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港の市場は、活気に満ち溢れていた。様々な魚介類、売り子の大きな声。少し生っぽい匂いがするけど、ものが新鮮だからか、そこまで気にはならない。
「つっても、魚市場でデートするって、どうなんだ?」
「どうって、私に聞かれましても……」
俺とウィルは、並んで市場をぶらついていた。並んでと言っても、ウィルは幽霊なので、はたから見れば俺一人が散歩しているように見えるはずだ。会話も俺の独り言に聞こえるだろうけど、この活気のおかげで悪目立ちせずにすんでいる。
「桜下さんは、嫌ですか?」
「俺?俺は、嫌じゃないけど。そういうウィルは?」
「えっと……正直なこと言うと、よく分からないんです。だって、男の子とデートなんて、初めてしますし……」
ウィルはうつむきがちに、頬を染めながら言った。う、そう言われると、俺だってそうだ。
「桜下さんは、前の世界でデートとかしたんですか?」
「ねーよ、あるわけないだろ……言わせないでくれ、悲しくなるから」
「あ、すみません。ふふふ、でも、ちょっと安心しました。……あ!見てください、桜下さん!おっきな魚!」
ウィルがはしゃいだ声で、とある店先を指さした。丸々太った魚が、水桶にでーんと置かれている。
「おおっ、ほんとだ。これ一匹で、何人分になるかな」
「うーん、さばくのも大変そうですね……鱗が固そう。それに、どんな味なのかしら。あ、見てください。あっちのお魚は、とってもカラフルですよ」
「うわ、ほんとだ。あんなの食べたら、腹壊すんじゃないか?」
「もう!雰囲気壊すようなこと言わないでくださいよ。ほんとにもう、ふふふ。汚いなぁ」
市場なんて、デートコースに相応しくないと思っていたけれど。ウィルと一緒に店先を眺めて回るのは、ことのほか楽しかった。男女のデートとして、これが正しいのかは分からないけどな。でも、ウィルの表情を見る限り、彼女も楽しそうだ。ウィルはよく笑い、俺もつられて、いっしょになって笑った。
歩いていくと、魚ばかり扱う店の中に、ちらほら別のものが混じり始めた。野菜を売っていたり、日用品を売っていたり。珍しいな、魚から作られたロウソクなんてのも売っているぞ。
「お……」
「わぁ……綺麗ですね」
とある店先の前で、俺たちは足を止めた。そこは中古品を扱う質屋のようで、ガラスのショーウィンドウには、キラキラしたアクセサリーや、ガラス細工なんかが並べられている。
「ほんとだな。はぁー、よくこんなにガラスを細くできるな……」
「ですねぇ。きっと腕のいい職人さんが作ったんでしょうね」
ふぅむ。これは、どうしたもんかな。デートでアクセサリー屋に立ち寄って、女の子がステキだねとウィンドウを眺めている。これは、やっぱりプレゼントをすべきなのではないか?
(値札は……えっ!?!?)
無数に並ぶゼロの数を見て、俺の目玉が飛び出す。すると隣で、ウィルがぷははっと笑った。
「桜下さん、顔、顔!あはは」
「あ、ご、ごめん。顔に出てたか……」
「あははは。いいですよ、変に気を遣わなくて。確かに素敵ですけど、こんなもの持って旅はできませんよ」
「そ、そうか?」
「はい。だからその分、今日のデートを楽しいものにしてくださいね?」
むぅ。そう言われちゃ、何も言えないな。より一層張り切るしかないだろう。
「あ……」
「ん?どうした、ウィル?」
「あ、いえ。別に大したことじゃ……」
ん?なんだろう。彼女が見ていたのは、一つのガラスのアクセサリーだ。宝石のような飾りがはめられていて、ウィルのロッドによく似ている……あ。
(ウィルのロッドは、たしかウィルの父さんが作ったって……)
ひょっとして、ウィルは……?俺がそろりと様子を伺うと、ウィルは困り顔で微笑んだ。
「やめましょう。今日は楽しいデートにしたいんです。ね?」
「……ウィルが、そう言うなら」
「はい。何も見なかったことにしましょう。あ、それよりも、お昼がまだでしたよね。どこかのお店に入りましょうか」
この話はここまでにしよう、ってことだな。俺は素直に応じた。
「そーだな。どっかに飯屋ないか、探しに行こうぜ」
「はい!」
市場から少し離れると、こじゃれたレンガ造りの食堂が目に留まった。海に面した通りに店を構えていて、開放的な店先からは、シーフードのい~い匂いが漂ってくる。俺たちはすぐその店に決めた。
店に入ると、すぐに声の大きなおばちゃんが出迎えてくれた。
「はい、いらっしゃい。どこでも好きな席に座っとくれ。ご注文は?子どもだから、まだ酒は飲まないかね」
「あ、う、うん。なあ、ここのおすすめは何なんだ?」
「え?あっはは、そりゃあなんてったって、タキターロのステーキさ。この町に来てそれを食べなきゃ、他に一体何を食べるって言うんだい?」
へーえ。ステーキ……てことは、肉料理か。タキターロが何なのかは分からないけど、てっきり魚介料理屋だと思っていた。でも、それだけ推してくるんだ。間違いはないだろう。
俺がそれを頼むと、おばちゃんはうなずいて、厨房へと引っ込んでいった。
「桜下さん桜下さん、タキターロって、一体なんですかね?」
席に着くと、ウィルが興味津々な様子で訊ねてくる。
「なんだ、ウィルも知らないのか?俺もよくわかんねーんだ。ステーキって言ってたから、なんかの肉なんだろうな」
「うーん……どうします?とんでもないモンスターの丸焼きみたいなのが出てきたら」
「お前、自分は食べないからって、言いたい放題だな……」
がしかし、俺とウィルの心配は、料理が出てくると全くの的外れだったことが分かった。
「へい、お待ち。これがタキターロのステーキだよ」
出されたのは、おっきな白身のステーキだった。焼きたてで、ジュウジュウと音を立てている。ソースがいい香りだ……
「これ、なんの肉なんだ?」
「ええ?知らないのかい?タキターロは、この町の特産さ。でっかい脂ののった魚でね、うまいのよ、これが。ま、百聞は一見に如かずだね。食べてみな」
魚!へえ、これが……俺は言われた通り、ナイフで一口切り取ると、ぱくっと食いついた。
「お、おお……!うまい!」
俺が目を輝かせると、おばちゃんは満足気に笑って、奥へ戻っていった。
「桜下さん、そんなにおいしいんですか?」
「ああ、魚とは思えないよ。ウィルも食べてみるか?」
俺はそう言って、フォークをウィルへと差し出した。
「いいんですか?じゃあお願いします……えへへ。これって、ちょっとデートっぽいですね」
「あ、そ、そうかもな」
むむむ……ウィルにあーんするのなんて、前は普通にやっていたのに……意識すると、ちょっと恥ずかしいな。俺は魚を刺したフォークに、ぐっと魔力を込める。一瞬フォークが輪郭を失い、すぐ元に戻った。これでウィルでも、味が分かるようになったはずだ。
「じ、じゃあ……ほい」
「は、はい……あーん」
ぱくっと、魚がウィルの唇の奥に消える。ウィルは幽霊だから、実際に食べることはできない。現にほら、俺が引っ込めたフォークには、まだ魚が残ったままだ。
「んー。ほんとだ、脂がのってますね。このソースもおいしい……こんな料理があるんですねぇ。お魚のステーキかぁ……うん、また一つ、学びを得ました」
ウィルはしばらくもぐもぐやった後、そう感想を述べた。さて、このフォークに残った魚だけど……捨てるわけにもいくまい。俺が食べると、魚はすっかり熱を失っていて、冷蔵庫から出したばかりのようだった。
「あ……」
「な、なんだよ。その顔は。だって、俺が食べるしかないだろ」
「そ、そうですよね。ええ……いまさら、ですしね。間接じゃなくて、直接もしているわけですし……」
「……」
ごほん、ごほん。ウィルのやつ、自分で言っておいて、自分で赤くなってるぞ。ったく、付き合ってらんねーや。
ともかく、料理は非常においしかった。少々値は張ったが、この前稼いだばかりだから、財布もまだまだ重いし。
「ごちそうさまでした」
店を出ると、少し陽が傾いてきていた。まだ明るいけど、そろそろ帰りのことも考えとかないとな。この世界に電灯は無いから、夜は本当に暗いんだ。
「さてと。もう少しくらいなら、ぶらぶらできそうだけど。どうする?」
「いいですね。さっきまで賑やかなところにいましたから、ちょっと静かなところに行きませんか?」
静かな所、か。町の奥の方へ行けば、そんな場所もあるだろうか。俺が歩き出すと、ウィルがすっと、腕を絡めてきた。豊かな胸が腕に当たって、思わずドキッとする。
「うぃ、ウィル?」
「こ、これくらい、いいですよね?だって、いちおうデート、なんですし……」
「まあ、そりゃ……」
俺だって、嫌なわけじゃない。ただ、恥ずかしいだけで……周りの人には見られていないんだけれど、それでもやっぱり、照れ臭いものは照れ臭いんだ。女の子とこうやって、町中を歩くなんて……
(でも、こうして見るとウィルって、やっぱり可愛いよな)
さらさらの金髪。浮いているから、俺より少し目線は高い。まつ毛は長く、上に鉛筆が乗りそうだ。すっと引かれた小鼻に、控えめな唇。幽霊だから血色は悪いけど、それはそれで透き通るような透明感ってのがある。まあ、ウィルの場合、本当に透き通っているんだけど……
っと。ウィルがちらりとこちらを見てきて、目が合ってしまった。うわっちゃっちゃ!急いで顔を背けたけど、たぶん、バレてるだろうなぁ……その後でこっそり見てみたら、ウィルの頬はピンク色になっていた。ああ、やっぱりバレてた。
港を少し離れると、小高い丘の上に立つ神殿が見えた。そこへ向かう坂の途中に、小さな公園があり、俺たちはそこで休憩することにした。公園からは港が一望出来て、なかなかいい眺めだ。
「わあ。綺麗な公園ですね!」
「だな。ま、公園自体は大したことないけど」
「一言多いなぁ、もう。けどおかげで、人がいなくて助かりました。こうして気兼ねなく、桜下さんと話せますもん」
それはそうだ。ここの公園は、町民の憩いの場というわけでもないのか、人の姿は見当たらない。まあここまで来るのに、それなりに登ったからな。日ごろから訪れようとは思わないのかもしれない。
「あそうだ、ウィル。今更なんだけどさ」
「はい?」
「お礼って、こんなんでよかったのか?デートなんて言ったけど、結局したことなんて、町をうろついただけじゃないか」
お礼にしちゃ、ずいぶん安上がりすぎる気が……もっとも、じゃあ完璧なデートプランを立てろと言われても困ってしまうが。
「そうですね……今日半日、私と過ごして、桜下さんはどうでしたか?」
「俺?俺はまあ、楽しかったけど」
「ほんとですか?ならよかった、私も楽しかったです。デートって、お互い楽しければ、大成功なんじゃないんですか?」
「それは……そうなのかな?」
俺にデートのあれやこれやなんて、語れるわけがない。ウィルがそう言うのなら、それでいいのかもしれないけど……
「けど、なんつーか、こう……あまりにも、普通過ぎたというか」
「そうですかね?私からしたら、桜下さんと二人きりってだけでも、かなり特別感ありますよ。だって桜下さん、いつも誰かと一緒でしょう?」
「そう言われれば、そうかも」
振り返ってみれば、ウィルと完全に二人きりになる機会は、ほとんどなかった。いつも誰かしら、他の仲間がそばにいたからな。
「まあウィルが満足なら、いいんだけどさ。ちょっと申し訳なくなっちゃって」
「ええ~?うーん、そこまで言うんでしたら……あ、じゃあ一つ。桜下さんに訊いてみたいことがあったんですが。この機会に、質問してもいいですか?」
「質問?それくらいなら、全然お安い御用だ。いいぜ。で、何を?」
「ありがとうございます。それじゃあ……」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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