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今夜、貴方とマトンシチュー Part3

「そんで、どの依頼いくんだ?」

「わたくしひとりならBランクでもいいのですが……」


 シャルロットは腕で杖を突くと悩むそぶりを見せ、プルートを眺めた。

 観察されているような、むず痒い視線に、彼は居心地が悪くなる。


「なんだよ」

「Sランク冒険者【冥王】……いえ、いまは【ただのプルート】さん。あなた、低ランクモンスターのみを狩り続けているそうではないですか」

「アンタには関係ないだろ」

「いえ、パーティである以上、お互いの実力を知っておかなければ。それは……何故ですの?」

「……修行だよ」

「弱い者いじめが?」

「アンタなぁ……」


 プルートはうなだれた。


「分ったよ。俺の実力見せてやるからついてきな」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 青霧の森。初心者の冒険者が、まず場慣れするために来るのが、この場所である。

 出てくるモンスターは、有り体にいえば『雑魚』である。

 グレムリン、ミニゴブリン、スライムのほか、大ムカデ、ツチノコ、吸血コウモリなど、どれもFランクのモンスターばかりだ。よっぽどの初心者でない限り、死ぬことはおろか、怪我をすることもない。

 

 ふたりはまず『ミニゴブリンの討伐一〇匹』を受注した。


「よし、シナズ。頼んだぞ」


 シナズはその言葉を聞くが否や、空を飛んだ。

 

「シナズがミニゴブリン見つけてくれるまで待機だな」 


 シャルロットは、鬱蒼と茂る樹木の間から、開けた空へ出たシナズを眺めながら、

「使い魔……よく仕込まれてますわね」

 とつぶやいた。


「ああ、もうずいぶん長い間一緒に過ごしてる。兄弟みたいなもんだな」

「使い魔というのは、普段は自由にさせておき、必要な時だけ召喚するものと聞きました」


 通常、使い魔とは主人が使役する際にのみ空間をつなげ、召喚する契約の元に在るものがほとんどである。プルートのように、普段から使い魔と過ごす魔術師はよっぽどいない。事実、シャルロットはこの形式の使い魔を知らなかった。


「懐いてんだろうな。知らんけど」


 プルートは、なんの気負いもせずにそう言い放った。

 その様は、どこか浮世離れした仙境のようなつかみどころのなさだった。


「やっぱり変な方ね……」

「アンタに比べりゃそうでもないさ」

「ど、どういう意味ですの!?」


 変人扱いされたと思い、怒りをあらわにするシャルロット。

 しかし、何食わぬ顔で受け流すプルート。


「こういう意味さ……【うらぶれた冥王】だと知っておきながら、なぜ俺と組む?」

「そ、それは……」


 明らかに目を泳がすシャルロット。


「最初は知らないのかと思って、報酬も高いし受けようと言ったが、聞いていればまず間違いなく俺のことをよく知っている感じだった。考えれば妙だよな」

「……」

「アンタ、なにが狙いなんだ?」


 シャルロットは俯いて、口を波打たせている。

 やがて波は凪いでいくと、

「……お父様が、よく口に出していたから」

 ぽつり、とつぶやいた。


「卿が? ずいぶん買われたもんだな」

「……それでどんな方か会いたくなって。でも近寄れば近寄るほど悪評が耳に入ってきましたわ!」


 くわっと目を見開き、拳を固める彼女。金色の瞳が爛々と輝いた。

 まるで徐々に過熱していく鍋。沸騰寸前のヒステリックが場ににじんでいる。

 プルートはそれを見て、面倒ごとになる気配を察知して、見るからにうんざりとしていた。


「おいおい、勝手に期待して勝手に失望かよ。それはひどいぞ……」

「いえっ! あなた、お父様の目を節穴と言う気ですか! 本当ならば一目会うだけでよかったのです! ですがこの体たらく!」

「勘弁してよ」

「この際だから言っておきますわ! 契約はあなたが【冥王】に戻るまで続きますからね!」

「メチャクチャだ……」


 ふたりのいさかいはカラスの鳴き声にさえぎられた。

 どうやらシナズがミニゴブリンの群れを見つけたらしい。

 プルートは必要以上に元気さを固辞し、歩き出した。


「あ、シナズが見つけたってよ! ほら、行くぞ行くぞ」

「ああもう! 話は終ってませんことよ!」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 茂みから様子をうかがうふたり。目線の先には、およそ五匹のミニゴブリンが輪を組んで、何事か作業をしていた。

 プルートはシナズを指先でなでながら、極力声を潜めて、

「シャルロット、見とけよ。これが、俺の最高の技だ」

 と、真剣な口調で言った。


 なんだかんだ言ってシャルロットは緊張していた。それもそのはず。相手は腐っても【Sランク冒険者】なのだ。

 冒険者にはF~Sランクという序列がある。その中でも最上位に位置するSランクは『別格』だ。例えなにかのまぐれでAランクまでいけたとしても、Sまでは決して行かない。Sランクとは、もはや到達するだけでも神のように扱われてもおかしくないのだ。プルートも、本来なら引退して【冥王】のまま去れたかもしれない。【うらぶれた】と称されるのは、弱者の羨望と嫉妬ゆえか。

 

 そのSランクの『全力』……期待と緊張があい交じり、生唾を飲まざるを得なかったのである。


 プルートは無言のまま、ミニゴブリンたちを見つめると、ひどく緩慢な動作で彼らを指さした。

 突き出した指先で、ただ指定した相手を冥府へ突き落す。伝承で読んだ【冥王】と一致しているように、シャルロットは思った。まるで催眠にかかったように、その様を見ていると心がざわつく。その様を見ていると、心がざわつく──。恐ろしい。

 恐ろしいのだ。ただ。


 シャルロットはなにかおぞましいものを見ているように感じて、冷や汗が止まらなかったが、見守るしかなく、ただその場を静観した。


 だが、ミニゴブリンたちはなにが起こるでもなく、平穏無事。いつまでたっても。

 彼女は頭の中に疑問符が飽和していくのがわかった。


「ふう……あれ、やっぱ失敗したかな?」

「え?」

「いや、最近いつもこうなんだよね。ホントここ最近」

「し、死んでませんわよ……?」

「いや、う~ん」

「信じられませんわ! できないのなら最初から言ってくださいまし!」

「おっかしいなぁ」


 その場を後にし、また別の群れを見つけては、ふたりは次々と即死魔法をかけていったが、そのどれもが失敗しているようにしか見えなかった。

 結局シャルロットが適当に狩って帰ることになった。


「結論を出します」

「ハイ」

「Cランクから始めましょう。それなら、わたくしが守れますわ【冥王】様」

「どっちが頼んだのかわかりゃしないな……」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ふたりが森を去った後。

 先ほどのミニゴブリンがいた場所に、砂塵のような粒子が舞っていた。

 彼らの姿は跡形もなく、しかし、彼らの羽織っていた襤褸だけはその場に残されていた。

 

 まるで、持ち主が忽然と消えてしまったかのように。

 

 ──まるで、持ち主が死んだことに気づいていなかったかのように。

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