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陽が高く昇ると、シェオル島に朝がやってきた。そして今日が、俺たちがこの島で過ごす最終日だ。俺たちは荷物を纏め、そしてホテルの従業員に謝った。フランがベッドを一つダメにしてしまったからだ。穴の開いたベッドに従業員は目を丸くしたが、気にしないでくれと快く許してくれた。あ、ありがたい……たぶん俺が海に落ちて、ポタポタ水を滴らせていたから、余計に同情してくれたんだろう。
食堂で朝食をとる。タダ飯が食えるのもこれで最後だ。この島に来るまでに、日持ちしない食料はすべて片付けてしまっていた。つまり、今の手持ちはほとんど無い。島を出たら、近くの村で買い出しをしないとな。
「おや。おはよう」
お。食堂には、クラークたち一行と、そして傭兵の少女アルアも来ていた。アルアは俺の顔を見ると、目をキッと吊り上げ、自分の盆を持ってスタスタどこかに行ってしまった。
「ちぇ。相変わらずだなぁ、アイツ」
「あ、あはは……許してあげてくれ。ほら、あの娘にもいろいろあるから」
ちっ、俺だって知ってるよ。アルアは二の国の勇者、つまり俺の先輩にあたる奴に、祖父を殺されているんだ。だからって、俺に八つ当たりされても困るんだけどな。
「それで、君たち。荷物を纏めてるってことは、今日発つのかい?」
「ああ。めし食ったら、行くよ。三冠の宴も終わったし、ここにいる意味もないからな」
「そうか。じゃあ、またしばらく会うこともないだろうね」
クラークは珍しく、少し寂しそうな色を見せた。
「へーっ、めっずらしい。俺との別れがさみしいのか?」
「なっ!ふん、そんなわけないだろ!清々するよ、うるさいのがいなくなって!」
俺はけらけら笑った。確かにここに来る前と後じゃ、クラークの印象はずいぶん変わった気がする。お互い、色々と腹を割って話したことが効いたみたいだ。
それにいつの間にか、仲間たち同士も親交を深めていたようだった。やつらと別れるとき、何人かがそれぞれ挨拶を交わしていたから。特にフランとコルルは、何やら意味深な微笑みを交わし合っていた。はて、あの二人って、あんなに仲良かったっけ?
そして俺は、尊にも挨拶に行った。
「おはよう、桜下くん。もう行っちゃうの?」
「おはよう。ああ、そのつもりだよ」
「そっかぁ。せっかくまた会えたのに、寂しくなるね」
尊は眉尻を下げて、寂しそうにあははと笑った。俺も微笑み返す。以前の俺だったら、こんなにあっさり別れられはしなかっただろうな。けど、今は……今、俺の心には、別の人たちがいるから。
「なぁに、お互い勇者って言う、しちめんどーくさい立場だ。またそのうち会えるだろ……っと、俺はもう勇者やめてんだけど」
「え?勇者って、やめれるの?」
「まあ、自主的というか、俺がそう言ってるだけなんだけどさ。尊も嫌になったらやめちまえよな」
「え、えぇ~?」
尊は目を白黒させていた。あはは……さて。残る一人にも、声を掛けておこうかな。
「じゃあな、デュアン」
「……」
俺は尊の向かいに座っていた、ウィルの幼馴染・デュアンの方を向いた。やつはずーっと不貞腐れた顔をして、俺が尊と話している間も一声も上げなかったが。
「……」
デュアンはやっぱり喋らない。ぬう。どうやら、無視を決め込むつもりみたいだ。ま、それならそれでいい。ウィルに振られて傷心の男に、いちいち突っかかる必要もないな。俺は肩をすくめて、テーブルを離れようとした。
「……ウィルさんを」
あん?足を止めて、振り返る。
「ウィルさんを泣かせたら、承知しませんよ」
デュアンはテーブルの皿を睨みつけたまま、ぼそぼそと言った。独り言のようだったが、紛れもなく俺に向けられた言葉だ。俺はにやっと笑うと、背を向けて歩き出す。
「おう」
デュアンのやつ……昨日は振られた女に八つ当たりする、どうしようもない男だと思ったが。やっぱり俺、あいつのこと嫌いになれないんだよな。後からついて来たウィルが、後ろを振り返ったり、俺の袖を引っ張ったりしていたが、笑うだけでごまかした。ウィルにはいずれ話してやろう。
さあ、いよいよ島を去る時だ。船着き場へとやって来る。対岸にはかすかに、オンドルの村が見えた。ホテルの人が船を用意してくれているので、整い次第いつでも出発できる。
(短いようで、長いような……)
いろんなことがあったけれど、でも最終的には楽しい日々だったな。俺は振り返って、美しい楽園のような島を目に焼き付けると、船乗り場へ向かおうとした。
「ま……ま、って……くださぁぃ」
うん?はぁはぁとかすれた声が、ホテルの方から聞こえてくる。今、船着き場には俺たちしかいない。てことは、俺たちを呼んでいるのか?
少しすると、ホテルへ続く緩い坂道を、小さな女の子が走って下りてくるのが見えた。走っていると言っても、そうとう息が上がっているのか、ほとんど歩いているのと大差ない速度だったが。
女の子は、白くてふわふわとしたドレスを着ていて、髪は同じくふわふわのプラチナ色だ。陽の光を浴びて、きらきら虹色に色付いて見える。どっかのお嬢様みたいだけど、はて、見覚えがあるぞ……?
「あれって……確か……そうだ、思い出した。エリスだ」
やっぱりそうだ。走ってきた(歩いてきた?)少女は、肩を激しく上下させ、膝に手をついてはぁはぁ息をしている。エリスは、三の国の大公シリスの姪っ子だ。な、なんだってそんな高貴なお方が、俺たちのとこに?一度だけ会ったことはあるが、それだけだしなぁ……
「はぁ、はぁ……こひゅ……けほっ……」
だ、大丈夫かな。エリスは白い肌を真っ赤にし、小さな額に汗を滴らせている。そんなに長い距離は走っていないと思うけど……苦しそうに上下する小さな背中を見ていると、思わずさすってやりたくなるが、果たしてそんな恐れ多い事をしていいのかどうかわからなくて、ただ見ていることしかできない。
「だいじょーぶ?」
しかし、俺よりもよっぽど勇ましいやつがいた。ライラはエリスに駆け寄ると、その背中をすりすりとさすってあげた。あちゃあ、なんだかビビっていた俺が恥ずかしくなってくるな。
「はぁ、はぁ……あ、ありがとう、ございます。もう、大丈夫です」
ライラの気遣いもあってか、エリスはことのほか早く喋れるようになった。エリスがライラに微笑むと、ライラはにっこり笑い返した。
「あの、実は二の国の皆様に、お話したいことが……」
エリスは息が整ったとは言え、その顔はまだ真っ赤っかだ。汗がほっそりしたあごを滴り落ちている。あーあー、見てられないな。俺はカバンから、真新しいタオルを取り出した。コテージのアメニティを一つ頂戴したものだ。
「よければこれ、使ってくれよ。まだ未使用品だからさ」
「え?あ、す、すみません。お見苦しかったですよね……」
「いや、そういうわけじゃないけど。そんなんじゃ喋りづらいだろ?」
エリスはおずおずとタオルを受け取ると、顔をぽふっとうずめた。しっかし、俺たちに話したいこと?なんだろう。
(まさか、今度はシリス大公が、面倒事を吹っかけてくるんじゃないだろうな?)
嫌な予感がするなぁ……けどまずは、話を聞いてみないと。汗を拭き終わると、エリスは深呼吸して、ようやく調子を取り戻した。
「はしたない所をお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした。ただ、どうしても皆様が行ってしまわれる前に、お話がしたかったのです」
「いえ……それはいいんすけど。で、なにを?」
「はい。実は……我が国に、二の国からの依頼という形でいらしている、小さな女の子がいますよね。その方についてなんです」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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