26-3
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気が付くと俺は、真っ白な、あるいは真っ黒な空間にいた。けど、別に慌てたりしない。俺は前にもここに来たことがある。
「また、この夢か……」
そう。これはつまり、俺の夢だ。しかし、この夢を見るのも、これで何度目だ?同じ夢を、日をまたいでみるなんて。珍しいこともあるもんだが、何となく俺は、こうなるような予感もしていたんだ。
「姿を現すんじゃないかと思ってたよ」
俺がそう言うと、周囲の光が……あるいは闇が……集まって、一人の人間の形を作り出す。そいつは不貞腐れたように、鼻をふんと鳴らした。
「自覚はあったという事か。まったく、私の忠告を無駄にしてくれたな」
ちっ、うっせーな。どうしてこんなところでまで、小言を言われなきゃならねーんだ?
「で、今度は何の用だ?ファーストさんよ」
そいつは……今まで何度も夢に出てきた男。伝説の勇者、ファースト……を自称する男だ。もっとも、俺はファーストに会ったことなんてない。だから俺の前にいるのは、きわめてあやふやな、何となく男に見える輪郭だけだ。本当は人間かどうかも怪しいくらいだが、俺が彼を男であると認識しているせいで、不思議と違和感はない。
で、そのファーストは、俺にやるせなく微笑みかけてきた。
「なに、用という用もないさ。しいて言えば、激励くらいかな」
「激励ねぇ……んなことする暇があるくらいなら、敵の弱点の一つくらい教えてくれよ。あんた、伝説の勇者なんだろ?」
「それができれば、こうやって君の深層意識に潜り込むこともなかったさ」
ファーストはため息をつくと、何もない空間に腰を下ろす。まるで空気イスだが、地面に転げ落ちるようなこともなかった。ふむ、ここは夢だからな。試しに俺も腰を下ろすと、確かに座ることができた。虚空に座るなんて、何となく落ち着かないな。
「こういう言い方をするのは、不本意極まりないが……あの男は、強い」
「やっぱりあんたからしても、そうなのか」
「一時とは言え、ともに肩を並べて戦ったことがあるんだ。相手の実力くらい分かる」
「まあ、弱い相手だとは思っちゃないが……これからそいつと戦おうってのに、そんなこと聞きたくなかったぜ」
俺は不機嫌を隠さずぼやく。どうせ夢の中だ、変に遠慮することもないだろ。
「だが安心するといい。あの女性、いや魔族、ペトラと言ったか?彼女の見立ては正しい。よくあいつの能力を分析している。きっとうまくいくさ」
「じゃ、ペトラも嘘は言っていないってわけだ」
「うん?」
ファーストは意外そうに首をかしげた。
「君は、彼女を最初から肯定していたじゃないか。あれは演技か?」
「演じてたつもりじゃないよ。ただ、いくつもの可能性を考慮すれば、ペトラが実は敵の場合もあるだろ。今その線が一本消えて、ほっとしたところだ」
「ほう……」
なんだ、その感嘆符は。俺を何だと思っているんだ?ああ、でもこれは夢だから、つまり俺自身がこう思っているってことか?くそ、ややこしいな。
「君は、意外と思慮深いんだな。だが、いい心がけだ。あの男を相手にするのなら、疑い過ぎるくらいでちょうどいい」
「そりゃどーも。じゃあついでに言わせてもらうと、あんたのこともまだ疑っているんだけど?」
「なに?いまさら何を。こうして顔を合わせるのも、何度目だと思っているんだ?」
「そこだ。そもそもそれがおかしい」
俺はかねてから疑問に思っていたことを訊いてみることにした。いい機会だし、またいつこの夢を見られるか分からない。ひょっとすると、もう二度と……なんてことも、あり得るだろ。
「なあ、なんで俺なんだ?あんたが知ってるか知らないけど、この戦争にはあんたの孫娘も参加しているんだぜ。アルアってんだ」
アルアの名前を口にすると、ファーストの顔が明らかに曇った。
「それは……」
「知ってるんだな。なんでそっちじゃなくて、俺なんだよ?赤の他人よりは、知り合いの方に行くだろ普通」
「……」
黙ってしまった。痛いところを突かれたのだろうが、遠慮する気はない。
「言いにくいのか?それとも図星突かれて、言い訳を考えてるのか」
「……前者だよ」
渋々と言った様子で、ファーストが口を割る。
「あの子には、少し……会えない事情、があるんだ。いわゆる、家庭の問題だよ」
「家庭の、ねぇ」
俺はアルアの母、プリメラのことを思い出した。娘に虐待同然の躾をする、厳しさが度を越した女性だ。もしかしたら、プリメラがあんな風になったのには、その事情とやらが関係しているのか?
「……その事情ってのは、ろくなもんじゃなさそうだな」
「……」
再び沈黙。こうなったら、もう何も言わないな。それにまあ、あまり聞いていて楽しそうでもないし。これ以上は面倒だ。
「ま、深くは突っ込まないでやるよ。『家庭の事情』と言われたら、『もうこれ以上触れてくれるな』って言われたようなもんだからな」
「それを相手に言っちゃ意味ないだろう……まあ、そうしてくれるとありがたいよ」
ファーストは安心したように息をついた。よっぽどの事情のようだ。
「それにいくつかは、そうせざるを得ないっていうのもある。桜下くん、君はネクロマンサーだろう?」
「あ?藪から棒だな。そうだけど?」
「つまり君は、死者とのチャネリングをしやすい人間だということだよ。だから私の声が聞こえるんだ」
「はあ?あのな、俺は今まで死霊の声は聞こえても、あの世の声が聞こえたことは一度もないんだけど?」
「それは私が、かなり非正規かつ、強引な手段を用いて、君に話しかけているからだ」
「また、訳の分からないことを……」
「本当だよ。あちら側に言った魂は、一度だけ現世に帰ることを許されるんだ。君も一度、見たことがあるんじゃないか?」
なにぃ?まーた世迷言を……と斬り捨てようとしたが、あることを思い出して、俺はピタッと止まった。そう、エラゼムが成仏した時のこと。あの時、確かにそれは起きた。メアリーが、彼の前に現れたんだ。
「……それ、本当だろうな」
「目の前で起きている事象を、君は嘘だとみなすのか?だとしたら、思慮深いと言ったさっきの言葉は取り消しだな」
「これは夢の中だから、目の前でって言われてもなぁ」
「くっ、まだ夢だと思っている……本当に取り消したほうがよさそうだぞ」
失礼なことが聞こえた気もするが、それより気になる。
「でもそんなこと、ホイホイできるもんなのか?」
「普通は、無理だろうね……ただ私は、少し事情があるんだ」
「またジジョーねぇ……まあいいや。じゃ、あんたはあの世から戻ってきたと?」
「やれやれ。もう少し早く信用してくれていたなら、奴の正体にだって……いや、よそう。過ぎたことを悔やんでも仕方ない。それよりも、これからをどうするかだ。桜下、君はさっき、弱点は無いのかと訊いてきたな」
「ああ。えっ、ほんとに教えてくれるのか?」
「はっきりと明言はできない。だけど、もし私が生きていたならば、試してみようと思っていたことが一つだけある」
ごくり……俺はつばを飲み込んだ。あのセカンドの弱点、かもしれない情報だ。しかも、あの世からやって来た男が、直々に教えてくれるという。固唾くらい飲み込まないとな。
「簡単なことだ。あの男の能力が強力なのはわかっている。なら、その能力を使えなくしてしまえばいい。例えば桜下くん、君の能力は、一体どこから来ている?」
「え?」
能力が、どこから?確か前に、そんな話を聞いた様な……俺は無意識のうちに、胸元あたりへ手を伸ばしていた。だが、そこには何もない。俺の手は空を掴んだ。
「そう、そこだ。私は、そこが鍵じゃないかと思っている。試したことはないので、完全に予測でしかないんだが……あまり過信はするなよ。これはあくまで博打だ。君たちの作戦が上手くいけば、どのみち関係ないんだから。この助言が必要になる時が来ないことを、せいぜい祈るとするよ」
え?ファーストの姿が、どんどん揺らいでいく。ち、ちょっと待ってくれよ!もう少し詳しく聞かせてくれ。俺はそう言ったつもりだったが、声は出ていない。なぜだか、口を開くことができない。
「こう言うしかできないのがもどかしいけれど……頑張ってくれ。あいつを、倒すんだ」
ファーストの姿が、どんどん遠ざかっていく……俺はようやく、自分が目覚めようとしていることに気が付いた。
(くそ、どうして夢ってのはいつも、肝心なところで目が覚めちまうんだ……!)
俺の嘆きもよそに、夢が終わる……
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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