痣
「これは私にとっての試練なのだよ」
男は語る。
「私の選択は常に矛盾している。救うべき対象を殺め、殺すべき対象に慈悲を与える」
慈しむように、憎しみを込めるように感情を押し殺した声で淡々と。
配下は無言だ。
彼らには心当たりがある。同時にその根底は怪人の幹部としてあるまじきモノだ。私的な理由とは心の問題だと解釈し、余計な横槍をいれずに聞き入る。
「この街を守護する魔法少女及び侵入してきた魔法少女は私が自ら出向いて殺す」
明確に殺意の篭った言葉。
それは彼を怪人へと導いた破壊の衝動。
怒り、妬み、憎しみ、そして絶望。
今もフードに隠れ見えぬ男の表情は彼の憎悪を圧縮した醜い色で塗りたくられた虚無になっている。
「故に、私が決着をつけるまで手を出すな。お前たちの手を借りては永遠に呪縛が剥がれることはない」
「...万が一追い詰められた場合「決して手を出すな。そこで死ぬのならばそこまでだ。私は囚われ続ける生霊だったと証明される。そこに慈悲などいらん、未熟さを嘆くのみだ」
想定外のケースを案じて緑葉が確認を取るも食い気味にノワールに否定された。
覚悟を決めた男は引くつもりは無かった。己の命を賭して呪縛に立ち向かうのだと緑葉は納得した。
「話されている最中に申し訳ございませんでした」
「気にするな。3人に話す内容はこれで終わりだ。元の持ち場に戻り今の話を念頭に置いておけ」
「へいへい、邪魔しなきゃいいんだろ。一言で終わる話だ、今度こそは通信魔法にしろよな。あばよ」
鬼巌は余程怒りを堪えているのか歯を食いしばり、額に血管を浮かべて去っていった。言葉の節々にも怒気が含まれていたので相当だろう。ノワール側に振り返る事なく跳躍して去っていった。
「こればかりは脳筋に同意をする。上司であり、敬ってはいるが慕ってはいない。もっと効率よく行動しろハゲ」
全く敬ってるとは思えない暴言を吐いて夜空に飛んでいった桃雲。物事を効率的に行いたい彼にとってこの時間は無駄なのだ。
そんな惨状に呆れて大きくため息を吐く緑葉。申し訳なさそうに90度まで頭を下げて謝罪をする。
「申し訳ございませんでしたノワール様。彼らには言って聞かせておきます」
「無駄だ。二人は強者に従うがそれ以上のことは決してしないだろう。我が強すぎる。故に怪人には向いているのだがな」
「承知致しました。進言ありがとうございます。それでは私もここで失礼します」
礼儀正しくその場を去ろうとするとノワールの手によって止められた。
「まあ、待て。お前にはもう一つ話しておく事と渡す物がある」
直ぐに振り返り内容を問う。
「なに、大切な鍵を預けておくだけだ。然るべき時に使う物だ」
「拝借します。...コレが鍵ですか?」
「その通りだ。詳しい内容についてだが...」
夜は更け、朝へと向かう。
怪人たちもやがてはその場を去り、外套の男との決着の日は着実に近づいていった。