6-2
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アルアの実家は、純和風のお屋敷、という感じの様相をしていた。長ーい板張りの廊下はピカピカに磨き上げられている。雑巾がけが大変そうだな。部屋を仕切るのは襖。描かれている絵がグリフォンやワイバーンなのが違和感だけど、それでも見事な装飾だ。
「ただいま帰りました」
アルアは一声かけると、出迎えを待たずに靴を脱ぎ、家に上がった。
「皆さんも、どうぞ」
言われたので、俺たちも家に上がる。靴を脱ぐことに慣れていないライラとフランが土足で上がろうとしたので、俺は大慌てで二人を止めた。ふぅ、和風はこういうところがややこしいな。
アルアは広い屋敷を、迷いなく進んでいく。自分ちなんだから当たり前だが、断言してもいい。彼女も小さい頃は、少なくとも一度は迷ったはずだ。本当に広い家だ……
やがてアルアは、中庭に面した広間に俺たちを通した。当然のように畳敷きで、庭に面した縁側にはすだれが掛けられている。
「あなたたちは、ここでお待ちを。私は母様を呼んできますので」
「あ、ああ。わかった」
アルアはうなずくと、すーっと襖を開いて出て行った。待ってろって言われたし、とりあえず畳に腰を下ろす。この部屋も広いなぁ、何畳くらいあるんだろ?
「なーに、この床。へんなの~」
ライラは実に奇妙そうに、つま先で畳をなじっている。
「これ、ライラ。畳が傷むだろ」
「たたみ?」
「ああ。この床の名前だよ。草を編んで作ってあるんだぜ」
「へー……」
ライラはぺたんと腰を下ろすと、畳を指で撫でた。つるつるの感触が物珍しいらしい。
「なんだか変わった内装ですね……桜下さんのいたところは、どこもこんな感じだったんですか?」
天井に取り付けられた欄間を見上げながら、ウィルが訊ねてくる。
「んー、俺んちはこんなに豪華じゃなかったけどな。文化単位でなら、そうだよ」
「ふぅ~ん。当たり前ですけど、やっぱりこちらの雰囲気とはだいぶ違うんですね」
「だよな。どうだ?ウィルから見た感想は」
「私ですか?素敵だと思いますよ。どこにもない感じが新鮮です。ただ、夜はちょっと寒そうかな。風通しがよさそうですから」
「あはは、それはそうだ」
こういう日本家屋は、夏は涼しそうだけど、冬は寒々としそうだ。
「わたしは、結構好きだよ」
お、フランは気に入ったらしい。
「閉鎖感が少ないし、すぐ外に出れるし。自然をうまく取り込んでる気がする」
「自然か……そうかもな。俺の故郷は、自然豊かな所だったから。今はそうでもないけど」
懐かしいな……田舎の親戚の家が、こんな感じだった気がする。ここよりずっと小さかったけど、雰囲気は同じだ。どこからか、お線香の匂いが漂ってきそうで……俺は少しだけ、胸が痛くなった。
俺が郷愁に浸っていると、またすーっと襖が開かれた。
「みなさん、お待たせしました」
お。アルアと、その後ろには中年の女性が立っている。桃色の髪を後ろでひっつめ、小じわの出てきた口元を硬く引き結んでいる。美人だけど、なんだかとっつきづらそうな印象だ。服装はなんと和装、着物姿だった。うわあ、本格的だなぁ。派手な髪色のせいで、どうにもちぐはぐ感が否めないけど。彼女がアルアのお母さんかな?
「母様、この方たちです」
アルアが一歩引いて、女性を部屋の中に通す。あれ?なんか、歩き方がぎこちない。それに、杖をついているぞ。足を悪くしているのか?
その女性は、俺たちを一瞥すると、ほんのわずかに眉をひそめた。まあ俺たちほど風変わりな一行もいないだろうし、仕方ないよな。けれども礼節を守り、露骨に顔をしかめることはしなかった。
足のせいか、すこしぎこちなく正座をすると、指を揃えて手をつく。
「この度は、至らぬ娘がご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」
そう言って、深々と頭を下げてきたもんだから、かえって戸惑ってしまった。まさか名前も聞かないうちに謝られるとは、思ってなかったよな?
「え、ええっと、いえ。当然のことをしたまでですから……」
俺はしどろもどろになりながら、とりあえずそう返した。あ、知らぬ間に俺まで正座になってる……
女性が顔を上げたのを見計らって、アルアも正座をし、お互いを紹介する。
「みなさん。こちらが私の母、プリメラです。母様、彼は桜下様です」
桜下、さま?うひぇぇ。アルアに様付けされると、凄まじい鳥肌がっ!隣のアルルカが呆れ果てた顔をしている。気持ちは分かるが、頼むから余計なことは言わないでくれよ!
「名乗るのが遅れてしまいました。わたくしアルアの母、プリメラと申します」
またもプリメラは、深々と礼をする。俺もつられて頭を下げた。
「あ、ど、どうも。桜下・西寺と申します……」
「この度は重ね重ね、娘がご迷惑をおかけしたようで……」
こ、こんなに恐縮されると、かえってあれだな?なんか、居心地悪いというか……ライラはすでにもぞもぞし始めている。
「あの、ほんとに俺たち、大したことは……」
「いえ、ご謙遜なさらないで。貴方様がたは、娘を暴漢の手から救っていただいただけでなく、あの恐ろしい森の主すら退けたとか。それだけでも、素晴らしく勇猛で、知恵あるお方なのだと分かりますもの」
う、む……先の二つは事実だから、強く否定もしづらい。まあ、アルアには任せろと言われているんだし、適当に合わせておくか。
「はあ、まあ……」
「本来あなた方を守る立場の娘が、逆にあなた方に守られるなんて……勇者の血を引くものとして、お恥ずかしい限りです」
プリメラははぁ、とため息をつくと、アルアの方に向き直った。
「アルア」
「はい」
バッチーーーーン!
「……え?」
……一瞬、何が起こったのか、理解できなかった。プリメラは、娘の頬を思いっきり引っぱたいた。ウィルは息をのみ、暇そうにしていたライラは驚いて、ひっと小さく声を上げた。叩かれたアルアは、あまりの力にぶっ飛ばされて、畳に倒れてしまった。
プリメラはまくれたすそを直すと、冷たい目で言う。
「起きなさい。そして謝罪しなさい」
「……はい」
アルアはよろよろと体を起こすと、俺たちに土下座をした。
「……申し訳、ありませんでした」
「……」
こ、言葉が出てこない。何て言ったらいいのかわからず、俺は口をぱくぱくさせるだけだ。
「嘆かわしい。勇者の血を引く後裔が、こんな体たらくを晒すとは。恥を知りなさい」
プリメラは土下座する娘に対して、容赦なく叱責を加える。そして自分もまた、深々と頭を下げた。
「娘のために使っていただいた費用は、全額返金させていただきます。今晩はぜひ、当家にお泊りになってください。せめてものお礼として、心のかぎりおもてなしさせていただきますわ」
「あ、あぁ……はい……」
なんとか、それだけ口にできた。
「それでは誠に勝手ながら、わたくしはここで失礼させていただきます。皆様方は、ここでごゆるりとお過ごしください。後に使用人を遣わせまして、お部屋にご案内差し上げますので」
プリメラは最後にまた深々と一礼をして、ぎこちなく立ち上がった。
「アルア。あなたは来なさい。久々に“稽古”をせねばなりません」
「……承知しました」
プリメラに続いて、土下座し続けていたアルアも立ち上がる。二人は一言も会話しないまま、廊下を連れたって行ってしまった。
「……」
残された俺たちは、茫然としていた。
「な……なんだったんだ?あの親子は……」
ライラがきゅっと、俺の腕を掴む。
「あんな怖い人が、おかーさんなの……?あいつ、偽物なんじゃない?」
「気持ち分かるぜ……ちょっと信じられないな。実の娘だぞ?」
厳しい印象はあったけれど、あれはちょっと行き過ぎというか……ウィルも青い顔をしている。
「私のとこのプリースティス様も、大概厳しい人でしたが……あれはもう、鬼ババァですよ」
フランもうなずく。
「あの子があんなになった理由が、ちょっと分かった」
「フランさん、どういうことですか?」
「あんな親がいたら、子だって歪むよ。カエルの子どもはカエル、っていうでしょ」
「ああ……そうかもしれませんね……」
ううーむ……今夜は、この家に泊まることになるんだよな?なんだか、おっかなくなってきたぞ……
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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