12-2
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「おかしい」
ウォルフ爺さんの玄関口に立った際、フランは警告するように言った。だが今回ばかりは、俺でもその理由が分かった。
「明かりが消えてる」
時刻は真夜中も近い。闇夜に浮かぶ爺さんちの窓には、明かりが一つも灯っていないのだ。
「もう、寝ているとかは……」
ウィルの声には全然自信がない。
「確かめるっきゃないな」
俺は息を吸い込むと、扉をゆっくりノックした。ドン、ドン。
「……」
「……出ませんね」
中から物音は聞こえない。本当に寝ているのか……?俺が何とはなしに取っ手に手を掛けると、キィと音を立てて開いたじゃないか。
「おい、開いてるぞ……」
「え?ど、どうして……鍵は……」
「してないみたいだな」
扉の内側には、閂を掛けるための金具がついている。そこに本来ならはめられているはずの板切れは、わきに立てかけられていた。
「気を付けてよ。なにがあるか分からない」
フランの警告にうなずくと、そっと扉の中に入った。
家の中は真っ暗だった。火が焚かれていた様子もない。冷え冷えとして、静まり返っている。
「……」
俺はアニから放たれる細い明りを頼りに、室内の様子を探る。元が小さなボロ屋だから、そこまで広くはない。キッチンとリビング、そして扉が一つ。扉か……
「あの部屋も見てみるか……」
俺はそろそろと足を踏み出した。ぐに。
「うおぉ!?」
「きゃああ!」
俺が悲鳴を上げると、ウィルが飛び上がった。何か、踏んづけたぞ!俺はとっさに、アニを足元へ向けた。そこにいたのは……
「じ、爺さん!」
倒れていたのは、ウォルフ爺さんだ。頭から血を流している!俺は慌てて屈むと、爺さんの肩をゆする。
「爺さん、しっかりしろ!」
「……ぅ、ぅ……」
「まだ息はある!アニ、治癒魔法を!」
『承知しました。……キュアテイル!』
アニから青色の光が放たれ、爺さんの体を包み込む。
「爺さん!しっかりしろ!」
「う、うぅ……誰……わしは……?」
「爺さん!何があったんだ?あんたの娘は?」
「娘……?ヤンは……ヤンは……」
ウォルフ爺さんはうわごとのように、ヤンの名前を繰り返している。
「くそ、意識が混乱してるのか?」
『頭部へのダメージが影響しているのかも知れません。私の魔法では、そこまでの治癒は難しいです』
「そうか……なら、グランテンプルで治してもらおう。どうせこの後行くんだし」
「ダーリン、アタシが運ぶの」
ロウランは包帯をしゅるしゅると伸ばすと、爺さんの体を優しく持ち上げた。器用な使い方もできるんだな。
「よし、急ごう」
あっちの様子も気になるし、爺さんの治療も早い方がいいはず。俺たちが慌ただしく家から出ると、爺さんがしきりに何かをつぶやいていることに気付いた。
「ヤンが……ヤンと、目があったんだ……」
「え?爺さん、なんだって?」
「目が合った……目玉が……ヤンの目……目が……」
目が合った?ひょっとして、ヤンの嘘のことか?つっても、これだけじゃよく分からないな。そもそも、ヤンはどこに行った?
「桜下殿!準備が整いましたぞ!」
「あ、悪い!行こう!」
エラゼムの手を掴んで、俺はストームスティードにまたがった。
「はぁ、はぁ……」
「ミゲル、大丈夫?」
「ああ、マルティナ。だが……くそ、あいつは一体何なんだ……!」
肩で息をするミゲルを、マルティナが涙のたまった目で見つめている。ミゲルは額と右腕から血を流していた。
「ミゲル……ごめんなさい。私のせいで……」
「お前のせいじゃない。何も、悪いことなんてしていないだろう」
「でも……」
「いいから。それより、あいつはどこに行った?」
ミゲルは手を付きながら立ち上がると、格子のすき間から外を伺う。二人は、神殿の側の納屋の中に隠れていた。
数十分ほど前、何者かが神殿の門を叩いた。不審に思いながらも、二人は表へと出た。いくら怪しいといっても、訪問者を出迎えもしない神殿は、大陸広しと言えど聞いたこともない。幸い門にはのぞき窓があるので、危険そうなら門を開けなければいいだけだ。二人はそう楽観していた。
だが来訪者は、二人の想像を超えていた。二人の足音を聞くや否や、門を無理やりおしやぶってきたのだ。閂が折れ曲がり、丈夫な木の門がメキメキと音を立てる光景に、二人は度肝を抜かれ、それからすぐに正気に戻って逃げ出した。
しかし侵入者は、どこまでも二人を追ってくる。逃げながら何とかスキをついて、ミゲルが角材で一撃を与えもしたが、まるで効いていない様子だ。二人は撃退を諦め、広い敷地を必死に逃げ回った。助けは期待していなかった。二人を助けてくれる人間は、ここにはいないと知っていたから。
「はぁ、はぁ……どうやら、撒けたらしいぞ。姿が見当たらない」
「ほ、本当?よかった……」
「ああ。チッ、あの生意気な小僧たち、犯人を捕まえるだとか粋がっていたくせに。まったくできてないじゃないか」
「そんな、ミゲル……あの子たちだって、私たちの為に色々してくれたのよ」
「どこがだ?肝心な時に役に立たないで、なにが……」
その時だった。二人が隠れている納屋の扉が、ものすごい力で叩かれた。ドガン、ドガン!
「っ」「っ!」
ミゲルははっと顔を上げ、マルティナは縮み上がった。鍵もない納屋の扉は、簡単に破られてしまう。バリバリ!
戸口には、真っ黒な人影が立っていた。かなりの大柄で、体つきもがっしりしている。全身をすっぽりとマントで覆っているせいで、それ以上の情報は不明だ。唯一確かなのは、この人物が、二人をここまで追い詰めた張本人だという事だった。
「ぐっ……」
「ミゲル……!」
二人は固く抱き合った。もはやそれ以外に、打つ手はなかったのだ。黒い人影が、納屋の中へ押し入ろうとする。
ダガァーン!
「え?」
突如、人影が吹っ飛ぶように消えた。唖然とする二人の前に、ひょいっと顔がのぞく。
「よっ。間に合ってよかった」
「やあぁ!」
倒れた黒マントに、フランが鉤爪を抜いて追撃を仕掛ける。ビリィー!
フランの鉤爪は、マントを切り裂いただけだった。奴は素早くわきに転がって避けると、足のばねを使ってさっと立ち上がる。俊敏だな、あいつ。
フランに引き裂かれたマントは、しゅうしゅうと黒い煙を上げ始めた。鉤爪の毒による腐食にはギョッとしたのか、奴はマントを慌てて脱ぎ捨てる。ばさりと、黒い布が宙を漂い、闇夜に消えた。
「やっぱり……ヤン。あんただったんだな」
「……」
マントの下から出てきたのは、頭にバンダナを巻いた、中年の女性。ウォルフ爺さんの娘、ヤンだった。
「ヤン!どういうつもりだ!爺さんを怪我させたのもお前か?」
「……」
ヤンは口を開こうとしない、ただ恐ろしい目で、こちらを睨むだけだ。いいだろう、だんまりなら、こっちから好き勝手喋ってやる。
「ヤン、答えろ!なんで自分の父親を!そんなことしてまですることが、シスターを襲う事か?なかなか見上げたもんだな、ヤン!」
「黙れ!邪魔をするな、小僧!」
低く恐ろしい声と共に、ヤンは滑るような足さばきでこちらに向かってきた。うっ、まるで手練れの暗殺者みたいじゃないか。昼間と全く印象が違う。
「ヴィントネルケ!」
ピュウウゥゥゥ!突如、つむじ風が巻き起こり、ヤンの動きががくんと止まった。ライラが両手を突き出して、風の鎖を生み出したんだ。
「よし、捕まえた!」
「いけー、フラン!」
フランが姿勢を低くしながら、猛スピードで突っ込んで行く。渾身の右ストレートが直撃すると、ヤンはくの字になってぶっ飛んだ。
「決まった!一発ノックアウトか?」
「いや、まだだよ」
え、おい。嘘だろ。ヤンはぶっ飛ばされはしたが、受け身でも取ったのか、瞬時に起き上がった。ガーゴイルすらぶっ飛ばす、フランのパンチをもらったんだぞ?あり得ないだろ、あいつ。
「……おい。なぜ私だと分かった、小僧」
あん?ヤンが話しかけて来たのは、俺か?とりあえず、答えておくか?
「あんたが、ちょっとしたミスをしたことに気付いたんだ。昼間の会話で」
「ちっ。やはりあの時、始末しておくべきだったか」
おお、怖いことを言う。そうか、昼間の時点で、ヤンは俺たちを怪しんでいたんだな。思い返せば、少しだけ様子がおかしかった気もする。
「それより、俺も答えたんだから、そっちも答えてもらいたいね。なんでこんなことを?」
「ふん、いいだろう。……これは、復讐だ」
「復讐?」
「それに、お前は知らんのだ。その女は、普通の人間とは違う」
なんだって?俺は納屋の中の、マルティナを振り返った。
「どういう事だ?どう見てもただの人だろう」
「知らぬならいい。そのまま死ぬがよい!」
うおっと、まだやる気ってか?だが、ヤンの様子がおかしい。その場で棒立ちしたまま、両手を握り合わせている。
「おおおぉぉぉォォォォオオオオ!」
ビリビリビリッ!
な、なんだ!?突然ヤンが叫んだ。この声、人間のそれか?ヤンの咆哮はだんだんと歪み、人ならざるものへとなっていく。
「オオオアアアアア!」
ブチブチブチ!ヤンの服が張り裂けた音だ。体がどんどん膨張している……と思った次の瞬間には、皮膚そのものが引き裂けた。中からは血が噴き出る代わりに、緑色の甲殻が姿を現す。
ヤンの顔だった部分は、どんどん引き延ばされて、棘だらけの首へと置き換わった。バンダナが巻いてあった頭部には、毛が無い。唯一あった、一筋の亀裂のようなものがカパッと開かれると、巨大な一つ目がぎょろりとこちらを睨んだ。
おののく俺たちが見つめる中、ヤンは瞬く間に、一つ目の化け物へと姿を変えてしまった。
「コノ姿ヲ見タ者ハミナ、殺ス」
緑色の化け物は、一つ目をギョロギョロと回転させた。
「マジかよ……」
つづく
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