4-1 報復
4-1 報復
ライラは宣言通り、半日でほとんどの距離を走破して見せた。流石に夜は休んだが、日の出とともに出発し、朝の早い時間には、もう目的地の洞窟に到着してしまった。
ウィルは、その恐怖すら感じるスピードのせいで遠慮なく俺にしがみつき、俺は俺で彼女を無下には出来ず……だから、悶々とした時間が終わったのにはほっとしたが、彼女が体を離すときに寂しいと感じてしまったあたり、俺ももう末期かもしれない。
「うぅむ……ここが、緑柱の洞窟ですか。なるほど、確かに尋常ならざる気配を感じますな」
ストームスティードから降りたエラゼムは、洞窟の入り口を見上げながら低く唸った。
「エラゼム、その気配ってのは、こないだの呪いの森みたいな感じか?」
「ええ。かの地と似た気配です。瘴気、とでも言いましょうか」
瘴気、か。じゃ、間違いなくここが魔境だな。
「でも、緑柱ねぇ。見た感じ、ただの洞窟だけど」
洞窟は、何もない荒野に突然むくりと起き上がったような、のっぺりした平山に口を開けていた。直径は広く、家一軒なら余裕で収まるだろう。内部は勾配がついていて、奥へ進むほど地の底へと潜っていく形になっている。まるで、巨人が荒野に、巨大な杭を斜めに穿ってできたような形状だ。
「油断しないでよ。洞窟なんて、待ち伏せるには格好の場所なんだから」
フランは赤い瞳で、鋭く洞窟の闇を見据えている。待ち伏せ、か。俺たちが飛び込もうとしているのは、虎の穴なのか、はたまた。
「用心していこう。仮に罠が何もなかったとしても、ここが魔境であることに変わりはないんだ」
みんなはしっかりとうなずいた。
洞窟へと侵入していく。勾配はきつく、さらに乾いた砂利が散乱していて、気を抜くとすぐに足を滑らせそうだ。夜目の利くフランが先頭に立ち、その次にアルルカ、その次に俺・ライラ・ウィル、しんがりをエラゼムが務めた。陽の光が差さなくなってくると、俺はアニを掲げて、青白い光で洞窟を照らした。そうして、少しずつ、慎重に洞窟を下りていくと、途中で何かがきらりと光りを反射した。
「なんだ?」
全員が足を止める。行く手で何かが、アニから放たれる光を受けてキラキラと輝いている。
「あれは……」
フランが数歩進み出て、前方に目を凝らした。
「……ゆっくりついてきて。たぶん、あれがターゲットだと思う」
ってことは、あれが……俺たちが少しずつ前に進むと、ようやくここが緑柱の洞窟と呼ばれる理由が分かった。
「うっわ。こりゃ、すごいな……」
目の前に広がっていたのは、エメラルドグリーンの結晶が織りなす、鮮やかな緑の森だった。太さも長さもバラバラな緑の水晶が、洞窟の壁や天井を突き破って、そこかしこから生えている。洞窟全体が、緑色の柱に支えられているみたいだ。
「うわあ、すごいですね……!これ全部、緑柱石ってやつなんでしょうか?」
ウィルは水晶の森を見て、感嘆の声を上げている。
「こ、こんなにたくさんあるとはな。ははは、取り放題じゃないか?」
俺は試しに、足もとにある小さな結晶を引っこ抜こうとしてみた。が、なんだこいつ、めっちゃ硬いぞ……!俺がどれだけ踏ん張っても、手のひらほどの結晶はびくともしなかった。
「ぐぎぎぎ……!」
「……素手で採るってのは、無理みたいですね?」
「ふぅー、ふぅー……みたいだな。おとなしく手順に従おう」
俺はポケットから依頼書を取り出した。確か、結晶の採掘の仕方が書かれていたはずだ。
「えー、なになに……緑柱石は、通常の採掘はできない。この石を砕くには、四つの属性、火・水・風・地の魔法を順に当てなければならない」
「魔法を四つも?」
ウィルが目を丸くした。
「そうなんだよ。だから本来、このクエストは魔術師複数人ですることを前提としてるみたいだ。えーそれで、炎で熱し、水で冷まし、風で傷をつけ、最後に岩で打撃を与えることで石が採れるんだってさ」
「なら、ライラの出番だね!」
ライラはとととっと前に躍り出ると、両手を前に突き出した。
「よぉーし。まずは炎だね」
ライラが目をつぶり、詠唱を始める。俺たちは一歩下がって、巻き添えを食わないようにした。
「ファイアフライ!」
ポポポッ。小さな蛍光色の火の玉が、無数に出現した。火の玉は結晶の柱を舐めるように、周りをぐるぐると回る。
「次は水!ポンドロータス!」
ライラの詠唱はよどみない。すぐに次の呪文を唱えると、地面から水がシューと吹き上がった。熱された水晶に冷たい水が掛かり、ジュワーと煙が舞う。詠唱はまだまだ続く。
「エアロフテラ!」
ビュゴウ!突風が洞窟内に吹き付けた。水蒸気は吹き飛ばされ、緑の柱にピシピシとひびが入る。
「これで最後だ!グラス、ホッパー!」
ドゴン!目の前の地面がいきなり隆起して、ひびの入った柱を殴りつけた。パキーン!緑柱石は甲高い音を発して砕け散った。緑色の宝石のような欠片があたりに散らばる。
「おお!やったぜライラ!」
「ふう。まあね、ライラにかかれば、ざっとこんなもんだよ」
四連続の詠唱で、ライラは少しフラフラしていた。それでも、やっぱりすごい。何人もの魔術師でやることを、ライラは一人でこなしちゃうんだもんな。
「さて、それじゃ石を……」
俺は砕けた欠片の中から、比較的形がきれいで、かつ手ごろな大きさのものを探した。お、あれなんかいいんじゃないか。かがむんで、それを拾い上げる……
「あん?」
「桜下、どうしたの?」
「いや、ここになんか、白くてすべすべの物が……」
欠片の下に、つややかな白い石があった。変だな?他にはこんな石見当たらないし。俺は欠片と一緒に、その石も掴んで拾い上げてみた。ちょうど持ちやすい位置に、くぼみもあるし……ひょい。
「いっ……!」
真っ暗な眼孔がこちらを見つめている。俺が石だと思っていたのは、人間の頭蓋骨だった。
「うわあああ!」
「きゃあああ!」
ウィルの悲鳴とユニゾンする。俺は叫んで、骸骨を放り投げてしまった。コーン、コーン……結晶にぶつかりながら、骸骨は洞窟の奥へ転がって行ってしまった……
「い、い、今の……?」
「ほ、ほ、骨でしたよね……?」
俺とウィルは、お互いの腕を抱き合いながら震えている。なんで、こんなところに骨が……?一方、骨慣れしているライラはケロッとしていた。
「骨?ここで誰かが死んだのかな。ここがお墓ってことはないよね?」
「そ、そうだな。以前ここに挑んだ誰かが、不慮の事故にでも遭って……」
「……いや。そうじゃなさそうだよ」
え?フランが結晶の柱の陰にかがみこむと、何かを持ち上げる。白い輪っかがいくつも連なったような、骨……
「あ、あばら骨……」
「結晶に隠れてるけど、そこら中に落ちてるよ。一人二人じゃない」
なんだって……?次はエラゼムが何かを見つけた。
「これは……」
彼が拾い上げたのは、焼け焦げた枝切れだ。
「松明の燃え残りです。それも比較的新しい。どうやらこの洞窟には、頻繁に人が出入りしているようです」
「え?だってここは、七つの魔境の一つだぜ?こんな危険地帯に、どうして好き好んで……」
その時だ。ぞくりと、背筋が震えた。感じる……霊気だ。隣にいるウィルのものじゃない。もっと冷たくて、それにたくさんある……俺はばっと、洞窟の奥を見つめた。暗がりに、佇んでいる……俺に何かを、伝えようとしている……
「……そうか。そういう事だったのか……!」
「桜下、さん?」
俺は不安げなウィルを見つめると、みんなに向かって大声で呼びかけた。
「みんな!ここは、ただの洞窟なんかじゃない!処刑場所だったんだ!“あいつら”はここに魔術師をおびき寄せて、油断したところに襲い掛かっていたんだ!」
「ご明察」
俺たちはいっせいに、洞窟の入ってきた方へと振り返った。いつの間にか、大勢の粗暴そうな男たちが、手に手にサーベルを持ち、ニタニタといやらしい笑みを浮かべて立っていた。
「お前たち……あの追いはぎの仲間か……!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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