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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
17章 再会の約束
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34-5

34-5


その日の夜になって、俺はどうにかこうにか、自力で立ち上がれるくらいには回復することができた。


「お、おおお、おぉ……?」


「桜下、足がすごいことになってるよ……?」


ガクガク震える俺に、ライラが憐れみの目を向けてくる。うぅぅ……

立てるようにはなったものの、歩くのは正直かなりきつい。自分の足じゃないみたいだ。他人の足を無理やりくっ付けて動かしているように、言うことを聞きゃしない。


「桜下さん、あまり無理しないほうが……」


心配性のウィルが止めようとしてくるが、こればかりはダメだ。夜まで待つのだって、結構我慢したんだぞ。これ以上遅れるわけにはいかない。

苦肉の末に俺は、ライラに頼んで、風の魔法を足にかけてもらうことにした。以前、川をひとっ跳びした魔法だ。今の体たらくでも、歩くぐらいならわけないはずだ。


「……あぁん、やっぱり見てられないの!ダーリン、そんなにするくらいなら、アタシが連れてくよ」


見かねてロウランが申し出てくれたが、俺は彼女の助力を丁重に断った。意地を張ったわけじゃないぞ。ただ、これから行くところを考えると……今回ばかりは、自分の足で歩いて行きたかったんだ。


「じゃ、ちょっと行ってくるな」


心配そうなみんなに声を掛けると、俺は一人、部屋を後にする。

アニの明かりを頼りに、ヘルズニルの中を歩く。漆黒の壁や天井に青白い光が反射して、ほの暗い水面のようだ。やがて俺は、城の上へと続く塔を見つけた。壁に沿うように、階段が螺旋状に伸びている。


「ふぅ……さて、行くか」


気合を入れてから登っていく。普段ならともかく、今は相当の重労働だ。

階段は長くきつく、おまけに人間の足幅を考慮されていないので、一段が極端に高かったり低かったりする。ライラの魔法による強化があってもなお、俺は肩で息をし、汗のしずくをあごに滴らせながら、一段一段登っていく。


『……主様、大丈夫ですか?』


「……」


答える余裕もないので、俺は片手の親指を上に向ける。その段階で大丈夫ではないのは明白だが、アニはそれ以上とやかく言うことはしなかった。ありがたいぜ、いま口喧嘩をするパワーは微塵もない。

時間にして、三十分は確実にかかっただろう。本調子じゃないせいもあって、とにかく長く感じたが……ようやっと、その場所に辿りついた。

ヘルズニルにある無数の塔の一つ、そのてっぺん。周りには他の塔が無く、空にひらけている。夜風が汗に濡れた顔に心地いい。確かに、彼女が好きそうな場所だった。俺は塔に備えられた塀に沿って、彼女の姿を探す。

見つけた。


「よう」


気配で気付いたのか、それとも足音を聞きつけたのか。彼女はすでに、こちらに振り返っていた。

暗い夜空に、溶け込むような黒いマント。目深にかぶられたフードのせいで、顔は全く見えない。袖から覗く手は、真っ黒な骨だけだった。


「フラン。ちょっとぶり、だな」


フランは何も言わずに、こちらを見ていた。いや、見ている気がしているだけだ。顔が見えないし、そもそも瞳がない。だがそれでも、音は聞こえているし、俺の姿も見えているようだ。その辺の細かいところがどうなっているのかは、まだよく分からない。それだけ彼女と、コミュニケーションが取れていないってことだ。


「なあ、フラン……」


俺が近寄ろうとすると、彼女はびしっと、骨と鉤爪の手を突き出した。っと……止まれ、ってことらしい。


「フラン……いや、なのか?」


当然、返事は無い。だが、手を下ろそうともしない。なら、そういう事なのだろう。


「……わかった。お前がそう言うなら、これ以上そっちには行かないよ」


そう言って、塀にもたれる。今日は星がきれいだ。


「なあ、フラン」


俺はそっちを見ずに話す。聞いているか分からないけど、とにかく話す。


「見ろよ。星がすごいきれいだぜ。静かだし、平和だ。こんな夜はさ、口笛でも吹きながら、なんも考えずに散歩すべきなんだよな。ポケットに手を突っ込みながらさ」


穏やかな夜って言うのは、俺の中でそういうイメージだ。


「誰かとくだらないおしゃべりをしてもいいかもしれない。ぐっすり眠るのも、それはそれでいいもんだけどな」


(まあ、いずれにしても)


こんな風に、一人で寂しく過ごすべきじゃない。せめて、一人でも楽しく過ごすべきだ。俺が見つけた時のフランは、小さく座り込んで、夜の闇に紛れようとしているかのようだった。どうして彼女が、そんな目に遭わなくちゃいけない?そんな理由、どこにもない。


(だから今のフランを、放っておくわけにはいかないんだ)


「なあ、フラン」


反応がないので聞いているのか分からないが、ともかく続ける。


「今日はさ、いろんな人が会いに来たよ。みんな笑って、俺にありがとうって言ってくれた。嬉しかったよ。頑張った甲斐あったなって、そう思った」


俺は一人で話し続ける。相づちが無い会話と言うのは、なかなかに難しい。


「ライラはさ、俺がそうやって感謝されるのが嬉しいんだっていうんだ。最初はよく分かんねって思ったけど、でも確かに、俺も仲間が褒められたら嬉しいもんな。きっとライラも、それとおんなじ気持ちだったんだ」


こうして今日を振り返ると、まあいつもの日常と比べたら、いい日だったと言えるんじゃないだろうか。みんなが笑顔だった。不格好でも、みんなを助けることができた。

でも。まだ今日という日は、終わっていない。まだ、俺が一番笑顔にしたい()が、笑っていない。


「フラン……まだ、お礼を言ってなかったよな。ありがとう。お前がいなかったら、俺たちは勝てなかった。ほんとは今日、お前も俺と同じくらい、感謝を受けるべきだったんだぜ」


みんなは俺に礼を言っていたが、本当は俺がしたことなんて、ほとんどないんだぜ。

クラーク、ペトラ、フランが、セカンドをギリギリまで弱らせた。俺もいちおう戦ったけど、そのほとんどが、仲間と融合してだったからなぁ。前半はウィルが、後半はエラゼムが力を貸してくれて。で、とどめを刺したのはアルア。その隙を作ったのはエドガーたち。ほら、振り返ってみるとさっぱりだろ?


「それに……できるなら、やっぱり仲間みんなで過ごしたかった。目が覚めた時、お前だけがいなくて……正直、寂しかったよ。ウィルから、ずっとここに一人でいるって聞いて、悲しくもあった」


となりでフランが、身じろぎしたような気がした。当然だ、俺の口ぶりは恨み節にも聞こえるだろう。


「だけどな。俺、分かったんだ。お前の気持ち。痛いほど、よく分かったよ。だって……」


一人になりたい、フランの気持ち。マントですっぽりと全身を隠す、彼女の心が。


「俺とおんなじだ」


俺は片手を上げて、頭へと持っていく。

俺が、帽子を片時も外さなかったように。フランだって、見られたくなかったんだ。骨だけになってしまった、自分の姿を。そして、少しだけうぬぼれていいなら……俺に、見られたくなかったんだ。


「ここに来るのも、迷ったよ。フランたちは、俺の帽子を脱がそうとはしなかったもんな。それなのに、俺がのぞき込むようなことしちゃ、裏切りじゃないか」


俺が来ることで、フランを傷つけるんじゃないか。そのことは何度も頭をよぎった。だが俺は結局、今夜、ここに来た。


「でも、考えたんだ。もしそうなら、俺はこの先、ずっとフランに会えなくなるってことだろ。フランを、視界に入れないように過ごさなきゃならないってことだろ。そんなの、嫌だ」


息をつく。今日一日考えて出した結論を、いまから彼女に話さなくては。


「結局いくら考えても、そこに行きついたんだ。お前のためだとか、みんなには借りがあるからとか、いくら並べ立てたって、嫌なもんは嫌なんだよ」


子どものような論理だ。だけど俺は、子どもなんだ。勇者でも英雄でもない。俺は、俺にしかなれない。


「だって俺……やっぱり俺、フランが好きだ」


口の中が乾く。フランもあの時、こんな気持ちだったんだろうか。だとしたら、なんて勇敢なんだろう。


「ごめんな。俺、こういうの全然わからなくって……いつも、フランやウィルに促されてばっかりで。だから、不安にさせちまってるんだよな。だから、隠れようとしてるんだよな……」


ああ、くそ。いまさらだが、泣きたくなってきた。俺が普段から、どれだけ彼女を想っているのか伝えていたなら。俺がもっと、フランに気持ちを伝えられていたなら……今彼女は、こんなところで寂しい思いをしなくて済んだかもしれないのに。


「ごめん……確かに俺、ちゃんと言えてなかったよな。俺、フランの綺麗な髪とか、赤い目とか、そういうのすごく好きだ。顔もかわいいし……シェオル島で、ドレスを着たお前を見た時、俺、本当に綺麗だって思って……そう言うことも、ちゃんと言えてなかった」


もっと早く、伝えていれば……人生は後悔の連続だって言う。まだ十四の俺ですらそうなら、この先はもっとたくさんの後悔が待っているんだろうか。けどここで怯んだら、俺はそれこそ一生後悔する。


「そういう、お前の見た目に惚れこんだのは、間違いじゃない。けど、けどな。じゃあ、今のお前を見て、嫌いになるわけないじゃないか」


骨だけになったフランは、正直怖い。元々ホラーが苦手な俺は、骸骨に対して、どう頑張っても好意的な感情を抱くことはできない。でも。


「お前が、こんな俺に何度も好きだって言うから……俺だって、好きになっちゃったんだ。お前の見た目とか、能力とかじゃなくて。フランのことが、好きになっちゃったんだよ」


いつかにウィルにした話。だけどあの時、俺は事の本質をまだ理解できていなかった。今分かった。たぶんそれが、人を愛するってことなんだ。


「頼む、フラン……お前に避けられると、俺が寂しいんだ……ごめん、結局の自分のことばかりで。でも、お願いだ。俺の側に、いてくれないか」


涙の滲む声で、そう伝えた。これでダメなら、もう打つ手がない。もしフランが、俺をいらないと言うのならば……

とん。


「っ」


不意だったので、息をのんだ。俺の肩に、フランの頭が乗っている。


「フラン……っ!」


堪えきれなくなった俺は、くしゃくしゃになった顔を、膝の間にうずめた。フランの優しさが……フランの気持ちが……なによりも、嬉しかった。俺は嗚咽を堪えて、何とかこれだけ口にした。


「あり、がとう……」




「なあ、フラン」


俺とフランは、まだ塔の上にいた。何となく、まだ一緒にいたかったんだ。今は、フランと背中をくっつけて座っている。本当は、手でも握りたい気分なんだけど……毒の鉤爪がむき出しだからな。それをすると、手がなくなっちゃうから諦めた。


「俺さ、やっぱりフランを、元に戻してやりたい」


俺は星空を見上げながら言う。背中合わせのフランが、もぞりと動いたのが分かった。


「さっき言ったことは嘘じゃないぜ。でも俺、やっぱりフランの声が聞きたいよ」


骨だけのフランは、声を出すことができない。フランの気持ちを疑うわけじゃないが、やっぱり言葉が聞けないのは寂しい。ああそれに、フランの笑った顔も見たいし、あの美しい銀色の髪も、赤い瞳も見たい。なんだ、こうしてみると、やっぱり欲深だな、俺。


「呪いだろうが何だろうが、破る方法を見つけてやる。だから、また一緒に、旅していこうな」


フランからの返事はない。けど、こん、と頭がぶつかった。ああ、それで十分だ。

星空の下で、約束しよう。俺たちはまた会って、笑いあうってな。




十八章へつづく



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