11-1 犯人は誰だ
11-1 犯人は誰だ
グランテンプルを出ると、雨はしとしとと小雨になっていた。これから町で地道に調査することになるだろうから、ありがたいな。
「なかなか、難しいことになってしまいましたね」
山の階段を下りながら、アルアが気づかわし気に話しかけてくる。
「ん、まあしょうがないさ。どうにか頑張ってみるよ」
「ですが、あれだけの情報しかないのに……」
「なぁに、俺たちは誰かさんと違って、根無し草だからな。時間はいくらでもあるさ」
アルアはむっとしたが、すぐにため息をついた。嵐が去り、怪我も治り、そして任務も完遂した今、アルアを引き留めるものは何もない。ふもとまで降りたら、すぐさま帝都に戻ることになるだろう。
「……見捨てて帰るような形になることは、否定しません。恨まれて当然です」
「え?おいおい、別に当てこすりで言ったんじゃないって。感謝してるよ」
「感謝、ですか?」
「ああ。あんたがいなかったら、牧師に話しも聞いてもらえなかった」
アルアは「そんなことは」と、首を横に振る。
「私の力ではありません。すべては、勇者ファーストの功績です」
親ならぬ、祖父の七光りって言いたいわけか?捻くれた答えに、ライラはムッとしている。俺は彼女の頭をぽんぽんと撫でると、背後の塔を振り返る。
「ファーストか。あんな塔を建てられるなんて、ずいぶん金持ちだったんだな。なあ、ところでファーストって、どんな人だったんだ?」
「はい?」
「噂はしょっちゅう聞くけど、本人の人物像は、あんまり聞いたことなかったなって」
ファーストの名前だけが独り歩きしている気がしていたんだよな。すごい人だってことは分かるけど、人間としてはどうだったんだろう。クラークみたいな王道タイプだってことは知っているが。
「勇者、ファーストは……私も、直接お会いしたことはありません」
だろうな。アルアが生まれたころには、ファーストはもう死んでいる。
「それでも、母が語る話を聞く限り……とても、熱い心の持ち主だったそうです。愛情深く、故郷への愛や、自分の仲間、家族への愛はとりわけ強かったと」
「あー。納得」
自ら町を作って、日本をそっくりに再現するくらいだ。なかなか立派な愛国精神だよな。
「この町のように、ファーストを慕う人たちのためへの支援も惜しみなかったそうです。初めはそれを良く思わない方もいたそうですが、彼はそんな人たちとも熱心に向き合い、最後には友人にしてしまったんだとか」
う、おおぉ……なんと言うか、熱血漢というか、暑苦しいというか。確かに、前にアドリアに聞いた話でも、そんなような雰囲気を感じた気がする。
「何と言うか、本当に勇者みたいな勇者だったんだな」
「はい。ですので、今でも彼を慕う人は大勢いるんですよ。特に母は、本当に彼を尊敬していて……」
ああ……だから、あんなに。と、俺はふと疑問に思った。
「なあ、アルア。ファーストの奥さん……お前のおばあさんは、元気なのか?家では会わなかったけど」
するとアルアは、さっと顔を曇らせた。
「祖母は……ファーストを失ったせいで、心を病んでしまいました。今では、奥の部屋から出てくることは滅多にありません」
「そっか……」
父は死に、母は病み……アルアの母さん、プリメラからしたら、一度に二人も大事な人を奪われたことになる。だからこそ、あれほどまで魔王を倒すことに執着するんだろうか。
そこからは、何となく気まずくなってしまって、お互い黙ったままだった。長い階段も、黙々と下ればすぐだ。下までつくと、アルアは律儀にぺこりとお辞儀をした。
「申し訳ありませんが、私はもう行かせてもらいます。閣下にご報告しないと」
「ああ。世話になったな」
「いえ、こちらこそ、色々助けてもらいました。上手くいくことを願っています。あ、それと……」
うん?アルアは、エラゼムの方を向いた。
「……ご心配いただいて、ありがとうございました。胸にとどめておきます」
「いやいや、大したことは言ってませぬ。そちらも、目標が叶うとよいですな」
なんだなんだ?エラゼムとアルア、意外な組み合わせだな。二人になにがあったんだろう?
「それでは、失礼いたします」
最後にアルアはピシッと敬礼すると、近くにとめていた馬にまたがって、行ってしまった。
アルア。嫌な奴かと思っていたけど、彼女にも色々あることが分かった旅だった。彼女とはここでお別れだけど、俺たちはまだまだやること満載だ
「さてと。それじゃあ俺たちは、捜査の方を始めないとな」
「最初は、どうするの?」
「んー、とりあえず、容疑者探しからじゃないか?」
マルティナに聞いたところ、この町の人口は約千人。ここから一人を探し出すのは至難の業だが、ちゃんと絞り込む為のヒントはある。俺はポケットからメモを取り出した。
このメモは、マルティナが渡してくれたものだ。書かれているのは住所が三件分。いわく、つい最近、この町へと越してきた人たちらしい。
「うーまく行けばいいけれどねー」
むっ。アルルカが間延びした口調で、水を差してくる。
「容疑者つったって、ただ何となく怪しいってだけじゃない。証拠も何もないんだから、そもそも犯人の断定ができないし」
「うるさいな。始める前から文句言うなよ」
「だぁって、土台無謀よ。あたし、無駄な努力って嫌いなのよね」
だぁ!ったくこのヴァンパイアは、いつまで経っても協調性ってもんがない。
「申し訳ございませぬ。また吾輩のせいでご迷惑を……」
ほら見ろ、エラゼムが恐縮して小さくなっちゃったじゃないか。
「確かに簡単だとは言わないけど、でも、まだ分かんないじゃないか。どのみちここまで来て、何もせずに引き返せないよ。頑張ってみようぜ」
「桜下殿……かたじけない。吾輩も微力ながら尽力いたします」
「おう。あ、アルルカもな」
「いえぇ~?ったく……」
さあ、調査開始だ。
初めに向かったのは、古ぼけた家の立ち並ぶ一角だ。家々の土壁には無数のひびが入っているし、屋根瓦ははげかけだ。昨日の嵐で、よく崩れなかったと感心したいくらいだな。この一帯だけが貧しいということではなく、この町の家はみんなこうらしい。
「ここの人は、なんていうんだっけ?」
道を歩きながら、ライラが訊ねてくる。俺はメモを読んだ。
「ええっと、ウォルフさんだってさ。長い事この町に住んでて、かなりの歳の爺さんらしい」
「え?だって、犯人は最近町に来た人じゃないの?」
「うん。実はこの爺さん、十年くらい前に町を出て行ったらしいんだ。それが最近になって、急にまた戻ってきたんだと」
「え、なにそれ。すっごく怪しくない?」
「んー、まだ現時点ではなんとも、かな。その理由ってのが、爺さんがだいぶいけなくなったからなんだって。余生は生まれ育った町で過ごしたいんだってさ。もっともな理由だろ?」
「うーん、そっか……」
「で、爺さんの体が不自由になったから、一緒に暮らしてた娘も介護のために帰ってきたらしい。こっちの名前は、ヤンか。今はこの二人で暮らしているってさ」
「でもでも、犯人はつよそーな男なんじゃないの?よぼよぼのじじいじゃなくて」
「でもな、この爺さん実は、かなり腕利きの冒険家だったんだって。まあと言っても、五十年くらい前のことらしいけど……」
「ごじゅーねん?もうしわしわじゃん。そんなやつが犯人のわけないよぉ」
ま、まぁまぁ。ぐずるライラをなだめすかして、その爺さんの家に向かう(ちなみにアルルカも露骨に歩く速度を落とした。こいつはフランが引っ張ることで対応したが)。始める前から期待薄な感じだが、どうせ容疑者は三人しかいないんだ。当たるだけ当たってみようぜ。
「で、どうやって話を訊くかなんだけど……」
ずばり、あなたが犯人ですね?と訊いて答えてくれる人は存在しないだろ。俺たちは警察官でもない。あくまでそれとなく、情報を訊き出さないといけない。
「うーん……」
俺たちはしばしの間、どういう筋書きで行くかを話し合った。その末に……
「えーんえーん、おにいちゃーん」
「お、おお。泣くな、妹よ……」
ううむ。我ながら、なんとも棒読みだな。俺は抱き着いてくるライラの頭を撫でながら、内心でため息をついた。それに比べて、ライラの演技の自然なこと。案外この子は、役者も向いているのかも。
俺とライラは、兄妹のふりをしながら、とある一件のボロ家の前を歩いている。この家がターゲットだ。
なるべくゆっくり、のろのろと歩いていると、狙い通り家主が怪訝そうな顔をのぞかせた。ようし、針に掛かったぞ。家主が引っ込む前に、一気に畳みかけろ!
「あのすみません、道に迷ってしまって、ここはどこでしょうか!」
「うん?どうした、坊主たち。迷っただって?」
出てきたのは、よぼよぼの爺さんだった。頭は見事に禿げ上がり、腰は九十度曲がっている。杖をつく手はぷるぷると震えていた。この人が、ウォルフ爺さんか?五十年前は冒険家だったらしいが、今じゃ見る影もない。
「えっと、実はお……じゃない、僕たち、つい最近ここに引っ越してきたんです。だから、まだ慣れてなくて」
「はて?最近引っ越しなんてあったかの?」
「え、ええっと、だからほんとに、つい最近なんです。だから知らないんじゃない、かな?」
「ほうかい。それで坊主たちは、一体どこから来たんけ?」
「あ、それは……」
まずい、そこは決めてなかった。適当言うにも、そもそもこの町に詳しくないし……俺が困っていると、すかさずライラがぐいーっと腕を引っ張ってきた。
「ねえおにいちゃん、この人におかーさんのこと、聞いてみようよ」
「あ、ああ!そりゃあいい。すみません、ちょっと訊きたいんですけど」
「はあ。家のことじゃなくてかい?」
爺さんが眉を顰めると、ライラが大きな声で言う。
「あのね!おかーさんがいなくなっちゃったの。だから、おかーさんを見た人を探してるんだ」
「かかおやが?はぐれたってことか?」
「ううん。もうずっと帰ってこないの」
すると爺さんは、明らかに同情の色を見せた。
「なんと……そういう事かい。そら大変だ」
「うん……だから、探してたんだ。そしたら迷っちゃって」
「なんとまあ、泣かせるねぃ。お嬢ちゃん、苦労してるんだなぁ」
爺さんは袖で目元を押さえた。お、おぉ……ライラの演技がテキメンに効いている。女はみな女優って言うけど、本当なのかもしれない。
こうやって、母を探す道に迷った憐れな子どもに扮して同情を誘い、情報を訊き出すというのが、俺たちが編んだシナリオだった。良心に付け込むみたいで気が引けるけど、こっちもなりふり構ってられんのだ。
「で、そのおふくろさんってのは、どんなやつなんだい?」
「えーっとね……おにーちゃん」
「ああ、わかった。えっと、二週間前くらいのことなんですけど。とても雲が多くて、昼間から薄暗かった日、覚えてますか?」
すなわちこの日が、マルティナが襲われた日だ。この情報も彼女から聞いている。
「おお、覚えとるとも。あまりに暗くて、家の中の物が何も見えんくてな。ずーっと外におった日だ」
「外に?どこかに出かけていたってことですか?」
「いんにゃ、庭にいた。コタマネギの手入れをしていたんだ」
「ってことは、畑がある?」
「そんなたいそうなもんじゃないがの。わしもこんなだ、小さな庭の隅をいじくるのが精いっぱいよ」
爺さんは笑いながら、腰をトントン叩いた。ふむ、確かに。腰の曲がった老人に、畑仕事は重労働だ。
「なら、一日中外にいたわけじゃないんですよね。その日の昼過ぎは、なにしてました?」
マルティナが襲われたのは、正午を少し回ったくらいだったという。この爺さんが一日中重労働をできるはずないから、どこかに抜けがあったはずだ。ところが。
「いや、一日外におったよ」
「へ?でも……」
「いやぁ、庭いじりをしとったのはしとったのだが、ははは。昼寝したり、休み休みだったもんだからな。ああも暗いと、どうにもまぶたが重くてのぉ~」
な、なんだ……となると、この爺さんは家から離れていないことになる。それだと犯行は不可能だ。けど、それを証明する証言が欲しいな。
「それならお爺さんは、ずっと家にいたんですね。他の家族は、その時何を?」
「他の?わしの他には、娘がいるが……」
「よければ、娘さんにも話を訊けませんか?」
爺さんは一瞬怪訝そうな顔をしたが、拒むことはしなかった。
「まあ、ええが……おーい、ヤンよ。ちょいと出てきておくれ」
爺さんが家に向かって呼びかけると、窓からひょこっと、頭にバンダナを捲いた中年女性が顔を出した。あれが、娘のヤンか。
「お父さん、どうしました?」
「いやな、この子どもらが、母親を探しているんだと。それでお前、二週間前の真っ暗だった日、何をしておったかの?」
「二週間前?ああ、あの一日中暗かった日ね……」
ヤンは考えるようにあごを押さえると、こちらをじっと見据えた。
「確かその日は、ずっと家にいましたよ。ちょうどキッチンの掃除をしていた日でした。ああほら、途中でお父さんと何度か話をしたと思います」
「あれ、そうだったかの?わしももう歳でなぁ」
「もう、何を言ってるんですか。ほら、確かお父さんは、この下のコタマネギをいじってて。掃除している時、何度か目が合ったでしょう?」
ヤンはそう言って、窓の下を指さす。そこには小さな花壇が設けられていて、何かの作物が植えられていた。あれがコタマネギ?ひょろりと背が高く、丸くてピンク色の可愛い花を付けている。花の真後ろにある窓のサッシには、じょうろやこてが置かれていた。なるほど確かに、庭仕事の形跡があるな。
「おーおー、そう言われればそうだった」
爺さんは禿げた頭を撫であげると、俺たちに向かってすまなそうに眉を下げた。
「そういうことでな。すまんの、わしらは誰も見とらんのだ」
むう。お互いがお互いを見たと言っているんだ、これは確実なアリバイだな。てことは、ここはハズレのようだ。
「そうですか。ありがとうございました。他を当たってみます」
「ありがとござました」
俺とライラは頭を下げると、爺さんの家を後にした。
「……はて?道に迷っとる件はよかったのかの?」
後ろからそんなつぶやきが聞こえた気がしたが、空耳ということにしよう……
つづく
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