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呆れたな。何を言い出すかと思えば。だいたいこれじゃ、デートじゃなくて誘拐のほうが正しいぞ。
「け、お断りだ、オコトワリ!」
「なあっ、なんですって!あんたね、こんな美人があんたみたいなガキンチョに付き合ってあげるなんて、めったにないことなんだからね!そこんとこ分かってんの?」
「分かってない」
「分かりなさいよ!前もこんなやりとりしたわね!」
まったくもう、なんでこんなとこで漫才やらなくちゃいけないんだ?寒いし、そろそろあったかいベッドに帰りたい。
「なぁほら、もう満足しただろ?帰ろーぜ」
「ふんっ。なによ、余裕ぶっちゃって。二人も恋人ができたからって、大人にでもなったつもり?」
「ぶほっ」
な、なぜそれを!?アルルカはしてやったり顔でにやにや笑っている。
「気付いてないとでも思ったの?あんたたち、仲良く桟橋に腰かけてたじゃない」
う、シェオル島でのことか。た、確かにあん時は、アルルカに見られたけど。
「でも、それだけだろ?」
「十分じゃないの。ま、にしては、子どものままごとみたいなお付き合いだけどね。あたしとしては、思いっきり痴情がもつれこんでくれると思ってたのに」
「そっ、そんなことするわけないだろ!俺たちはあくまで、清く正しい交際をだな……」
「ふーん。あんたは子どもだからね。もう少しアダルトだったら、ちっとはましに見えたんでしょうけど」
むかっ。つまらなそうな顔をするアルルカ。そりゃー、俺は子どもだ。けどそれをこいつに言われると腹が立つな。
「大体、ヴァンパイアのお前に何が分かるんだ?誰かを好きになったことでもあるってのかよ?」
「無いわね」
即答だった。俺はがっくり肩を落とす。
「人間のそれは、あたしにはさっぱり理解できないわ。刺激があるかと思って、マネしてみたことはあるけど」
「え?マネ?」
「そ。前に言ったじゃない、奴隷商んとこにいた時のこと。あたしにべた惚れした男がいたのよ」
「え、ええぇ。趣味の悪い男もいたもんだな……」
「あんたねぇ……ここから叩き落とすわよ?」
「それで?どうなったんだ?」
「ふんっ。まあそいつ、貧相な身なりのブ男だったけど、毎日熱心に通ってくるのよ。で、君は世界で一番美しい!僕の理想の華だ!とかなんとか、ベラベラべらべら」
は、はは……まあこいつは、黙っていればそれなりに美人だからな。それで騙されたんだろう。
「やっすい油の引いてある、ひんそーな舌だったわね。出てくるセリフも陳腐でチンプで。当然、あたしを競り落とすどころか、一晩だけ買う事すらままならなかったのよ」
「生々しいな……なら、そいつにとっては、文字通り高嶺の花だったわけだ」
「高値と高嶺って?あんた、いくらここが雲の上だからって、ちょっと寒すぎるわよ」
「うるせーな!茶化すなら聞かないぞ!」
「はいはい。で、それでもそいつがしつっこく通って来るのはね。奴隷商と顔なじみになると、たまーにだけど、値引きしてくれたり、一回だけ“味見”させてくれたりすんのよ。まあ基本的には無駄だけど、奴隷側からの熱い要望があったりしたら、無いわけじゃないわ」
「ん?すると……そいつは、アルルカを口説いて、値引きしてもらおうとしてたってことか?」
「そ。馬鹿な話よね~、中に入るのだってタダじゃないのよ?そのぶんコツコツ貯めてたら、一晩分くらいにはなってたかも知れないのに」
「そりゃ、本末転倒だな。じゃあ、そいつは結局諦めたのか」
「いいえ。あたしの気が変わったの。せっかくだから、一回寝てやろうってね」
「えっ……」
俺は思わず、背後のアルルカに振り返ってしまった。
「じゃあ、それでそいつと付き合ったのか?」
「んなわけないじゃない」
はあ?わけが分からない。惚れたわけでもないのに、その……なんて。するとアルルカは、何を勘違いしたのか、ニヤニヤしながら顔を寄せてくる。
「なぁに、あんた。ひょっとして、心配しちゃった?あたしが、他の男に、惚れたかもって……」
耳元にぼそぼそ。あああ、鳥肌が!
「ちがう!お前が人を好きになったことないって言ったからだ!」
「なんだ、つまんない。ま、あんたの言うとーりよ。コイだとかアイだとかは関係ないわ。単純に、刺激があるかと思ったのよ」
「またそれかよ……刺激があれば何でもいいのか?」
「そうでもないわ。現にそいつとは、結局未遂で終わったしね」
「へえー……」
「んふふ。気になる?」
ちっ、気にならないと言えば嘘になるな……アルルカとその男は、最終的にどうなったんだろう?俺が何も言わず黙っていたので、アルルカは満足したようだった。
「しょうがないわねえ。ま、気になるわよね。あたしがどうなっちゃったのか。結論から言えば、その男はひき肉になったわ」
「……聞き間違いか?ひき肉?フったとか別れたとかじゃなくて?」
「あんた、この話が純愛小説みたいなオチになると思ってんの?奴隷を金で買おうとしてるのに、純愛もへったくれもないわよ。そいつは、あたしの顔とカラダ目当てだったんだから」
お、おお……アルルカが割とまともなことを言っている。
「そいつは何を勘違いしたのか、あたしが寝てやるって言ったのを、勝手に自分に惚れこんだんだと捉えたのよね」
……まあ、分からなくもない、か。人間基準で考えれば、そういうことは普通、そういう関係にならなきゃしない。が、相手が常識の通用しない、ヴァンパイアだったのがマズかったのだろう。
「そいつはねぇ、ベッドに着いたとたん、あたしを乱暴に押し倒したの。どこに隠してたのか、手錠であたしを拘束したわ」
「……ん?手錠?」
なんか、初回にしては、マニアックな気も……
「そ。こういうものかしらって思って黙ってたら、それで図に乗ったんでしょうね。いろーんな道具を取り出して、一個一個使い方を説明しだしたのよ。これはお前の指の骨を砕くものだ、これはお前の尻の皮を削ぎ落すものだ、これはお前の目玉をえぐり出すものだって」
「ちょちょちょ、ちょーっと待ってくれ!いくらなんでも、ぶっ飛びすぎだろ!拷問じゃないか!」
マニアックの域を超えているぞ。そいつ、頭おかしいんじゃねえか?
「今思えば、そいつも、あたしと似てるところがあったのかもね。あたしをめちゃめちゃにして、サイコーの刺激を得ようとしてたわけよ。あたしはもうそいつの所有物になったんだから、何をしてもいいって言ってたわ」
し、所有物?そいつは、アルルカが自分に惚れこんだと勘違いしていたんだろ?何をどう結び付けたら、所有者になるんだ……
「……で、お前、大丈夫だったのかよ?」
「誰の心配してんのよ。やられるわけないでしょ?逆にそいつを拘束して、あいつが持ってきたもん全部あいつに使ってやったわ。いやぁ、あれはいい思い出ねぇ~」
お、おぇ……その結果、その男はひき肉になったわけか。自業自得とは言え、なかなかグロテスクな最期だ……
「まあそいつとはそれっきりだったけど、それ以降もそんなのばっかり。そこからは興味も失せたわ。到底理解できないってね」
いや、それは誤解だろうよ……アルルカの言葉を借りれば、奴隷商なんてとこに、純愛を持ったやつが来るわけないんだから。
「だからてっきり、あんたたちもそうなるものかと思ってたのに。ドロドロの三つ巴を期待してたのに、つまんないわ」
「ふざけんな!俺はイカれた変態か?」
「え?だって、しょっちゅうおっぱい触ってくるじゃない」
「あれは不可抗力だっ!」
このヴァンパイアは、人間を何だと思っているんだろう。大体、倫理観が壊れているのはアルルカの方だ。
「お前、あんまり人間を誤解するなよな。その男みたいに、狂った奴ばかりじゃないんだから」
「そうかしら。あたしのいた村の連中だって、最後にはあたしに酷い事しようとしたじゃない」
「う、それは……」
セイラムロットのことか。でもあの村は、アルルカによって痛めつけられていたっていう大前提がある。
「……そういう側面があることは、否定しねーよ。でも、そればかりじゃない。お前は、俺たちと居て、そう感じなかったのか?」
俺たちと、アルルカとの旅。決して長くはない。でも、短くもないはずだ。一緒に居た時間の中で、アルルカがそれを微塵も感じていなかったんだとしたら……少し、寂しい。
「……」
アルルカは何も言わない。考え込んでいるのか、それとも……と、翼がふわりと揺れて、静止していたアルルカが動き出した。前じゃない、後ろにだ。星空が後方から追い越して、どんどんと流れていく。
「……確かにね」
「うん?」
「あんたは、あたしの知っている人間とは、少し違うわ。あたしに乱暴しようとしないし、血もくれる。味も格別だしね」
結局、血か。アルルカにとって、俺は。
「でもね、まだ分からない部分もあるでしょ」
「……ん?」
「あんたのことよ。まだ、あんたの全部を見たわけじゃない。いずれあんたも、あの男と同じようなことをするかもしれない」
むっ……そんなことはないと言いたかったが、たぶんアルルカは、可能性の話をしているんだろう。つまり、未来は不確実であり、無限の可能性があるってことを。
「まあ、砂粒一つ分くらいは、あるかもしれないな」
「あたしは長いこと人間を見てきたけど、こんなに近くで過ごしたのは、あんたが初めてよ。まだ、よく分からないの。人間ってなんなのか。あんたって、なんなのか」
へえ……意外だな。アルルカの声が、不安そうに聞こえるだなんて。これが初めてかもしれない。彼女も彼女なりに、俺たちのことを理解しようとしていたんだろうか。
「だから、もう少し観察してあげるわ。あんたのこと、近くでね」
「……まあ、お前を野放しにするわけにもいかないしな」
「ふふふ。あんた、後悔するわよ。あんとき、あたしを自由にしとけばよかったってね」
けっ。そんな口車に乗るかってんだ。アルルカは満足したのか、翼をはためかせて、緩やかに下降し始めた。
「さて、そろそろ戻りましょうか。あんまり遅いと、あんたのツレがうるさそうだし」
「賛成だな。やっぱり、ちょっと寒いよ」
「あ、そうだ。ついでに訊こうと思ってたんだったわ。あんた、戦争に行くつもり?」
へ?予想外の質問に、俺は数秒フリーズした。まさかアルルカの口から、そんな言葉が出るなんて。
「戦争って……魔王とのか?いや、俺は行くつもりはないって」
「でも、もしあの女王が頼んできたら?人間どもが負けそうになったら、あんたどうすんのよ?」
「それは……」
その時はつまり、人々の平和な暮らしが脅かされた時ってことだ。俺はどっかの金髪勇者みたく、正義の味方を気取るつもりはないが、それでも平和は尊いと考えている。だって、じゃないと何かと不便じゃないか。ははは、結局俺は、英雄なんてガラじゃないのさ。
「そん時は、力くらいなら貸す、と思うけど」
「そう。ま、あんたならそう言うと思ったわ……」
そこで言葉を区切ると、アルルカはしばし無言で、夜空を飛び続けた。彼女が今、どんな顔をしているのか、俺は窺い知ることができない。
「……あたしもね、なんだか嫌な予感がすんのよ」
「え?」
「西の方に、よくないモノが集まってる……百年前は、こんな風に感じなかった。強い力は感じていたけど、こんなんじゃなかったわ」
百年前……そうか。アルルカは齢数百歳のヴァンパイア。魔王が復活する前から、その力を感じていたのか。だけど今は、その感じが違っていると……?
「……お前は、どうなんだ?アルルカ」
「あたし?」
訊かずにはいられなかった。アルルカは、俺たちと行動は共にしているが、戦いにはあまり積極的でなかった。今回はどうなんだろう。
「そうねぇ。人間の平和には興味ないし、かと言って魔王を勝たせたいわけでもないけど……あんたのことは、気に入ってるからね。守ってあげるわよ」
「へ」
俺の勘違いでなければ……アルルカの声には、明確な親しみが感じられた、気がするんだけど。でもやっぱり、俺の気のせいだったのかもしれない。人間のことはよく分からないと言われたばかりだったし。それに、次に口を開くときにはもう、アルルカはいつもの調子、ちょっと小ばかにしたような口調に戻っていた。
「まあ後は、それをちゃんとあいつらにも言っときなさいよ」
「……ん?みんなにも、今の話をってことか?」
「そ。あんたの思い付きに振り回されるのはごめんよ。覚悟決めてるんだったら、早めに言っときなさい」
おっと、確かにそうだ。なぁなぁで巻き込むにしちゃ、あまりにも事が大きい。そこは大事だ。
「……時々、分かんなくなるな」
「ぁによ?」
「お前って、実は賢いのか?」
「キキキッ!そのとーりよ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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