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エドガーの私室を出ると、たまたま近くを侍女が通り過ぎるところだった。俺は侍女に頼んで、客室を一つ貸してもらった。怪訝そうな顔をしていた侍女だったが、エドガーの部屋から出てきた俺たちを、執拗に疑りはしなかった。
部屋につくやいなや、俺は一直線にベッドに向かい、ぼふっとぶっ倒れた。さすがに、体力が限界だ……
「すまん……少し寝る……」
「はい、おやすみなさい。ゆっくり休んでください」
そういうウィルの声がかすかに聞こえ、俺は夢の中へと落ちていった……
目が覚めると、驚いたことに陽が傾いていた。寝たのが早朝だから、げげ、丸一日寝てしまったか。
眠り過ぎたのか、頭がぼーっとする。両手をついて重たい頭を持ち上げると、脳の血流が急増したせいか、軽い頭痛がした。
ふと隣を見ると、ライラがそばで寝ている。魔力を使い果たしたせいか、寝息は深く、目を覚ます気配はない。起こさないように、俺はそっとベッドを抜け出した。
「ん。起きたの」
俺に気付いて、フランが振り向いた。彼女は窓辺に立って、外を見ていたようだ。
「おはよ」
「おう。もうおはようって時間じゃなさそうだけどな……で、何見てたんだ?」
「外。ここから、中庭が見えるんだ」
ふむ。フランの隣に立つと、中庭を忙しく動き回る兵士たちの姿が見えた。
「遠征の準備か。順調そうか?」
「わかんないけど、たぶんそんなに。人員が足りないんだ」
「ああ……」
昨日の攻撃で、大勢の死傷者が出たからな……無理もない。
「それより、城の人がごはん持ってきてたよ」
「お、そうか」
ろくに食べないまま寝たせいで、胃がすっからかんになっている。さっそく俺はテーブルまで移動して、そこに乗せられたバスケットを物色した。パンとリンゴ、ビン入りの牛乳。城中がドタバタしているせいか、中身はシンプルだ。そんな最中に食事を手配してくれたことに感謝しつつ、いただきます。
「ところで、お前らはまだ魔力切れ?」
俺はパンをかじりながら、ソファでぐったりする三人組に声をかける。ウィル、アルルカ、ロウランだ。
「ええ……ちょっと張り切りすぎました」
「でもおかげで、これだけ早く救助が済んだんだ。よくやったよ」
魔力切れは、魂疲れとも言う。回復手段は時間の経過のみだ。ゆっくり休んでくれと言うほかないな。たぶんライラも、夜まで目を覚まさないだろう。
「ところで、ダーリン」
うん?ソファに寝そべるロウランが、頭だけ持ち上げてこちらを見る。
「アタシ、ちょっと訊きたいことがあったの。ダーリンって、いつもああなの?」
「もぐもぐ……ごくん。ああ、ってのは?」
ロウランはころんと寝返りを打つと、話しやすいように、顔をこっちに向けた。そのせいで足がアルルカにぶつかっているので、やつは嫌そうな顔をしているけど。
「今朝のことだよ。第三勢力でならってやつ。驚いちゃった」
「ん、なんかおかしかったか?」
「ううん、じゃなくて、ダーリンがいつの間にかあんなの考えてたってことに。それに、大人相手にぜんぜん譲らなかったし。かっこよかったの!」
う。ロウランは、瞳をキラキラさせている。よしてくれ、そんなんじゃないって。俺は頬をポリポリかく。
「あー。条件のことは、まあ、王都に向かうって決めた時からぼんやりと浮かんではいたんだ。戦争に参加するとして、どんな条件を付けたら、みんなのためになるかって」
「アタシたちの?」
「ああ。ずっと考えてたんだ。俺は、みんなを血みどろの戦場に送り出したいわけじゃない。みんなを戦争の道具にするなんて、ごめんだ」
ロウランはじっと、俺を見ている。それに、彼女だけじゃないことも気付いていた。フランもウィルも、アルルカだって、俺の話に耳を傾けている。
「もちろん、相手は魔王だ。甘いことばかりも言ってられないとは思う。でもだからこそ、俺がみんなの指揮を執りたかったんだ」
「ダーリンが?」
「ああ。俺に指揮官の才能があるかどうかについては、今は保留させてくれよ」
すると、「そんなことない」という声が、同時に上がって驚いた。フランとウィルとロウランが、ぱちくりと顔を見合わせている。あはは、光栄なことだ。
「みんなは、強いよ。ひいき目じゃなくて、事実として、みんなはすごい力を持ってる。それはヘイズたちや、王国の連中も知っていると思う。もしそこで、みんなの指揮をそいつらが執るってなったら、どうなるかな」
「ああ……そっか。そういうことなんだね」
ロウランは、言わんとすることが分かったらしい。俺はうなずく。
「俺みたいに甘っちょろい指揮官は、軍の中にはいないだろ。なんてったって、戦争だ。使える力は、惜しみなく使うだろうな」
俺は、ベッドで穏やかな寝息を立てる、ライラを見つめる。
「特にライラなんて、最たるもんだ。あの子は一人で、森一つをぶっ飛ばせる。お偉方は、迷わず命じるだろうさ。魔王軍を、粉みじんにしろって」
将軍に命じられるまま、ライラは魔物を全滅させる。フランは鉤爪を血に染めて、モンスターを殺しまくる。ウィルは精いっぱい力になろうと、自らの炎魔法で魔物の肉を焼くだろう。
将軍は笑顔が止まらないだろうな、上々の戦果に。彼女たちが心の中でどう思っているかなんて、知ろうともしないだろう。俺はそれが、たまらなく嫌だった。
「……ダーリンは、アタシたちを兵器にしないために、ああ言ってくれたんだね」
「まあ、な。でもきっと、甘いことばかり言っていられない時も来ると思うんだ。カッコつけたこと言ったけど、結局俺も、そういう決断をする時が来るかもしれない。でも……それを決めるのは、みんなでも、他の誰かでもなくて、俺がしたいんだよ」
命じられて仕方なかったんだとか、あいつが勝手にやったんだとか、そういうカッコ悪い言い訳は、したくなかった。
「だって俺……みんなの、主だから」
エドガーが、ヘイズの代わりに頭を下げたように。ミゲルが、マルティナを守るのは自分だと言ったように。俺も、彼らみたいになりたかった。まあ結局、子どもが意地を張っているだけなのかもしれないけど……
ドンッ!
「うわっ!」
「んー!ダーリン、愛してるのー!」
ガッターン!飛んできたロウランに押し倒されて、俺は椅子ごとひっくり返った。ぐえぇ、お、重い……ロウランは倒した事への詫びもなく、ぐりぐりと首元に頭をこすりつけてくる。
「やっぱりダーリンは、世界一カッコいい旦那様なの!アタシの目に狂いはなかったのー!」
「ろ、うらん……分かったから……どいて……」
全身に金を仕込んでいるロウランは、細身な見た目に反して、シャレにならないくらいの重量をしている。俺は今、バーベルに抱き着かれている気分なんだ……
「こら。そのくらいにして」
ロウランの首根っこが掴まれ、ぐいと引き戻された。ぶはっ、た、助かった……
見れば、フランがそばに立っていて、ロウランの包帯を引っ張っていた。ロウランはぷぅっとむくれている。
「もう、なにするのぉ。あなただって、そう思ったでしょ?」
「思ったけど、恩をあだで返さないの」
パッと手を放すと、ロウランはようやく俺の上から退いた。た、助かった……
「いてて……まあそれと、俺の野望の実現のためってのもあるけどな。この戦いが終われば、俺たちは晴れて第三勢力だ」
フランはやれやれ顔で笑うと、手を差し出してくる。その手を掴むと、ぐっと引き起こされた。
「じゃあ、必ず無事に帰らないとね。わたしたちだって、あなたが心配なんだから」
「わかった。なぁに、俺は後ろで引っ込んでるだけさ」
俺はカラカラと笑った。少々こっぱずかしい話もしてしまったが、ま、口が滑ったことにしておこう。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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