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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
14章 痛みの意味
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「ふんっ。ちょこまかと逃げ回っておるようじゃが、そろそろ終いにしてやろうぞ!」


老魔導士のあざけるような声が、うわんうわんと響いてくる。やつの操る巨大な手は、指鉄砲を撃つような形に変形していた。その指先に、水のしずくが集中していくのが分かる。


「来っぞ……頼むぜ、アルルカ」


「しゃーなしね。あのシスターにだけ華を持たせるのも癪だし、やってやるわよ」


俺とライラ、そして破損して動けないエラゼムは、眼前に立つアルルカの背中に身を隠す。


(頑張ってくれ……今は、お前が頼りなんだ!)


アルルカは憎まれ口を叩いていたが、死霊術師である俺には分かる。アルルカの魔力は、もうほとんど残っていない。きっと今のも、単なる強がりだろう。だがそれでも、お前しかいないんだ……!

巨大な指先から、光が放たれた。来る!


「タイダル・トクソテス!」


カッ!閃光と共に、猛烈な水流が噴き出した!水流はすさまじいスピードで、こっちに迫ってくる!


「いくわよぉ!ウォール・オブ・レインディア!」


ザザアー!バキバキバキ!アルルカの足下から、分厚い氷の壁がせり出してきた。そこに水流が激突する!

ガガガーン!ビシ……バキバキバキ!


「くっ……!」


ああっ、壁にひびが走っていく!アルルカは顔をしかめると、杖を両手で持って、ぐっと前に突き出した。すると、シャアアーと冷気が壁を覆って、再び壁が厚くなる。


「もち、こたえなさいよっ……!」


メキメキ!バキバキ!壁が砕かれるたびに、アルルカは青筋を立ててさらに魔力を込め、氷を修復する。だがそれでも少しずつ、直しきれないひびが増えてきた。


「くうぅ……っそぉ……」


くっ、まずい!そう思った次の瞬間には、壁を水流が貫通し、凄まじい水が噴き出してきた。ちくしょう!


「ライラぁ!」


俺はライラを抱き込むと、背中を丸めた。すぐに全身に、水が強く打ち付ける。ドシャアアアン!

くうぅ、いってえ!体を鞭打たれたようだ。ただの水とは思えないぞ……俺はライラを抱えたまま、水に流されて、地面を転がった。


「ぐ、う……」


体の痛みは酷いが、動けないほどじゃない。破られたとはいえ、氷の壁を突破するのに、かなりの威力を消費したようだ。


「ごほ、ごほ……ライラ、無事か?」


「うん……だいじょーぶだよ」


「よし……みんなも、平気そうだな」


アルルカとエラゼムも、水に押し流されていたが、とりあえずは無事だ。もっとも、エラゼムはすでにボロボロだし、アルルカは完全に魔力を使い果たして、濡れねずみでぐったりと膝をついている。満身創痍を絵に描いたみたいだった。


「こっちはなんとか耐えきったぞ。そっちは頼んだぜ、ウィル……!」


ウィルは今、単身敵の懐に潜りこんでいるはずだ。作戦は次の段階に移行する。この後ウィルは、老魔導士が魔法を使うドンピシャのタイミングで、ありったけの高温魔法を撃ち込まなくちゃならない。そしてそのタイミングを計るのは、こちらですることになっていた。


「こっちも始めよう、ライラ」


「うん……けほ」


ライラは小さく咳をすると、水に濡れた前髪をぶるるっと払った。あの老魔導士と、ウィルの魔法が完成するタイミングは、ライラが予測することになっている。魔法は門外漢な俺にはさっぱり分からないが、天才的な魔術の才能を持つライラには、それが分かるらしい。


「今までの発射タイミングからして、あいつの詠唱時間は、だいたい三十秒くらいなの。けれど使うまほーと、練り込む魔力の量によって、詠唱時間はちょっとずつ変わってくるから……」


「え……じゃ、じゃあ、どうやって計るんだ?」


「魔力の流れを読むよ。どれだけのマナが集まっていくか……あとは、カン、かな」


か、カン……いいや、呆れるのは早い。熟練の料理人は、直感に近い感覚で、肉がもっとも美味く焼ける瞬間を判断するとか、言うじゃないか。卓越した技能の下に導き出される、確率論的未来予測という意味なら、カンだって立派な判断材料になり得る!……かもしれない。


「桜下、合図の準備をして。最初の合図で、おねーちゃんに詠唱を始めてもらうよ」


「よ、よし、任せとけ!」


俺は首から下がるアニを握り締めた。アニを介して、俺がウィルに合図を送る手はずだ。今頃ウィルは、俺からのサインを今か今かと待っているはずだ。


「……いまだ!」


「よし!ウィル!」


俺は心の中で、ウィルに念を送った。一方通行なので、ウィルからの返事はない。けれどきっと今頃、あっちも詠唱を始めたはずだろう。


「後はウィル次第、か……」


ウィルが今から挑戦するのは、非常に難易度の高い、しかも今日初めて使う魔法だ。練習もなく、ライラから理論を聞いただけの魔術を、この土壇場で一発成功させなければならない。ウィルにかかるプレッシャーを想像するだけで、息が苦しくなりそうだった。


(それでも……!)


信じてるぞ、ウィル!お前ならやれる!

一方で、老魔導士の方も、次の攻撃の準備を始めたようだった。巨大な両手と化した屋敷が、少しずつ動き始めている。両方の手のひらを向かい合わせて、その間に魔力を溜めているようだ。


「どんどん魔力が集まってる……思ったより、早い……!」


ライラがぐっと下唇を噛む。


「お、おい。なら、ウィルはどうなんだ?」


「……遅れてる。このままじゃ、間に合わない……!」


なんだって……!俺は思わず、巨大な手の指先辺りを見た。たぶんあのへんに、ウィルが浮かんでいるはずだ。


「頑張れ、ウィル……!」


俺は祈る思いで、空を見上げていた。老魔導士の方は、もうほとんど準備万端だ。手の間には、まばゆい光球が浮かび上がっている。もういつ来てもおかしくない!


「あとちょっと……あとちょっとだよ……!」


ウィルの方も、最終段階には入っているらしい。間に合うか……!それに間に合ったとしても、焦って早く撃ってしまっては、文字通りすべては水の泡となってしまう。魔導士が魔法を撃つ、その直前を見計らわなくては……!


「あと少し……」


老魔導士が動いた!巨大な手の間の光がぎゅっと収縮し、一瞬だけチカッとまたたく。うわあ、まずいぞ!


「あと少し……!」


光が消え、大量の水が噴き出した!


「今だ!」


っ!!!ライラの声が聞こえると同時に、俺はとにかく必死で、心の中でウィルを呼んだ。もはや言葉にもなっていなかったと思うが、それでも彼女には伝わったはずだ。

かすかな叫び声が聞こえた。すると、今まさに降りかからんとする濁流の中心に、真っ赤に赤熱する火球が出現した。


(超高温の物体に、大量の水分が触れる)


いきなりなんだけど、俺は人生で一度だけ、調理実習の授業を受けたことがある。不登校がちになる直前のことだ。その時は簡単な料理、たしか、みそ汁と米を炊くだけだったと思うけれど、それよりもずっとはっきり覚えていることがあったんだ。そん時、先生が俺たちに注意をしたこと。もしも今後、揚げ物なんかを作る際、油に火がついたとしても、絶対に水を掛けちゃいけないって。そんな事をすると、高温の油で水が一瞬で蒸発して、ボンッと爆発するのだそうだ。

普通、火に水を掛ければ、簡単に消せそうだろ?俺もそう思っていたから、その話を聞いて驚いたんだ。


(一見相性が悪い火と水でも、火が桁違いに高温だったとしたら)


ウィルが作り出した火球が、本当にマグマ並みの温度なんだとしたら。きっと、油に水どころじゃすまない。そう、それこそ……!


(火山並みの、超特大・水蒸気爆発だ……!)




ドガアアアアアアアアァァァァァァアン!!!


とてつもない量の白煙が、イガグリのような放射状に広がる。まるでダイナマイトでもぶっかましたような音と煙だが、あれは紛れもない水と炎だけの爆発……にしても、予想以上の破壊力だ!

ぶわっとこちらにまで熱波が届き、俺とライラはお互いを抱き合って、爆風に耐えた。風が過ぎ去ったのを見計らって顔を上げると、老魔導士の操る巨大な両手は、ものの見事に大破していた。左側の手は完全に破壊され、ガラガラと音を立てて崩れている。右側はかろうじて形を保っているが、それでも何とか踏ん張っているって感じだ。


「ひゃっほう!ウィルのやつ、ほとんどぶっ壊しちまったぞ!」


「う、うわぁ。なんで、どうしてこんな威力に……ファイアアントは強い魔法だけど、こんな爆発なんて……」


ライラは目の前の光景に、爽快さよりも怖さの方が勝っているようだ。俺にギュッとすがって、身を縮こまらせている。


「桜下、何か知ってたの?こんなふうになるなんて、ライラでも知らなかったよ……」


「ああ、これは魔法でもないんでもない、ただの自然現象の応用なんだ」


「しぜんげんしょー?」


「とも言えるし、化学とも言えるし……いやまあ、俺も詳しくは知らないんだけどさ」


なんで高温に水が触れると爆発するのか、論理までは説明できない。ひょっとしたら学校で習うのかも知れないけど、その前に俺はこっちの世界にきてしまった。


「へへ、悪いな。不勉強なもんでさ」


俺がごまかすように笑うと、ライラはぶんぶんと頭を振った。


「ううん、そんなことない……やっぱり、桜下はすごいよ。あんなおっきな相手だって、やっつけちゃえるんだもん」


ライラがキラキラした、羨望のまなざしで俺を見上げてくる。うわ、よせやい。それにどちらかと言うと、今回で一番活躍したのはウィルだ。あ、そういや、ウィルはどうしたんだろ?


「桜下さん!みなさぁーん!」


お、噂をすれば。崩れ落ちる巨大な手を背景に、ウィルが上空から飛んでくる。


「ははっ、ウィルー!やったなー!」


俺が手を振ると、向こうもふり返してきた。ウィルは猛スピードで俺たちの前に下りてくると、いきなり腕を伸ばして、俺の顔を挟んだ。ぶにっ。


「うぶ。ぶぁ、ぶぁんら?」


「私、やりました!やりましたよ!」


「ぶぉうぶ」


それは知ってる。けど、なぜ俺の頬をぐにぐにする?


「あんなにすごい爆発になるなら、一言くらい教えてくれたってよかったですよね!」


あ。あ、ああ~……それを怒っているのか。


「ぶぉ、ぶぉめん」


「まったくもう、びっくりしたんですからね?心臓が止まるかと思いました」


そう言って、ウィルは俺の顔から手を離した。恨み言を言われたが、顔はにこにこ笑っている。本気で怒っているわけじゃなさそうだ。


「けど、これでもう、あの魔導士は何もできないはずですよね!あれだけダメージを与えたんですから、さすがに……」


「おのれええええぇぇぇぇぇ!」


うわっ。恨みのこもったものすごい声が轟いてきて、ウィルは思わず首をすくめてしまった。ってこの声、あの老魔導士のじゃないか?


「よくもやってくれたな、小童(こわっぱ)共が!殺してやる、必ず殺してやるぞ!」


なんだと。あいつ、まだやる気なのか?すると、壊れかけていた巨大な片手が、ゆっくりと手招きするように動いた。

ザザザザー!


「な、何の音だ?」


「これは……桜下さん!壁、壁が!」


壁?あ、本当だ!屋敷を囲んでいた渦潮の壁が、ゆっくりとこちらに近づいてくる!


「渦が……小さくなってきているのか?」


「そ、そんな!そんなの、逃げ場がないじゃないですか……!」


ウィルの言う通りだった。そうでなければ、とっくにここを抜け出している。

屋敷の壁の一部が、狭まってきた激流に触れ、バキバキと音を立てて壊れた。やっぱりあの渦、とんでもない勢いだ。飲み込まれたら、絶対まずいぞ……!


「けどこれじゃあ、屋敷だってタダじゃすまないだろうが!おい、クソジジイ!聞いてるか!お前、俺たちごと自爆するつもりかよ!」


俺が空に向かって大声を張り上げると、あざ笑うかのような老魔導士の声が返ってきた。


「ひっひっひっひ。自爆だと?死ぬのはお前たちだけじゃ!」


「ああ?とち狂ったか!屋敷がどうなってもいいのかよ!」


「構うものか。四属性を我が物にできるのであれば、こんな屋敷の一つ、安いもんじゃわい!」


「な、なに?」


「この渦を展開しているのは、他ならぬ儂自身じゃぞ?その儂が、渦に飲まれるわけなかろうが。たとえ屋敷が潰れようとも、儂は死なぬわ!」


俺は絶句した。老魔導士が安全だ、ということに驚いたわけじゃない。そうじゃなくて……


「……っざけんなよ。あの中にはまだ、三つ編みちゃんたちがいるだろうが……!」


ライラが目を見開いた。


「それだけじゃない……ノーマや、奴隷の人たちだっているかもしれないんだ。なのに、そいつら全員どうなったって、知ったこっちゃないだと?」


俺はぎゅうッと拳を握り締めた。腕がわなわな振るえる。黙り込んだ俺に変わって、続きをウィルが口にした。


「自分ひとりが無事なら、それでいいって言うんですか……?どこまで卑劣なんですか……!」


ウィルの声も震えている。そこに再び、老魔導士の声が降ってきた。


「ひぃっははははは!この儂が、大魔導士であるこの儂が、貴様らのような虫けらを鑑みるとでも?なんとおこがましい小僧じゃ!下賤な盗人めが!貴様のような盗人に、ライラは決して渡しはせんぞ!“それ”は、儂のものじゃ!」


ぶちん。腹の一番底で、何かが切れた音がした。


「いい加減にしろ!」

「いい加減にしてください!」


俺の怒声と、ウィルの叫びは、完全に重なった。その時だ。


ドクン!


「……っ。なんだ、これ……?」


思わず胸を押さえる。心臓が……?いや、違う。これは……


「魂が震えている……?」


そして俺と同じく、ウィルもまた、自分の胸を押さえていた。


「ウィル……?」


「桜下さん……これって、なんですか……?桜下さんの魂の鼓動が、私に流れ込んでくるみたい……」


魂の、鼓動……?俺はハッと、目を見開いた。


「……ライラ。少しだけ、離れててくれるか」


「え?」


俺は、困惑するライラを腕から下ろすと、ウィルのそばへと近寄った。


「ウィル。ここまで、本当によく戦ってくれた。だけどもう一山だけ、お前の力……いや、お前の魂を貸してくれないか」


「たま、しい……?」


「ああ。俺とお前で、あいつをぶっ飛ばそう」


ウィルは、俺の言いたいことを察してくれたのだろうか。分からないが、それでも彼女は、俺の目をまっすぐ見つめた。


「……分かりました。あなたになら、魂だって託せます。……信じて、ますから」


俺はぐっと、胸が詰まった。どうやら今の俺とウィルは、魂レベルで心が同調しているようだ。だからか、彼女の心が俺にまで伝わってくる……ウィルは今、愛しているからと言おうとした。恥ずかしがって口にはしなかったが、その感情ははっきり感じ取れた。恥ずかしさと愛おしさで、胸がいっぱいになりそうだ。

けど残念、今は時間がない。刻一刻と、激流の壁は迫ってきている。


「行くぞ、ウィル」


俺はウィルに手を伸ばすと、彼女の胸の真ん中……すなわち、魂の上に、右手を重ねた。


「黄泉の岸辺にて出会いし二つの魂よ!今、ここに一つにならん!」


共鳴(ともな)け!ディストーションソウル・レゾナンス!!」



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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よければ見てみてください。


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