10-2
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「えーっ!そんなことがあったの?信じられないの……」
ロウランの驚く声が、ぼんやりと聞こえてくる。何とか俺が意識を取り戻りたのが、数分前。気絶していた時間はたいして長くはなかったようで、俺が目を覚ましても、みんなはまだ、絡みついた髪の毛を振りほどこうと悪戦苦闘していた。
それからさらに数分。ようやく俺たちは落ち着いて、事態のいきさつを振り返り始めていた。
「ご、ごめんなさい、ダーリン……アタシのせい、なんだよね?」
ロウランが申し訳なさそうに謝ってくるが、あいにく俺は声にならない声しか返すことができない。体にはいまだ力が戻らず、壁に寄りかからないと座っていることすらままならない有様だ。
(なんだったんだ、さっきのは……)
ロウランに口づけをされてから、俺は体中のエネルギーを吸い取られたようになってしまった。ロウランのやつ、実はミイラじゃなくてサキュバスだったりするのか?
「それで、ロウランさん。とりあえずなんですけど、髪は元に戻せないんですか?」
ウィルが床に目を落としながら言う。馬車の床一面には、でろでろに伸びたロウランの髪が、まるで絨毯のように敷き詰められていた。ライラがぽふぽふと手で叩く。
「ふかふかだし、このままでもよさそうだけどね」
「さ、さすがに人の髪の上で過ごすというのは……」
そりゃそうだ。人毛の上に乗って旅をするなんて、嫌すぎる。
「うーん、さっきからやろうとはしてるの。してるんだけど……」
ロウランは髪をぎゅっと掴んで、うんうん唸っている。唸ってどうなるものでもないと思うんだけど……と、体の下で何かが、ずるりと動いた。わ、な、なんだ?
「うわわ、わぁ、わあ!」
ライラがバランスを崩して、ころころと転がる。ロウランの髪が、ずるずると動いているんだ!溢れ返っていた髪は、ゆっくりとロウランの頭皮に吸い込まれて行っているようだ(この表現が正しいのかは正直分からない。なにせ、髪が“縮む”のは見たことがないから)。
やがて、伸びきっていたロウランの髪は、元と同じ長さになった。
「ふぅ。とりあえず、これで元通りなの」
「は、はい。ありがとう、ございます……」
ウィルは若干引きながらも礼を言った。
「あのぅ、ロウランさん。一応訊きますけど、これって、どういう……」
「えっと……まあ、その。アタシの体って、いろいろ特別で……」
「特別……の、域を超えている気がしますけど……」
訝しむウィルの視線を、ロウランはそれとなく避けた。少し、俺も質問してみようか。
「ろ……ロウラン」
かすかすだったが、なんとか声を出せた。ロウランがこっちを向く。
「お前、ほんとに何も覚えてないのか……?」
「ん、う、うん。ごめんなさい……」
「いや、それはいいけど……」
やっぱり歯切れが悪いな。それに、顔を向けてはいるが、目を合わせようとはしない。罪悪感からか?いや、あれはむしろ……
「ロウラン。あー……できることなら。ほんとのことを話して欲しいんだけども」
「うっ」
ぎくり、と身を硬くするロウラン。やっぱり、何かを隠そうとしていたらしい。
「ロウラン?」
「……」
ロウランはうつむいてしまった。おそらく触れられたくないことなんだろう。だけど、さすがにこれだけ大事になったのに、放っておくことはできない。もし彼女に何か黒いものがあるのなら、膿をここで出し切ってしまったほうがいい。
「……うわーん!ごめんなさぁーい!」
え?ロウランは突然床に伏すと、子どもみたいにわあわあ泣き始めてしまった。な、なんだ?
「ごめんなさい、ごめんなさい。嫌いにならないで!」
「ちょ、ちょっと。ロウラン……」
「ロウランさん、少し落ち着いて……」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
ロウランは錯乱したように、ひたすらごめんなさいを繰り返している。こっちの言葉は全然耳に入っていないようだ。
「うるさい!」
ダンッ。足を踏み鳴らして一喝したのは、フランだ。大きな音に驚いたのか、ロウランがひっと息をのむ。フランはつかつかとロウランに近づくと、肩を掴んで無理やり顔を上げさせた。い、一体何をする気だ?
「静かにして!黙って話を聞く!」
「で、でも……」
「でももヘチマもない!この人が、こんなんでお前を捨てるわけないでしょ!」
ロウランは濡れた瞳をはっと見開くと、こっちを見た。次いでフランも、キッとこちらを睨んでくる。俺はこくこくとうなずくしかなかった。
「まずは、ちゃんと話を聞いて。謝りたいならその後にいくらでもすればいい。わかった?」
「う、うん。わかったの……」
お、おお。手荒だが、フランはロウランを見事に鎮めた。ウィルもほっと胸を撫で下ろすと、優しい声で言う。
「そうですよ、ロウランさん。私たち、ロウランさんに怒ってなんていません。ただ、理由が知りたいだけなんです。だって私たち、同じ仲間じゃないですか」
「ウィルちゃん……」
ロウランはずびーっと鼻をすすると、こくんとうなずいた。
「ありがとう、なの。あのね、ちゃんと、ちゃんと全部話すから……アタシ、頭良くないから、分かりにくいかもしれないけど……」
「ちゃんと、最後まで聞きますから」
「……ぅん」
なんだか、ロウランが子どもみたいだ。一体彼女に、何があったのだろう?今はとにかく、彼女の話に耳を傾けよう。
ロウランは、つっかえつっかえの鼻声で、たどたどしく語り始めた。
「アタシが、あんなになっちゃったのは……たぶん、故障のせい、なの」
「故障?」
ウィルはピンとこない顔で首をかしげる。故障……人間には、あまり使わない言葉だが。
「アタシ……普通の人とは、ちょっと体が違うんだ」
「それは、ええ。そうですよね」
誰が見たって明らかだ。全身のつぎはぎ。体に仕込まれた合金。大人から子どもまで、瞬時に体格を変えられるなどなど……ただロウランは、それらについて、いつも笑ってはぐらかすばかりだった。
「アタシの体には、ちょっとしたカラクリが仕込んであるの。体の大きさを変えられたのは、そのせい」
「え……そんなこと、可能なんですか?」
「うん。見てて」
ロウランは片腕を前に伸ばした。ゴキキ、と音がすると、腕がひゅっと短くなる。ちっちゃな子どもの腕だ。もう一度音がすると、一瞬で元に戻った。
「ほらね」
「え、ええ。確かに見ましたが、そうではなくてですね」
「うん?」
「あの、どうしてそんなカラクリを、人体に仕込むことが可能なのか、ってことなんですけど。そういう仕組みがあったとして、ロウランさんは、何ともないんですか……?」
うん、確かに。ロボットじゃないんだから、体を自由に伸縮するなんて、普通の人間には不可能だろ。それなら、ロウランは……?
「……」
ロウランは気まずそうにうつむいていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……アタシの体は、普通じゃないから」
「普通じゃ、ない……?」
ロウランは自分の肌を……つぎはぎのあたりを撫でる。
「アタシ、体のあちこちをいじくってあるんだ。金を皮膚の下に流し込んで、それを膨らませたりしぼませたりして、体の大きさを調節できるようにしてあるの。でも、それだけじゃ限界がある。だから、いろんなコの、いろんなパーツを、アタシに移植したんだよ」
え……ウィルは絶句した。俺たちだってそうだ。馬車の中の温度が、五度くらい下がった気がする……
「そうだなぁ、まず先に、アタシたちの一族のことを話したほうがいいかな……アタシたちの一族って、大勢の女の人が、一斉に子どもを産むんだ。そうやってたくさん産まれてきた女の子たちが、お姫様候補の、さらに候補になるの。その中の一人が、アタシ。みんなお稽古やお勉強に励んで、一番優秀なコだけが、最終的な一族の代表、姫候補として、王様の下に送り届けられるんだよ」
「え……ち、ちょっと待ってくれ」
俺は思わず口を挟む。
「俺の記憶じゃ……確か、代表の女の人一人が、王様との子どもを産んで、その子が姫候補になるんじゃなかったか?」
あの地下遺跡で、ミイラたちにそんな説明をされた気がする。するとロウランは、困ったような顔で微笑んだ。
「うん、そういうことになってるよ。表向きは」
「……」
「みんな必死だったからね。その理屈だと、女の子が生まれなかった一族は、その時点で姫様レース陥落なの。それなのに毎回必ず、ほとんどの一族が姫を連れてくるんだから……ね?」
「……暗黙の了解、ってやつか」
「まあ、みんながどこまで信じてたのかは分からないけど……アタシたちは、そういうやり方をしてた。他も似たり寄ったりじゃないかな」
姫を輩出するためだったら、なんでもあり、か……するとウィルが、おずおずと口を開く。
「あの、ロウランさん。私は、その当時のことをよく知らないので、すごく見当ちがいな質問かもしれないんですけど……ロウランさんたちにとって、お姫様になることというのは、そんなにも大事なことだったんですか?」
「うーん、そうだよね。みんなには、ピンとこないよね……姫候補だったアタシたちからしたら、姫に選ばれることは、それこそ人生の目標だったの。だってアタシたちは、姫になるためだけに産み育てられたんだから」
「……」
「それで、一族からしたら……良い姫候補を出すことが、とっても大事なお仕事だった、かな。姫に選ばれるには、民のみんなの人気を集める必要があったけど、人気上位になれた姫の一族には、王様からたくさん褒章がもらえるの。正式な姫になったら、さらにその何倍。たくさんの姫を輩出した一族は名家として取り上げてもらえるし、逆に、なかなか人気の姫が出せないでいる一族は、そのまま一家お取り潰しになったりするんだよ」
「し、死活問題じゃないですか!」
「ああうん、そうだね。生きるか死ぬか。だからみんな、必死だったの。必死に、良いお姫様を作り出そうとした……」
そんなことが……前にロウランから、母親に厳しい教育を受けていたと聞いたことがあったが……そういう背景があったんだな。
「なら、ロウランさんは……一族の皆さんの期待を一身に背負って、姫になったという事なんですね」
「うーん、ちょっと違うの。一身じゃない」
「え?」
「さっきちょっと言ったけど、アタシの体は、一人の人間のものじゃないんだよ」
ウィルの顔が、びくりと強張った。そうだった、そういう話だったな……
「アタシは……たくさんいる姫候補・候補の、一人に過ぎなかった。自分で言うのもあれだけど、とくに可愛くもないし、器用でもないし……みんなには、よく落ちこぼれってからかわれたの」
ロウランはへへへと笑ったが、俺たちは誰も笑わなかった。
「でもね、アタシにも一個だけ特技があって、それが鉄を操る魔法だったの。大人の一人が、それを使って、体を自由に変える仕組みを思いついたんだ。で、それをアタシに仕込んだ」
「ま、まさか」
「うん……さすがにあれは、ちょっと痛かったかな……」
ロウランの目が、当時の痛みを思い出すようにうつろになる。ウィルは瞳をうるうるとさせた。
「でも、ここで問題が起きたの。体を変えられるようにはなっても、元々のアタシ自体は、できそこないのちんちくりんのままだった。アタシの魔法だけを誰かに移せればよかったんだけど、どんなにやってもそれはできなかったんだ」
「……魔法は、魂に由来するから……」
「うん。だから大人たちは、アタシの方に、もっと綺麗なコたちのパーツを集めることにしたの」
ロウランが再び、つぎはぎの跡を指でなぞる。
「……クラウベルちゃんは、目がくりくりした、とっても可愛い女の子だったの。大人はみんなクラウベルちゃんを可愛がったけど、病気がちで、体はあんまり丈夫じゃなかった……クロニーちゃんは、アタシたちのなかで一番背が高かった。すらっと足が長くて、きれいなコだったな。ただ、生意気で、しょっちゅう他のコとケンカしてたけど。トロンくんは男の子だったけど、女の子みたいに線が細くて、すごく手先が器用だったの。リンドウちゃんは生まれつき目と耳が悪くて、アタシと似たような扱いを受けてたけど、髪の毛の美しさは誰にも負けなかった。春に咲く花みたいに、あったかくて、優しい色をしてたっけ……」
ロウランは懐かしむように、自分の髪の毛を触る。俺はそれを見て、ぞわりと震えてしまった。
「もうわかったよね。アタシの体は、そのコたちの一部を集めてできてるの。顔、体、腕、足、頭。みんなの良い所を一つに集めて、一人の理想の女の子を作ったんだよ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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