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第2話 姉を名乗る不審者


「――ってことがあったんです」


 俺は衣緒莉先生に、姫子との会話で売り言葉に買い言葉をしてしまったことを話す。

 すると、


「ダメ……」

「え?」

「ダメ――ッ! 銀くんに彼女なんて早すぎます! 先生は認めません!」

「い、いや、17歳で彼女を作るくらい別に普通じゃ……」

「普通じゃないもん! 母親の愛も知らないまま彼女なんて……まだまだ私が甘やかさなきゃいけないんだからぁ!」

「どうして俺が先生に甘やかされなきゃならないんですか!?」

「いやあああああ~! 私の銀くんが取られちゃうううううう~!」


 ギャン泣きを始めてしまった衣緒莉先生。

 さっきまでとは打って変わって、まるで別人のようだ。

 今は休み時間で周囲には他の生徒の姿もあるのに、そんなのはお構いなし。

 しかし――割とすぐに彼女は泣き止む。


「……決めました」

「へ?」

「先生は決めました。前々から思っていたけど、やっぱり銀くんには傍で見守ってあげる人が必要なのよぉ。本物の愛情を……母性を注げる女性がいてあげなくちゃ」

「先生、なにを言ってるんですか?」

「母性すら知らない男の子が、将来女の子を幸せにできると思うのぉ!?」

「そ、それはわかりませんけど……」

「いいえ、できません! 確か銀くんは、今一人暮らしだったわよね!?」

「は、はい、親父が海外へ単身赴任しているので……」

「うん、よし!」


 ふんす!と息を荒げて気合を入れた素振りを見せると、衣緒莉先生はそのまま俺の前から去ろうとする。


「あ、あの、衣緒莉先生……?」

「今晩、銀くんのお宅に家庭訪問します! それと今後は、私のことは〝衣緒莉先生〟と呼ばないように!」


 そう言い残すと、反論も返事も聞く前にスタスタと歩いていってしまった。

 残された俺は、ただただ困惑する。


「家庭訪問……? っていうか衣緒莉先生と呼ばないようにって、じゃあなんて呼べばいいんだよ……?」



   ※



 ――放課後。

 俺は生徒会室にやって来ていた。

 部活動には所属していない分生徒会役員として活動しており、校内環境の改善や行事の運営に参加している。

 今日も今日とて長机が二つ並べられたテーブルに腰掛け、資料作りに精を出して――いるつもりなのだが、


「やれやれ……衣緒莉先生のアレはなんだったんだか……」


 昼間に衣緒莉先生と交わした会話が脳内に悶々と残り、頭から離れないでいた。

 家庭訪問って、一体なにを言われるのやら……。

 それに先生の様子も普段とは違かったし……いや、ある意味普段通りではあったけど。

 俺が彼女作るのがそんなにおかしなことなのかね……。

 そんなことを思っていると、


「くすくす……銀次くん、なにかお悩み事?」


 俺の反対側の席に座る女生徒から声を掛けられる。

 長い黒髪と透き通るような白い肌、どこか儚い印象のある大和撫子な和美人。


 青藤(あおふじ)(すみれ)

 それが彼女の名だ。

 学年は俺の一つ上で三年生。

 生徒会では副会長を務める才女で頭脳明晰。

 その知的で落ち着いた態度から多くの生徒に信頼されている。

 俺にとっても衣緒莉先生に続いて女性の知り合いと呼べる人で、よき先輩であるのは間違いない。


 ……もっとも、実は俺はこの人がちょっと苦手なのだが。


「まあ悩みと言いますか……色々ありまして」

「そうみたいね。普段より肩が強張って瞼も下垂してるし、銀次くんの呼吸リズムは毎分16回前後なのに今は毎分23回に増えてるわ。明らかにリラックスできていない証拠よ」

「なんで先輩が俺の呼吸リズムなんて把握してるんですか」

「くすくす……銀次くんのことならなんでも知ってるわ。ずっと見ているもの……くすくす」


 どこか楽し気に、けれど目の光を曇らせながら菫先輩は言う。

 その間ひと時も俺への視線を逸らさず、じっと見つめてくる。


 こ、怖い……だから苦手なんだよな、この人……。

 俺が生徒会へ入ってからというもの甲斐甲斐しく面倒を見てくれるのだが、なんというか明らかに俺への視線が他の生徒と違う。

 なんというかこう、熱っぽいのに湿り気があるというか……。

 他にも菫先輩の発言には理解に苦しむことが多いんだよな……。


「それで、どんな悩みを抱えたのかしら? お姉ちゃんに言ってごらんなさい?」

「菫先輩は俺の姉ではありませんが」

「あら、私がキミのお姉ちゃんじゃないって一体いつ決まったの?」

「生まれた時からだと思います」

「くすくす……出生なんて大きな問題じゃないわ。だって銀次くんにはお姉ちゃんが必要で、だから私がいるんだもの。これは宇宙が誕生した時から決まっていて、光速度不変の原理における光速度=距離÷時間では常識的な距離と時間の概念が通用しないように、私と銀次くんの姉弟関係は旧来モデルの出生(イコール)では表せないのよ」

「先輩、自分がかなり頭おかしいこと言ってるって自覚あります?」

「ええ、それこそが真理の愛。こうしていると瞼の裏に思い出すわ……幼い頃銀次くんと一緒に公園を遊び回って、疲れたキミを膝枕してあげた時のことを……」

「俺の知らない俺の記憶を捏造しないでください」


 ……前から思ってたけど、ヤバい人に目を付けられちゃったよなぁ……。

 言ってることが完全に不審者のそれだし、何故か姉を自称してくるし……。

 とはいえ、菫先輩が根はいい人であるのは間違いない。

 生徒会の仕事で困った時はすぐに助けてくれるし、わからないことはどんなに自分が忙しくても親切に教えてくれる。

 だからあまり邪険にするのも、くらいには思ってるんだよな。


「くすくす……話が逸れたけど、銀次くんの悩みはなに? 大抵のことは私が解決してあげるわよ?」

「ああ……いや、大したことじゃないですよ。クラスメイトにどうせ女に縁のない人生なんでしょって言われて、それならすぐに彼女でも作ってやるよって言っちゃっただけです。衣緒莉先生にも相談したんですけど――」


 俺がそこまで言いかけた刹那、バンッ!と菫先輩が両手でテーブルを叩く。


「か……か……彼女……? 銀次くんに、彼女ですって……?」

「は、はい……あんな言われ方したら悔しいですし、ちょっと頑張ってみようかと……」

「っフゥー……フゥー……ッ。み、認めない……認めない認めない認めない。銀次くんに彼女なんて、お姉ちゃんが認めるものですか……! 私の弟を誑かす悪魔め……!」


 椅子から立ち上がった菫先輩は肩を震わせて冷や汗を流し、両目の焦点も定まらないまま殺気を溢れさせる。

 もう今にも殺人事件を起こしそうなほどの気迫だ。


「俺は先輩の弟じゃないですからね!? っていうかまだ全然彼女ができる気配とかないですから、どうか落ち着いて……!」

「…………そ、そう……それならよかったわ……」


 なんとか冷静さを取り戻し、息を整える菫先輩。

 衣緒莉先生もそうだったが、どうしてこの話題にそんな過敏に反応するんだ……?

 俺が彼女を作ろうとするのがそんなにマズいのだろうか……。

 菫先輩は鞄を持ち上げると、生徒会室を出て行こうとする。


「す、菫先輩?」

「……今の話を聞いて、もう悠長なことは言っていられないとわかったわ。どうやら私も、お姉ちゃんとして本気を出さなきゃいけないようね。銀次くん、あなた今晩なにか予定はあるかしら?」

「い、いえ、特には……」

「そう、ありがとう」


 それだけ言い残すと、菫先輩は部屋から出て行ってしまった。


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