憎しみに溺れる
それは止められぬ衝動であった。
目の前に仇がいる。
彼女を殺した憎悪の対象が。
その在り方を正そうとも、消えぬ禍根をその心に宿していた。例え同化が進んでも復讐の炎は熱く燃え盛る。
殺す。
それは正義では無い。
贖幹人の本質は誰よりも正しくあり続けようとする意志。それを捻じ曲げてでも突き進む怨嗟に縛られている。
それと同時に正当性もある。
幹人にとって外套の男は討ち滅ぼすべき悪でもある。
正義の名の下に殺す。それが怪人となり、夜な夜な悪を討伐してきた理由であった筈だ。
今の、新しい在り方を求めた優しさを、寛容さを全て捨て去ってもいい。
ブルーレインに軽蔑されようとも、見放されようとも構わない。
この怒りと憎しみの衝動で身体を突き動かすだけだ。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫ぶ。
廃墟を震撼させるほどに感情を乗せて。
「待て!落ち着け!」
グリーンアサルトの静止など耳に入らない。
負の感情を。己の欲を解放した魔力は魔法少女のモノでは無い。
地面を蹴り上げるように僅かな距離を突き進む。
瞬く間に身体が変容していく。
「おい、テメェ!それはダメだろ、元に戻れ!」
骨が覆う。
悪魔のような頭蓋が。
生命を捨て去った骨の鎧が。
命を地面に繋ぐ骨の杭が。
魔法少女の正しさを見失い、悪に走る。
「お前だけは!ここで殺す!!!」
杭を突き刺すように振りかぶり、心臓に狙いを定めて突進をする。
「魔法少女というアドバンテージを捨てた時点で決して私には敵わない」
殴り込んできた腕を掴み、慣性を利用して流れるように壁に投げつける。
「っぐぁぁぁぁ!」
壁にめり込んだ幹人。頭に被った頭蓋の骨を片手で砕き、顔が露わになる。そのまま頭を掴み、片手でグリーンアサルトに向けて放り投げた。
「戦場では冷静さを失った者から先に死んでいく。以前の敗北から学ばなかったのか...いや、記憶の整合性がまだ取れていないようだな」
(...マジでヤベェな。魔力が桁違いだ...何故接近に気づかなかった。魔力を意図的に消せる力をコイツも持っているのか...?)
幹人を受け止めたが思考がまとまらない。圧倒的力量に突如として現れたその存在。怪人と化した幹人との一瞬の攻防。考える事が多すぎて固まる姿を外套の男は嘲笑する。
「フッ、どうやら理解が追いついていないようだな。一つ助言をしてやろう」
「...助言だと?」
「魔力の隠匿は誰にでもできる技術だ。グリーンアサルト、君は私の存在に気づかなかった事を気にしているようだが無理もない。君と私では絶対的な力量差がある」
仰々しく、嘲笑うようにかたる。
「君の隠匿技術はお粗末なものだ。正しく学んで有れば看破できる程度の代物だ」
その時点で決して埋まらぬ溝があると言う。
知識も経験も技量も、まるで足りていたいと。
(ッ!一先ずブルーレインに連絡を!オレと二代目だけじゃ対処出来ねぇ!)
男は語らない。見えぬ漆黒の面を敵に向けたまま静止している。腹の底では見下しているに違いない。
(ブルーレイン!今、ゴールドラッシュを殺したヤロウと接触した、本気でヤバい!コレ以上会話する余裕もない、できれば救助にきてくれ、頼む!)
一方通行の通信魔法を送り、固まっていた身体を無理矢理動かす。今すぐ何か策を取らねば、全滅は必至だ。
幹人は意識を失ってしまい役に立たない。その状態で圧倒的な格上の怪人から逃げなければならない絶対絶命の状況。男が無駄な会話を好まない人間だったなら、既に2人は殺されていた。
冷や汗を流しながら、脳みそを必死に回転させながらどうにか逃げの一手を模索する。
「助けを呼ぶのはブルーレイン一人でいいのかね。彼女が一人来たところで戦力差は変わらんよ」
「...通信魔法を傍受できるのか?」
「できるとも。拙い君達の技術を傍受できなくては幹部の名が廃る」
(...何が幹部の名が廃るだ。今迄出会った幹部にここまでの技量を持ったやつなんざいねーよ)
戦力差は変わらない。確かにブルーレインの実力者はグリーンアサルトとそう変わらない。外套の男にとっては赤子の手をひねるように簡単な事だ。
しかし、彼女の知恵と魔法を合わせればどうにか逃げ切ることはできるかもしれない。魔力は既に隠匿をやめた。場所を把握していれば策を考えて突入してくれると仮定して話を進める。
(だったら今やるべきは時間稼ぎだ。幸いにもお喋りが好きらしいからな...後はコイツが目覚めてくれれば御の字だ)
怪人の被り物を壊されただけで致命的なダメージは受けていない。とはいえ頭蓋は怪人の構成した体の一部であることには変わらないため、破壊された激痛によって一時的に意識を失っているだけだ。短時間で目覚めるはずだ。
「そいつはすげーな、是非アンタに魔法でも教わりたいもんだぜ」
「くだらん軽口だ。だが、少々教えてやるのもやぶさかではない」
「へぇ、なんか教えてくれんのか?」
「勿論だとも。実践形式にはなるがな。私の技を盗めるのなら盗んでみるがいい」




