鳥人
「良い夜だ。満月の下で殺すのもまた風情」
眼鏡をかけた厚着の男。名を軽井沢誠司。文系の大学生であり、怪人だ。
怪人になる前の話。毎日のように猟奇殺人の本を読み漁っており、実際に行われた犯罪などにも興味を持って実際に自分が犯した時の事を想像して悦楽に浸っている人間だった。
無論、それを現実で行う度胸はなかったし、やってはいけない線引きを弁えているので創作物や文献でその嗜好を満たしていた。
また、その趣味嗜好は常人とズレていることも自覚していたので誰かに話すこともないまま己の中で消化し続けるだけであった。
しかし、ある時に転機が訪れた。
「やあ、はじめまして。君は随分と黒い欲望を持っているみたいだ」
大学の帰り道。人里離れた無人の駅、他者が介入しない場で外套の男は現れた。
「な、なんだあんたはいったい。いきなり欲望とかわけわかんないこと言って。酔っ払いか?警察呼びますよ!」
漆黒で見えぬその顔は不気味に思えた。表情は見えぬ筈なのに、浮かれているような顔が見えた気がする。
「何、怖がる必要も警察を呼ぶ必要もない。只、欲望に素直になれば良い。その薄汚れた中身は誰にも否定されるべきではなく、賞賛される行為なのだと証明するべきだ」
男に恐怖心を覚えた誠司は直ぐにその場を離れようとしたが、出会った時点で逃げる選択肢は既に潰されていた。逃げようにも足が紫色の拘束具で捕縛されており、足の自由は無くなっていたのだ。
「なんだよ、これ!なんなんだよ!」
「逃げようとするとはね...悪い子だ。私は君の理解者であり、君を導く者だ。そこに恐怖も羨望も要らない。君は君として生き、欲望の限りを尽くすのだ」
そう言って大きな掌で頭を握った。
「さあ、新たなる怪人の誕生だ。祝い、喜びたまえ。世界が君を待っている」
「うがぁぁぁ!うぐぁぁぁぁあ!」
全身に電撃が駆け回る激痛と共に身体に異変が起きはじめる。身体が大きくなり、2mを超える巨体となった。顔の形が歪に捻れ、整形し鳥の形となって羽毛が生える。全身も同じように羽根が生えた。異常に発達した強靭な足腰と指などは変形し三前趾足となった。腕からは翼が飛び出し、手は巨悪な鉤爪となり人を引き裂く為の武器となった。色は黒く、闇夜に溶けて視認しにくい。
「さて、後は理性を保つことができるかが問題だ。つまらん駒となり一瞬で浄化されるか、理性を保ち魔法少女に苦戦を強いるか」
どう転ぶかわからぬことも一興なのか、不敵な笑いを残して外套の男は離れていった。
「はぁ!はぁ!」
残された誠司は気が気じゃなかった。激しく鼓動する心臓に止めどなく溢れてくる欲望に耐えていた。
「ダメだ!ダメだ!」
殺人衝動。
引き裂いて殺す。
内臓を潰して殺す。
頭を捻じ切って殺す。
苦悶する姿を見て殺す。
「あぁ!」
本能に近いそれを理性で抑えつけ、帰路から外れて山へ向かう。このままでは人を殺してしまう。欲に負けて本当の殺人犯になってしまう。
「それだけは嫌だ...」
涙を流し、腕を抑えてとにかく離れていく。
その様を遠く離れた場所から外套の男は見物をする。
「中々強靭な精神力ではないか」
心配はあるまいとその場を去った。
この状態は三日三晩続いた、山の奥で孤独に耐え続けた。幸いこの身体は頑丈で多少汚くとも川の水を飲み、魚を食らうことで飢えを凌ぐことはできた。
だが、幾ら理性が残っていたとしても怪人となった以上は永遠に耐えきれるものではない。他の怪人と同じく、欲の渇望を潤わせなければ理性を無くして他者を襲うだけだ。延ばしたしたところで結果は同じ。
「アハ、アハハハハ!」
人を殺した。全身の骨を砕き、みるも無惨なミンチにした。
「何を我慢していたんだボクは!こんなに満たされるような快楽を!嗚呼、素晴らしい。フィクションや書物なんかじゃ感じられないナマの感覚!」
身も心も怪人となった彼はもう止まらない。
「そうさ、殺す為に産まれてきたんだ。コレほどまでに生を実感できたことはないよ。クク、アハハハハ!!」
殺人鬼は嗤う。欲に溺れた薄汚い笑い声で。
それから、2、3人程殺した。外套の男に魔法少女の事を説明された訳ではないが、魔法少女の魔力を生理的に受け付けられず常に避ける形で生き延びてきた。
自分を追ってきてる事を本能的に理解しており、狩場を一定の場所と決めずに点々と変えながら殺しを続ける。
そして、今宵も一人の人間を獲物に欲望がままに襲いかかろうと動き出した。
(昨日は郊外、一昨日は駅近くの路地裏。どれもボクの生活圏からは離れているから絞り込まれはしないだろう)
故に、対角にある神社の周辺を今夜の狩場と決めた。特定の場にこだわっては他の連中と同様に簡単にやられてしまう。自分と同じ反応が別の反応の影響によって消失することは理解しているのだ。
空上をはばたきながら獲物を見定める。都合よく、一人で下校をしている学生を見つけた。ジャージを着用している為、部活を行いこの時間まで帰っていなかったのだろう。
空から強襲し、神社周りの森で苦しめてやろうと落下しはじめた瞬間に魔力を感知した。
「ッ!!」
(マズイ。今まで避けてきたのに、何故ここに!)
下方向に向かって加速したので、旋回が行えない。急停止をして、家の方面に逃げることにした。
「そんな遠距離から捕まるかよ!」
少しもたついてしまったが、これだけ離れているのであればトップスピードで撒くことができる。そう判断して超高速で神社の対角へ向かった。
しかし、そこにはもう一人が待ち受けていた。背後からの反応を気にしすぎていたので、探知に引っ掛からなかったのか容易にターゲットを捕捉することができた。
「逃すかよ!」
「っなに!ぶくぁぁぁ!」
進行方向から現れたのは金髪ポニーテールにガントレットを装着した美少女。ゴールドラッシュが待ち受け、飛んできた誠司の顔面にストレートを叩き込んだ。
「計画よりも簡単だったな、浄化してやるよ。怪人さん」
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