8-2
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ライラとアルルカの呼び出した二体の魔獣、ガーゴイルと巨大カマキリは、敵のみならず、この場にいる全員の目をくぎ付けにしていた。二体の怪物が走り、跳び、倒れるたびに、弱い地震のような揺れが起こる。
目玉のような魔導砲台は、二体の周りを高速で飛び回り、その爪や鎌を避けつつ、何発ものビームを撃ち込んだ。その度に、二体の体は着実に削れていく。
「やっぱり、あれだけじゃ倒せない……」
ライラは両手を地面についたまま、苦しそうに顔をゆがめている。小さなおでこを、玉の汗が滴り落ちている。アルルカも杖を両手で握りしめたまま、苦々し気にこぼした。
「あともって三分ね……それで仕込みが済めばいいけど」
三分……もう猶予はほとんど残っていないな。ウィルが無事に辿り着き、スクロールを炸裂させたなら、離れていても絶対に分かるはずだ。爆発するのか燃え上がるのか分からないけれど、それだけの威力の魔法を見逃すはずがない。
が、いまだヘルズニルは沈黙に包まれている。火柱も、煙も上がっていない。
「まだか、ウィル……うおっと!」
砲台の一機がこちらを向き、ビームを撃ってきた!
「メンタップ・リフレクト!」
ロウランが素早く両手を突き出す。すると、彼女の全身から合金が噴き出し、金色の盾を生成した。ビームは盾に当たって跳ね返り、別の砲台にぶち当たった。
「どう!?仲間の攻撃なら、流石に効くんじゃない!」
おお、敵のビームを逆に利用したのか!ビームに撃ち抜かれた砲台は、煙を上げながら、ふらふらと落っこちてきた。
「うまいぞロウラン!」
「待って!」
え?突然、フランが駆け込んでくる。
「様子がおかしい!伏せて!」
なに!?俺が慌てて身を投げ出すのと、砲台が地面に触れるのは、ほぼ同時だった。
ドガァーーン!
「うわ!自爆しやがった!あちちちち!」
撃墜された砲台が、最後の悪あがきに爆発したのだ。凄まじい熱波で皮膚が焼けてしまいそうだ。ロウランが盾で守ってくれなかったら、今頃黒焦げだろう。
「なんだあいつ、さっきは爆発なんてしなかっただろ!?」
「ひょっとして……あの目玉、進化してるんじゃ」
「し、進化だと?」
「最初の一機は、あんな風に高速で飛行することもなかった。ただまっすぐ飛んできて、ビームを撃つだけ。でも今は、明らかに組織立った動きをしてるし、自爆機能まで備えてる」
なんだって?だがフランの言う通り、砲台の動きは、初めと比べて洗練されている。まさか……あの砲台たちは、経験を共有しているのか?あれを統括している基地でデータを収集し、砲台たちの機能を常にアップデートしているのだとしたら……
「だとしたら……戦えば戦うほど、あいつらは強くなるじゃないか……!」
俺たちがあの手この手で砲台を撃墜しても、残りの砲台たちが、それを学習していく。そして次は、同じ手を食わないように対策を施してくる。それを繰り返していけば、じきに俺たちは手詰まりになる!
「ちいぃ!頼むウィル、急いでくれ!」
俺は祈る思いだったが、城からはまだ何の合図も出ない。くうぅ!
「うあっ!」
なんだ!?ライラが突然叫び声をあげ、後ろに吹っ飛んだ。俺は慌てて彼女を支える。
「ライラ、どうした!」
「ごめん、桜下……やられちゃった」
なに?その時、断末魔の音を立てながら、岩石カマキリが崩れ落ちた。残された氷のガーゴイルに、浮遊砲台の集中砲火が浴びせかけられる。ガーゴイルの首がばっきりと砕けて、地面に倒れて動かなくなってしまった。ああ、ついにあの二体まで……
「はぁ、はぁ……時間、ぎれよ。あのグズ、なにやってんのよ!」
肩で息をし、悪態をつくアルルカ。やっと邪魔な怪物を処理した砲台たちは、今度は、それを呼び出した魔術師を排除することに決めたらしい。なん十機もの砲台が、一斉にこっちを向いた。
「やっ……べえぞ、こりゃ」
「ダーリン!みんな、アタシの後ろに!」
ロウランが構えた盾に、漆黒のビームがぶつかる。しかし、相手の数が多すぎる!いくらロウランでも、三百六十度、全方位を完璧に守ることは……
「うおお!抜けてきたぞ!」
二機の砲台が、盾を回り込んできた!フランが最後のスピアを投げつけると、一機はそれの迎撃のために動きを止めた。だが、もう一機はどうしようもない!ビームが放たれる!
「キャメル・キャメロット!」
やられた!今に目の前が爆発し、俺たちは吹き飛ばされ……ない。爆発は起きないし、俺たちも無傷だ。ど、どうなっているんだ?
「よ、よかったぁ。間に合ったね」
「え……み、尊!」
尊が両手を地面について、顔だけを俺たちの方へ振り向かせていた。その前には、巨大な砂の防壁が見える。
「尊の魔法で、防いでくれたのか?」
「うん、ギリギリだったけどね」
た、助かった!尊が立ち上がってはにかむと、俺は思わずその手を握った。
「ありがとう、尊!」
「あはは、そんな大したことじゃないよぉ」
と、その時、地面の下からするりと、白い腕が生えてきた。
「うわっ!って、ウィルか……ウィル!?」
土の中から現れたのは、なんとウィルだった。驚いた、帰りも地面の下を通ってきたのか。いやそれより、彼女が戻ってきたということは。
「ウィル、うまくいったのか!?」
「……ええ。まあ、いちおうは」
ん?なんだろう、ウィルの顔が固い。彼女の視線を辿ると、俺が掴んだ尊の手に注がれている。わっちゃっちゃ、まずい。妙なタイミングで、妙なものを見られてしまった。ぱっと尊の手を放すと、俺は急いで訊ねた。
「で、ウィル。うまくいったって、まだ何にも起こってないけど……?」
「えっと、はい。みなさん、いちおう念のため、姿勢を低くしてもらえますか?」
え?よく分からないけど、とりあえず屈んで、言われた通りにした。ウィルはヘルズニルを見つめながら、小さな声で数を数えている。
「もうすぐです。あと十秒……五秒……」
ごくり。俺は固唾を飲んで城を見る。ヘルズニルには、今のところ変わった様子はない。本当に大丈夫なのか?もしこれが失敗したら……いや。ウィルを信じよう!
「三、二ぃ……いちっ!」
……。
なにも、起こらない。まさか……失敗……
ん。いや、まて。何かが、おかしい。
「なんだ、この音……?」
それは初め、小さな地鳴りのようだった。それが次第に、太鼓を叩くような、大きな音に代わっていく。ズーン……ドーン。ドドーン!
ズガガガーン!
「うおぉ!」
「きゃあ!」
尊がびっくりして、尻もちをついている。突然ヘルズニルの塔の一つから、オレンジ色の閃光が放たれたのだ。それを皮切りにして、爆発音が次々と、連鎖のように轟いていく。ドドン、ドガーン、ドドドオーン!
「こ、これは……」
壁が吹っ飛び、窓が粉々に砕け散る。爆発は塔の根元から、上へ上へと伸びていく。嵐のような絨毯爆撃に耐えかねた塔は、不吉にぐらりと傾いた。そして……
ガラガラガラ……グワッシャァーン!
「塔が……」
「倒れちゃった……」
俺も尊も、ぽかんと口を開けることしかできない。さっきまで天を衝くようだった塔が、今や跡形もない。
「ウィル……一体、何をしたんだ……?」
「スクロール同士を、連鎖反応するように仕掛けてきたんです。一つ一つは大した威力ではないんですが、連続させることで、威力を高めることができるんですよ。共振効果って言って、魔力の固定指数座標におけるQ点を……」
「い、いや。原理の説明はいいんだけど。それにしても、か、数が多すぎないか?城ごと吹き飛んじまいそうだぞ……」
「あ、そっちですか。あはは、さすがにそこまでの威力はありませんよ。実を言うと、あまりにも時間が無くて、私、あの砲台の基地を見つけられなかったんです。なので、怪しい所全部に置いてきちゃいました」
「お、置いてきちゃったの……」
ウィルは照れ臭そうにはにかんでいる。その彼女を透かして、ヘルズニルの塔の残骸が、恨めしそうに土煙を上げているのが見えた。お、恐ろしい……ウィルに攻撃力がないって言ったの、どこの誰だ?彼女に対する根本的な認識を、改めたほうがいいかもしれない……
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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