金色の少女
唸る水刃を警戒しながら隙を探る。アレは今まで戦ってきた連中より遥かに別格だ。勝てる保証なんてありはしないが、ここで勝てなきゃ外套の男に辿り着く事なんて夢のまた夢だ。だから、この程度乗り越えねばならないと気合を入れなおす。
(遠距離、至近距離、どちらも得意なように見える。接近戦では純粋な技量で押し切ってくる。かといって離れながら髪を展開しても水でまとめて切られる...。地中での一撃で仕留めきれなかったのが響いてくるな)
咄嗟の判断で思いついた死角からの一撃も外してしまえば策の一つとして見透かされる。先程のように気づかれずに当てることは不可能。
現にどういう原理かはわからないが、下方向からの攻撃を警戒して宙に浮きながら水刃を構えている。そして、有無を言わさずに刀を振るいはじめた。強烈な水音と風を裂く轟音が同時に響き、スカルヘッドめがけて噴出される。
しかし、どの刃も精度が甘く掠りすらしない。
(...妙だな)
一刃目は顔スレスレを狙って直撃させた人間と同一人物に思えないほどにメチャクチャに刃を放つ。だが、不思議とそこに付け入る隙はなく後退しつつ剣技を免れる術を探していた。問題なく解析は進んでいる筈だったが、気がつけば逃げ場は無くなっていた。
(誘導しているのか!)
被弾しない箇所を定め、移動し続けていたスカルヘッドの背中に橋脚がぶつかり追い込まれている事に気づいた。
「っくそ!」
一か八か。水刃の間隙を縫い、髪をつかい上に突き上げて反撃を狙う。身体から生えた骨が幾つか斬り落とされはしたが急所に当たる事なく突破する事ができた。後は上の敵を討つだけだ。
「なんだと!?」
上を見上げた瞬間にはブルーレインは目と鼻の先にいた。
「私のペースに巻き込まれた時から負けは決まってたんだよぉ!」
水刃を放つ際にブルーレインは一箇所だけ通り抜けられる場所を予めつくっていた。スカルヘッド程の強敵であれば抜けられる誘導の道。
避けられない程の弾幕を張って斬り刻むだけであれば容易だがらそれはブルーレインの信念に反する。彼女の考えとして怪人は被害者であり救済すべき対象。故に、獲物を追い込み後遺症や致命傷を避けるための一撃を喰らわせる必要があった。
刀の形状を崩壊させ、進行方向とは真逆の空に向けて水を噴出してスカルヘッドの逃げ場に向かったのだ。
最早刀の形ではない、只の水の塊となった刀身をフルスイングで吹き飛ばした。
「おらぁぁぁぁぁぁ!」
「ッッッツ!!」
激しい衝突の音と同時に水は弾け飛び、スカルヘッドは大地にめり込んだ。水刃は役目を終え、只の刀身のない刀になって鞘にはめられた。
「やりすぎたかも...でも、手加減できる相手じゃなかったしなぁ...」
自身の行いに嫌悪しつつも、沈下したスカルヘッドを覗き込む。身体を守っていた骨は粉々になり、至る所から血が流れてはいるものの激しい流血ではない。命に別状はなさそうでホッと胸を撫でた。
「...寧ろ本題はこれからよね。とりあえず直ぐに浄化しちゃうと傷が癒えないから、引きずり出すか」
怪人や魔法少女は通常の人間とは違い、自己の治癒能力が格段にあがっている。致命傷でなければある程度は回復する事ができるのだ。故に、強敵のあまり結構な怪我をさせてしまった場合はある程度癒てから戻すようにブルーレインは心掛けている。
失神しているスカルヘッドを持ち上げると悪魔の頭蓋がボロボロと崩れ、その顔が露わになった。
「...嘘でしょ。香織...さん?」
その素顔は金剛寺香織であった。怪人化の影響で美しかった金の髪も白くなってしまったが、顔は変わらずに本人そのものだ。
驚きつつも、肩をかして河川に降りるための階段にまで連れていった。その脇の芝に寝転がすと避難していたケルベスが近くまで寄ってきた。
「驚愕/まさか正体がゴールドラッシュそのものとは。なんらかの影響はあると思っていたが」
「...これって敵にやられて怪人化したってこと?もしそうなったら契約が途切れてしまうって聞いたけど」
「肯定/本来ならばそうだ。やられた魔法少女は無理矢理契約を解除させられ、怪人化を植え込む輩はいる。だが、魔法少女と怪人は対極の存在。あり得ない状態だが...」
「...とりあえず浄化してみましょう。そうすれば正気に戻って何か教えてくれるかも」
肯定とケルベスは頷き、処置にかかる。契約が切れてないなら治癒力はある。直ぐにでも浄化を行って元のゴールドラッシュに戻ってもらう。
「はぁァァァ!!」
かなり深刻化しているので全力で浄化の光を浴びさせる。すると、香織は突如として目を覚ました。
「うぐぁぁぁぁ!なんだ、何をしているんだ」
「っ!目覚めた!?だけど、押し切れるはず!」
慌てそうになるも、大きな力を使っているためこのままなら落ち着ける許容範囲までいける筈だと冷静に対処するも、言葉の暴走は続く。
「なんでだ、やめてくれ。俺は今の力がないとあの男に外套にダメなんだ。ダメなんだ!」
「ちょっと!何が!」
拒絶する力が強まる程に、香織の体が光に包まれていった。浄化の光とは別の金色の輝き。泡沫となって身体中を包むと、その見た目は変異していた。
―――否、変身していたのだ。
絹のように美しい金色の艶髪。誰もが魅入る、整った顔立ち。腕には金色のガンレッドに身体は金剛の鎧。
間違いなく、ゴールドラッシュであった。
「...ゴールドラッシュ」
戻った。師であり、夜の街で怪人と戦ってきた戦友のゴールドラッシュが金剛寺香織が帰ってくると。
だが、少女の想いは砕け散る。
中身は別人であることを知らない。あの口調や行動は金剛寺香織生来のものでも、怪人化の影響によるものでもなく。
贖幹人という少年の矮小で醜い正義の一片なのだと。
「違う、俺は。僕は。贖幹人で、ゴールドラッシュで。金剛寺香織なの。それでぇ、あぁ。あぁぁぁ!」
以前あったレベルの頭痛を超え、全身に激痛が走る。体に熱した鉄を流されたように熱く燃え上がる。
思考が消え。
理性が消え。
倫理が綻び。
破壊の衝動が全身を包む。
「なんで、浄化したのに...何が起きているの」
みたことも聞いたこともない。浄化して暴走する存在なんて。浄化の間に合わない存在であっても光に晒されれば。弱体化するはずが、寧ろ凶悪さを増していっている。
「警告/危険域の魔力。暫定/幹部クラス。証明/ブルーレイン、力の理由は判明した。説明をする前に、彼、彼女を落ち着かせてやってくれ」
「幹部って嘘でしょ...。でもやらなきゃマズいよね。はぁ...私にはわからないけど、用はゴールドラッシュは生きてるってことでしょ。ならやるっきゃないじゃない」
拳を握れ。目の前の苦しむ戦友を救う為に。
街の平和を守る為に。