8-4
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桜下たちがウィリアムと話していた、その頃。
「うー!むー!」
フランに口を塞がれて、トビーはジタバタと手足を振り回していた。だがフランの手は鋼のように硬く、全く振りほどける気配もない。トビーとフランは背丈もさほど変わらず、歳だってそこまで開いているわけでもなさそうなのに、であった。
「むうぅー!」
「うるさい。あんまり暴れないで。静かにするなら、自由にしてあげるから」
そう言われ、トビーは納得いかなかったが、とりあえずもがくのをやめた。力で敵わない以上、抵抗しても無駄だと思ったからだ。
「それでいい。けどまた騒ぐようなら、容赦しないから」
そう忠告してから、フランはそっと腕を離した。
すぐさまトビーは身をひるがえし、フランから距離を取った。しかしああ言われた手前、大声を出すことはできなかった。それでも悔しいので、めいっぱい怖い顔をして睨んでみる。
「うぅ~……」
「……どうでもいいけど。窯の火、弱まってきてるけど?」
「へ?うわぁ、大変だ!」
トビーは顔を青くして、窯の前まですっ飛んで行った。フランもすたすたと付いていく。
「は、早く薪を入れなくちゃ。温度が下がっちゃう!」
「そんなに慌てなくても、今すぐに消えたりはしないんじゃない」
「それじゃダメなんだ!一度温度が下がっちゃったら、ぜんぶ一からやり直しになっちゃう!もうそんな薪、残ってないのに!」
慌てふためき、大声でオロオロするばかりのトビー。フランはその背中を、バシッと叩きつけた。
「いたっ!何するんだよ!」
「それなら急がないといけないでしょ。お前がそんなでどうするの。薪はどこ?わたしも手伝う」
「え?」
「いいから、急ぐ!時間ないんでしょ!」
「わぁ、は、はい!こっち!」
トビーは転がるように駆け出し。その後をフランも追った。向かったのは、工房の裏手だ。そこには切り分けられた丸太が、壁に沿ってゴロゴロと積まれていた。フランはその一角を丸ごとごそりと持ち上げ、トビーの度肝を抜いた。とにかく、それを次々窯に放り込むと、どうにか炎は元の勢いを取り戻した。
「ふうぅ~……よ、よかったぁ」
「ぼさっとしてるからでしょ」
「うぅ……って、そうじゃない!お姉ちゃんがおれの邪魔をしたからだろ!」
トビーが噛みついても、フランは素知らぬ顔で知らんぷりをした。彼はしばらく唸っていたが、やがて不貞腐れた様子で、窯の前に座り込んだ。
「だいたい、お姉ちゃんたちは何するつもりなのさ。師匠に訊きたいことって、なんなの?」
「それはこっちの都合。あなたには関係ない」
フランが素っ気なく跳ね付けると、トビーはより一層ぶすっとした。フランはちらりと彼の顔を見ると、その隣に腰を下ろした。
「なっ、な、なんだよっ」
隣にフランが来て、トビーはドギマギしながら、少し距離をあけた。対するフランは特に気にした様子もなく、窯の火を見ながら言う。
「あなたは、なんでこんなとこにいるの?」
「え?」
「どうしてここでこき使われてるって訊いてるの。あの師匠ってのは、あなたにとって何?」
「……」
トビーは黙り込むと、膝を抱え、フランと同じように火を見つめる。
「……師匠は、おれをちゃんと見てくれるんだ」
「見る?他の人は、あなたを見てくれないの」
「うん。この村の人たちは、おれをまっすぐ見ようとしない。決まって物陰とか、すれ違った時に横目でこっそり見るんだ」
「……」
フランは色々と思う所はあったが、口には出さなかった。恐らくこの男の子には、なにがしかの事情があるのだろう。けどそれを深掘りしたところで、意味はないと思った。なにより自分なら、今日初めて会ったばかりの人間に、そこまで触れてほしくはない。
「なら、あなたの師匠はまっすぐ見てくれるってこと?けどあなた、そんなに大事にされてるとは思えないけど」
「う……し、師匠は、おれを一人前の職人として扱ってくれてるんだ。だから、ちょっとくらい厳しいこともさせるだけで……」
トビーの声は、どんどん小さくなっていった。自覚はあるのだろう。
「……それでも、師匠はおれをちゃんと見てくれる。寝るところも、ご飯もくれる。ちゃんと、“いるもの”って思ってくれてるんだ。それだけでも、村の人たちより、ずーっとマシだよ」
フランは、少し意外だった。師匠と呼ばれるあの男は、案外きちんと面倒を見ているのか。子ども一人を働かせ、自分は休むようなロクデナシなのだと思っていたのに。
「……師匠のこと、尊敬してるの」
「もちろんだよ!師匠の作るガラス細工は、村の外から買い付けが来るくらいすごいんだぜ!いつかおれも、師匠くらいうまくなって、自分の工房を開くんだ!」
トビーがあんまりキラキラした目で語るものだから、フランは思わずくすっと笑ってしまった。トビーは馬鹿にされたと思ったのか、顔を赤くしてそっぽを向いた。会話が途切れる。
窯の中で、パチパチと薪が爆ぜている。だいぶ時間が経った。そろそろ向こうも方が付くだろうかと、フランが考えていた時だった。
「……お姉ちゃんたちは、一体何者なんだよ」
トビーが火を見つめたままで言う。
「わたし?ただの、旅人」
「う、嘘だ!お姉ちゃん、すっごい力持ちだし、きっと冒険家なんだろ!それで、あの帽子の男は、お姉ちゃんの家来とかなんでしょ?」
「家来?」
フランは目を丸くした。帽子の男とは、桜下のことだろう。
「逆。あの人が、わたしたちのリーダー」
「えっ。あんなのが?あいつ、お姉ちゃんよりも強いの?」
「そういうわけじゃない。でもあの人は、わたしたちに欠かせない人なの」
フランの声色に、深い尊敬と信頼が混じっているのを、トビーは敏感に感じ取った。またムスッと黙り込むと、ふと、何かを思いついた顔になる。
「……おれ、いつかすごい職人になる男なんだぜ」
不敵な笑みを浮かべて、トビーがフランの方を向いてきた。
「……それが?」
「お、おれもいつか、師匠みたいなすごい職人なるんだって!きっとおれの作った作品を買いに、帝都からも人が来るようになるぞ」
「それで?」
「う、だ、だからぁ!そんな弱っちい男よりも、おれの方がかっこいいだろって。今はまだ弟子だけど、おれ、必ずあいつよりもいい男になるよ。こういうの、しょーらいゆーぼーって言うんだぜ?」
トビーは偉そうにふんぞり返りながら言った。そしてフランの腕をがしっと掴む。
「お姉ちゃん、おれのオンナになれよ。あんなやつよりも、ぜったいいい暮らしさせてやるぜ」
フランは呆れてしまった。トビーは精いっぱいキザな顔を作ったつもりだろうが、日焼けして浅黒い肌でもはっきりとわかるくらい顔が赤い。どこで聞いたのか、悪い言葉を覚えたようだ。
フランはパシっとその手を払いのけると、すっと立ち上がった。トビーは自信が一転して、慌てた顔になる。
「お、お姉ちゃん?」
「……」
フランは冷たい目で、トビーを一瞥した。びくりと身をすくめる少年に、言い放つ。
「そういう上から目線の人、キライ」
「………………!!!」
フランはそのまま立ち去ろうとした。奥の方で、何やら物音が聞こえたからだ。向こうの用事が済んだのなら。ここにいつまでもいる必要はない。そう思ったのだが……
「………………」
トビーがあまりにもしょげ返っているので、さすがに忍びない気持ちになった。ため息をつくと、丸まった背中に声を掛ける。
「ごめん」
「……なんだよっ。なんで謝るんだよ……」
「さっきのは、うそ。訂正する」
「え?それじゃあ……!」
「あなたが嫌いだからじゃない。でもわたし、もう好きな人がいるから」
再び明るくなりかけたトビーの顔が、みるみる暗くなっていく。
「だから、わたしはあなたを選ばない。けど、そう悲嘆しないで。この先、もっといい人が見つかるはずだから」
「そんなの、わかんないじゃんかっ。どうしてダメなんだよっ。おれは他の誰かより、お姉ちゃんがいいのに……」
「わたしはダメ。諦めて。でも、頑張って生きてたら……いつか、また会いに来るから」
「え……?」
トビーが目を上げた。フランはうなずく。
「すごい職人になるんでしょ。そしたら、あなたの作品を見せて。できそう?」
「あっ、当たり前だろ!おれは、ぜったいでっかくなる男なんだ!」
トビーの頬に赤みが戻った。フランはもう一度うなずいた。
「頑張って。応援してる」
「ふ、ふん!後悔しても遅いからな!」
フランはほほ笑むと、今度こそ背中を向けて歩き出した。歩きながら、フランは内心で呟く。
(我ながら、白々しいな)
恐らく彼と出会うことは、もう二度とないだろうに。口先だけで適当なことを並べるのは、好きじゃなかった。それに、自分らしくもないとも思う。
(でも……あの子に少しでも、希望を与えたかった)
彼が生きていくのは、普通の人より何倍も大変はずだ。その困難な道行に、ほんの少しでも明かりを灯してやりたかった……忌み嫌われる生まれという、自分と似た境遇に同情したのもあるかもしれない。けど恐らくは。
「あの人のお人好しがうつったかな」
フランはやれやれと肩をすくめると、仲間の下へ急いだ。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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