今夜、貴方とマトンシチュー Part2
「おい……『プルート』だぜ」
「ハハッまたきてやんの」
「一生アレで食っていくつもりなのかね」
冒険者ギルド。つまるところ冒険者の斡旋所であり、依頼主と請負人を繋ぐ結合部である。
基本的に冒険者はここで依頼を探し、窓口で受注する。
酒場を兼ねているところも多く、ここ『アリスト地区冒険者ギルド』でもそうしている。
そのためか、昼から酒浸りの、赤ら顔の中年四人衆が、テーブルに腰掛け、ひとりの青年を脂下がった眼をして嘲っていた。
『プルート』とは人の名。黒づくめの男のことを指していた。
彼は今日も肩にカラスを乗っけて歩いていた。
「さてさて……Fランクモンスターはっと……お、グレムリンか。どうだろうな、シナズ」
「カア」
プルートは無造作に依頼書が貼られている掲示板に近づくと、念入りに見まわした。
低ランクモンスターを探しているのだ。
「アイツももう駄目だな……【うらぶれた冥王】」
「もう二年近くああしていやがる。目障りなんだよな」
その言葉が聞こえているのかいないのか、平然として、依頼書を三つほどむしり取ると、備え付けのテーブルに腰を下ろした。
「グレムリンにスライムにミニゴブリン……か」
この三種族は、最弱に数えられ、初心者の冒険者はおろか、少し腕に自信のある町民でも倒せてしまうようなモンスターである。
だがそれらを前にして、プルートは渋面を作り、悩みこんでしまった……。
「キツイな……」
「ちょっとよろしくて?」
女の声だった。鈴のような、涼やかな女の。
「え? いま考え事してるんだよ。他を当たってくれ」
プルートは依頼書から目を離さずに返答をした。
大方、やっかみを言ったりからかったりするんだろうと分っていた。
今までに数えきれないほどいたし、この手の輩は慣れっこだった。
「……」
女の声は止んだが、気配は去っていない。
それに、刺すような視線を感じる。
その圧力にしびれを切らし、
「しつこい奴だな! 冷やかしなら……」
と言うが早いか、持っていたはずの依頼書が散り散りになり、枯れ葉のように空を舞った。
驚いて椅子から転がり落ちると、目の前には銀色に光るレイピアが突き付けられていた。
「わたくし、気が長いほうではありませんの」
「……なんなんだ、一体?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
白い……少女であった。
歳は一五を過ぎたばかりだろうか。すらりと伸びた肢体にやや幼い顔をしている。
雪のように白い肌。真っ白で長く、少しだけカールした髪をサイドでまとめ、虚空に流している。
着ている服もまた、白を基調とした、ドレスのような。
どこもかしこも白い。
まるで彼と正反対のように。
プルートと少女は、テーブルに向かい合って座っている。
その雰囲気は……お世辞にもいいとは言えなかった。
お互いにらみ合って、火花でも散るような様子。
カラスだけがどこ吹く風で、テーブルの上に寝そべっている。
「おい」
「おい。じゃありませんわ」
「なあ」
「なあ。でもありません」
「じゃあなんなんだよ?」
「いいでしょう……教えて差し上げます。わたくしの名はシャルロット・エドワルダ。エドワルダ家の第三子女ですわ」
「へえ」
「反応が薄いですわね……もっとこう『わっ!』とか『ぎゃっ!』とかありませんの?」
「面倒くさい奴だな」
エドワルダ……その姓名をどこかで聞いた覚えがある、とプルートは記憶を探った。
「……そうか、二年前の」
「ええ、その節は父上がお世話になりました」
二年前、彼が請け負ったクエストの依頼主が『カポネ・エドワルダ卿』。領地にモンスターが出没したから退治していただきたい、という旨の依頼だった。人当たりがよく、報酬も弾んでもらえたため、覚えていた。
「それで、その、エドワルダ卿のご子息がなんだってこんなところに?」
「……単刀直入に言います」
「はあ」
「わたくしとパーティを組みなさい」
「イヤです」
「そうですわよね。わたくしとパーティを組めるってこと、光栄に思うといいですわって、えぇ!?」
「レイピア突き付けるような危ない女と組むわけないじゃん」
「なっ、正論を……」
シャルロットは、断られるとは思っていなかったのか、動揺を隠しきれていなかった。
「じゃ、また別を当たってよ。シナズ、行くぞ」
シナズはテーブルの上から動こうとしなかった。そしてあろうことか、プルートとは反対の方向、つまりシャルロットのほうへ歩を進め、彼女の太ももにすっぽりと収まってしまった。
「なっ!?」
「カラスさんは、わたくしを選んだようですわね」
「嘘だろコイツ……使い魔のくせに!」
シャルロットはシナズを撫でながら、ニヤニヤと笑みを浮かべる。プルートはそれが気に食わず、シナズを睨みつけた。そこで彼はあることに気づく。カラス特有の暗い双眸。なにかを訴えているように見えた。
「なあミス・シャルロット……報酬はあるのか?」
「あら、お金に困っていらして? いいでしょう。すぐ用意できるのは……一〇枚でどうですか」
「銀貨一〇枚!? いくらなんでもナメすぎだろうよ! こちとら命賭けてやってんだ!」
ちなみに、プルートとシナズの食費は月に銀貨一枚である。
「銀貨? いえ、金貨十枚ですわ」
「お受けいたしましょう。この命に代えても貴方をお守り通します」
「現金な方ね……」
シナズはようやく羽ばたき、プルートの肩に乗ると、くちばしと拳を突き合せた。