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川沿いの林が近づいてきた。道は川に沿って大きく曲がり、木々の合間へと消えている。林は人の手が入っているのか、そこまで鬱蒼とした印象ではなかったけど、だからって普通より視界が制限されるのは明白だ。俺はごくりとつばを飲んだ。待ち伏せするなら、絶好の場所だ……
「あ!フランさんです!」
肩に掴まっているウィルが、にゅっと横から指さした。お、林の入り口に、フランが立っている。先行していた偵察が終わったらしい。エラゼムはストームスティードの速度を落とし、フランの前で停止した。
「フラン嬢、ご苦労様です。いかがでしたか?」
「とくに、何も。人の気配はなかった」
「ふむ……」
人がいなかった?待ち伏せはないってことか?それとも、息を殺して潜んでいるのか。
「……少なからず、目に見えた網は張っていないようですな。では、ゆっくりと進むこととしましょう。何が起きても対処できるように」
エラゼムは進むことに決めたみたいだ。ここまで来て、引き返せないよな。後から追いついたアルアにも同じ説明をし、俺たちは馬を歩かせて、林の中に入っていく。
林は様々な木が雑多に生えた雑木林で、開墾の際に残った切れ端の土地のようだ。何で分かるかって?あちこちに切り株が見えたり、積まれた丸太とかが置かれていたりしたからな。切り拓こうと努力はしたけど、面倒になって道だけ通した、そんな所なんだろう。
「……」
俺たちは周囲に意識を張り巡らせ、林を進んでいく。なんだけど、朝の林には木漏れ日が差しこみ、小鳥がチュンチュンと鳴き、実にのどかな雰囲気なんだ。
「平和すぎる……」
木々が新鮮な空気を吐き出し、遠くで川の音がさらさら聞こえる。朝にこんなとこを散歩したら、最高に気持ちいいだろう。そこに襲撃者の気配なんて、まるでなかった。
「ふわぁ……おっと」
あまりに平和過ぎて、ライラは大あくびをした。そのとたん、集中が途切れたのか、ストームスティードが揺らいだもんだから、俺たちは大慌てでライラの目を覚ました。そんなひと悶着があった後でも、木々の合間から人影が現れるようなことはなかった。
「このような絶好の機会にも、動きを見せぬとは……やはり、待ち伏せはないようですな」
騒動の後に手綱を握り直したエラゼムも、さすがに警戒を緩めた。だよな、俺も同意見だ。
「やつら、諦めたのかな?」
俺がエラゼムの背中に話しかけると、エラゼムは首だけ振り向いた。
「そう思いたいところです。フラン嬢の話を聞くに、それほど人数も多くないようですから、やれることも限られましょう……がしかし、故に常人では考えられないようなことをする場合も、ままあります」
「自暴自棄、ってやつか」
「おっしゃる通りです」
確かに、連中が数人集まったところで、フラン一人にすら敵わなかったんだ。仕返しのしようがない気もする。でも例えば、刺し違える覚悟で突っ込んでこられたら、困るのは俺たちだ。俺たちは“殺さない”でやっているんだからさ。
「妙な気を起こさないといいんだけど……」
「こればかりは、相手次第です」
エラゼムはやれやれとばかりに首を振った。むむむ……
しかし、心配とは裏腹に、俺たちは無事に林を抜けることに成功した。
「なんだよ……やっぱりなんもなかったのか」
みんなはほっとため息をついた。やれやれ、とんだ取り越し苦労だ。
林を抜けたのを境目に、周りの田畑は少しずつ数を減らしていった。しばらく馬を進めると、もうほとんど手つかずの、木がまばらに生える原野に出る。
「見晴らしのいいとこに出たな」
草原の間を、茶色の道がひたすらまっすぐ、時折うねりながら続いている。俺はいつかに本で見た、北海道の景色を思い出した。
「ここなら、待ち伏せされる心配もありませんね。どこかで朝ごはんにしましょうか」
ウィルの提案に従って、見晴らしのいい丘の上で、俺たちは朝食をとることにした。馬を止めると、少し後を付いてきていたアルアも立ち止まる。ちょうどいいや、一度あいつとも話し合わなきゃいけないと思っていたんだ。
「アルア。いったん朝飯にしないか?お互い、まだなんも食ってないだろ」
「……」
アルアは相変わらず覇気のない顔で、ほんのわずかにうなずいた。腹が減ってるから……なんてことは、ないよな?たぶん。
ウィルは小麦粉を水に溶かして、簡単なパンケーキを焼いてくれた。それを口に詰め込みながら、アルアに声を掛ける。
「もぐもぐ……んでさ、アルア。ちょいと、今後について話したいんだけど、いいかな」
アルアは手に持ったパンケーキを一口かじったっきり、ずーっとぼーっとしていた。歯が一本欠けているから、食べにくいのかな。それに彼女からしたら、ウィルが焼くパンケーキは、ひとりでに出来上がっていったように見えたはずなのに、それにもノーリアクションだったし。ほんとに大丈夫か?
「アルア?」
「……わかってる。これからのことでしょう」
俺がもう一度呼びかけると、アルアはようやく返事をした。
「でもその前に、昨晩のことを話して」
「え?いいけど……あんまり、その。聞いてて楽しくは……」
「構わない。どんなことでも、絶対に隠したり、ごまかしたりしないでちょうだい。私は、私に何が起きたのか、知る必要がある」
アルアの顔は真剣だった。なにより、顔に覇気が戻っている。はあ、しょうがないな。
「フラン。昨日のこと、話してやってくれないか?」
様子を一番知っているのは、フランだ。俺はアルアに目を戻す。
「アルア、昨日あんたを見つけて、助け出したのは、ここにいるフランなんだ」
「……ええ。何となく、覚えている。それで、どうなの。敵は?あなたが倒したの?」
フランは気乗りしない様子だったが、それでもぽつぽつと、昨晩の出来事を話し始めた。
「駆け付けた時、あなたはもう瀕死だった。わたしはあなたに群がってた男たちを、一人ずつぶちのめしていって……」
フランの説明は、淡々としていた。自分の行いを誇るわけでもなく、変にアルアに遠慮することもない。まるで他人事のような口ぶりだったが、むしろアルアは、それを好ましいと感じているようだった。
「……で、あなたを連れ帰って、治療した。治療はわたしの仲間がやったんだ。もちろん、この人だって協力したから」
フランは最後に、ついと俺の袖を引っ張って、自分だけの手柄じゃないことをアピールした。アルアが俺を毛嫌いしているっていうのも踏まえて、だろうな。
ちょうど怪我の話が出たので、俺はカバンの底にしまっていた、布で巻いたアルアの歯を彼女に返した。
「これ、渡しとくぜ」
「……」
アルアは受け取った歯を握って、黙り込んでいる。膝の上には、すっかり冷めたパンケーキが置かれていた。
「……その男たちは、その後どうなったの」
そう訊くアルアの声はぼそぼそしていて、聞き取りづらかった。フランは首を横に振る。
「さあ、知らない。きちんと確かめはしなかったから。一人一本、骨は折ったと思うけど」
「あなた自身、怪我は?」
「してない。……知らないの?わたし、普通の人間じゃないけど」
おや?そういやアルアは、フランたちがアンデッドだって知っているのか?直接話した記憶はないけど、うすうす勘付いている気はしていたけど。
「……知ってる」
アルアは小さくうなずいた。なんだ、やっぱり知っていたのか。
「知っていたけど……でも、あなたはたった一人で……」
「それが、なに?」
「……いいえ。何でもない」
そう言うと、アルアはなぜか、キッと目を細めた。どういう意味だろう?
「襲撃の時の様子はわかった。けど、その後は?どうして私の荷物がなくなっているの?」
おっと、まあ当然気にするよな。フランは自分の役目は終わったと判断したのか、「後は任せた」と言わんばかりに俺を見てきた。こっからは俺に話せってことだな。
「えーっと、アルア。その前に訊きたいんだけど、あんた、部屋を出てすぐに襲われたのか?」
「……ちがうけど」
「じゃ、鍵ってちゃんと閉めたか、覚えてるか?」
「……まさか」
アルアは、そこでだいたいを察したようだった。気まずくなった俺は、ポリポリと頬をかく。
「あー、まあ、そういうことなんだけど。治療が終わった後、あんたの荷物を取りに行ったんだ。そしたら、部屋はもぬけの殻で……武器と鎧と、馬だけが無事だったんだ」
「そんな……なら、犯人はあいつらの誰かだ!どうして取り返さなかったの!」
「え?いや、それはないだろ。だってあんたは、自分から部屋を出たんだろ?その後で連中はフランにボコられたんだから、盗みに入りようがないじゃないか」
「ぐっ……」
アルアも自分の矛盾に気がついたのか、唇を噛んで黙った。
「あんたの治療でいっぱいいっぱいで、かなりの時間が経った後だったんだ。あれなら、誰だって盗みに入れたよ。特定は難しいし、そんなことしてる暇もなかった。早くあの村を出ないと、また襲われるかも知れなかったからな」
「でも……そっちのお仲間さんなら、襲われたって返り討ちにできたんじゃ……」
おっと、そいつはどういう意味だ?フランが片眉を吊り上げる。すると、いままで黙って話を聞いていたアルルカが、イライラした様子で口を挟んできた。
「あんた、ずうずうしいにもほどがあるわね。なんであんたなんかのために、あたしたちが苦労しなきゃならないのよ」
「なっ……!」
アルルカの乱暴な物言いに、アルアはかっとして、言い返そうとする。けどそれを遮るようにして、アルルカがさらに続けた。
「言っとくけどね、あんたの荷物が盗られたのは、あんた自身の責任よ。あたしたちのせいじゃないわ。あんたは仲間でも何でもないし、なんだったらずーっと不機嫌そうにしてたのは、どこの誰?そんな奴のために、なぁーんであたしらが動くと思えんのよ?」
へえ、アルルカのくせに、言っていることは正論だ。アルアはぐうの音も出なくなってしまった。アルルカがまともなことを言ったことにも、軽く驚きだけど、それ以上に、俺はあいつが「あたしたち」と言ったことに驚いていた。仲間だってこと、ようやく自覚してきたのかな。
「あーっと、アルア。言い方はきつかったけど、正直、俺も同じ意見だ。悪いけど、あんたのために揉め事に首を突っ込む気にはなれない」
アルルカがみなまで言ってしまったが、つまりはそういうことだ。フランも隣で深くうなずいている。アルアは歯をギリギリと食いしばっていた。あれじゃ、また歯を折りそうだな。
「まあけど、だからってあんたが荷物を取り返すのを、邪魔する気もないよ。それはそっちの自由だし、好きにしてくれて構わないぜ」
「は?」
「え?だから、別にこれ以上、俺たちに付いてこなくてもいいって。元々嫌々だったんだろ?これを機に、やめちまえばいいじゃないか」
「そっ、そんなこと!できるはずがないでしょ!」
アルアは酷く憤慨した様子だ。あ、あれ?てっきり、大喜びでそうするもんだと思っていたのに。
「なんでだよ?あんなに嫌がってただろ」
「それとこれとは関係ない!一度受けた任務を最後まで成し遂げるのが、傭兵の務めだ!」
あー、仕事の都合か。いちおうこれ、ノロ女帝からの任務だしなぁ。
「つってもなぁ。だって、どうすんだよ?おたく、無一文だぜ?長旅は無理だろ」
「う……それは……」
アルアには金も、食料も、替えの服すら残っていない。現実的に考えて、任務続行は不可能だ。
「……」
アルアは右手の握り拳を、左手でぎゅうっと握り締めている。なんとかアイディアを絞り出そうとしているみたいだ。さて、どうする気だろ?
「……傭兵は」
お、アルアが口を開いた。
「傭兵は、与えられた任務を忠実にこなさなきゃならない。任を放棄するような傭兵に、仕事なんて来るはずがない」
「はあ……まあ、そうかもしれないけど」
「諦めるなんて、できない。この任務は、必ず成し遂げなくちゃならないの」
「でも、どうやって?」
「……」
だんまり。打つ手なし、か。はーあ、どうすっかなぁ。俺は首の後ろをガシガシ掻いた。
「それって、失敗は含まれないとかはないのか?ほら、すっぽかすのはマズいけど、アクシデントのせいでできなくなるのは、違うだろ?」
「……戦場では、不慮の事故はよく起こる。だけど今回は、ただの道案内だから……」
ううーん。道案内も満足にできないような傭兵ってことになっちゃうから、結果は変わらないのか。じゃあもうアルアには、成功以外の道は残されていないんだな。だからこそ、頑なに続けることに拘るんだろう。
「だー!わーったよ。そんじゃ、旅費は俺たちが貸すから。それでいいだろ?」
「え?」
「ちょっと、正気?」
前がフランで、後がアルルカだ。肝心のアルアは、ぽかんと口を開けて固まっている。
「あんた、このクソ生意気な娘に惚れでもしたわけ?お人好しにもほどがあるわよ。じゃなきゃ、真性のマゾヒストね」
「どっちでもねーよ、ったく……だって、それしかないだろが」
俺たちが肩代わりしてやれば、アルアは旅を続けることができる。もちろんアルルカの言う通り、そうまでする必要があるのか?っていうことでもあるが……
「だけど、あくまで貸すだけだ。ことが済んだら、きっちり耳を揃えて返してもらう」
「……ま、当然ね」
アルルカはぶすっとしていたが、とりあえず大人しくなった。俺はアルアに向き直る。
「あんたには同情する。けどな、正直俺だって、あんたを好きにはなれないんだ。自分を嫌ってる相手を好きになるわけないもんな」
「……」
アルアの顔は、複雑だった。けど俺はかまわず続ける。
「だけど!俺たちは冷酷な集団なんかじゃない。あんたがどう思ってるか知らねーけど、無一文になっちまった女の子に手を貸すくらいの良心はあるんだ。そこを誤解しないでもらうために、あんたに手を貸してやる。どうだ?」
これは。一種の取引だ。俺たちは恩を売り、アルアは施しを得る。今ここでアルアを見捨てれば、アルアは俺たちを非情で心の狭いやつらだと認識し、一層恨みを深くするだろう。冗談じゃない、これ以上恨まれてたまるかってんだ。だからこそ、アルアに貸しを付けることで、釘を刺しておこうってわけだな。
(はあ……手助けぐらい、すっきりさしてほしいもんだよ)
なんでこんな打算めいた形じゃなきゃ、手を差し伸べることもできないんだ?やりづらくってしょうがない。
一方のアルアは、迷っているようだ。そらそうだろ、昨日までさんざん忌み嫌っていた相手に、お願いしますと頭を下げなきゃいけないんだから。ま、断られても俺は困らない。それならそれで、気楽な旅が戻ってくるだけだ。後はアルア次第だな。
「……私は」
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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