はじめまして
「寛喜/良い返事を貰えて私は嬉しいよ。夕方になれば慧理が帰ってくる。それまで休んでいるがいい」
「慧理ってのは誰なんだ」
「返答/この家に住む魔法少女だ。君を倒したブルーレインでもある」
「それでこの部屋にいたのか。色々と衝撃的過ぎて他人の部屋ってことをすっかり忘れちまってたよ」
先ほどまでの問答を見知らぬ場所でやっていたことをすっかり忘れていた。忘れる程に幹人にとって重たい真実であったのだ。
(そうなると緊張してくるな...)
うろ覚えではあるが、美少女だった筈だと記憶を辿る。今更ながらその少女の部屋にいることに恥ずかしさを覚える。あまり、女性経験のない幹人はそういった免疫がないのだ。
「なあ、そのー慧理さんはどこなんだ。ちょっと男が1人で女性の部屋にいる状況ってのが気まずくて...いや、一緒でも気まずいけどさ」
「解答/彼女は学生だ、学業を全うすべく学校へ向かった」
「あー今日は平日だよな。完全に曜日感覚がなくなってたよ」
「理解/無理もない、君は暴走し激しく消耗したのだ。感覚がズレてしまったのだろう。彼女が戻ってくるまで心と身体を休めるが良い。それに先程の心配も杞憂だ。君の姿は今女性だ。見てくれは女性なので恥じることもないだろう」
「心が男なんだよ...休むに休めねぇな。けど、助けてもらっておいて贅沢は言えないな。少し休まさせてもらうよ」
それが良いと、肯定した後にケルベスはピアノの上で眠りはじめた。会話の相手にはなってくれないのかと思ったが、此方に気を使って静かにしてくれたのかもしれない。休むといった言葉を文面通りに受け取り、眠ると思ったのかもしれない。
(やることもないし、また一眠りさせてもらうか)
慧理が帰ってくる前に起きれば良いという考えで再びベッドに潜り込む、ということは少しできないのでクッションを借りて床で眠ることにした。流石に女子のベッドに自分から入る勇気はなかった。
*
体が激しく揺さぶられて覚醒する。かなり疲労が溜まっていたので深く眠ってしまっていた。眠気で下がった瞼を擦り、視界が開けると1人の女性が立っていた。
セミロングのカールを巻いた女性。黒い艶髪から仄かにシャンプーのいい匂いが鼻腔をくすぐった。
「起きなさい!起きなさいってば!」
どうやら大きな声を出しながら幹人を揺さぶっていたようだ。ボヤけた視界はようやくピントが合い、見開くと目と目が合った。
「やっと起きた...倒れた時にも思ったけれど、体は本当に香織さん...」
思い詰めたような顔。
悲しみが垣間見える顔。
涙を堪える顔。
それらを全てを心の奥に押し込んで、優しく問いかける。
「初めまして、私は蒼慧理、君の名前を教えてほしい」