5-2
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さて、フランの番は無事に終わった。次は幽霊シスター、ウィルの番だ。
「さて、じゃあウィル……の前に」
「はい?」
「あんな感じだったけど、どうだった?俺、ちゃんとできてたかな」
この面談を望んだのはウィルだ。俺は、彼女の期待通りにできていただろうか?
「なんだ、そんなこと気にしてたんですか?安心してください、とっても上手だと思いましたよ」
「そ、そう?」
「ええ。それどころか、ちょびっとだけ羨ましくなりました。桜下さんってやっぱり、フランさんのこと、よく見てるんだなぁって」
うぇ?流し目になった金色の瞳が、俺を見据える。じ、冗談なのか、本気なのか……
「えぇっと……」
「……ふふ。だから、私もよろしくお願いしますね」
「あ、う、うん」
ウィルは笑みを浮かべると、いつもの調子に戻った。よ、よし。なら俺も、普段通りに行こう。
「で、えーっと。まず、ウィルの強みからか」
「私の強み……やっぱり、誘導や攪乱でしょうか?それしかできないって意味でもありますけど」
「そんなこと言うなよ。それだって立派な長所だろ。でも、うーん……」
「違い、ますかね?」
「いや……長所は長所だけど、ウィルの一番はそこかって言われると……」
上手く言葉にできないな。なら、具体例を挙げてみようか?俺は直近の戦闘を思い返してみた。
「例えば……この前の、ゴブリンとの戦闘。あん時、ウィルは何か、攪乱や誘導をしたか?」
「え?えっと……あれ、そう言われると、とくにしてませんね……」
「そうだよな。その前の、サイクロプスとの戦闘でも」
「していません。確かに、桜下さんの言う通りです」
俺はこくりとうなずく。確かにウィルは、あまり戦闘が得意ではない。ただかと言って、何もしていないわけじゃない
「その二つの戦闘で、ウィルは攪乱や陽動をしなかった。なら、逆に何をしてたかな」
「えっと……ゴブリン戦では、フランさんをサポートしてました。ロッドで殴ったり、火花で脅かしたり。サイクロプスの時は、フレイムパインで動きを封じましたね」
「そうだったな。実際、あれはすごいいい活躍だったよ。戦闘の決め手にはならなかったけど、いいサポートだった」
「えへへ……それなら、私の強みはそれですか?サポートっていう」
「うーん……それも間違いじゃないけど、まだぼんやりしすぎてるな……」
一言にサポートといっても、いろんな方法がある。今の段階じゃ、ウィルも何を意識したらいいのか分からないだろう。
「うーん、難しいな……」
「うーん、難しいですね……ゴブリン戦でのことは、サポートというより、ちょっかいを掛けたって感じでしたし。ロッド殴りなんて、ほぼ無視されてましたよ」
「そうだったな。逆に火花は、結構ビビってたよな。いきなりだったから……あ。ひょっとして、それか?」
「それ?」
一つ、気が付いたかもしれない。ウィルはやきもきした顔で、こっちを見つめてくる。
「桜下さん、それってなんですか?」
「ああ。思うに、ウィルの強さの本質は……不意打ちだ」
「ふいうち?」
ウィルが目をぱちくりする。まさしく、不意打ちを喰らったようだ。
「ああ。ゴブリンの時、ロッドが全然効果がなかったのは、それが弱い攻撃だったからじゃない。だったら、あの火花だって同じなはずだろ?あれは、ロッドが丸見えだったからじゃないかな」
「丸見え……確かにこのロッドは、私と違って、誰の目にも見えるんでしたね」
ウィルが自分のロッドを見下ろす。
「なら、火花の方……フレーミングバルサムの魔法は、全く予期せぬところから出現したから、効果的だったと?」
「ああ。いくら屈強な体のモンスターといえど、何もない虚空からいきなり攻撃されたら、動揺しないなんて無理なんだ。ウィルは視認されないし、壁も床もすり抜けられる。敵の不意を突くから、攪乱も効果があるんじゃないかな」
「なるほど……あ、けど。私って、人には見えませんが、モンスターには見られることが多くないですか?魔王の軍勢にも、私の姿は見えるんじゃ……」
ふむ、確かに。フランたちアンデッドを始め、人間以外の存在には、ウィルは知覚されることが多い。
「けど、それなら真っ当に姿を隠せばいいだけだ。ウィルには、最高の隠れ蓑があるじゃないか」
「え?な、なんですか、それって」
「下。地面だよ」
俺は馬車の床を指さす。
「地面に潜れば、ほとんどのやつは気付かないだろ。壁や床もな」
「あ、そっか。つい肉体がある基準で考えちゃいますけど、私、幽霊なんですもんね」
「感知されないのもそうだけど、どこでもすり抜けられるってのも、ウィルの強さじゃないかな」
ただ突っ立っているだけの幽霊より、壁や床からにゅっと出てくる幽霊の方が怖い。それだけでも効果があるんだから、やっぱり強力な特性だ。
「そっか、不意打ちか……なるほど、納得です。ただ、そうなると……」
「ん?まだなにか、引っかかるか?」
「ええ……桜下さんの言った通り、不意打ちはそれだけで強力だと思います。ただやっぱり、あんまりにも弱い攻撃だと、不意を突いた意味がなくなっちゃうじゃないですか」
「ああー、なるほど」
つまりウィルは、より根本的な問題を見ているわけだ。
「私に足りていないのは、何よりもまず、強力な攻撃手段なんですよね……」
うーむ。普通の人間相手ならともかく、モンスターの軍勢相手だと、確かに威力不足感は否めないかもしれないな。
「でもウィルだって、いくつか強力な魔法を持ってるじゃないか。あの赤い粉とか、ハザールとの戦いで撃った火の玉とか」
「トリコデルマと、ファイアアントですか?確かに私のなかでは高火力な方ですが、ライラさんとかと比べると……ファイアアントは、詠唱に時間がかかり過ぎて、使える場面はかなり限定されてしまうでしょうし」
「そっか……でも、じゃあいきなり強い魔法を覚えろってのもな」
「はい……努力はしてみますが、魔法はどうしても、生まれ持ったものに左右されるところもありますので」
そうだった。扱える魔法の属性などは、その人の魂に由来する。魔王の大陸に着くまでの間に、電撃魔法や竜巻魔法を習得しろと言っても、土台無理だ。
「ぬーん……うーん……でもさぁ、ウィル」
「はい?」
「俺、やっぱり魔法が使えるってだけでも、十分凄いと思うんだ。それに、炎魔法つっても、ただ大爆発させるだけじゃないだろ?」
「え?ええ、まあ、そうかもですが……」
「例えばだぜ?ありったけの熱で、鉄をドロッドロに溶かして、そいつをぶっかけてやるとかさ」
「て、鉄ですか?」
「前にどっかで見たんだけど、あれって結構派手な火花が出るんだ。それにこれなら、炎が効かない相手も無視できないだろ。鉄が冷えて固まったら、えらいことになるからな」
「……」
ウィルは、ぽかんと口を開けている。つっても、呆れているわけじゃないだろう。俺も、自分がそこまで荒唐無稽な話をしているわけじゃない自信がある。
「それに、魔法に拘らなくてもいいじゃんか。うんと高いところから石を落っことしてやるのだって、かなり強烈だぜ。何が言いたいかっていうと、ライラみたいにやる必要はないってことだよ」
「ライラさんみたく……」
「ライラにはライラの、ウィルにはウィルの強み、戦い方がある。もっと、お前にしかできないことに目を向けてやれよ」
「私にしか、できないこと……」
「ああ。何かになろうとするより、今の自分を伸ばしてやる方が、いいんじゃないかな」
ライラのような格上を、長期的な目標にするのはいいと思う。けど今回は、そこまでの時間はない。短期的なら、自分の強みに磨きをかけるほうがいいんじゃないだろうか。
ウィルは自分の胸に手を置きながら、言葉を飲み込むように、ゆっくりと呟いた。
「……今まで私は、自分にできないことばかり考えていました。けど、違ったんですね。自分にできることを、どう活かしていくかを考えなくちゃダメだったんだ」
「ウィルには、みんなにできないことができるんだから。それを活かさないのは、もったいないだろ」
「もったいない、ですか。自分の力を、そんな風に思ったことはなかったですが……」
「そんなことないって。何度も言ってるけど、俺はウィルもすごいやつだって思ってるんだからな。もう少し、自分を高く買えよ」
「桜下さん……」
ウィルが潤んだ瞳で俺を見つめる。う、な、なんだか照れ臭いな。俺が目を逸らすと、ウィルは不満げに、唇を尖らせた。そんな顔されたって、俺にロマンチックを期待する方が無理だってば。
「……桜下さんは、いつも、私の知らない力を引き出してくれますね。すごいです」
「え?そ、そうか?」
と思ったら、急に褒めてきた。困惑していると、ウィルがすっと顔を寄せてくる。耳元で、一言。
「恋人がこんなにすごい人で、私は幸せですね」
「っ……!?」
な、な、なにを……ドギマギしながらのけ反ると、ウィル頬を赤く染めて、いたずらっぽくクスッと笑った。
「不意打ち、上手くできました?」
あ……ああああ!くそ、ウィルのやつ!大声で叫んでやろうかとも思ったが、やめた。こういう時、俺はウィルに勝てたためしがない。そうだった、こいつはいちおう、年上のお姉さんだったっけか……
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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