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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
15章 燃え尽きた松明
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「なあ、おい。さっきのは、どうなんだよ?」


俺は馬上から、並走するアルアへと声を掛ける。

旅芸人の一座のもとを発ってから、五分くらい。いい加減、アルアも頭の血が下がっている頃合いだろう。


「……」


と、思ったんだけど……アルアはしかめっ面で前を睨むばかりで、答えようともしない。はぁー、まだご機嫌斜めなのかよ?


「しょーがねーなぁ。エラゼム、頼む」


俺はエラゼムの背中を、手の甲で叩いた。鎧がゴンゴンと音を立てる。いちおうアルアにも、年長者を敬う礼儀くらいは備わっているらしいからな。彼に訊いてもらった方が、手っ取り早いだろう。


「承知しました。あー、アルア嬢?吾輩は、先ほどの一件についてほとんど存じておりません。一度ご説明願えぬか」


流石にエラゼムのことは無視できないのか、アルアは渋々と言った様子で口を開いた。


「……別に、大したことではありません。不埒な男がいましたので、折檻をしてやっただけです」


「不埒、ですか。しかし彼は、一座の芸人だったのでは?客に対して礼節を欠く態度を取るとは、少々考え難いですが」


「……」


アルアはしばし閉口してから、低い声で言った。


「……あの男は、つまらない手品を言い訳にして、私の下着をスろうとしたのです。下品な男。当然の報いです」


ああ、あいつ……フランにやったのと同じ手品を、アルアに対してもやったのか。どうしようもない男だな。怒るのも無理はないとも思うけど、でもあんなに打ちのめすのは、さすがにやり過ぎだ。下手すりゃ腕が折れていたんだぞ?


「そっ……んんっ、んんっ。それは、なるほど災難でしたな」


エラゼムは少し上擦った声を整えてから、ですが、と続ける。


「確かに見上げた行動だとは思えませぬが、それを理由に過剰な折檻を加えられたとしたら、その男は理不尽を感じるやもしれませんな」


「理不尽?あなたは、あの男の肩を持つというのですか」


「いいえ。吾輩は、正義は常に公正であるべきだと思うだけです」


エラゼムの静かな回答。アルアはぐっと言葉に詰まってから、ぼそりと呟いた。


「……私だって、同じように思っています」


それきりアルアは口をつぐんでしまった。


「呆れたものですね」


ウィルが、俺の背中でぽつりとこぼした。


「それは、誰が?」


「あの手品師の男性も、アルアさんも、です。彼の冗談はいやらしい上に大して面白くありませんでしたけど、あそこまでボコボコにされるほどのものじゃありませんよ」


「やっぱり、そう思うか?」


「まあ、ビンタの一発くらいなら、しょうがないって感じですけど。それにアルアさんのあれは、単に怒っただけでもないと思うんですよね」


「ん?というと?」


「あれですよ、憂さ晴らし。無茶な命令を押し付けられて、むしゃくしゃしてた所をからかわれたものだから、ぷちんときてしまった。そんなところじゃないですか?」


「えぇぇ、それじゃあただの八つ当たりじゃないか」


「ですね。あの男性を気の毒には思いませんが、サーカスの皆さんに迷惑をかけたのは……」


「いただけない、よなぁ。うーん」


俺が気にしているのも、結局のところそれだ。アルアがこの先ずーっと不機嫌で、行く先々でさっきみたいな揉め事を起こしまくるとしたら、たまったものじゃない。


「一言、言っといたほうがいいかもな」


逆上される可能性もなくはないが、いい加減俺も、イライラしてきていた。アルアの不機嫌が、こっちにまで伝染してきそうだ。


(まあけど、分からなくもないんだけど)


俺は、祖父を誰かに殺された経験はない。だけど、仲間を手に掛けられそうになった時は、俺だって強い憎悪を覚えた。家族を奪われた痛みは、それに近いんじゃないだろうか。だからといって、理不尽を許す気にはなれないけど。


(アルアの奴は、おじいちゃんっこだったのかな)


いや……たぶんそれはないな。ファーストの正確な享年は分からないけど、召喚された歳は俺とほとんど変わらないはず。仮に十四歳だったとして……


「なあアニ」


『はい?なんですか』


「ファーストって、召喚されてから何年こっちで過ごしたんだ?」


『約十二年ですね。十六年前に死亡しています』


「てことは、せいぜい三十かそこらか……」


じゃ、孫であるアルアが直接顔を合わせるのは無理があるな。面識はないはずなのに、アレなのか……よほど祖父を尊敬しているのか、はたまた。


(こうして考えると、アルアのことは、ほとんど知らないや)


もちろん、奴が教えてくれるはずもないので、しかたのないことだけどさ。あいつが二の国の勇者を恨むのには、祖父の因縁以外にも、別な理由があるのだろうか?




夕日が辺りを照らすころ、次の村の明かりが、彼方にぽつぽつと見えてきた。あそこが、今日のお宿か。村の名前はソトバと言うらしい。

村につく前に、俺はアルアへと話しかけた。ちょうど目的地手前で速度を落としてきていたので、話しかけやすくて助かる。


「なあ、あんた。一言、言っておきたいんだけどさ」


「……なにか」


アルアは前を向いたままで、こちらを見ようともしない。けーっ!いいですよ、いいですよ。まったく。


「おたくが俺を嫌うのは結構だ。けどな、だからって行く先々でケンカを吹っ掛けるのはやめてもらいたい」


「ケンカ?さっきのことを言っているのなら、あれはあちらが」


「それはさっき聞いたよ。でも、ありゃやりすぎだ。俺たちまで余計な因縁持たれちゃ、たまんないぜ」


「……ふんっ。私だって、好きでお前と一緒にいるわけじゃない」


「わーってるってば。けどな、お前がそうやってあちこちで揉め事ばかり起こすんだったら、俺はあんたを置いていくからな。それで女帝殿が文句つけてきたって、知るもんか」


もともと面倒を避けるために、渋々アルアの同行を承知したんだ。それなのに、かえって手間が増えるのでは、本末転倒もいいとこだ。


「……何も知らないくせに、よくそんな口を!」


アルアはようやくこちらを見たが、その顔は怒りでゆがんでいる。


「お前、閣下が単なる思い付きで、私を遣わせたと思っているの?」


「あ?違うのか」


「馬鹿が。お前たちを監視するために決まっているでしょう。お前たちが違法な手段で入国したのであれば、二の国の密偵の可能性がある。それ確かめるために、私を同行させたんだ」


おっと。え、そういう理由だったのか?それは考えていなかった。その場の思い付きだとばかり思っていたのに……やっぱりあの女帝、腹の底が読めない。


「それは……その」


「せいぜい、言動には気をつけることね。少しでも不審な点があれば、全て閣下に報告するから」


アルアはそれだけ言うと、プイッと顔を背けて、先に行ってしまった。


「マジかよ。あいつ、ノロのスパイだったのか……」


「なんだかタイヘンだね〜」


「ああ、ホントだよ。ウィル……」


「へ?私、何も言っていませんよ?」


あん?だって今、耳元で声がしたんだぞ。俺の背後にはウィルしかいないはずじゃ……不思議に思って振り向こうとすると、俺のすぐ隣に、薄桃色の髪の女の子が浮かんでいた。


「うわっ!ロウラン!?」


「もー、ダーリンったら。いい加減慣れてほしいの。毎回バケモノみたいなリアクションされて、アタシ、かなしい……」


ロウランはわざとらしく眉根を下げた。つっても、いきなり隣に人が現れたら、誰だってビックリするわい。


「でロウラン、今度はなんでまた?」


「えー。理由がなきゃ、出てきちゃダメなの?」


「ダメじゃないけど……お前が出てくるときは、大抵なんかの理由がある時だろうが」


「ぶー。つまんないなぁ。ボクはキミに毎日会いたいよ、くらい言ってほしいの」


「あ、桜下さん。それ私も言ってほしいです」


「言うかっ!」


ウィルもロウランも、二人して俺をからかいやがって!そんなに年下をいじって楽しいか?


「きゃははは。ま、冗談もさておくの。今回出てきたのはね、最近調子がいいからなの」


「ったく、最初から本題で来いよ……で、調子がいい?」


「うん。ダーリン、最近はマメに、アタシにアレを注いでくれたでしょ?」


「魔力、な。なんで伏せる?……まあ確かに、最近はよくしてたな。それがどうかしたか?」


「えへへ。おかげさまで、かなり力が戻ってきたの。そろそろ実体で動けそうだから、そのほーこくをね」


おお!ロウランの本体はミイラで、魔力は当の昔に、すっかり涸れ果ててしまっていた。だからずーっと、霊体でコミュニケーションを取っていたんだけれど。


「そうか。ははは、やったな!」


「ロウランさん、よかったですね!」


俺とウィルが口々に祝うと、ロウランは照れたようにはにかんだ。


「ありがとうなの。ふふ。これでようやく、ダーリンに直接触れられるよ。人の温もりなんて、何百年ぶりかなぁ……とっても楽しみ♪」


「あ、ああ、うん」


あんまりベタベタされるのは、俺の精神衛生上よろしくないから、やめてほしいけれど……ロウランのやつ、ちゃんと聞いてくれるかな?


「あ、ロウランさん。一つ言っておきますけど」


ん?背中でウィルが、ロウランの方へ身を乗り出すのが分かる。


「うん?なぁに?」


「ロウランさんが、桜下さんと触れ合うのは否定しませんが。絶対、えっちなことはダメですからね!」


ぶふっ。な、何を言い出すんだ!


「ええー、どうして。アタシは体の隅々まで、ダーリンの温もりを味わいたいの」


「ダメです!ライン越えは、私とフランさんが許しませんよ。無理やりなんてもってのほかです!」


「ぶーぶー。じゃあ、同意の上ならいいの?」


「桜下さんは、同意なんてしませんもの。ね?」


ね、と言われても……ウィルのやつ、これを確かめるために、この前探りを入れてきたのか?


「しないよ、するわけないだろ。そんなおっかないこと」


「おっかない?」


「んなことしたら、フランに生皮剥がされちまうよ」


俺が冗談めかすと、ウィルとロウランはくすっと笑った。だがすぐに、ウィルが「ぴっ」とおかしな声を出す。


「ウィル?」


「あの、桜下さん……隣に……」


隣?ロウランがすぐ隣にいるけど。その逆の事かな?俺が反対側に振り向くと……赤い瞳。並走していたフランと目が合ったぞ……!?


「ひえっ。ふ、フラン……」


「どうしたの?続きは?」


「いや、あの、ごめんなさい……」


「どうして謝るの?謝んなくていいよ、本当のことだもの」


さぁーっと、血の気が引いていく。今の俺なら、例えいま目の前に、絶世の美女が素っ裸で現れたとしても、理性を保っていられる自信がある……



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

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