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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
16章 奪われた姫君
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10-1 ロウランの故障

10-1 ロウランの故障


奇襲騒ぎが完全に終息するまでには、およそ半日を有した。

兵士たちは怪我人の収容を真っ先に行い、次いで退却と本隊への合流、怪我人の治療、損害の確認、報告と対策、戦術の組み直し……などなどに追われて大忙しだった。俺?俺は昼寝してた。朝早かったし、昨日はよく眠れなかったからな。こういう時、第三勢力は気楽でいい。


「ん……ふわーあ。どうだ、そろそろ動くか?」


俺が目を覚ましたのは、だいたい昼過ぎ頃だった。小腹がくうとなっているからな。さて、ぼちぼち次の行動に移る頃合いだろうか?


「あっ、桜下さん、いい時に起きてくれました!」


おや?ウィルがなんだか慌てた様子で、こちらに飛んでくる。


「ウィル。いい時って?」


「それが、さっきからロウランさんが変なんです!」


「あ、ひどいぞウィル。確かにあいつはいつもああだけど」


「ちがーう!そうじゃないんですってば。もう、いいから来てください!」


な、なんだなんだ。ウィルは冷たい手で俺の手を取ると、ぐいぐい引っ張ってくる。どこに連れていくのかと思いきや、向かった先は数歩先、馬車の隅っこだった。あれ?見たこともない人が、角っこにめり込むようにうずくまっている。


「ウィル、この人誰だ……?」


「だから、ロウランさんなんですってば」


はぁ?おいおい、いくら何でもそれは。ロウランの髪は淡い桜色だったが、ここにいる人は浅葱のような(あお)色だ。それに二つ結びじゃなくて、そのままだらしなく下ろしているし。


「ウィル、俺が寝ぼけてると思ってんのか?さすがにそんなのには引っかからないぞ」


「よく見てくださいよ。ほら、包帯してるでしょう」


あれ、ほんとだ。ロウランとよく似た包帯を、この人も巻いている……確かに、恰好はおんなじだ。


「……え?ほんとに?」


「ええ。戸惑うのも分かりますけど、私たちじゃどうにもならないんです。桜下さん、お願いします!」


えぇ、お願いって言われても……俺は他の仲間たちも見たが、みんな同一意見のようだ。フランは諦めたようにゆるゆると首を振った。ライラはよく呑み込めていないのか、オロオロしている。アルルカは俺がどうするのか興味津々の様子だ。こいつ、他人事だと思いやがって……


「まあ、やるだけやってみるけど……つっても、一体何がどうなって、こうなったんだ?」


「それが……」


ウィルが経緯(いきさつ)を語り出した。


「桜下さんが寝た後、気が付いたらこんなになっていたんです。口数が少ないな、とは思っていたんですが」


「気が付いたら?そんなんで、髪の色が変わるもんかな……」


「ええ、私たちも驚きました。でも、ほんとうに何が何だか……それに、何を話しかけても反応してくれないんです。だから私たちじゃなくて、桜下さんに……と」


「ふむ……分かった。とりあえず、話してみようか」


というわけで、俺はいまだに角に頭を押し込んでいるロウランに声を掛ける。


「おーい、ロウラン」


「……」


「ロウラン?どうしたんだ?何があった?」


「……」


沈黙。む、無視か……ロウランに無視されるのは初めてかもしれない。


「ローウラーン?聞こえてるかぁ!」


「……」


またも、沈黙。これは……俺とウィルは顔を見合わせる。


「こりゃ、いよいよおかしいぞ」


「ですよね……」


いつもあんなに賑やかなロウランが、一言も口を開こうとしない。はっきり異常事態だ。


「待って」


うん?俺たちの後ろにいたフランが、じっとロウランを見つめている。


「その子、何か言っている……すごく小さな声で」


「え?」


俺たちには何にも聞こえてないが、地獄耳のフランには、何かが聞こえているらしい。そういうことなら……俺はロウランの肩のあたりに、耳を寄せてみた。


「……さい……くて……」


「あ、ほんとだ。なんか言ってるぞ!ちょっと静かにしてくれ……ロウラン、なんだって?」


俺はさらに耳を近づける。ウィルは口を押えて音を立てないようにした。俺も息を止めて、全神経を耳に傾ける。


「……できなかった……守れなかった……」


「うん?何をだ?」


「あなたを……私は、失敗した……失敗した私なんて、そのへんの土くれ以下……」


お、おお?今一つ真意が掴めないけど、どうやら……


「桜下さん……?ロウランさんは、なんて……?」


「ああ……なんか、凹んでるみたいだ」


「凹む?どうしてですか?」


「いや、それが分かんなくて……ロウランが落ち込むような事、なにかあったか?」


「いえ、何もないかと……そもそも、何もしていないんです。桜下さんが眠ってから今まで、ずーっとそこにいたんですから」


となると、原因はそれより前ってことか?


「……さっきの戦闘、か?」


今日のうちの出来事だと考えれば、それくらいしかない。


「あ」


「桜下さん?何か思いついたんですか?」


「いや……さっきの戦闘で、ロウランのやつ、狼にぶっ飛ばされただろ。そのことで落ち込んでる、のかも……」


「ああ、そう言われてみれば……」


ロウランの盾は、あの女の子の不思議な術によって、一瞬で破られてしまった。失敗といえるものなら、あれくらいしか思いつかない。


「でも、大事には至らなかったですよね?そんなに気にするような事かと言われると……」


「それは、俺だってそう思うけど」


今もこうして、俺たちはピンピンしているし、連合軍に被害も出なかった。結果論ではあるけど、そこまでロウランが悪いとは、俺含め誰も思っちゃいないだろう。


「ああでも」


と、フランが思い出したようにつぶやいた。


「その子って、今まで失敗らしい失敗って、してこなかったよね」


「うん?今までっていうと……」


「ダイダラボッチと、サイクロプスですね」と、ウィルが補足する。


「あー、確かに二戦とも、ロウランのおかげで事なきを得てるな」


「今まで上手くいってた分、失敗の反動が大きいんじゃない」


ふぅむ。三百年ぶりに地上に出てきて、初めての失敗か。それは確かに、ショックも大きいのかもしれない。それに……俺はふと思い出した。


「……ロウランって、案外傷つきやすいところがあったりするのかな」


少ないけれど、そんな場面をちらほら見た気がする。老魔導士のダンジョンに落とされた時、あいつはひどく取り乱していた。あの時は動揺してああなっていたのかと思ったが、実はあれが、素のロウランだったりするんだろうか。

ウィルもはっとしたようにうなずいた。


「そう言われたら……それにほら、忘れてましたけど。ロウランさんと初めて出会った時は、なかなかすごかったですよね」


「あーあ、それもそうだ。なんで忘れてたんだろ」


ロウランだって、過去に未練を残したアンデッド。腹の底にでっかい黒いものを抱えていても、全然不思議じゃない。


「もう少し、その辺気にしてやった方がよかったよな……失敗だ」


「仕方ないですよ。ロウランさん、頭の中に砂糖菓子が詰まってるような人でしたから……」


さ、砂糖菓子……まあ普段のロウランといったら、いちいち言動がショッキングピンクだ。でも、やっぱりそれも今考えれば、そういう“ロウラン”を演じていたのかもしれないな。


(三百年も成仏できないくらいだもんな……)


王の伴侶となるためだけに、ひたすら努力を続けてきた彼女にとって、迎えが来なかったことはそれだけショックだったんだろう。今度こそは、理想の自分になろうとしていたのかもしれない。ゆえに、失敗が手痛く響いた……


「うん、だんだん分かってきたな。そうすると、どうにかして元気にしてやりたいところだが……どうしたらいいと思う?」


「うーん……ひとまずは、励ましてあげたらどうですか?」


「そうだな、よし……ロウラン?そんなに気にすることないって。誰もお前を責めちゃないよ」


俺は彼女の耳元でささやいたが、相変わらず背中を向けたまま、ぶつぶつと呟くばかり。


「ダメか……」


「言ってダメなら、行動に移してみたらどうでしょう?ほら、スキンシップってやつです。頭を撫でてあげるとか」


頭か。さて、どうしたもんか。ロウランは角にめり込むように頭を押し付けているので、撫でるだけでもなかなか難しいぞ。俺はとりあえず、後頭部のあたりに手を乗せてみた。

ざわざわっ。


「わっ」


「えっ、桜下さん?」


俺は驚いて、思わず手を引っ込めてしまった。


「どうかしたんですか?」


「いや、今何かが、手の下で……」


「なにかって……」


なにかも何も、俺が触れたのはロウランなのだから、当然彼女に決まっているだろう?ウィルはそんな目で俺を見てきたが、絶対に違う。だって、なにかがぞわぞわと、手の下でうごめいた……

ズアァァー!


「わぁー!?」


「きゃあー!?な、なんですかこれ!?」


突如目の前が、緑色の波に覆い尽くされた!?

馬車の中は、一瞬で阿鼻叫喚と化した。俺たちは一人残らず、緑色の渦の中で、もみくちゃにされている。こ、これは!まさか、ロウランの髪!?

俺が触れた途端、ロウランの髪が、爆発したように伸び始めた。その勢いと量はとんでもなく、馬車の床は瞬く間に髪で埋め尽くされてしまう。


「ぷはっ。なんだこれ、どうなってんだ!?」


「た、たすけて桜下!」


はっ、ライラ!背の低いライラは、髪の渦に飲み込まれないように、必死にもがいている。俺は手を伸ばして、ライラの腕を掴んだ。そのまま引っ張り上げようとするが……


「くっ、んだこれ、引っ張れない!」


「ま、巻き付いてくるよ!」


うわっ、本当だ!緑の髪は植物のつるのように、俺たちの全身に絡みついてくる。他のみんな、それこそ幽霊のウィルにすら、髪の毛は絡みついていた。


「きゃっ!?やだ、ちょっと!?」


ウィルはスカートの中にまで忍び寄ってくる髪を、必死に追い払おうとしている。


「お、桜下さん!一体何をしたんですか!」


「お、俺じゃねえよ!ていうか俺だって何が何だか」


「あんたら、んなことどうでもいいわよ!早くこれを何とかしなさいって!」


一番離れたところにいたアルルカが怒鳴り散らす。床に寝そべっていたせいか、やつが一番酷く絡みつかれている。


「このままじゃ、髪の毛にころさもごもごもご……」


「きゃあー!アルルカさんが沈んでます!」


「うわあー、アルルカー!くそ、冗談じゃないぞ!」


髪は今も、どんどん量を増し続けている。馬車が埋め尽くされるのも、時間の問題だ。


「ロウラン!ロウラーン!」


俺は必死にロウランに呼びかけたが、返事は返ってこない。やつの体も髪に沈みつつあるので、もう幾ばくもしたら、完全に見えなくなってしまうはずだ。


「ちくしょう!おい、ロウラン!話を聞けー!」


必死にもがいて、絡みついてくる髪を押しのけ、俺はなんとかロウランの背中に触れた。指先に包帯の感触を感じ、それを掴んで引っ張る。ロウランの体が少しだけ浮き上がり、俺の体が少しだけそっちに引っ張られた。


「ロウラァーン!このままじゃ、俺たちみんなお陀仏だぞ!」


とにかく、今はロウランの目を覚まさなければ。俺の頭にはそれしかなく、浮かび上がってきたロウランの頭をがしっと掴むと、その顔を覗き込んだ。


「ロウラン!!!」


のけ反ったせいで上下逆さまのロウランの瞳は、髪と同じ緑色になっていた。にごった瞳の中に、焦った俺の顔が写り込む。ちくしょう、目に生気がない!

その時だった。にゅっと、両脇から、なにかが突き出てきた。ロウランの腕だ。驚いた俺は体を起こそうとしたが、それよりも早く、腕が俺の頭を固定する。ガシッ。


「ちょ、まっ」


俺が何かを言う前に、ぐいと頭が引き寄せられ、ふにゅっとしたものが口に押し当てられた。


「んむっ!?」


「あああー!」


「ちょっと!」


様々な声が聞こえてきたが、あいにくとそれどころじゃない。ロウランの腕は、万力のように俺の頭を放さない。しかも上下が逆なので、俺にはロウランの首しか見えない……


「んん、んぐぐぐ……」


ロウランの口づけはそれはそれは長く、おまけに吸盤でもついているのかってくらい、ぴったりと唇が離れない。しかも、続ければ続けるほど、全身の力が抜けていくみたいなんだが……気のせいじゃない……力が、吸い取られる……


「ぷあっ」


「かはっ……はぁ、はぁ、はぁ……」


ようやくロウランが口を離したころには、俺は息も絶え絶えになっていた。貧血を起こしたみたいに、目の前がチカチカと暗くなる……


(ああ、これは無理だな……)


指一本すら動かせなくなった俺は、髪の海に頭から突っ込むほかなかった。薄れゆく意識に、ロウランのキョトンとした声が聞こえてくる。


「あれ?みんな、どうしたの?」


な、なんだと……追い打ちを掛けられ、俺はばったりと気絶したのだった。



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


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https://twitter.com/ragoradonma

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