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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
15章 燃え尽きた松明
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13-2

13-2


「ミゲル、マルティナ。みなさまを、あの場所までお連れしなさい。わしも同行したいが、年寄りに山道はこたえるのでな」


ステイン牧師にそう言われ、双子の兄妹はうなずいて立ち上がった。


「ご案内いたします。ついてきてくださいますか」


移動するのか。ここじゃできない話ってことか……?よく分からないけど、従うほかないだろう。

廊下を歩きながら、ミゲルが説明する。


「これから、件のお方に関する重要な場所、我々が聖域と呼ぶ場所にご案内します」


「聖域……?」


「はい。口で言うよりも、実際に見てもらったほうが早いと思うので」


見せたいものがある、か。光の魔力に関する資料ってことかな。


「それと……」


「ん?」


「……妹を助けていただいて、ありがとうございました」


ぼそぼそ言うなよな、感謝しているならさ?まあいいか、こいつならこれで上出来だ。俺はにやりと笑った。

二人はグランテンプルを出ると、裏手の山へと入っていく。道はくねくねねじ曲がって、かなり奥まで続いているようだ。一体どこまで行く気なんだろう。

外はまた小雨が降り出していて、地面が濡れて滑りやすい。二人がランタンを持って先導し、その後ろを俺たちがついていく。


「……桜下殿」


歩いていると、エラゼムが小声で話しかけてきた。


「先ほどは勝手なまねをしてしまい、申し訳ございません」


「ん?ああ、アンデッドだって打ち明けたことか?いいよ別に、あれで牧師も納得してくれたんだし」


「ありがとうございます。なにを言っても言い訳にしかなりませぬが、あの場で取り繕うことは、牧師殿に……ひいては、その聖人様にも失礼だと思ったのです」


「うん、わかるよ。牧師が腹割ってくれたんだから、こっちも誠意を持って返さないとな。ただ……」


「……桜下殿?」


「いや……エラゼムは、その人がメアリーだって思うか?」


「それは……」


エラゼムは言葉を区切ると、力なく兜を横に振る。


「……わかりませぬ。この目で確かめてみるまでは、なんとも」


「そうだよな……悪い、妙なこと訊いた」


たぶん俺は、緊張しているんだ。いよいよ、だからな。その後しばらく、俺たちは無言で歩き続けた。


「……その方は」


ん?唐突に、マルティナが背中を向けたままで、話し始めた。


「その方は、数多くの人の命を救ったといいます。どれほど死の淵に瀕していたとしても、たちどころに治してしまうのだと」


「そうなのか。光の魔力の持ち主と考えれば、誇張だとも思えないな」


「ええ、私もそう思います。それほどの功績がなければ、聖人として(たてまつ)られもしないでしょう」


「なあ、その人の名前って、分からないのか?」


「それが、ご自身のことをほとんど語らない方だったようで……どうやら、意図的に記録に残らないようにしていたみたいです」


ふうむ、そうか。名前が分かれば、メアリーかどうか一発で分かったんだけど。


「光の魔力を持つ人は、正体を隠したがるっていいますよね」


ウィルが俺の隣に浮かんで、話しかけてくる、彼女の声は俺たちにしか聞こえていないので、俺は無言でうなずき返した。


「だとしたら、名前を隠すのもうなずけるんでしょうか」


そうだな。それを加味すれば、そこまでおかしな話じゃない。だけど俺は、もう一つの可能性も考えていた。


(メアリーが、正体を隠していたのだとしたら)


メアリーは、エラゼムたちの下に戻らなかった。向かうと言っていた北の町にも、行った痕跡は見つからなかった。なんらかの事故に巻き込まれたのではないとしたら、考えられるのは……


(最初から、戻らない気だったんじゃないか)


メアリーは自由を欲していた。自分を知らない土地に行き、そこで新たな人生を始める……そう望んだのだとしたら、メアリーの名前が見つからなくても不思議はない。


(でもそれだと、エラゼムや城を捨てたってことだよな……)


もし本当にそうだったとしたら、エラゼムがそのことを知った時、どれほどショックを受けるだろうか。俺は、この先に待つのがメアリーであってほしいとも、外れてほしいとも思っていた。

山道は、だんだん谷あいの土地へと入っていく。両側の崖には苔がびっしりと生え、雨のしずくがキラキラと光っていた。そこをずっと進むと、やがて前方に、石でできた門が見えてきた。


「ここが、聖域の入り口です」


ついにか……ごくり。

ミゲルが不思議な形の鍵?のようなものを取り出し、門に近づく。ごそごそやると、ゴトリという音が聞こえ、門が地面の下へと沈み始めた。その向こうには、洞窟の入り口がぽっかり開いている。


「こちらです。暗いので、気を付けてついてきてください」


ミゲルとマルティナは、洞窟の奥へと進みだした。うひゃあ、まだあるのか。

洞窟は狭く、冷たい空気で満たされていた。ライラが怖がって俺に引っ付いてくる。体の大きいエラゼムは、窮屈そうに肩を縮めていた。


「もうすぐです……」


マルティナの声が洞窟に反響する。

やがて、前方に明かりが見えてきた。え、明かり?だって今は夜だし、月明かりも雲に隠れて見えないはずだぜ?


「着きました。ここが、私たちが聖域と呼ぶ場所です」


洞窟を抜けると、そこは……


「ここが、聖域……」


そこは、柔らかな青い光に包まれた空間だった。

洞窟の一部が膨らんで、小部屋のようになっている。周囲にはコケやきのこやツタが生え、岩壁を覆っていた。どうして地下に植物が……不思議に思っていると、ウィルが天井のあたりをじっと見つめていることに気が付いた。飛んでいる彼女のすぐそばの天井に、大きな穴が空いている。なるほど、昼間はそこから陽が差すのか。


(でも、それならこの光は一体……?)


目を走らせていくと、それはすぐに見つかった。

小部屋の一番奥に、光り輝く水晶に覆われた、不思議な形の岩があったのだ。淡い光は、その水晶から放たれていた。


「なるほど、これは確かに、神聖な空間だ……けど、これを見たからなんなんだ?」


ここは確かに神秘的だが、あくまでただの場所だ。それ以上の感想は出てこないぞ。


「よくごらんになってください。その、水晶に覆われた岩を」


マルティナがおごそかな声で告げる。岩を見ろ?確かに綺麗だが、それだけなのでは……


(……ん?)


なんだ、この違和感?不思議な形ではあるが、なにかが引っ掛かる。何かをかたどっているような……?


「ぁ……!」


ウィルが小さな声を漏らすと、口を覆った。


「ウィル?どうした?」


「ひと……」


「人?」


「人の、かたち……」


なんだと?俺はバッと岩を凝視する。

岩の細部の形……凹凸の形……人と言われて改めて見ると、それは確かに……!


「にん、げん……!?」


それは確かに、うつむき、祈りをささげるような恰好でひざまずく、女性の形をしていた。彫像……?いや、それにしては、あまりにも……あまりにも、生気を感じる。薄暗さで最初は分からなかったが、肩にかかる髪の一本一本や、指の関節のしわまで見て取れるくらいだ。


「そうです。その方こそ、私たちが聖人と呼ぶお方……その、最期のお姿です」


どういう、ことだ……?この石像が、最期の姿……?


「光の……」


俺にぴったりと張り付いたライラが、震える声で言う。


「光の魔力の、代償……」


なに……?代償……?そうだ、思い出した!


「そ……そうか。光の魔力を使い過ぎると……」


光の聖女、キサカを思い出す。あいつはエドガーの呪いを解いた後、足が石化してしまっていた。それが、光の魔力、光の魔法。奇跡を起こす代わりに、使用者の命が犠牲となる……


「それじゃあ、まさか……」


「そうです。このお方は、自らの命と引き換えに、多くの人の命をお救いになられました。その献身があったからこそ、当時の教団の方々も心打たれたのでしょう。こうして人里離れた場所に安置し、最期の望みであった、自らを隠し、公にしないでほしいという願いを叶えたのです」


そうだったのか……でもまさか、こんな形で……


ガシャン。


大きな音がして、俺は振り返った。

エラゼムが、がっくりと膝をついている。


「メアリー様……」


「え」


「メアリー様、です。間違いありません……」


なっ、なんだって!俺は慌てて、その女性の石像の顔を凝視する。ややうろ覚えではあるが、かつてエラゼムの記憶の中で見たメアリーと、確かに似ている……!


「ほ、本当に……?この人が、エラゼムさんの主様なんですか?」


「ああ……なあ、マルティナ」


俺はマルティナに問いかける。


「この聖域ができたのは、百年前で間違いないか?」


「ええ。正確な年数は分かりませんが、それくらい前に作られたと、記録に残っています」


「じゃ、年代も一致するな……」


てことはやっぱり、この人は、メアリーなんだ……俺は何とも言えない気持ちで、石となったメアリーを見つめる。百年前の人だから、当然生きてはいないのは分かっていた。だけど、こんな形で再会することになるとは……


「エラゼム……」


ライラが俺から離れて、エラゼムの肩に触れる。エラゼムは膝をついたまま、さっきから微動だにしていない。


「このお方について、もう少しだけ分かっていることがあります」


ふいに、ミゲルが壁の方に歩いて行って、何かに触れた。コケに覆われた壁の一部に、石のプレートが埋め込まれている。


「記録によれば、百年間のこの町は、壊滅の危機に瀕していたそうです。嵐による災害、それによる不作が原因の飢饉、追い打ちをかけるような疫病の流行。その危機を救ってくれたのが、この方だったと」


「じゃあまさか……町の人たち全員を治療して……?」


だとしたら、いったいどれほどの数の命を、この人は救ったんだろうか。そしてその時、何を思っていたのか……俺には分からない。きっと、この場にいる誰にも、分からない。


「……マルティナ嬢。ミゲル殿」


あ……エラゼムが、ゆっくりと言葉を発した。


「明日、改めてここに案内していただくことはできないでしょうか。今日はもう夜も深い。しっかりとした気持ちで、臨みたいのです」


「分かりました。牧師様に伝えておきます。きっとお許しいただけると思いますよ」


「恩に着ます」


そう言うと、エラゼムは立ち上がって俺たちを見た。


「皆さま。今夜は宿に戻りませぬか。戦いの後でお疲れでしょう」


「でも、エラゼム……いいのか?」


「はい。先ほども言いましたように、今は心の整理がついておりませぬ。かこつけましたが、吾輩も時間がほしいのです」


「エラゼムがそう言うなら……」


俺たちは一度山を下りることになった。




つづく

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ゴールデンウィークは更新頻度2倍!

しばらくの間、毎日0時と12時の1日2回更新を実施します。

長期休暇に、アンデッドとの冒険はいかがでしょうか。


読了ありがとうございました。


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Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


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