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だ、ダイダラボッチだって?聞いたことがある……昔、映画で見たぞ。でっかい巨人の妖怪みたいな……
「アルア、なんなんだ!?そのダイダラボッチって!」
「来る!逃げなきゃ、早く逃げなきゃ!」
アルアの耳には、俺の言葉はまったく入っていないようだった。完全に取り乱していて、半狂乱だ。混乱する俺たちの耳に、ケタケタという音に混じって、三度目の男の大声が聞こえてきた。やけっぱちになって声を張り上げているみたいだ。
「ちくしょう!わけわかんねぇけど、とにかくここを離れたほうがよさそうだ!」
このままじゃ、絶対にまずい!俺の本能がそう告げている。仲間たちは短くうなずくと、すぐに走り出そうとした。その時だ。
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!
ものすごい重低音が、俺の鼓膜を、脳みそを揺らした。ぐあっ!頭上スレスレを、ジャンボジェットが飛んで行ったのか……耳をふさぎながら顔を上げても、そこには森の木々しか見えなかった。じゃあ、この音は一体?
「いっ……いやああああ!」
えっ。アルアが突然悲鳴を上げ、背中を丸めてうずくまった。
「アルア、どうした!?」
「もうだめ!私たち、みんな死ぬ!」
アルアは頭を抱えて地面に伏せ、ぶるぶると震えている。ちくしょう、なんだってんだ!誰でもいいから、この状況を説明してくれ!今ならそいつに百万回キスしてやる!
「ぎゃあああああぁぁぁぁ……」
次の瞬間。恐怖に駆られた男の悲鳴が、遠くから聞こえてきた。壮絶な叫びは長く響き、そして途絶えた。
「……さっきから叫んでた男が、やられたみたいだね」
こんな時でも、冷静なフランの声。エラゼムがうなずくと、俺たちに固まるように指示した。
「敵の正体はわかりませぬが、だからと言ってやることに変わりはありません。いつも通り、粛々と対処いたしましょう」
そ、そ、そうだな。こういう時こそ、普段通りだ。俺たちは一つに固まり、エラゼムが大剣を掲げ、フランが鉤爪を抜いた。さ、さぁ、来るなら来やがれってんだ!でもできれば、なんにも来ないでいいぞ!
ズズゥーン……
「な、な、何の音だ?」
大きな地響き。足音にも聞こえる。次いで、木々が折れるバキバキという音。巨大な何かが、歩いている……?
「……あぁ!みなさん、あれ、あれ!」
ウィルが恐怖に震えた声で、空の一角を指さした。俺もそちらへ顔を向ける。そこには……
「なんだ、ありゃあ……白い、巨人……?」
黒い夜空を背景に、真っ白な巨人が、のっぺりと佇んでいる。な、なんてでかさだ……高層ビルを見上げている気分だぞ?巨人には目も鼻も口もない。ていうか、そもそも人なのか?頭部らしきものと、両腕っぽいものがあるから、何となく人に見えるけど、倍率がいかれているせいでイマイチ親近感が湧かない。腰から下は、鬱蒼とした木々に覆われて見えなかった。
「あ、アルア……あれが、ダイダラボッチなのか……?」
「う、ぅぅぅ……」
ダメだ、アルアは地に伏せるばかりで、顔を上げようともしない。
「お、桜下さん、どうします……?」
ウィルが、俺の二の腕をぎゅうっと掴んで言う。
「と、とりあえず、様子を見よう。下手に手を出して、刺激しないほうが……」
俺は最後まで言い終えられなかった。ダイダラボッチが動き出したからだ!
「う、うおお!来るぞぉ!逃げろ!」
ダイダラボッチは、まっすぐ腕をこちらに伸ばしてくる。俺たちは一目散に駆け出した。って、おいおいおい!アルアのやつ、まだ丸まってるぞ!
「おい、アルア!起きろって!」
「ちっ!あなたたちは先に行って!」
フランが素早く反転し、アルアのもとへ駆け寄る。フランは片腕をアルアの腰に回すと、そのまま小脇に抱えて戻ってきた。そうしている間にも、ダイダラボッチの腕はどんどん迫ってくる。
「うおおおおおお!」
俺は尻に火が付いたように走った。目の前に転がっている苔むした倒木を飛び越え、勢い余ってずざざっと滑ったタイミングで、ダイダラボッチの腕が地面に触れたようだ。ドプンッ!
「な、なに?」
背後から、ねっとりした水音が聞こえてきたぞ?そのあまりの異質さに、俺は思わず振り返ってしまった。
そこには、まっしろな沼が現れていた。草地を隙間なく白い物体が覆っている。よく見ると、その白いものは、無数の泡の塊のようだ。
「なんだ、これ……?」
すると突然、泡がうごめき始めた。泡は“空に吸い込まれる”ように、ずるずると夜空へ伸びていく。俺はそこでようやく、その白い泡の塊が、ダイダラボッチの腕だったのだと気が付いた。伸びていた腕が、体に戻っていっているんだ。そして、泡がなくなった時、地面には何も残されていなかった。一面を覆っていた草も、木も、何もない。ただ荒れた土くれが残っているだけだ。
「た、食べられちゃった……」
ライラは、目の前の光景をそう表現した。あながち間違っちゃいない気がするな……あの白い腕は、触れた範囲にあった命を、全て貪り食ったんだ。
「これはもう、悠長なことは言ってられないな……!ライラ!魔法の準備を!」
「う、うん!」
こうなったら、戦うしかない!ライラは両手を合わせて、呪文の詠唱を開始した。すぐに魔法が完成する。
「ジラソーレ!」
シュゴウッ!巨大な火の玉が宙に燃え上がり、ライラの掛け声に合わせて、ダイダラボッチへと飛んで行く。
「いっけー!」
よし、直撃コースだ!ライラの放った火の玉は、闇夜を切り裂き、ダイダラボッチの鼻っ柱(があると思われる箇所)にぶち当たった!ボボン!
「ん!……ん?」
妙に手ごたえのないヒット音だったな……?だがどうやら、火の玉はきちんと当たっていたらしい。ダイダラボッチの顔面には、大きな穴が空いていた。おお、倒したか!?
「え……」
「あ、あれ?」
ど、どうなってんだ?見る間に、ダイダラボッチの穴が塞がっていく!穴の内側からぶくぶくと泡がせり上がり、すっかり穴を埋めてしまった。そしてダイダラボッチは、少しもダメージを受けたそぶりを見せない。蚊に刺された程度にすら思っていないようだ……
「くっ……!ライラ、だったら次は、もっと高火力のやつだ!」
「わかった!」
「無駄だよ!」
ああ?誰だよ、水差す奴は!声の主は、フランに抱えられたまま震えている、アルアだった。
「アルア!なんだよ、無駄だって!?」
「無駄なんだ!何をしたって、あいつには!」
ああああ、もう!さっきから、具体的なことは何一つ言いやしない!俺がカンカンになっている間に、ライラはアルアを無視して、次の呪文を完成させていた。
「ブラスト・ビート!」
ビュウウウウゥゥゥ!
ライラの手のひらから、凄まじい突風の塊が飛び出した。風の塊は、ダイダラボッチにまたしても命中し、一気にはじける!
ザザザアアアアア!炸裂した風は、ダイダラボッチの体を跡形もなく消し飛ばした。風で木々が波のようにしなる。突風で目を開けるのも辛いくらいだが、それでも俺は有頂天で叫んだ。
「やったぞ!……え?」
うっそだろ……吹き飛んだと思ったダイダラボッチの体が、足もとからどんどん再生していく。ものの五秒ほどで、全く無傷のダイダラボッチが現れた。俺もライラも唖然とする。
「あいつ、再生能力を持ってるのか?マンティコアみたいに……」
「だから、無駄なんだって!もうおしまいなんだ!」
アルアがまた叫ぶ。ああもう、うるさいな!俺がそう怒鳴ろうとした時、フランが抱えていたアルアを、思い切り地面に叩きつけた。ドターン!
「ぐあっ!な、なにす」
「黙れ。生きる気がないのなら、そこで死んでろ」
ガシッ。フランに首根っこを掴まれると、アルアは苦しそうに顔を歪めた。そのまま片手で、フランはギリギリとアルアを持ち上げる。
「く……あ……」
「お前がどう死のうが、わたしは知らない。けど、それでわたしたちの足を引っ張るなら、今ここで殺してやる」
ぎゅっと、フランが手に力をこめた。アルアの顔が赤黒くなり、目が飛び出しそうなほど見開かれる。お、おい。まさか、ほんとに絞め殺す気じゃ……
「……っ~~~!」
突然、アルアがめちゃくちゃに暴れて、フランの胸や体を蹴りつけた。それが効いたのかどうか分からないが、フランはぱっと手を放した。アルアが地面に落っこちて転がり、苦しそうに息をする。
「ガハッ、ハァ、ハァ……ごほっ。上等、じゃない……どうせこのままじゃ、絶対死ぬんだ。ならせめて、お前たちがどうあがくのか、見届けてやるから」
アルアは口の端についた泡を手で拭いながら、ぎりっとフランを睨んだ。そのフランは、ふんっと鼻を鳴らす。
「ま、さっきよりはマシな答えだね」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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