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アルルカは前を見つめたまま、口を開かない。何を考えているのか……ひょっとしたら、訊かれたくないことだったろうか?俺が質問を取り下げようかと思い始めたころ、アルルカはようやく口を開いた。
「あたしが、人間だったころねぇ。最初に言っとくけど、そんな時はなかったわね」
「え?最初からヴァンパイアだったってことか……?」
「違うわよ。あたし、人間じゃないの。種族が違うわ。エルフよ」
「え……?う、ウソだろ……」
エルフって言ったら、あれだろ。森に住まう、高潔で、気品あふれる種族だっていうイメージが……こいつと真逆じゃないか!すると、アルルカがジロリとこちらを睨む。
「あんた、何か失礼なこと考えてない?」
「え?いや、あはは。そんなまさか……」
「……ふん。まあけど、あたしもエルフらしくないとは思うけどね。むしろまっぴらだわ……」
まっぴら?どういう意味だろう。
「あんた、エルフって知ってる?あいつらって、すっごくつまんないのよ」
「つまんないって……俺のイメージでは、高尚な印象があるけれど。こっちの世界だとどうなんだ?」
「まあ、そんな感じよ。清潔で、潔白で、汚れの一つも無いような、真っ白いシーツみたいな連中ね」
「それは……悪い事か?」
「さあ。んなこと知らないわ。でもね、想像してごらんなさいよ。何もかも真っ白で、汚れも、傷も、なんにも許されない世界よ。赤や青の服を着たいと思ってもダメ。なんなら下着にまで口出しされるわ」
下着って……例えはともかく、まあそう聞くと……
「それは、ちょっと息苦しいな」
「でしょう?善か悪かなんて興味はなかったけど、あたしはそれがたまんなく嫌だったの。もっと派手な服が着たかったし、もっと過激で刺激的な下着がよかった。白一色なんてダサいカッコ、うえー。反吐が出るわよ」
「あ!お前、だからそんなトンチキな格好なのか?」
「はぁー?どこがよっ!この蠱惑的な装いが理解できないわけ?」
蠱惑……?それなら、すべての露出狂は蠱惑的なのか?
「……まあとにかく、そう言う事よ。あたしは最初っから、エルフになじめなかった。毎日が窮屈で仕方なかったわ。あたしの生涯の中で、最悪な時期ね……」
「へえ。そんなことが……」
てことは、こいつも最初は、上品でおしとやかに暮らしていたってことか?信じられない……それなら今の過激な恰好は、その反動でもあるのか?
「そうだ。ところであんた、知ってる?エルフって、女しかいないのよ。女同士で結婚して、女同士で子どもを作るの」
「え?そうなんだ……ドワーフと真逆だな……」
男しかいないドワーフに、女しかいないエルフか……うわぁ、全く想像もつかない。
「そーいうことね。エルフの中では、オスっていう存在は、邪悪で汚らわしいものってのが常識よ。そんなだから、あんな処女がするみたいな恰好があたりまえなのね」
「……なんか、すごい世界だな。お前、今の話、全部ほんとだろうな?」
「あったりまえじゃない。ね、信じらんないでしょ?当時のあたしもそう思ってたわ。ま、里の中じゃ、あたしのほうが異端児扱いだったけどね」
だとすると、アルルカもまた、周りから遠ざけられる存在だったのだろうか。俺や、仲間たちのように……
「で、えーっと……ああそうそう。あたしがヴァンパイアになった理由だったわね。これは簡単よ。あたしのいた里の近くにヴァンパイアが現れて、あたしが生贄にされたから」
「……は?」
なんだと?それじゃ、まるで……
アルルカは何が楽しいのか、くすくす笑う。
「ええ。どこかで聞いた話でしょ?エルフは魔力に秀でるけど、そのヴァンパイアはかなり凶悪でね。人間の国を一つ滅ぼしたこともあったそうよ。そんな奴が近所に引っ越してきたもんだから、もうみーんな大騒ぎ。そこで見逃してもらう代わりに、同胞一人を差し出すことにしたわけ。あたしみたいな異常者なら失っても痛くないし、厄介払いもできて一石二鳥って寸法よ。忌々しいと思わない?」
「……」
アルルカは軽く言うが、俺はあまりのおぞましさに絶句してしまった。何がおぞましいって、その何年も後で、彼女自身がそれを他者にやらせていることが、だ……
「あたしはぐるぐる巻きにされて、ヴァンパイアが潜んでいる古城の前に捨てられたの。流石にあんときはもう終わったと思ったわねぇ。で、いざ城の主が出てきたら、びっくりよ。そいつ、泣いてんの」
「……泣い、てる?」
「ええ。涙をぼろぼろ流して、がっくり膝をついてね。どうして、どうしてこんな惨い事をするんだって」
「……ヴァンパイアが、だよな?そいつは、いいヴァンパイアだったのか」
「さてね、それについては今は保留するわ。で、あたしは城の中に通された。すると、またびっくり。城の中は死体だらけだったの」
「し、死体?」
「そーよ。腐りかけのものから、完全に骨になってるものまで、よりどりみどり。あんた、いま犠牲者たちだと思ったでしょ?」
「……違うのか?」
「ええ。あたしもそう思って訊ねたら、今まで自分が面倒見てきた子たちだって言うのよ。何のことだって思うわよね?どうやらそのヴァンパイア、自分のせいで親を失くしたり、あたしみたいに生贄にされた子たちをみーんな引き取ってきたんですって」
「……じゃあやっぱり、そいつはいい奴なんじゃないのか?」
「あんた、話聞いてた?そいつらは全員死んでんのよ。そいつには国を亡ぼす力はあっても、子どもの世話をする能力は何一つ備わっていなかったってわけ」
う……それは、そうか。どんなに鋭い剣でも、どれだけ破壊力のある魔法でも、それで腹が膨れることはない。空腹の辛さは、つい先日いやというほど味わった。
「そいつは自分が拾った子どもを、ことごとく死なせた。でも、罪悪感から、その死体を捨ておくことはできなかった。だから死体の山を連れていたのね。そん時に思ったわ、コイツはいかれてるって」
「……お前の言いたいことは、分かったよ」
「あらそう?でもね、正直こうも思ったわ。魅力的だ、ってね」
「み、魅力的だと?」
「そうよ。今まで、染み一つない世界で生きてきたのよ?そいつのいかれっぷりは、強烈な刺激だったわ。で、こいつみたいになってみたいって思ったの」
「なっ。お前、まさか!」
「ええ。うふふ、あたしは自分からヴァンパイアにしてくれって頼んだの」
し、信じられない……!自分から人間を辞めるだなんて!ああ、人間じゃなくてエルフではあるけども……
「けど、最初は断られた。そんな事は人の道を外れる行為だ、自分にはできないって。あはは、笑っちゃうわよね。ヴァンパイアが人の道よ?そう、そいつは今でも自分を人間だと思ってたの。化け物なんかじゃなくて、人の心を忘れていない、人徳のある存在だってね」
「けど、そいつは国を滅ぼしたんじゃ……」
「その通り。あたしもそれを訊ねたの。そしたら、何て言ったと思う?あの国は蛮族の集まりだった、だから滅びても仕方なかった、ですって!きゃははは、いま思い出しても笑えるわ!ならそいつらをぶっ殺したお前は、掛け値なしの怪物だってことに気付いてないんだもの!」
アルルカはさも面白そうに高笑いするが、俺はかけらも笑えなかった。
「きゃはは……ほんっとに、正義ってやつは今も昔も変わらないわ。退屈で、ちっとも面白みがない……あたしはしばらく、そいつと一緒にいたの。でもね、やっぱりヴァンパイアだから、吸血衝動には抗えないのよね。満月が近づくと、あいつはこっそり城を抜け出してた。それで戻ってくると、自分の額を壁に打ち付けるの」
「……自己嫌悪、か」
「いいカンしてるじゃない。だと思うわ。たまーに、壁がへっこむくらい暴れる時があってね。何かあったのかなって調べてみると、子どもの死体の山に、見慣れないものが混じってたりね」
「……」
だんだん気分が悪くなってきたな……
「お前、よくそんなのと一緒にいたな……」
「あら、慣れればそうでもなかったわよ。狩りの知識もあったし、自分の食料くらいはなんとかなったわ。なんだかんだ、一年くらいは一緒にいたかしらね……その時に、事件は起こったの。あたしがいた里から、二人目の生贄が送られてきたのよ」
一年も……エルフたちは、毎年生贄を差し出すつもりだったんだな。
「そん時のエルフは、ちょっと瘦せっぽちだったけど、まあ普通のエルフだったわ。あたしみたいなのはそうそういないでしょうし。で、感性も筋金入りのエルフ式だから、子どもの死体の山を見て驚愕した。それで、ヴァンパイアに向かって、実に高尚なる糾弾をしたの。意味、分かる?」
「……言い過ぎたってことだろ」
「あんた、結構かしこいわね……その通りよ。馬鹿な娘よ、自分の立場も忘れて。やつは完全にブチ切れちゃって、その娘の上あごと下あごを掴んで思いっきり」
「うわ、やめろよ!いいよ、詳細に話さなくて」
「そう?ざーんねん、なかなか見物だったのに……まあ、その後は大変だったわ。血の海の中で、あいつは泣き叫びながらのたうち回ってた。吸血衝動でフラフラの時ならいざ知らず、自分の手で、生贄という憐れな存在をぶっ殺したことがたまらなかったみたいね。そう考えると、あいつも相当バカね。全部自分がしたことだってのに……まあけど、チャンスだと思ったわ」
「チャンス?」
「そう。あたしは優しくあいつを諭してあげたわ。あの時のあいつには、あたしが女神に見えたかもね。あいつは、あたしに噛みついた。そしてあたしは、晴れてヴァンパイアになったの」
「は……え?話の繋がりが分かんないんだけど……」
「ま、そうよね。あたしはね、あいつに一つ約束をしてあげたの。その為に、あいつはあたしをヴァンパイアにしたのよ」
「それって、一体……?」
「あいつを殺す事。ヴァンパイアは、ヴァンパイアに血を吸われると、死ぬのよ」
「な……じ、じゃあ」
「ええ。ま、自殺みたいなもんね……あいつの血は、死ぬほどマズかったわ」
アルルカはその時のことを思い出したのか、真っ赤な舌をべーと突き出した。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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