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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
13章 歪な三角星
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3-3

3-3


森を抜けると、太陽は西を目指して走り始めたところだった。昼をまわって、一、二時間ってところか。


「とりあえず、お昼にしましょうか」


ウィルの提案には、俺の腹の方が先に賛成した。

ウィルの手料理って、なんだかすごく久々に感じるなぁ。馬車での食事は味気なかったし、一の国の食事は豪華だが、食った気がしなかった。それに比べて、ウィルのベーコンを焼いただけと、小麦粉を溶いただけのシチューは、呆れるほどに素朴で、そして久々に腹がいっぱいになった気がした。


「……ん。待って、何か……」


あん?食後の中休みをしていると、フランがぴくっと肩を揺らして、とある方向へばっと振り向いた。そのしぐさが猫にそっくりで、思わず笑いそうになったが、ケラケラ笑えそうな雰囲気じゃないな。


「どうした?何が聞こえた?」


「……足音。誰かくる」


誰か?てことは、モンスターではないんだな。ここはモンロービルも近いし、村人かなにかか……


「って、げ。村人ならまずいぞ。俺の顔、きっと覚えられてるよな」


あそこでフランと大暴れしたのは、爽快ではあったが、愉快な思い出ではない。向こうだって同じだろう。


「ど、どうしよう。急いで隠れないと!」


「だから、それを待って。なんだか……たぶん、気のせいじゃなければ……」


え?フランは目を限界まで細めて、遠くを睨んでいる。俺には人影すら見えないが……いやまて、見えた。草原を一人の村人がこちらにやって来ている。遠すぎて男か女かすら分かんないけど、フランには人相まで見えたみたいだ。


「……ジェスだ」


「うへぇ?マジかよ、あいつだったのか」


ジェスは……フランの友人、だった人だ。俺のことを知ってくれているから、まだ他の村人よりかは話ができそうだが……


「フラン、どうする?」


「……今は、会いたくない」


だろうな。そう言うと思った。


「よし。そんなら、俺が会って話してみよう。みんなは……居ると、ややこしくなりそうだな。悪いけど、ちょっと隠れててくれ」


『それならば、私にお任せを』


アニが自信ありげにチリーンと揺れる。低いつぶやきが聞こえてくると、すぐに呪文は完成した。


『カメレオンカラード!』


わ、わ。仲間たちが徐々に透明になっていき、完全に消えた。前にも見たな、周囲の風景に溶け込める魔法だ。


「確かこの魔法、動くとずれちゃうんだよな。そういうわけだから、みんなじっとしといてくれよ」


「ふ、ふわ。まって、くしゃみでそう……」


「ライラさん、堪えて!」


姿を消す必要のないウィルが、ライラの口をぎゅっと押えている。そうこうしているうちに、遠かった人影はすぐそこまで迫ってきていた。


「……え?あなた、もしかして……?」


草を踏む音とともにやってきたのは、背の高い娘。フランの言った通り、ジェスだった。栗色の髪が、肩口で揺れている……前はもっと長かったけど、あれが彼女の罪の証明だ。ジェスは最初は訝しそうにこちらを見ていたが、俺だと分かると目を丸くして、それから髪を揺らして走ってきた。あれ?ジェスのやつ、前は杖をついていなかったか?


「やっぱり……!あなた、あの時の!」


「よう、ジェス。久しぶりだな」


「ええ、本当に!戻って来てたのね」


ジェスはそばまで来ると、ぱっと笑ってくれた。ふう、よかった。正直、開口一番に罵られるかもくらいは覚悟をしていたから。


「どうしてこんなところにいるの?それに桜下、あなた一人……?」


ジェスは俺のそばの焚火のあとを見て、きょろきょろとあたりを見回す。俺はのんびりと、そのそばの地面をぽんぽん叩いた。


「ま、とりあえず座ってくれよ。茶もお出しできなくて悪いけどな」


ジェスは何か言いたそうだったが、すなおに従って腰を下ろした。ジェスは俺の顔を、旧友よりは遠く、顔見知りよりは近い目で見つめる。


「本当に、久しぶりね……正直、また会えるとは思ってもみなかったわ」


「お、おいおい……ずいぶんなあいさつだな、のっけから」


「だって、そうでしょう?私も見たのよ。村のそばを、大勢の兵士さまたちが進んでいくのを。その後は一の国の勇者だって人も来るし……」


あー。王都で反乱が起きる前、俺がエドガーやクラークに追っかけられてた時だな。


「あなたはとっくに捕まって、よくて牢屋か、悪ければって……だから、本当に驚いたわ」


「あはは、まあ、いろいろあったけど、見ての通りさ。今もあちこちふらふらしてるんだ。今日ここに来たのも、そういうわけ」


「そう。ねえ、ところで……あのこは?フランは今、どうしてるの?」


かさ。ほんのわずかにだが、俺の後ろの茂みが揺れた気がした。ジェスは気にしていないようだが、俺は肝が冷えた。頼むぞ、フラーン!変な気は起こさないだろうな?


「ああーっと、今はほら、別行動?をしてるんだ。うん。けど、あいつも元気にやってるよ。もう死んではいるけど……」


「そう……まだ成仏できてはいないのね……」


おっと、そういう風に捉えられるのか。


「まあ、な。けど、そんなに陰鬱とした日々を送ってるってわけじゃないぜ?なんて、ネクロマンサーの俺が言っても、信じられないかな」


「……ううん。信じるわ。じゃああの子は、楽しくやっているのね?」


「たぶん。あいつはほら、あんまり顔に出さないから」


「そうなの?私の知ってるフランは、すぐ顔に出る女の子だったけれど……でも、それは過去のフランね。今のあの子を知っているあなたが言うんだから、それが正しいんだわ」


うーん、背中にちくちくと視線を感じる。自分の名前が飛び交っているので、落ち着かないらしいな。


「……あなた、変わったわね」


だしぬけに、ジェスが言う。


「え?俺が?」


「うん。なんて言うか、表情とか、空気が。前は何にも知らない男の子って感じだったけれど、今はなんて言うか、頼もしくなったわ」


「へー?全然自覚ないけどな」


「無自覚なのね。フランについて話してる時の目なんて、あの子のお兄さんみたいに見えたわよ」


はー、他人にはそう見えているのか?


「あでも、変わったと言えばジェス、あんたもだぜ。足、よくなったのか?」


「ああ、この足ね……」


ジェスは自分の足を撫でた。


「私の足は、あの呪いの森から吹く風のせいで動かなくなっていたの。けど、あの日……あなたがフランと一緒に去っていった時から、呪いの風もぴたりと止んだのよ。村の似たような人たちも良くなって、みんな呪いが晴れたんだって喜んでいたけれど……勘違いもいいところよね」


「……」


ジェスは、知っているから。フランがまだ彼女を、村を許してはいないことを。


「けどおかげさまで、杖なしでも歩けるようになったわ。素直には喜べないけど、できることが増えたのはいい事だったわね。おばあさんのお世話もしやすくなったし」


「あそうだ、ばあちゃん!その様子だと、元気にしてるんだな?」


「ええ……と、言いたいところだけど……最近、元気がないの。だんだん弱っていってるわ……」


「え……そ、そうなのか……」


「うん……フランが去っていったあの夜から、ちょっとずつ……ね。ごめんなさい。おばあさんのこと、頼まれたのに……」


「……いや。ジェスはきっと、一生懸命面倒見てくれてたんだろ?恨みはしないよ。フランもきっと、そう言うはずだ」


ばあちゃんはかなりの歳だったし、長く抱き続けた憎しみのせいか、体も弱っていた……ジェスを責めることはできない。


「そうだといいのだけれど……私にできる限りのことは、するつもりよ。あなたとの約束だしね」


「ああ、ありがとうな。村は、それ以外には変わりなく?」


「そうね。あれからしばらくはざわざわしていたけど、今はすっかり。あの日の夜のことも、フランのことも、みんな忘れてるわ」


ジェスの声は、皮肉のようにも、諦めのようにも聞こえた。


「……そっか。あ、じゃあついでに、もう一つ聞きたいんだ。最近、この先の森……呪いの森で、なんか騒ぎが起きなかったか?」


「え?あ、そうだった。その通りよ。なんだか大きな音がして、木が倒れて……それに、気味の悪い人たちが村の近くをうろついていたの。どうして知ってるの?」


「ちょいと小耳に挟んだんだ。で、その連中ってのは?」


「わかんないわ。村はずれで、誰かが見たってだけだから。仮面を付けた人と、真っ黒い格好の人だったらしいけれど」


「そうか……じゃあ、そいつらがどうしてそこに居たのかとかも、さっぱり?」


「ええ。あんな恐ろしい森で何をしてたのか、こっちが聞きたいくらいだわ」


むう、ジェスも何も知らないか。


「あ、ところでジェスは、こんなところまで何をしに?んな話を聞いた後じゃ、近寄りたくはないだろうに」


「火と煙が見えたからよ。あんなことがあったばっかりだから、またおかしな人たちが来たんじゃないかって思って、様子を見に来たの」


ああ、そういう事だったのか。俺たちの昼飯の火を見たんだな。


「なるほどな。でもジェス、警告じゃないけど、今度からは一人で様子見なんてしないほうがいいぜ。君子危うきに、って言うだろ。俺が危ないやつだったら、今頃ガブリと食われちゃってるぞ」


「え?あはは、あなたそんな冗談も言うようになったのね。わかったわ、注意します。確かに男の子のところに女の子ひとりで出向くなんて、ちょっとよくないわね」


そ、そういう意図じゃないんだけどな。マスカレードみたいなやつだったら危ないって意味で……後ろの茂みが騒がしい気がする。ううぅ。


「さてと……そういうことなら、長居はよくないかしら。桜下は、村に寄るの?」


「いや。顔は出さないつもりだよ」


「そう、よね。うん、その方がいいと思う。きっと不快な思いしかしないから」


だな。ジェスは立ちあがると、スカートのお尻をはたいた。


「歓迎もできなくてごめんなさい。また会えてよかったわ。フランにもそう伝えて……いいえ、やっぱりいい。あの子は、私なんかに会いたくはないだろうし……」


「どうだろうな。でもいちおう、伝えておくよ」


「でも、やっぱり」


「伝えとく」


「……わかったわ。それと、桜下。あの、私なんかが知った口をって思うかもしれないけれど……」


「うん?」


「フランってね、私の知ってるフランはって意味だけど、とても寂しがり屋で、甘えん坊なの」


へ?俺がぽかんと開けた口を見て、ジェスはうなずいた。


「そうなるわよね。今のあの子からは想像もつかないかもしれないけど、昔は確かにそうだったのよ。いつだって誰かと一緒にいたいくせに、変に大人びてて遠慮ばかりするから、いつだって寂しそうで……あの子が私なんかと一緒にいたのも、そう言う理由だと思うの。あの日から、フランは変わってしまったけれど、根っこの部分はきっと同じなんじゃないかしら」


そう言われると、確かに……フランは基本クールだが、甘えたいときのアピールはすごい。


「確かに、そうかもな」


俺がくすっと笑うと、ジェスも懐かしそうに、小さく笑った。


「ふふ……だからね、今一緒にいるあなたにお願い。めいっぱいあの子を可愛がってあげて。きっとそれが、あの子の成仏にもつながる気がするのよ」


「あいつがそれで喜んでくれりゃいいけど……わかった。心に留めとくよ」


「うん。あの子のこと、よろしくね」


ジェスはそう言い残して、草原を歩いて行った。途中、彼女は一度も振り返らなかった。


「……もういいかな。みんな、お疲れさん」


すると四つの影がぬるりと動き、透明だった四人が姿を現した。ウィル、エラゼム、ライラ、アルルカの四人は、それぞれ思い思いの“微妙な顔”をして、残った一人をちらちら伺っている。その残った一人、フランは、ものすごいふくれっ面でジェスの去っていった方角を睨んでいた。


「……あいつ、余計なことばっかり。ほんとむかつく」


「ははは……寂しくなったら、いつでも甘えていいんだぞ?」


「ちょっと!」


「あははは。そう怒るなよ、ジェスだって善意で言ってたはずさ」


顔を赤くするフラン。かわいいな、意地っ張りな妹みたいで。けど、それはそれとして……俺は笑みを消して、真面目な顔をした。


「なあ、フラン。本当にいいのか?村に寄らなくて」


「……」


さっきのジェスの話……ばあちゃんが弱ってきている。もしここを逃したら、次はもう……なんてことも、あり得るのだ。


「……うん。いい。このまま行こう」


「フラン……」


「もしわたしが顔を見せても、きっとおばあちゃんを余計苦しめるだけ……元気になんてならないよ」


果たして、そうだろうか。俺にはばあちゃんの気持ちは分からないから、めったなことは言えないけど。けれど、それならフランは?彼女自身は、ばあちゃんに会わなくてもいいのだろうか。それで後悔はしないのだろうか……


(なんて、聞く方が残酷か)


フランがそう言っているんだ。彼女の意思を尊重しよう。


「わかった。それじゃあ、ぼつぼつ行こうか」


ジェス以外の村人に見つかっても面倒だ。俺は焚き火を足で揉み消すと、ストームスティードに乗って、モンロービルを後にした。



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

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