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「た、倒すっ!?ダイダラボッチを!?」
一番驚いたのは、やっぱりというか、アルアだった。
「できっこない!あいつは、不死身なんだってば!」
「いいや、そう見えているだけだ。そもそも、普通の生き物が不死身だなんて、おかしな話なんだ。だから必ず、そこにはカラクリがある……たぶん」
最後の方に自信が揺らいだ。俺が閃いたコレは、あくまで仮説にすぎない。百パーセントあっている保証はないけれど……
「わかった。わたしは、何をすればいい?」
フランは当たり前のように、そう言ってくれた。少しも疑ったりせずに、ただ俺の言葉を待っている。信頼、してくれているんだ。俺は胸が熱くなった。
「フラン。奴の、“足下”だ。どうにかして、そこまで行ってほしい」
「足下?そこまで行ったら?」
「たぶん、そこまで行けば、全部分かるはずなんだ……その先は、フランに任せてもいいか?」
「わかった。その場の判断ってことね」
フランはやっぱり、こくりとうなずいた。そんなフランだからこそ、俺も任せられるんだ。
「で、俺たちの方は、フランが邪魔されないようにサポートに回る。魔法でなら一時的に無力化できるから、それで……」
「それなら、アタシに任せてほしーの」
おっ。ロウランがぴしっと手を上げた。
「せっかくの復帰戦なんだから、アタシもいいとこ見せたいな」
「ロウラン、行けるのか?」
「あの白いのが、そのコんとこに行かないようにすればいいんでしょ?お安い御用なの」
ロウランは胸を張ると、そこをとんと拳で叩いた。
「わかった。ロウラン、頼む」
「えへへへ。頼まれたの♪」
ロウランのやつ、ずいぶんはしゃいでいるな。よっぽど実体に戻れたのが嬉しいのか?
「よーし。それなら、タイミングを合わせよう。一、二の、三で、ロウランはドームを消してくれ。それと同時に、フランがスタートだ」
「わかった」「りょーかいなの」
「みんなは、万が一に備えて、防御の準備を頼む」
「わかりました」「うん!」「御意に」「はいはい」
うっしゃ、作戦開始だ!フランがぐっと姿勢を低くし、スタート位置につく。ロウランがカウントを開始した。
「それじゃあ、いくよぉ。いち、にぃの……」
ドクドクと、耳の奥で音が鳴っている。緊張と興奮で、はち切れそうだ。俺のひらめきには自信がある。だけど、絶対の保証はない。頼むぜぇ、うまくいってくれ……!
「さんっ!」
シャァ!俺たちを囲っていた金の膜が、一瞬でなくなった。それとほとんど同時に、フランがどんっと飛び出す。
「ううっ……!」
俺は息をのんだ。ロウランが言っていた通り、ドームの外側には、おびただしい数のダイダラボッチの触腕がひしめいていた。俺たちがこもっている間に、さらに数を増したようだ。フランが走る足音を聞きつけて、触手が彼女を追い始めた!
「ロウラン!」
「そうは、させないのっ!」
ロウランが腕を伸ばすと、彼女の全身から伸びた金が無数のワイヤーとなって、触手に絡みついた。ギチィ!
「つっかまえたの♪」
「ははっ、いいぞロウラン!フラン、いっけー!」
ロウランがダイダラボッチの動きを封じている間に、フランは猛スピードで駆け抜け、あっという間に森に消えていった。よし、これなら……
「あれ?うわわわ!」
お、おお!?ロウランの体が引っ張られて、ふわりと宙に浮く!
「ロウラン!」「ロウラン嬢!」
俺とエラゼムが飛びついて、なんとかロウランの体を捕まえた。
「ごめんなの!あっちも、本気を出してきたみたい……!」
ロウランはぺろりと唇を舐めると、再びぐっと腕を伸ばす。触手が振りほどこうと、とんでもない力で引っ張っているんだ。
「おとなしく、する、のぉぉ……」
ギチギチと、ロウランから伸びる金がしなっている。今ロウランは、ダイダラボッチ相手に、力勝負の綱引き対決を仕掛けているんだ。今のところ、勝負は五分だが……
だが相手には、フェアプレイの精神はないみたいだ。ダイダラボッチは、新たな触腕を生やしてきた!
「あいつ、きたねーぞ!」
「ふ、ふーん。そっちがそう来るなら、こっちにも考えがあるよー……!」
さわさわさわ。ロウランが体に巻いている包帯が、風に吹かれたようにうねうねと動き始めた。
「これで、どうだ!」
シャアアー!包帯がほどけて、猛スピードで飛んで行く!って、え?明らかに、巻いてあった長さよりも長くないか!?まあとにかく、その包帯は、新たに生えた触手に絡みついた。
「まだまだなのぉぉぉ!」
う、うわ。ロウランが叫ぶと、絡みついた包帯がさらにぐんぐん伸びていく。包帯はぐるぐるとダイダラボッチの周りに渦を巻き、触手どころか、ダイダラボッチの上半身をほとんど覆い隠してしまった。
「はぁ、はぁ……包帯法、完了なの……♪」
ひ、ひええ。山ほどもある怪物を、ぐるぐる巻きに……何メートル、いや何キロ分の長さがあるんだろ……俺が目の前の光景にぽかんとした、その瞬間だった。
パーン!
突然、あぶくが弾けるような音がした。
「あれ?」
「うわっ!」
「ぬおっ!?」
俺とエラゼムとロウランは、そっくりそろってひっくり返った。ドッシーン!ライラが驚いた顔で、倒れた俺たちのそばに膝をつく。
「ど、どうしたの?みんな……」
「い、いや。急に軽くなってな……」
「軽く?」
「ああ。綱引きの綱を、ぱっと放されたみたいにさ」
さっきまで必死に押さえていたロウランの体が、きゅうに引っ張られなくなったんだ。綱を放された、ということは……俺は体を起こして、ダイダラボッチがいたあたりを見た。
「っ!しゃあ!ビンゴだ!」
いやっほう!俺は思わず小躍りしたくなった。ロウランの包帯がはらはらと解けていくと、中にいたダイダラボッチの姿は、跡形もなく消えていたからだ。
「フランのやつ、上手くやったんだな!やった、勝った!」
「や、やったー?」
よく分かっていない顔のライラの手を掴んで、俺はくるくると踊った。
「か、勝った?んですか?」
やっぱりよく分かっていない顔のウィルは、喜んだらいいのか、それともまだ気を引き締めるべきなのか、決めかねているみたいだった。
「はあ、あはは。そっか、ごめんごめん、ちゃんと説明してなかったな」
回り過ぎてライラが目を回してしまったので、俺は腰を下ろした。仲間たちも輪になって座る。あ、アルアだけは呆けているので、その輪には加わろうとしなかったけど。
「ええっと、何から話せばいいか……」
するとウィルが、おずおずと口を開く。
「まず、フランさんが何をしに行ったのか、教えてくれませんか?」
「ああ、そうだな。フランには、ダイダラボッチの本体を叩きに行ってもらったんだ」
「ほ、本体?」
俺はこくりとうなずき、ウィルはぽかんと口を開けた。
「あのダイダラボッチは、偽物だったってことですか?」
「偽物というか、仮の姿というか。俺は、あのダイダラボッチを、別の何かに操られてるものだって考えたんだ」
「操られている?」
「そ。ちょうど、人形劇みたいな要領でさ。あいつは、泡でできた巨大な人形だったんじゃないかな」
「人形……にわかには、信じられません。どうして、そんなことに気付いたんですか?」
「いくつかあるけど……まず、あいつが不死身だったこと。けどさ、やっぱりおかしいだろ。死なない生き物なんて、ありえないよ」
「それは、まあ……」
「で次が、あいつに電気が流れてたこと。これで、俺はあいつが人形だって確信したんだ」
「はぁ……どうして電気が流れてると、人形確定なんです?」
おっと、それの説明は難しいかもしれない。だって、俺がそれに気づいたのって、ロボットを思い出したからなんだ。ロボットは、電気で動くだろ。そうじゃないロボもいるかもだけど、ほとんどはそのはずだ。で、ダイダラボッチが電撃攻撃をしてこなかったことから、電気は攻撃目的に使用されていないことが分かった。攻撃以外の電気の使い道が、俺には動力しか思いつかなかったんだ。
(ただ、それをどう説明すっかな)
ロボットは、前の世界じゃありふれていた。けどこの世界には、電子機器なんてあるわけがない。ロボットを知らないみんなに、一からロボットの説明ができるほど、俺も機械に詳しくないしな……
「まあ……知識と、直感、かな?」
結局俺は、そうはぐらかした。ウィルとライラは、素直におぉーっと感心してくれている。う、ちょっとだけ罪悪感……
「けどそんなら、どうして本体が足下だって分かったのよ?」
アルルカからの質問だ。やつにしては珍しく、興味津々な様子だった。
「それはまあ、消去法かな?」
「はぁ?」
「いやまあ、そこには俺も確信がなかったんだけどさ。あいつって、音に敏感に反応してただろ?逆に言えば、音しか情報源がなかったのかなって」
「……どういうことよ」
「まあ単純にさ、俺たちが見えない位置に居たんじゃないかな」
「見えない……」
「うん。でもって一度、ライラがあいつの体を吹っ飛ばしてる。だからあいつの体、頭とか腕とかには、本体はいないって分かった。そこにいたなら、俺たちが見えてたはずだしな。そうなると残るのは、俺たちが見えない位置にあって、なおかつダイダラボッチのすぐそばの場所だけだ」
「それで、足下ってわけね……」
俺は再度うなずいた。ずーっと木々に隠れて見えなかった、あいつの下半身が怪しいっていうのは、割とすぐに思い至ったことだ。
「ただし、音を頼りにしているのなら、ここからうーんと離れた場所に潜伏している可能性もあった。だから確証はなかったんだけど……」
「それもそうね」
「ただ、一度ライラが体を吹き飛ばした時、あいつは足下から徐々に再生したからな。本体がそこにいたからこそ、そういう復活の仕方をしたんだろうなって」
「……」
アルルカは腕を組んで、俺の推理を反芻しているようだ。エラゼムががしゃりとうなずく。
「相も変わらず、見事な観察眼ですな、桜下殿。ではフラン嬢がその本体を叩いたことで、あの巨人が消え去ったということですか」
「そういうことだと思う。ただ、本体がどんなのかまでは、さっぱりわかんねーな。そこは、フランが戻ってきてから……」
っと。噂をしたそばから、足音が近づいてきた。すぐに木々の間から、フランが髪をなびかせて戻ってきた。
「フラン、おかえり!上手くやってくれたんだな」
「まあ、うん。ほとんど何もしてないけど」
うん?フランは何とも言えない、微妙な顔をしている。何かあったのか?
「フラン?どうした?」
「……見てもらったほうが早いか。これ」
そう言ってフランは、ガントレットのはまった手を差し出してきた。手に何か握っているようだ。俺たちみんなが注目する中、ぱっと、フランが手を開く。すると、そこには……
「な?なんだ、これぇ?」
「虫、ですか?」
そこにいたのは、数センチ程度の大きさしかない、小さな虫だった。どことなくセミに似ているけど、頭には角が生えている。だけど、それだけだ。
「え、フラン?もしかして、こいつが?」
「……うん。あの化け物の足下に行ったら、こいつがたくさんいた。わたしが近寄ったら、みんな一斉に逃げて行って。それと同時に、化け物の体が消え去った」
「なんと……」と、エラゼムが呆れたようにつぶやく。
「では、ダイダラボッチの正体は、小さな虫……」
なんてこった。俺も力が抜けてしまった。あの馬鹿でかい巨人を、こんな小さな虫が操っていたのか?
俺たちが呆れている中、フランの手の上の虫は、ぷくぷくと泡を吐いて威嚇していた。やがて羽を広げると、ぶーんと森の方へと飛んで行ってしまった。
「……幽霊の、正体見たり、枯れ尾花なんていうけれど……」
なんとまあ、びっくりだ。幽霊と聞いて、ウィルが首をかしげているけど、説明する気にもなれない。
「し……信じられない……」
あん?俺は声のした方へ振り返った。そこにいるのは、腰を抜かしていたアルアだ。ぽかんとしたアルアは、静かになった夜の空を見上げて、それから俺たちを見つめた。
「あなたたち……ダイダラボッチを、倒したの……?」
「倒したというか、追っ払っただけだけどな」
「だとしても、信じられない……あいつは不死身で、誰だって敵わなかったのに」
「ん、まあ、不死身も不敗もありえないってことだ……さてと。フランが追っ払った虫たちも、またいつ戻ってくるかも分からないな」
エラゼムが同意する。
「長居は無用ですな。ライラ嬢、お疲れでしょうが、馬を呼び出せますか?」
「うん!任せて」
すっかりエラゼムと仲直りしたライラは、素直にストームスティードを呼び出した。俺はアルアの馬を見る。
「アルア、あんたの馬、ちゃんと走れそうか?」
アルアの茶色の馬は、騎手と同様に、地面に倒れて呆けている。怪我をしたってよりか、ショックが大きすぎて腰を抜かしているようだ。俺の問い掛けに、アルアははっとして、馬をなだめ始めた。幸い、それから五分と経たずに、馬は再び立ち上がってくれた。馬も馬で、恐ろしい存在がいなくなったことを理解しているみたいだ。
「よし。かなりの回り道になっちまったけど、当初の予定に戻ろう。さあ、とっとと森を抜けようぜ」
「わ、わかった」
アルアはたどたどしく返事をすると、俺たちの先を進み始めた。森は再び静かになった。ダイダラボッチの脅威が去った以上、多少のひづめの音は気にしなくていい。俺たちはなるべく急いで、夜の森を駆け抜けた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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