断章 Re:彼の正義:彼の罪 後編
その後、直ぐに笹川は救急車によって運び出された。
幹人はその間に平静を取り戻し、担任である静寂に連れられて生徒指導室に連れられた。事件の聴取の前に、笹川と幹人の両親に連絡をとり互いの父親が聴取後に学校へ到着した。
現在、部屋には幹人、静寂。父である幹也と笹川の父、光正が揃い、話し合いが始まった。
「さて、今回の件ですが担任である私が事の発端と顛末について聞き及んでおります。ですので、彼では無く私から説明させて頂きますがよろしいでしょうか」
2人は無言で頷き肯定をする。
「承知致しました。では、暴力によって幹人君が秀君を痛めつけた件ですが、幹人君はどうやら正義感でこの蛮行をおこなったようです」
「...正義感?」
一方的にやられた被害者であると思い込んでいた光正はその発言に眉を顰める。
「ええ、失礼ですがお子様である秀君は同じクラスの今村君という生徒に対して虐めをしていたそうです。今回の事件以前にも同様の行為がありました。それを見ていた幹人君が注意をして、今後はやめるよう呼びかけたそうです」
光正は腕を組み、深妙な表情を浮かべる。
「だが、その約束を違えて今村君に暴力行為を続けたのを見て、怒りのあまりこのような暴力行為に至ったそうです。実際にお二方が来る前に事件現場にいた生徒二人に確認をとり、被害者である今村君もそれを認めていました。以上が今回の件の内容となります」
「本当に申し訳ございませんでした!ウチのバカ息子のせいでこのような事態になってしまい、謝っても謝りきれません。お前も頭を下げて謝れ!幹人!」
幹也に頭を掴まれて無理矢理頭を下げさせられる幹人。内心、この結果に納得がいってないので不服であったが、状況が悪いのでその場で謝ることにした。
「申し訳...ございませんでした」
いや、内容は理解した。そこまで頭を下げなくてもいいと面を上げるように伝える光正。やっと理解してくれる人が現れたと幹人は思ったが、無論同様の考えでは無く、交渉をしてきた。
「今回の件。息子にも否はありますが、それに対しての代償が重すぎるそうは思いませんか。確かに虐めは許されざる行為ですが、それにしたって救急車で呼ばれる程に暴力を振るうのは違うでしょう」
「ええ、誠にその通りです」
「私の息子はね、優等生だったんですよ。常に成績は上位を取り、内申点が高く取れるよう礼儀正しく生活するように指導してきました。ですが、秀にとってはそれが窮屈だったのでしょう。それが爆発して虐めでストレスを発散するようになったと思うのですよ」
幹也は冷や汗をかきながら相手の言葉にええ、ええと相槌を打つことしかできなかった。
「だからね、今回の件。表沙汰になると息子の虐め問題が表に出てしまう。それがわたしは嫌なんですよ、お宅の息子の誤った正義感でこのような結果になってしまうのは非常に残念でならない」
光正の言葉に怒りを覚えながらも、ここで訴えるのは得策じゃないと全力で自分を抑えつける。
「それに、君の将来もある。ここでの事件を被害届を出して裁判をおこなって少年院に送ったところで此方には何の得もない。ですから、幹人君と言ったかな。今回の件は君が一方的に暴力を振るったということにしてくれないかな」
「それは、どういうことですか!それだけは俺にも納得がいきません!」
暴挙とも取れる提案に沸点を超え、目の前のテーブルに両手を叩きつける。
「幹人!やめなさい!ですが、今回の事をだけに幹人に責任を押し付けて何の得があるのか伺いたいですね」
その内容だけでは幹也も到底受け付けるつもりはなかった。
「ええ、そうして頂ければこちらから被害届けを出すつもりはありません。それに治療費さえ払ってくれれば大きな問題にするつもりはないと言ってるのですよ。まあ、学校内で数週間か数ヶ月の停学は免れないと思いますが退学よりはマシでしょう」
「....」
奥歯を強く噛みながら怒りに震える。
「勿論、私の方からも学校側に退学の処分はやめてほしいと進言させて頂きますよ。被害者側から伝えれば許される余地はあると思いますよ。ねぇ、先生」
「...ええ。絶対の保証はありませんが、可能性としてはあるでしょう。ですが、それは私に虚偽の報告をしろと申しているようなものですが」
「ははは、先生としても自クラスの生徒から退学者が出れば困りますよねぇ。それに生徒の未来を摘んでしまうより、活かす道の方を選ぶのが指導者として正しいと私は思いますよ」
静寂はしばし考える素振りを見せた後に頷いた。
「...わかりました。お互い納得する形であればその手筈を整えましょう。私としても彼に退学はして欲しくありません」
そうでしょう、そうでしょうと光正はにこやかに笑っていた。自分の息子が怪我を負ったのに後のキャリアを気にして息子の闇を隠蔽しようと笑う彼は何処か不気味に思えた。
「わかりました...その手筈でお願いします。ここで息子を路頭に迷わせる訳にはいきません」
「父さん!」
「幹人!お前はどれだけ人に迷惑をかけたか、わかっているのか!正義感を持って注意することは正しい!でもな、やっちゃいけないコトってのはあるんだよ!人が悪い事をしたからと言ってその罰をお前の私情で罰していいものじゃないんだ。いいか、お相手さんは譲歩して此方にも有利になるようしてくれるんだ。時には嘘をつくことも大切なんだ」
なんだそれは。納得がいかない。間違ってないのに、誤ってるのは向こうのほうだと叫ぶのは簡単だった。でも、父親の必死の訴えを聞いて、それを言い続ける程愚かでもなかった。
「わかりました...それでお願いします...」
「では、この辺りで私は失礼させて頂きますよ。完治致しましたらそれまでの治療費を全額請求させて頂きますのでその時はまたよろしくお願いします」
そう言って光正は足速に去っていった。
そして、幹人にとってはここからが地獄であった。
まず、今回の件は条件を呑んだ為、幹人がキレて一方的に暴力を行ったと処理され、その日の内に生徒指導の先生に長時間拘束の上に反省文を書かされた。何一つ納得はいかない幹人は苦痛でしかなかった。
そして、1ヶ月の停学を言い渡された。今までの素行が真面目で担任の教師、被害者の親からの進言によりだいぶ軽くなった。元々暴れるような人間と思われてもいなかったので、皮肉にも溜まりに溜まったストレスで暴れたと認識されたのだ。
今回の真相は決して語らないように静寂から今村、恭哉の方に伝えられた。両者共に腑に落ちなかったが、犯罪者になって欲しくないと思い口を固く閉じることにした。
家に帰ってからも沢山怒られた。父は勿論の事、母親には泣かれながら。幹人にはそれが一番堪えた。
勉強をして、反省文を書く。それを1ヶ月繰り返して、停学は終わり、いよいよ学校への登校ができるようになった。
どんな顔をして学校に行けばいいのかわからず、俯きながら向かった学校はもう一つの地獄だった。
羨望の目は蔑みに変わり、まるで腫れ物を扱うように人々に避けられた。そこに幹人の居場所は無くなっていた。
変わらなかったのは恭哉だけ。それ以外の生徒はいつ襲われるかわからないと近づかなくなった。
今村はそれに気遣い時折話し相手や昼食を取ってくれるようになった。
「...こんなことになるのか。俺の正しさは揺らいだよ」
「そうか。でも、人を助けることは間違いじゃないと俺は思うぜ」
曇天の空を憂鬱に見上げ、尖った幹人はその棘を削りながら、ゆっくりと球体になるよう転がっていった。
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