今夜、貴方とマトンシチュー Part5
「ふう……」
アリスト地区のある宿屋。広い部屋にしっかりとした家具が綺麗に整えられていることから、プルートの借りている宿とは違い、いくらか富んでいる者のための宿であることがわかる。
夜半過ぎ、シャルロットは、ベッドに腰掛け、物思いにふけっていた。
『なんで俺にこだわる』
その言葉を何度も脳内で反芻させていた。
「何故かしらね……」
初めは、興味からだった。
「プルートという男は、それはもう素晴らしかった」
「お父様、またその方の話ですの?」
「語っても語りつくせないのでな、はは」
二年ほど前、つまり、プルートがカポネ・エドワルダの依頼をこなしたその後のことであった。
家族で食事を摂りながら、カポネは快活に笑う。
まだ冒険者として活動していなかったシャルロットは、父から毎晩のように彼の話を聞かされていた。
「私はあれほどの冒険者を知らない。強大なモンスターを、まるで虫でも潰すかのようにあの世へ送る。【冥王】……まさしくそうだった」
「わたくしも一度、お会いしてみたいものですわ」
「そうだな……シャルロット。お前もそろそろ冒険者として武者修行の旅に出ることになる」
その時の彼女の年齢は一四。エドワルダ家は武功で成り上がった家のため、代々冒険者として己を高めるというしきたりがある。それが、十五の齢から始まるのだ。
「もしその時がくれば、彼を訪ねてみるがいい。きっと力になってくれるはずだよ」
「はい、お父様」
それから彼女は冒険者になり、実力を磨いた。
せめて【冥王】に会うまでに、相応の実力が必要だと思ったからだ。
「それが……あんな方だなんて……」
ため息をつきながら、立ち上がり、窓を開けた。風が彼女の髪を揺らした。
「あら?」
窓から見える木立に夜の闇より暗い影が、やや揺らめいたように見えた。
その影は羽のようなものを羽ばたかせ、徐々に近づいてくる。
「カア」
「こんばんは。シナズ」
シナズは窓枠に止まると、利発さを誇示するかのように、屹立とした。
「ふふ。おりこうさんね」
指先でくすぐると、自然と笑みが漏れる。
初めは興味、次に落胆。
あれから冒険者として活動して、彼の行方を聞いて回ったが、返ってきたのはいつも嘲笑だった。
やれ『終った』だの『腰抜け』だの。
そのギャップは、まだ世間を知らない少女にはより苛烈に映った。
「あなたの飼い主さん、どうしちゃったのかしらね……」
父の言う【冥王】。
世間の言う【冥王】。
彼女はどちらを信じたらいいのかわからなかった。