33-2
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アルルカは俺の胸に無抵抗で抱かれて、それでもしばらくの間、ずっと謝り続けていた。
(ああ……思いっきり、泣いてしまいたい)
俺の中に、そんな欲望が、毒のようにドクドクと湧き上がってくる。子どもみたいに、喚き散らして、地面を転がってしまいたい。悲しみと言う感情が、俺の膝を折ろうとする。
(でも……俺だけが、沈むわけにも、いかないよな)
俺だけが、悲しいわけじゃない。この戦いに関わったみんなが、酷く傷ついた。それに……結局のところ、幕を引いたのは俺だ。それなのに、俺だけが身勝手に振舞うことは、できない。
「……そうだ。クラーク。クラークは、どうなった?」
俺はアルルカを離すと、みんなの顔を見る。ウィルが悲し気に顔を伏せて、ゆるゆると首を振った。
「戦いに巻き込まれないように、アドリアさんとミカエルさんが、後ろに引っ張って行くのを見ました。ただ、その後は……」
「……案内してくれ。どこにいる?」
ウィルはうなずくと、俺の少し先を滑るように飛んだ。
クラークたちは、セカンドが起こした爆発で吹き飛んだ、大きながれきの陰にいた。
「クラーク……」
「うっ、うぅぅ。くらーく、さまぁ……」
「クラーク……!馬鹿者が。お前が死んだら、コルルはどうなる……!」
変わり果てたクラークの胸に覆いかぶさるようにして、ミカエルが泣き腫らしている。その傍らに膝をついて、アドリアも涙を流していた。
「治療は……効果が、無いのか?」
一縷の望みを込めて、そう訊ねた。だが、効果がなかったことは明白だ。だったら、こんなにどす黒い肌をしているはずがない……クラークの変わり果てた顔には、いや、体全身から、生気と言うものが全く感じられない。
「……ミカエルがありったけの魔力を込めたが、駄目だった……闇の魔力が、邪魔をしているんだ。くそ……!」
闇の魔力は、闇の魔力でしか打ち消せない……くそったれが。闇の魔法によって生命力を吸い取られたクラーク。セカンドの黒炎に焼かれたフランと一緒だ。普通の治療が効果ないのだから、ミカエルじゃ治せるわけない。唯一治せるとしたら、それは死んだセカンドただ一人だ……
「……っ」
くそったれ。くそったれの、くそったれ!クラークの大馬鹿野郎。あいつには、待ってくれている恋人がいる。コルルは、そして生まれてくる赤ちゃんは、どうするんだ……!
(お前が一番、生きて帰ることを望んでいたのに……)
とうとうミカエルがわあわあと泣きだした。一緒に来たウィルも、嗚咽を漏らしている。まるで葬式みたいじゃないか……ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
そんなどん底のような空間に、誰かが近づいてくる気配があった。
「桜下、さん……」
俺はにじんだ視界を、声の方に向ける。
「アルア、か……」
アルアが俺を見る目は、悲痛そのものだった。俺がどんな顔をしているか、鏡みたいに分かるな。
「アルア……礼を、忘れてた。ありがとな。お前のおかげで、あいつを倒せた……」
「そんな……私がしたことなんて、些細なことです。それに……本当に、あれでよかったのか……」
アルアはやりきれない顔でうつむく。アルアにも、辛い役目をさせてしまったか……くそっ。
「アルア。あれは、全部俺が考えたことだ。あんたが、責任感じる必要なんてない」
「いいえ……そうはいきません」
アルアは沈みながらも、きっぱりと首を横に振る。
「確かに、あれは桜下さんが立てた作戦です。ですが、それに同意し、そして実行したのは私自身です。責任は、私にもあります」
私にもある、か。自分だけが背負うんじゃなくて、二等分しようって言ってくれるのか。優しいな……
「ですから、もしも私にできることがあるなら、なんだってする覚悟ですが……」
「ああ……俺もだ。けど……」
その唯一の方法が、黒い灰になって消えてしまった。
「これから、どうすればいいんだ……」
セカンドの魔法によって、結晶に閉じ込められた人たち。ロアにコルト、攫われた大勢の人々……彼女たちを救い出す手段は、消えてしまった。彼女たちは、永遠に生きることも死ぬこともなく、石として存在し続けることになってしまった……
尊も、クラークも死んだ。フランは話すことさえできなくなった。これのどこが、勝利だっていうんだ?
「あの……すみません。誰か、手を貸してくれませんか」
ん……誰だ?すぐわきで、誰かが地面にうずくまって、もぞもぞ動いている。
「あれ……デュアン、さん?」
え?ウィルのつぶやきで、俺も気付いた。あのローブ、確かにデュアンだ。
「デュアン……なに、してるんだ?」
ひょっとして、怪我しているのか。だとしたら大変だ、急がないと。これ以上、犠牲者を増やしてたまるか。ミカエルは動けそうにないので、俺はウィルとアルアと一緒に、デュアンの下へ急ぐ。
「デュアン、大丈夫か?」
「ええ。ちょっと疲れたくらいですよ……」
デュアンは見え透いたやせ我慢をしている。顔は血と汗と土埃で汚れているし、ローブなんか台風に遭ったようにボロボロだ。でも、どうしてこんなに汚れているんだろう?彼はアルアと一緒に、後方に下がっていたはずなのに……すると、アルアが思い出したように、デュアンに頭を下げた。
「ブラザー。先ほどは、どうもありがとうございました」
「いえ、そんな。大したことはしてません」
「え?デュアン、アルアになにを……?」
「彼女の怪我と疲労を治療しただけです。本当に、大したことじゃありません」
ああ、そうか。この戦いが始まる前、アルアは立っているのもやっとだった。それをデュアンが治療したから、最後の最後に戻ってくることができたんだな。
「デュアン……逃げなかったんだな」
「ええ、まあ……僕なりに、できることをやってみたんですよ。尊さんが、そうだったように……」
「……」
「っと、そうだ。僕はいいんですが、この方を運びたくって」
そう言ってデュアンは脇にのけた。彼の下から、奇妙な人影が現れる。
「……!?ペっ、ペトラ!?」
「よう、桜下」
さっきまでの甲殻に覆われた状態から、人間の姿に戻ったペトラが、にやりと笑みを浮かべる。だが、こっちはそれどこじゃない。ペトラの体に、四肢がない!
「お、お前……」
「奴の黒炎から逃れるために、こうするしかなかったのだ。全身にまで火が回ったらどうしようもないからな」
そこまで大柄なわけでもないデュアンの陰にすっぽりと隠れていたのは、体から両腕と両脚がなくなっていたからだ。まさか、自ら切り落としたのか……?
ショックを受ける俺たちに、デュアンはなだめるように声を掛ける。
「安心してください、命に別状はないようです。魔族は手足を失ったくらいじゃ死なないらしいですよ」
「そ、そう……なの、か」
「ただ、ずっとここに転がしておくわけにも……運ぼうと思ったんですが、妙に重くて一人じゃ持ち上げられなかったんです」
体が半分以下になったのに……?やっぱり魔王の娘、ということなのか。と、俺たちの背後から、おぼつかない足音が近づいてきた。
「ダーリン……それは、アタシがやるの」
振り返るとそこには、足を引きずるロウランが居た。
「ロウラン!もう動いて大丈夫なのか?」
「少しは休めたから……その人、運ぶんでしょ?それくらいはだいじょーぶ」
ロウランは体から包帯を伸ばすと、傷ついたペトラを優しく持ち上げた。
「ほーら。お城まで運ぶからね」
「すまん。世話を掛けるな、ロウラン姫」
ペトラはロウランに礼を言うと、俺の方を見る。
「桜下。勝利にわく気分ではないだろうが、それでも胸を張れ。お前は、大陸の危機を救ったのだ」
「……大陸を救えても、俺は、俺が助けたかった人たちを救えなかった」
「そう言うな。犠牲は、いつの時代も付きものだ。今も、未来も、そして過去もな」
過去、と聞いて、ロウランの顔が曇る。今こんな時に、正論なんて聞きたくない……
「お前は、お前の役目を果たしたのだ。気に病む必要はない」
「……」
黙りこくった俺を見て、ペトラはため息をつく。
「まあ、願わくば、大団円で終わりたかったがな。セカンドの首根っこを掴んで、地獄から引き戻せればいいのだが」
……
……今、何て言った?
「地獄から、引き戻す……?」
「……?ああ。しかし、そんなことは不可能な……」
「そうだ、不可能だ……だけど、あいつがまだ、地獄に落ちていなかったとしたら……」
俺は勢いよく、城の上を見上げた。壁に空いた大穴からは、連合軍の兵士たちがこちらを見下ろしているのが分かる。だが彼らからも、歓声は聞こえてこなかった。セカンドが死んだことで、攫われた人たちを救い出すことができなくなったと、分かっているんだ。
「……ちくしょう」
「桜下……?」
「ちくしょう。セカンドの奴、このまま許すわけにはいかねえ。あいつには、まだやってもらわなくちゃいけないことがある……!」
「桜下さん……?」
「ダーリン……?」
困惑するみんなを尻目に、俺は猛然と走り出した。向かったのは、黒い灰の山。燃え尽きたセカンドが、最期に立っていた場所だ。俺はその灰を睨みつけると、大声で叫ぶ。
「セカンド!俺には分かるぞ。てめぇはまだ、成仏しちゃいねえ。まだこの世にしがみついてやがるな!」
だったら!俺は右手を高く掲げた。死霊術は、時に魂をも操ることができる。たとえ死者の魂であっても……!
「てめぇに対価はやらねえ!てめぇの魂を、全て!俺によこしやがれ!」
思い切り、灰の中へ突っ込む。俺がお前を、地獄から引きずり出してやる!
「響け!ディストーションハンド!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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