11-2
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「……ライラを、返せだと?」
虚空から響いてきた老魔導士の言葉は、まるであたかも……ライラが、自分の所有物であるかのような口ぶりだった。俺は、腹の底で押さえていた怒りが、一気に湧き出すのを感じた。
「……ふざけるのも、大概にしろ!」
俺は屋敷を見上げて叫んだ。
「ライラは、物なんかじゃない!俺たちの仲間だ!てめえなんかに、絶対にやるもんか!」
「その通りです!」
ウィルが一緒に叫ぶ。フランとエラゼムもうなずいた。
「みんな……」
ライラが手を伸ばして、俺の腕に触れた。その小さな手をしっかりと握り返すと、俺は再び屋敷を見上げ、はっきりと宣言した。
「ライラは、渡さない!」
「……そうか。まあ、素直に渡しはせんだろうとは思っていた。ここまで手間取らせてくれた連中じゃからのう」
響いてくる老魔導士の声は、不思議に落ち着いていた。少しの苛立ちも、焦りも感じていないという風に。くそ、癪に障るな!
「だが、お前たちはもう少し、自分の置かれた状況というものを理解したほうがいい。お前たちは、この渦の中から逃げられん。そして儂にはまだ、切り札が残っておる」
「なに……?」
切り札、だって?野郎、何を仕掛けてくる気だ。
ズズズ……
「なんだ、この音……?」
「……あ!見てください、屋敷が!」
なに!こ、これは……
歪な構造の屋敷が、ぐらぐらと揺れている。いや、というよりも……うごめいている?
増築に増築を重ね、積み木を重ねたような形だった、魔導士の屋敷。それが今は、命が宿ったかのように、あちこちが動き始めている。ちょうど、積み木の形を並べ替えているかのようだ。
「こんなことって……」
ウィルの消え入りそうな声。俺だって信じられない。物が動く魔法は、今までだってさんざん目にしてきた。だけど今回のは、ちょっとスケール違いだぜ……
やがて、屋敷だったものは、二つの大きな塔のような形になった。それぞれの塔の先端は五つに分かれ、まるで巨人の手のようだ。するとその手が動き、人間のそれと同じようなしぐさで、地表の俺たちを指し示した。
「これが、儂の切り札じゃ。さぁて、お前たちは一体、いつまで持ちこたえられるかな?ひひひ、ヒィーヒッヒッヒッヒ!」
巨大な指の先に、光が集まっていく。来る!
「タイダル・トクソテス!」
カッ!指先から、ビームのようなものが放たれた!
「桜下殿、こちらへ!」
エラゼムに手を引かれて、俺は彼の背後へと押し込まれた。次の瞬間、ドゴォォーン!轟音と共に、さっきまで俺が立っていたところが吹き飛んだ。衝撃で石つぶてが飛んできたが、エラゼムが防いでくれたおかげで、なんとか無傷だ。
「けほ、けほ。い、今の攻撃は……」
俺は吹き飛ばされた地面を見た。土がえぐり取られたように、大きく露出している。かなりの威力だ。ただ気になるのは、その周辺の地面が濡れているということ。一瞬のことで気が付かなかったけど、いつのまにか俺の服も、あちこちが濡れていた。
「てことは、あいつの属性は水なのか。じゃあさっきの攻撃は、水鉄砲……」
いや、それではさすがにパワーが違い過ぎるか。ウォーターカッターと言ったほうが正しいかもしれない。
「ひっひっひ。小僧、気を付けたほうがよいぞ。少しかすっただけでも、肉がべろりと剥げてしまうじゃろうて」
「……ありがたい忠告だぜ」
冷たいしずくが、額を流れる。さっき飛んできた飛沫かもしれないが、冷や汗の可能性も十分にあった。
目の前には、動く要塞と化した、邪悪な魔導士。屋敷という鎧に守られているし、放たれる魔法は、一撃一撃が致命級だ。こういう巨大な相手と戦う時は、いつだってライラの魔法が頼りだった。しかし、今は……
「……桜下。ライラ、戦うよ」
ライラが俺の袖を引っ張った。しかし俺はかぶりを振る。
「ライラ、ダメだ。お前は……」
「あいつを倒して、みんなでここを出て行くんだ。ライラ、その為なら、なんだってできるよ」
俺はぐっと唇を噛んだ。どう見てもライラには、魔法を使う余力は残っていない。声にいつもの元気がないし、瞳は恐怖できゅっと引き絞られている。
ライラは、強い女の子だ。それは俺も、みんなも認めている。けどだからって、傷ついたり、弱ったりしないわけじゃない。
(……だめだ。やっぱり、無理させられない)
あの老魔導士と、その助手の男は、二人してライラを責め苛んだのだろう。くそ!小さな女の子に、大の大人が寄ってたかって!そのことを思うと、腹の底が煮えくり返りそうになるし、だからこそライラには無理をさせたくなかった。
「ライラ……お前を信じないわけじゃない。けど今は、俺たちに任せてくれないか」
俺はライラの肩に手を置くと、引きつった瞳をまっすぐ見つめる。
「まあ確かに、俺じゃ頼りないかもしれないけど。でも、みんなの力があれば……」
「そんなこと、ない!桜下は、すごく強いよ……!」
ライラはぶんぶんと頭を振ると、潤んだ瞳で俺の目を見つめ返してきた。おっと、真正面から言われると、少し照れ臭いな。
「ありがとな。お前に言われると、なんだか本当にそうなれるような気がするよ。だから……」
そっとライラを胸に抱く。そして耳元に囁いた。
「必ず、お前を守ってみせる。だから、俺を信じてくれ」
ライラは何も言わなかったが、きゅっと俺の背中に手を回した。
「……作戦会議は済んだかのう?この儂を倒す妙案は浮かんだか?それとも、今からでも降伏するかね?」
老魔導士の言葉が降ってくる。だけど、さっきまでのような威圧感は、もう感じなかった。あるのは一つ。奴を倒すという、激しい感情だけだ。
俺は異形と化した屋敷を見上げ、大声で叫んだ。
「お前を、ぶっ飛ばす!」
あのクソジジイの顔面を、一発どついてやる!
俺は素早く、仲間たちを見渡した。
「フラン!頼みがある。屋敷の中へ行ってくれないか」
「え?あの中に?」
フランは目を丸くして、壁に開いた穴を指さす。屋敷の上部は変形してしまっているが、根っこの部分はまだ普通の建物だ。
「ああ。これからの戦いを考えると、中に人がいるとマズいだろ。それにあん中には、まだ三つ編みちゃんたちがいるはずだ」
「!そっか、確かにそうだね」
するとライラが、はっとしたように俺にすがる。
「あいつが、あの髪の赤い男が言ってた!三つ編みちゃんたちは、どこかに閉じ込められてるって。けど、客人だから、手荒な真似はしないって……」
「そうか……なら、今も安全な可能性は高いな。けど、それもいつまで続くか分からない。フラン、頼んでいいか?危険な役目だけど」
「今この状況、危険なのは誰でもいっしょでしょ。わかった、行ってくる」
フランは銀の髪をひるがえすと、あっという間に屋敷の中へと消えていった。あれだけの変形をした後だ、たぶん内も様変わりしていることだろう。探索は困難を極めそうだが、それでもフランを信じるしかない。それに、割ける人員は一人が限界だ。
「残った俺たちで、あのどでかい粗大ゴミの相手をするぞ!」
ウィルが力強くうなずくと、キラキラした瞳をこちらに向ける。
「はい!それで桜下さん、作戦はなんですか?」
「絶賛募集中だ!」
「おーうーかーさぁぁん……」
「な、なんだよ。しょうがないだろ。あんなでかいのと戦ったことなんて……ん、いや待てよ」
これほどの大きさではなかったが、以前戦ったアイアンゴーレムは……あいつはでかく硬く、かなりの強敵だった。だが、弱点もあった。それを、今回も応用できないか?
「む、いかん!皆様、次が来ますぞ!」
うおっと!考えに耽っていた意識を、目の前にフォーカスする。巨人の手となった屋敷は、今度はパーの形を取っていた。老魔導士の、呪文を叫ぶ声が響く。
「スプラッシュコーム!」
プシュシュシュシュシュ!五本の指先から、大量の水の塊が降ってくる。アリの視点から見た雨粒のようだ。となれば、アリの取るべき行動は一つ。
「逃げろぉー!」
俺はライラを抱き上げると、一目散に走りだした。くそぉ、もともと手自体が馬鹿でかいもんだから、降り注ぐ範囲も相応に広い!
「スノー、フレーク!」
アルルカが杖を振って、氷呪文で水塊を迎撃する。だが捌ききれなかった塊が、逃げ回る俺たちのすぐそばに着弾した。ドバシャアアアア!
「どわ!」
水が弾けた!単に、地面に当たって弾けたんじゃない。まるで散弾のように、水の塊がさらにいくつもの弾丸になったんだ。
「ぬうっ!」
エラゼムが俺の前に滑り込み、大剣を盾のように構える。そこに水の弾が当たると、ドン!ドン!ドン!と重い音が響いた。エラゼムは倒れこそなかったが、その度に少しずつ後ろに押し戻されていた。
「くそ、分裂してこの威力かよ!」
「桜下さん、前、前!」
うわっと!前方に今まさに、水塊が落っこちようとしている!
「スノー……フレークッ!」
アルルカが絞り出すように叫ぶ。地面に触れる寸前、水塊がカチコチに凍り付いた。ふ、ふう、助かった。
「いいぞ、アルルカ!氷魔法は、水と相性いいんだな。これを使えば、ひょっとしたら……」
「わ、悪いけどね、あんまりあてにしないほうがいい、わよ……」
え?い、今のアルルカの声だよな?今まで聞いたことがないくらい、疲れた声だったが……俺とライラ、そしてウィルは、慌ててアルルカの方へ振り返った。そこにいたアルルカは、やはり声と同様に、疲労困憊した様子で杖に寄りかかっていた。
「ど、どうしたアルルカ?なんだか疲れてるみたいだけど……」
「みたい、じゃないわ……魔力切れ、よ。ここしばらく、休みなく魔法を撃ち過ぎた、から……」
ああ!そうか、魔力切れ!無限のスタミナを持つヴァンパイアでも、魔力は有限だ。地下のダンジョンで、アルルカは魔法を連発し、何度も俺たちの危機を救った。そうしてなんとか突破したその足で、この戦いだもんな。ガス欠になっても不思議はない……ただ、こいつが今まで一度も魔力切れを起こしたことがなかったから、つい失念していたんだ。
茫然とする俺に、アルルカがきりぃっと眉を吊り上げる。
「ぁによ、その顔!悪かったわね、肝心なところで!」
「バカ、そんなんじゃねえよ。むしろ今まで、よくやってくれたって。お前が居なかったら、俺はあと三回は死んでた」
「へ?あ、そ、そう。そうね……か、感謝なさい!」
アルルカはしどろもどろにそう返した。なんだ、俺が素直に礼を言ったのが、そんなに意外かよ?
とにかく、これ以上はアルルカにも頼れない。俺は再び走り出し、エラゼムの防御もあって、なんとか水塊の豪雨から逃げ切った。
「はあ、はあ……ったく、水を一杯貰いたい気分だ」
俺の冗談に、ウィルがあいまいに微笑む。
「一杯というか、いっぱいっていう感じですけどね」
「ウィル……こんな時に、ふざけてる場合か?」
「さ、先に言い出したのは桜下さんでしょう!……って、ほんとに今はそれどころじゃないんですって。まさか、アルルカさんまで魔力切れだなんて……」
「ああ……仕方ないにしても、弱ったな」
正直、アルルカの魔法はかなりあてにしていた。あのデカブツと戦うには、威力のある魔法が必要だ……俺は腕に抱いたライラを見つめる。やっぱり、この子に頼るしかないのか?
「私の魔法が、あんな大きな相手に効くはずがありませんし……」
ウィルはロッドを握り締めると、力不足を悔やむように歯噛みした。確かになぁ……ウィルの炎魔法じゃ、水との相性も悪そうだし……
「……ん?」
その時、俺の脳裏に、奇妙な違和感が走った。なんだ、これ……?
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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