表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
14章 痛みの意味
567/860

7-1 拷問

7-1 拷問


ピシーン!パシーン!


「うあぁっ。あああぁ!」


乾いた、そして冷酷な破裂音が地下牢に響く。松明の炎が、牢の壁に小柄な少女と、少女を鞭うつ無慈悲な男の姿を投影していた。


「いたい、いたぁぁぁぃ……」


ライラは絞り出すような声で泣いていた。

度重なる拷問によって、悲鳴を上げる気力すら奪われつつあった。その背中には、惨たらしい傷跡が無数に刻まれている。腰まであった赤毛は千切れて、足もとにばらばらと散らばっていた。

細い手首は一括りに縛られて、天井から伸びるフックに吊るされている。フックが高い位置にあるせいで、ライラの足は浮いてしまっていた。全ての体重が荒縄で縛られた手首に掛かり、腕が引っこ抜けそうだ。

苦痛の重奏の中で朦朧とするライラに、いやに優しい声が掛けられる。


「どうだ?やめてほしいかね、ライラ」


牢屋の外から、年老いた魔導士が、憔悴した少女を見つめている。


「お前はもう、どうしたらこの苦しみが終わるのか、理解しているはずじゃ。そうであろう?もう楽になりたいと思わぬかね?」


ライラは弱弱しくうなずいた。


「なら、どうしたらいいかわかるの。さあ、言いなさい。儂に忠誠を誓うと。そうすれば、あらゆる苦痛から解放されるのじゃ」


ライラの首が動いた。実にわずかな動作だったが、一挙手一投足に注目していた老魔導士には、首がどの向きに振られたのかは明白だった。老魔導士は歯を剥いて笑った。


「塩を塗りつけろ」


命じられた男はただこくりとだけうなずくと、腰から下げた袋から粗塩を掴み出した。男は機械的に、ライラの背中の傷へと、それを押し付ける。

ライラの絶叫が地下牢にこだまし、そこで彼女は意識を手放した。




次にライラが目を覚ました時、彼女は地下牢の床に転がっていた。あれからどれくらいの時間が経ったのだろう……だがすぐに手首と背中から、ジクジクとした鈍い痛みが昇ってきて、ほとんど時が過ぎていないことが分かった。おそらく拷問の後、その場に打ち捨てられていたのだろう。


「うぅ……」


「目を覚ましたか」


ライラはびくっと震えたが、すぐに痛みで顔をしかめた。声はすぐ近く、牢屋の中から聞こえてきた。


「だ、れ……?」


「目が覚めたのなら、そこに座るんだ。傷をこちらに見せろ」


ライラにはその声の意図するところが分からなかったし、痛みのせいで体を動かす気にもなれなかった。だが声の主はそんなことはお構いなしに、ライラの肩を掴むと、ぐいと引き起こして座らせた。


「な、何するの……やめて……」


「うるさい。大人しくしていればすぐに済む」


ライラは背中を押されて、うつむいた姿勢にさせられる。次の瞬間、背中に焼けるような激痛が走った。


「あうううぅぅ!?」


「動くな」


跳ねる肩を力強い手で押さえられては、小柄なライラではどうすることもできなかった。ただぎゅっと手を握り締め、ひたすら痛みに耐える。するとじきに、刺すような激しい痛みは引いて行った。それどころか、さっきまでのジクジクとした痛みすらも消えているようだ。


「手の傷も見せるんだ」


声の主がライラの正面にまわってきた。そこではじめて、ライラはその人物が、さっき自分を鞭打った寡黙な赤髪の男だということに気が付いた。あまりに寡黙で、拷問中もまともに声を聞いたことがなかったのだ。

男はライラが握っていた手をぐいと引っ張ると、持っていた小瓶のふたを開けた。そこから、血の滲んだ両手首に、銀色の粉末をふりかける。銀の粉は傷口に触れると、ジュウウと煙を放った。また焼け付くような痛みがライラを襲う。


「ううううぅぅ……」


「耐えろ。じきに良くなる」


男の言った通り、しばらくすれば痛みは引き、傷も塞がった。ライラはきれいになった自分の手首を、驚くように見つめる。


「どうして……」


「ハザール様のご命令だ。これからも拷問の後は傷を治療して、元気になってもらう。弱っては鞭の効果も落ちるからだ。そしてお前は元気な体で、毎回新鮮な痛みを受けるのだ」


そういうことか、とライラは男を睨みつけた。男はまったく気にしていない。


「ハザール様は、お前の死を望まない。が、諦めるつもりもない。ハザール様への忠誠を誓うまで、お前はいつまでも地獄の苦しみを味わい続けることになるだろう」


「ライラは、絶対に……お前たちに屈したりなんか、しない!」


「無駄な足掻きだ。早く諦めれば、その分早く楽になれるというのに。それとも、あの少年たちがお前を救いに来るとでも思っているのか」


「当たり前だよ!桜下たちは、絶対に助けに来てくれる!そしたらお前たちなんかイチコロだ!」


「愚かな。彼らが地上に現れることは、もう二度とないのだ」


「そんなことない!ライラは、信じてるんだから!」


ライラは目に涙をにじませながら、男を睨み上げた。仲間たちのことを思い出すたびに、胸がざっくりと張り裂けそうになる。だがその痛みが、ライラを諦めさせはしなかった。その痛みの方が、鞭の痛みよりも何百倍、何千倍も痛かった。


「……そもそも、あの少年たちが、お前を助けようとしているという保証もないのだがな」


「え?」


「あの少年たちは、とっくに諦めているのかもしれないと言ったのだ。果たして彼らは、命を賭してまで、お前を助けようとするだろうか」


「そ、そんなの、当たりま」


「では訊くが、彼らがダンジョンに落とされた理由はなんだ」


ライラの声を遮るように、男が重ねる。


「お前がいなければ、彼らは苦しまずにすんだ。お前のせいで、彼らは奈落の底へと誘われてしまったのだ。お前の、その力のせいで」


「……!」


ライラは身じろいだ。確かに、あの老魔道士の狙いはライラ一人だった。それに、ライラが調子に乗って魔法をひけらかさなければ、目をつけられることもなかったかもしれない……


「……それでも」


ライラは尻込みしたが、それでも睨むことはやめなかった。


「それでもライラは、信じてるんだから……!」


男は無感情な目でライラを見下ろすと、くるりと踵を返す。男が鉄格子に近づくと、格子はひとりでに歪み、男が通るすき間を開けた。


「……後で食事を持ってくる。しばらく一人で、これからのことを考えるといい。お前にとって、どうすることが最善なのか。どのような選択をすれば、一番苦痛が少なくて済むのかを、な」


男は背を向けたまま、最後にぼそりと付け加えた。


「無駄な意地など張れば、要らぬ苦痛が増えるばかりだぞ。希望など早々に捨て去った方がいい……私のように」


最後の言葉の意味を、ライラは理解ができなかった。




「手ぬるい!」


老魔導師が投げつけた本を顔面で受け止め、それでもなお男は一声も上げず、ただ黙って頭を下げた。


「時間が……儂には時間がないのじゃ。一刻も早く、あの小娘の魔力を我が物にしなければならない……」


そこまで言い終えると、老魔導師はゼィゼィと喉で息をした。男が、水差しからコップに注いだ水を渡すと、老魔導師は震える手でそれを飲んだ。唇の端から水がこぼれ、骨と皮ばかりの喉を伝う。


「ハァ、ハァ……ダンジョンに落とした連中はどうだ?もう死んだか」


「いいえ」


男は短く答えた。


「罠の作動は確認しました。回避したものと思われます」


「くっ、悪運の強い奴らよ。しかしいくら運があろうと、所詮は時間の問題じゃろうて。あの怪物にぶつかればのぉ……お前、監視を怠るなよ。奴らが死んだ暁には、速やかに死体をあの小娘の眼前に突き付けるのだ」


男は黙ってうなずいた。老魔導師にはそれが見えていたのか、いないのか、熱に浮かされたような目でしきりにぶつぶつ呟いている。色の異なる双眸は、せわしなく震えていた。


「ライラを再び発見できたのは、実に幸運なことじゃった……あの奴隷女が儂の被検体二体を盗んで姿をくらませた時には、すでに儂の体は満足に動かなくなっておった。追跡は絶望的だと思っていたが……このような巡り合わせがあるとはの。おい、前に来た“あやつら”はちゃんと閉じ込めているな?」


「問題ありません」と男が答える。


「そうか、それならよい……ここまでは、全て計画通りじゃ……そしてこれからも、失敗は許されん……」


老魔導師の口ぶりは、自分に言い聞かせているかのようだった。手はしきりに、胸元の鱗の首飾りをいじっている。男はそんな魔導師を、無感情な瞳で見つめていた。


「儂の計画に、ライラの存在は欠かせん。必ずや、あやつを我が物にして見せる。そのためには手段は選ばぬぞ。分かっているな、お前」


「はい」


「ひ、ひっひっひ。なに、あの小娘の虚勢も最初だけよ。幾ばくも持ちはすまい……お前ならば、それがよく分かっているだろう?」


老魔導師の粘つく様な視線に、男は石仮面をつけているかのような無表情でうなずいた。老魔導師は唇をめくり上げると、腕を振って怒鳴る。


「ならば、とっとと行け!あの小娘に痛みを教え込むのじゃ!骨を砕き肉を削ぎ落せば、多少は従順にもなるじゃろう……ひ、ひひヒヒヒ!」


男はうなずくと、再び地下牢へと向かって行った。後には年老いた魔導師だけが、しわだらけの顔に狂ったような笑みを浮かべて、一人残された。



つづく

====================


読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


====================


Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ