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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
15章 燃え尽きた松明
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14-2

14-2


宿に戻ると、ライラはすっかり目を覚ましていた。どころか、半泣きでべそをかいていた。


「うっ、うっ、ううぅ……」


「どっ、どうしたライラ!?」


「ライラさん、何があったんですか!?」


俺とウィルが血相変えて慰めなだめて、そうしてようやく訊きだしたところによると、起きたら誰もいなかったので不安になってしまったらしい。


「あ゛っ。そ、そうでした。みんなして出てきちゃったから……」


「あ、ああ~。そうだよな、ごめんライラ」


「もぅ、みんなのばかぁ~」


そうだな、起きて一人だったら怖いよな。追いかけっこしている場合じゃなかった。平謝りだ。

どうにかライラを泣き止ませる頃には、太陽はずいぶん高くまで昇っていた。出発前に、とんだハプニングを喰らってしまった。


「えー、ちょっとゴタゴタはしたけど……エラゼム」


「なんでしょうか、桜下殿?」


俺は部屋を出る前に、エラゼムに訊いておきたいことがあった。


「まあなんだ、これまでお前にはずいぶん世話になったからさ。旅立つ前に、ささやかなお別れ会でもしようかって、みんなで話してたんだ」


「お別れ会、ですか?」


昨日、みんなとそんな話をした。送別会ってやつだ。


「ああ。今までの感謝を込めてさ。ただ、すぐにでも出発したいってんなら、無理にとは言わないよ。エラゼムの意思を尊重する。どうだ?」


「そう、ですな……」


エラゼムは少し考えこむと、やがてゆっくりと首を横に振った。


「申し訳ございません。ありがたい申し出ではありますが、お断りいたします」


「あ、やっぱり迷惑だったか?」


さっきまで泣いていて、目を赤くしたライラが、それでもむっとする。昨日、エラゼムが断ったら、魔法をぶち込んでやるって息巻いていたっけか?しかしエラゼムは、再度首を振った。


「迷惑なんて、とんでもない。お気持ちは本当に嬉しいのです。しかしながら、吾輩のためにお手間を取らせるわけにはいきませぬ。時間もお金も、これからがある皆様のために使うべきです」


「えぇ?でも、遠慮すんなよ。これで最後なんだぜ?」


「いいえ。最後であろうと最初であろうと、吾輩のためになど使うべきではありません。それに、死霊(アンデッド)の皆様とは、今までいくつもの夜を共に過ごしてまいりました。そして桜下殿とは、先ほど剣を交えたばかりです。剣士にとって、試合以上に相手を知る方法はありません」


なるほど。もう十分語り合いは済んだってことか。だけどその条件だと、たった一人当てはまらないやつがいる。そいつもまた、それを感じていたようだ。


「じゃあ、ライラはどうなのさ」


ライラはむっつりした顔で、エラゼムを睨み上げる。

死霊ではあるが、少々特殊な事情から、夜は普通に眠るライラ。彼女がエラゼムと一緒に夜を明かしたことはない。それにライラはしばらくのあいだ、エラゼムを一方的に嫌っていたからな。過ごした密度で言ったら、一番スカスカかもしれない。


「ライラ嬢……吾輩と話すことで、ライラ嬢は不快な思いをされるのではないですか?」


「そっ!そんなこと、ない、けど……」


「吾輩を許して下さるのですか?」


「……もうとっくに、そんなのしてるに決まってるじゃん。ライラだって、お前が悪くないってことくらい、わかってたよ」


なんだ、やっぱりそうだったのか。俺はちょっとだけほっとした。今までのは、単に意地張っていただけだったんだな。

エラゼムはかがむと、ライラに目線を合わせた。


「その言葉が聞けただけで、十分です。ライラ嬢。吾輩は貴女のことを、決して忘れはしません」


「……」


ライラは何も言わずに、ウィルの後ろに隠れてしまった。ウィルは半透明だから、隠れてんのか微妙なところだけど……ま、照れ隠しだな。ウィルもにこにことほほ笑んでいる。エラゼムは、満足そうにうなずいた。


「共に過ごした時間が、皆様の心の中に、吾輩の姿を刻んだことを望みます。吾輩も同じです。別れはしますが、その姿が消えることはありません。永遠に」


特別な別れの言葉は必要ない。彼は、ゆくべき場所に帰るだけだ。そういうことだよな、エラゼム?




グランテンプルへ赴くと、ステイン牧師と、ミゲルとマルティナが出迎えてくれた。


「お待ちしておりました。話は二人から聞いております。本日、行かれるのですな?」


「はい」


エラゼムが牧師に答える。


「承知しました。あなたの新たなる旅路に、幸多からんことを」


「ありがとうございます、牧師殿」


エラゼムは牧師に礼をした。

そこからは、またミゲルたちに案内してもらって、裏山へと向かう。道中は誰も口を開かず、ずっと無言だった。たぶんみんな、この後のことを考えていたんだと思う。俺もそうだったから。

そしてついに、聖域へと到着した。


「あれ、ここ……なんだか……」


昨日は青い光に満たされていた洞窟は、今は柔らかな白い光に包まれている。まるで印象が違うぞ……

理由はすぐに分かった。天井に開いた穴から、陽の光が差し込んで、それがメアリーの像の結晶に反射しているんだ。昼と夜でこんなに雰囲気が変わるだなんて、驚きだ。それに……


「エラゼムさんが旅立つ日に、空が晴れるだなんて。天まで祝福しているみたい……」


ウィルのつぶやきに同感だ。昨日まではずっと空は曇っていた。それが今日に限って晴れるだなんて……出来過ぎだな。


「それでは、私たちは下がらせていただきます。水入らずで過ごしていただきたいので」


マルティナはそう言うと、ミゲルと共に洞窟から出て行った。気を利かせてくれたんだな。おかげで余計なことを気にせずに、エラゼムを送ってやれそうだ。


「……」


エラゼムは一歩進み出て、メアリーの石像の前に立った。俺たちは彼の背中を見つめる。


「皆様」


エラゼムがこちらに振り返る。


「では、吾輩は先に逝かせていただきます」


い、いよいよか……さっきは別れの言葉はいらないなんて思ったけど、いきなりドロンなんてことはないんだよな?


「ロウラン嬢」


エラゼムは一番端にいた、ロウランに話しかける。


「貴女は、優れた盾をお持ちだ。吾輩が抜けた後の穴埋めをお任せしてもよいでしょうか」


「うん、任せて。ダーリンには傷一つ付けさせないの」


「頼もしい限りです。よろしくお願いします」


次に彼は、アルルカを見る。


「アルルカ嬢。出会いの形はともかく、今の吾輩たちは同胞です。これからも貴女の気が変わらないことを願いましょう」


「ふん。余計なお世話よ。あーあ、あたしの弾丸であんたをぶち抜けなかったことだけが心残りだわ」


「ははは。それは来世まで持ち越しですな」


そして次に、腰をかがめてライラに目を合わせる。


「ライラ嬢。先ほども言いましたが、吾輩を許していただき、ありがとうございます」


「……別に。ライラは、バカじゃないだけだよ」


「その通りですな。その才能を活かして、皆様の支えとなってくだされ」


ライラはこくりとだけうなずいた。


「ウィル嬢」


「……はい」


「貴女の優しさに、吾輩は何度も驚かされました。貴女だけは、呪いや恨みに縛られていない。吾輩がとうの昔に失ってしまったものを、貴女は持っている。どうか、それを失くさないでください」


「……はい。はぃ……」


ウィルの声は震えていた。エラゼムは困ったように首を振る。


「泣かないでください。吾輩の為になど。いや、しかしそれこそが、貴女の尊ぶべき美点ですな」


そして次に、フラン。


「フラン嬢。貴女からは、信ずる心を学びました。一介の騎士として、貴女を尊敬しております」


「……そんな大したことじゃないよ。ただ、執着が強いだけ」


「ははは、執着ですか。しかしそれとて、貫き通せば信念というもの。貴女の強さは、必ずや桜下殿の宿願の一助となりましょう」


フランは少し照れ臭そうにうなずいた。

さて、いよいよ俺か……と思ったが、真面目な彼は、もう一人を忘れちゃいなかった。


「アニ殿」


『……私、ですか?私はあくまでアイテムにすぎませんが』


「何をおっしゃるか。あなたと吾輩は、同じ主に仕えた者同士。立派な仲間でありましょう」


『まあ、何と捉えるかは、そちらにお任せしますが……』


「はい。吾輩はあなたを仲間だと思っております。そのことを忘れないでいただければ幸いです」


『……あなたもまた、私に仲間であれと言うのですね。主様と同じように』


アニは呆れたように、ゆるゆると左右に振れた。

さあ、それじゃいよいよだ。


「桜下殿」


「おう」


エラゼムが俺を見る。けど俺は、自分から口を開いた。


「俺たちは、さっき別れを済ませたもんな。いまさら話すこともねーや。だろ?」


「桜下殿……」


エラゼムは少し驚いた様子だったが、すぐにうなずいた。


「そうですな。お伝えしたいことは、全てお伝えしました。二番煎じでは言葉も薄れましょう」


うん、それでいい。俺はもともと、しめっぽいのは嫌いなんだ。これくらい軽いノリの方が、俺の性に合ってるぜ。

全員との別れが済んだエラゼムは、改めてメアリーの像に向き直る。


「メアリー様……誠に勝手ながら、このエラゼム、貴女の下へ馳せ参じました」


エラゼムは片膝をつくと、メアリーにこうべを垂れた。


「お久しぶりでございます……貴女にお伝えしたいことがあるのです」


すると、その時……

パァー!急に陽の光が強くなって、洞窟内がにわかに明るくなった。な、なんだ?ちょうど光の角度が合って、陽が差し込んだのだろうか。


「え……」


「うそ……!」


俺たちは息をのんだ。エラゼムの前に、メアリーがいる……!



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