精霊
目が覚めると知らぬ天井であった。ファンシーな布団から起き上がり、見渡すとどうやら女性の部屋のようだ。アンティークなタンスの上には動物のぬいぐるみが並んでいた。枕元には目覚まし用の時計が置いてあり、時刻は11:25分。既に登校の時刻を過ぎており、遅刻確定だと言いたいところだ。
嫌な現実を知り、気怠げに身体を持ち上げると目の前にはピアノ、その上には羽の生えた犬のぬいぐるみが置いてあった。
「...マジでどこなんだここ。ッ!」
身体が妙に痛む。昨晩は最近の日課であるパトロールを行なっていた。その途中で魔法少女を自称する少女と戦ったところまで記憶はあるのだが、それ以降を思い出せない。
「...まさか、負けたのか?」
「肯定/君は敗北した、ブルーレインによってな。目が覚めて何よりだ」
「は?」
犬のぬいぐるみが喋った。付け加えれば宙を浮いている。これはまだ夢の中ではないかと頬をつねってみるがちゃんと痛い。
「呆/これは現実だ。君にも不思議な力が宿っている自覚はあるだろう」
低い声で喋るヘンテコな犬に違和感しかない。今の自分の状況に理解が追いつかず、混乱して返答にどう返答すべきか悩む。
「謝罪/君はまだ状況把握ができていないであろう。私は精霊ケルベス。ブルーレイン及びゴールドラッシュと契約し、魔法少女を産み出す者だ」
「なあ、魔法少女ってなんなんだ。俺の力はなんなんだ。俺はどうしても知りたくて、がむしゃらに動いてたんだ!」
それはようやく掴んだ解決の糸口。力む余り、思わずケルベスを強く握ってしまった。
「鎮静/落ち着きたまえ、君の身に起きたことを説明しよう。多少は私の推測が入っているがね。その後に幾らでも質問を受け付けよう。質問/だがその前に、君の名前を聴いても良いかね」
「わかった、俺の名前は贖幹人。色々と教えてくれ」
「勿論だとも」そう言ってケルベスは丁寧に魔法少女のこと、怪人のこと。そして、幹人に起きた現象を説明してくれた。
「説明/まず、魔法少女と怪人化から話そうか。魔法少女の仕事は怪人化した人間の浄化及び消滅。基本的に怪人化した人間は浄化によって元の人間に戻る。だが、怪人化が進行した人間はその限りでは無い。身も心も染まってしまった人間は元に戻らず欲望のままに暴れるだけだ。その場合はやむを得ず消滅させる」
幹人は説明の邪魔にならぬように黙って頷く。
「説明/また、元々怪人である存在は消滅のみを優先する。生かしておく必要はない、奴らは存在その物が悪意の塊であり、和平交渉には応じない。その集団の名は陰影の人形。異界より、この世界を掌握しようと企む連中だ」
(異界って。だいぶヤバそうだな)
「説明/奴らは異界を渡る術と悪い心を増幅させ、怪人を作る力を手に入れた。外界に出て、資源が豊富且つ別の技術が進んだこの世界に目をつけたのだ。陰影の人形は元の世界の幹部数人を送りつけ、この世界の住人の悪心を利用して人口を減らす。そして、怪人化した人間に各国の実権を握らせてこの世界を傀儡にする計画だ」
異界からの侵略者。それが幹人の敵対すべき相手であった。今まで殺害してきた怪人共は元は人間であり、悪い心、欲望につけ込まれて犯罪をおこなってきたのだ。本人の意にそぐわずとも。
「説明/それに対抗するのが我々精霊だ。我々は世界の平和を保つべく作られた存在であり、他世界を攻めようとする者たちが現れた場合に攻められた世界を擁護する為に顕界した。我々の与える力は夢や希望であり、それらの素質を最も持つのが少女だ。故に我々はその力を少女に与えて魔法少女になる」
夢、希望。それらを元に強力な武装、魔力を生み出す。それが精霊の性質であり、昔から変わらぬ絶対の掟。世界が世界を責めてた時に均衡が崩れぬように一定を保つための調停者なのだ。
「推測/ここまでが魔法少女と怪人の説明だ。次は君の話をするとしよう。幹人君と言ったかな。君は恐らく魔法少女ゴールドラッシュもとい金剛寺香織と同化をしたのだろう」
「同化...?」
「肯定/その通りだ。魔法少女の最終手段、願いの力だろう。命、魔力を使用して奇跡を起こす魔法。絶対的な力では無い、その作用が願った通りに確実になるわけでは無い。願った事に沿って不可能に近い事象を起こすもの。例えば敵わぬ相手に消滅を求めれば、その存在を封印する。世界の平和を求めれば、罪人を殺すなど願った通りになるものでは無い。推定/予想するに怪人化した幹人君を救う為だろう。君の命を繋ぎ止める、怪人化を止めるという二つの願いを込めた結果、二人の身体が融合したのだ。怪人化を防ぐ為に魔法少女の力を与え、救われない命を救う為に彼女の肉体から臓器や血を引っ張り出した。真意はわからない、わかるとすれば君だけだ」
「俺...だけ?」
「肯定/本来ならば魂、記憶すら君に移る筈だ。しかし、君は悪心に囚われられた余り、精神的同化が上手く進んでいないのだろう。いずれは君に馴染み、彼女の記憶を思い出すことができる」
それを聞いた幹人は呆然としていた。理解はしたが、余りにも残酷な答えだ。求めていた真実だが、それは救いでは無い。先のない絶望だ。優しい金剛寺先輩は既に死に絶え、自身に命を譲った。理解はできなかったが、生きていると思っていた人物は既に故人。身体が入れ替わっていたなどではない、身体を譲られた。
「質問はあるが...少し待ってもらってもいいか。心が落ち着かないんだ」
「肯定/元よりそのつもりだ。心の整理が必要であろう。私も君に聞きたいことはある。ゆっくり休んだらまた話そうか」