になる。
(好機は一転して窮地にもなり得る。完璧に読み切り、制圧する他あるまい!)
ゴールドラッシュは静寂の考えた通りにカウンターを決める事を念頭に置き、迎撃体制に入る。
(此処で狙うべきは屠る一撃...それとも..)
負傷した右腕には目もくれず、生きた左を警戒して静寂は拳を振るう。それは長く鍛錬を続けてきた練度の高い突き。瀕死のゴールドラッシュを仕留めるのに強大な一撃でノックアウトを狙うのではなく、素早い突きを続ける事でカウンターによる無慈悲の一撃をさせない立ち回りをする。
(ゴールドラッシュ。貴様の次の一撃はこの決闘の結果を大きく左右させる強烈な拳だ。軽いものではなく、腰の入った力のある技を狙うだろう。ならば、その体勢に入らない立ち回りをするだけだ)
確かに今の左腕は強力且つフィニッシュに足る威力を持っているが、右で撃ち抜いた時と同じくしっかりと力がなってなければ真価というよりかは決着の一撃を放てはしない。カウンターをさせないために高速で突きを撃つ。
速さとゴールドラッシュの先読みの力を利用しているのだ。突きの威力は喰らえば骨を粉砕する程度には強力であり、今の状況で受ければ敗北は必至。故に避けるしか方法はない。撃たれた突きに対してどう避けるのが最適かゴールドラッシュは理解している。
(だから誘導されてる!っく!このままでは静寂のペースに追いやられて、潰される!)
既に限界ギリギリ。いつ肉体全てにツケが回ってきてもおかしくはない。カウンターが出来ず、ただ突き避けるだけではジリ貧で負ける。
それが静寂の理想だ。
(なら、どう切り返す...)
ゴールドラッシュが避ける為の突きだ。逃げ続ける事は容易い。それでも思考を止めずに次の一手を考える。
(僕たちの勝利条件は勝つ事じゃない...逃げ切る事、だったら!)
重心を悟らせないように、揺らぎながら突きを避ける。
(構えを変えてきたか...重心がわからずとも崩す事はできる!)
変わらずに突き続ける静寂の意表をつく。
「っふ!」
左腕を使い、右脇腹にボディブローを決める。
「っく!何を!」
静寂の予想通り、決定打にはならない。
それでも、膨大な魔力を宿した拳だ。軽い筈もなく、体幹が保たずに静寂の重心が崩れる。
「今だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
左腕が弾け、右脚を踏み出して左脚で蹴り上げた。
「うぐ!うぉぉぁぁあ!」
静寂は文字通り吹き飛んだ。
左腕のブローにより、バランス感覚を失った瞬間を狙って此処から遠く離れた場所に蹴り飛ばしたのだ。
今回の勝利条件は全員で逃げ切る事だ。夜明け近くであり、此処に戻ってくる頃には別の場所に移動さえすれば捕まらない。
静寂は囚われていた。生死を賭けた戦いで、殺す事以外を考えているとは思ってもいなかったのだ。
確実に自分を屠る一撃を狙うと断定し、足技への警戒を怠った。
ゴールドラッシュの固有魔法は拳の超強化であり、足技は決定打にはなりえないと踏んでいた為だ。
結果、ゴールドラッシュの作戦が功を制して逃げ出す算段がついたのだが、四肢の内三つがダメになってしまった。
「ああ、もう。本当に死ぬかも」
両腕と左脚はもはや使い物にならない。蹴り飛ばした反動で地面に仰向けになってしまい、右脚で這いずって移動しようかと考えていたがその必要は無くなった。
「歓喜/最後に君にあえて嬉しいよ、ゴールドラッシュ」
ケルベスが飛来した。
「僕も嬉しいよ。お別れも言えないままに死ぬと思ってたからね」
ケルベスはアンプルを取り出し、注射を施した。
「危険/結末はわからぬが、大怪我は必至と予想できた。君にこの薬剤が必要だと思ってね。直ぐに取ってきた」
「ありがと、無かったら本気で追いつかれて死んでたかも」
ケルベスは静寂の魔力を感知した際、県を跨ぎ癒しの力を持つ魔法少女の元に向かい薬剤を受け取ってきたのだ。
薬剤を打たれるとうめき声と共に体が治癒されていく。10分程すれば四肢の見掛けは元通りになり、何とか逃げれる体勢を整えられた。
「ひとまず去ろう。いつまでも居たら危険だ」
ケルベスは頷き、廃墟を後に隣町へと身を隠しに向かった。
*
魔法少女の姿のまま、隣町の森林公園に身を隠した。無論魔力の隠匿は行っており、ゴールドラッシュのレベルであれば静寂にはまず看破されない。
草葉のある地面に寝転がり、明るくなりつつある夜空を見上げる。
「初めてヒーリングの薬剤使ったけど、凄まじいね。ぶっ壊した身体が元に戻っていくのを感じるよ」
「当然/彼女の癒しの力は絶大だ。故に、副作用の関係で一度しか使えない。次はない」
魔法少女ヒーリング。彼女は癒しに特化した魔法少女であり、擦り傷のような簡単な治癒から骨折や欠損などの激しい損傷も癒してくれる。小さな傷は限度はあれど、かなりの回数回復できる。
しかし、今回のように身体中を壊したような大きな傷を癒すには膨大な治癒力を必要とする。
まず一つ目に魔法少女の状態でなければならない。通常の人の体で行っては薬効が高すぎて死んでしまうからだ。
二つ目、ある程度の体力がなければならない。ブルーレインのような死にかけの状態でアンプルを打っても体力を消費し切って死んでしまう。
三つ目、一度しか使えない。ケルベスが言った通り、二度は使えない。強力な治癒の為、魔法少女といえど2回も使ってしまえば身体と精神に負担がかかり、まともに癒せずに鬱などの精神疾患を発症する可能性がある。
規則を守って使えば奇跡と呼べるほどの癒しを与えてくれるのだ。
「わかってるよ。ま、次戦うのは僕じゃないけどね」
「疑念/それはわかっている。だが、奴に対抗するにはどうするのだ。同じ手を使っても器用に躱されるだけだ」
「策はあるよ。今回やった方法と逆をやるだけ。今夜の戦いで静寂はだいぶ消耗した筈。だったら出力を落として安定した力で打ち倒せる...でしょ」
「驚嘆/混ぜる気か。闇に堕ちた少女のように」
「ご名答。そんなわけでそろそろ僕の時間も残りわずかだ。策を贖君に伝えなきゃならないんだ。本当に、本当に寂しいけど」
その声は涙ぐんでいた。死を覚悟した少女の堪えた声。
「悲/そうか...もうまもなく夜が明けてしまうからか...。さようなら、香織。君をこのような戦いに巻き込んでしまい申し訳なかった。君の次の人生に幸あれ。香織、本当に今までありがとう」
ケルベスの目からポタポタと涙が溢れ、声が震える。
「そんな...泣かないでよ...笑顔で去ろうとしたのにさ。僕も本当に感謝してるよケルベス。ここまで戦ってこれたのも君やブルーレイン...いや慧理のお陰だ。彼女にもよろしく頼むよ」
「号泣/ああ、わかった。伝えておく。だからどうか安らかに」
ゴールドラッシュは涙を流しながら精一杯の笑顔で返した。
そして意識を沈める。
最後の仕事。
ゴールドラッシュとして、金剛寺香織として贖幹人に己の意志を託す為に。