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14-2

14-2


「もういいの。そんなに、必死にならなくて」


ロウランは、土下座でひれ伏すミイラたちに向かって、小さな声で言った。ミイラたちは困惑して顔を上げる。


「ろ、ロウラン様……?」


「……あはは!しょうがないよね。この人には、何を言っても無駄なの。アタシも負けちゃったから、引き留めることもできないしね♪」


ロウランは開き直ったように、いやに明るい声になった。ミイラたちも混乱を隠せないようだ。


「ロウラン様、ですが!」


「なぁに?それとも、何かいい方法が残ってるの?」


「くっ……」


「ね?なら、諦めるほかないかなって」


「ロウラン様……よろしいのですか。この数百年もの間、ずっと待ち続けたマレビトではありませんか」


「……まあ、正直くやしーけどね。でも、アタシも姫なの。潔く負けを認めるよ」


ロウランがきっぱりと言い切ると、ミイラたちはねじ切れるようなうめき声を出した。俺たちはそれを黙って見ている……

ロウランがさっと手を振ると、ずずずっと音がした。振り向けば、さっき閉じた出口への扉が、再び開かれるところだった。


「はい!今度こそ、自由にしてあげるの。安心して、もう途中で閉じたりしないから♪」


「……」


ありがとう、とでも言うべきだろうか?なんて言ったらいいのか分からず、ぐずぐずしている俺を見て、ロウランは困ったように笑った。


「優しいね。でも、今はそれが痛い……ちょっとだけ、一人にしてほしいかな」


そう言われちゃ、かける言葉がなかった。俺の袖を、フランが左手でつかむ。


「行こう。ああ言ってるんだし」


「あ、ああ……」


フランに引かれて、俺は出口へと歩き始めた。途中でちらりとロウランを見たが、うつむいていて、その表情はうかがえなかった。ミイラたちも何も言わなかったけど、それでも無言の訴えは、ひしひしと感じられた。


(これで、よかったのかな……)


もちろん、これでいいんだ。俺たちはここを脱出し、ヘイズたちのもとへ帰れるんだから。ミイラたちには最初から無理だと言ってあったし、こういう結末になったとしても、引け目に感じることは何もない……何もないんだけど。


(……こんな悲しい結末は、嫌だな)


ロウランとあのミイラたちは、この先もずっと、この地の底に囚われ続けるのだろうか。生きる者のいなくなった、過去の町の中に……

出口の、一歩手前。俺はぴたりと足を止めた。わがままなのは、わかってる。けど。


「なあ。なんとか、してやれないかな?」


だけど。こんな悲しい結末、俺はどうしても嫌なんだ。

仲間たちは、一斉に俺の顔を見る。


「なんとか、って……」


フランが呆れたような顔でつぶやく。


「どうするの?気が変わって、あいつのダンナになるって?」


「それは無理だけどさ。あのままほっとくのは、なんてーか……かわいそうじゃないか」


「かわいそうって言っても……」


またか、とフランは肩を落としてため息をつく。ウィルはくすりと笑った。


「くす。まぁ、その方が桜下さんらしいですけど。それに私も、ちょっとは同情しますし。こんな暗くて寂しい所に、ずっとだなんて……」


「だろ?せめて、成仏させてやれればいいんだがな」


「そうですね……」


するとライラが、うーんと眉根を寄せたながら言った。


「成仏ってさ。あのお姫様の未練って、つまり結婚できなかったからってことなんでしょ?」


「ま、まあ噛み砕けば、そういうことかもな」


「じゃあやっぱり、それを解消するには、誰かが結婚しないとダメなんじゃない?」


「やっぱそうかなぁ」


だが、それは実現困難だ。俺は無理だし、だれか代わりを引っ張ってくることもできない。よほどのもの好きが居ればいざ知らずだが……この世界には、マッチングアプリはないだろう。


「逆に考えてみなさいよ」


そう言ったのは、アルルカだ。


「アルルカ?どういう意味だ、逆って?」


「どうしてあたしたちが、あの包帯女に合わせる前提になってるわけ?結婚の儀がどうたらとか、子作りがこうたらとか、全部向こうの勝手じゃない。んなもん全部無視して、こっちの都合に付き合わせりゃいいのよ」


こっちに、付き合わせる……


「……あぁ!それだ!アルルカ、それ採用だ!」


俺はパチンと手を打つと、急いで振り返って走り出し……たいけど、足が動かない。精いっぱいの速度で早歩きして、後ろに戻る。事情が分からない仲間たちは、怪訝そうな顔でついてきた。悪いが、説明は後だ。


「ロウラン!」


俺たちが戻ってくると、ミイラたちはいっせいに顔をがばっと上げた。だがロウランは、うつむいたままこちらを見ない。


「……ほっといてって言ったの。何しにきたの?」


「ロウラン。確かに俺は、お前と結婚して、ここに骨をうずめることはできない」


「……わかってるよ。だから、何をしに……」


「だけど。お前が運命の相手を見つけることを、手伝うことなら、できるかもしれない」


「……え?」


ロウランがゆっくりと顔を上げて、こちらを見た。


「どういう、ことなの?」


「ロウラン。俺たちと、外に出てみないか」


「外……に?」


「ああ。ここにずっといるより、外の世界に出たほうが、出会いの機会は増えると思わないか?」


「そんな……でも……アタシ、ここを出るわけには……」


「できないのか?」


「……無理、ではないと思うけど……でも、姫はここで、運命の相手を待ち続けるんだって……」


「待つより、自分で迎えに行けよ。大丈夫だって、俺もサポートするからさ」


「……あなた、が?」


「ああ。俺はネクロマンサーだからな。その辺のやつよりは、アンデッドの相談に乗れると思う。俺たちはずっと旅をしているから、出会いの機会も多いだろうし」


「……あなたたちと、いっしょに行くってこと?」


「おう。ここにずっといることはできないけど、お前を連れてくことはできる。ただ、あくまで仲間として、だけどな。あんたを姫様だからって、特別待遇はできないだろうけど、それでもいいなら」


「……」


ロウランは悩むように瞳をさ迷わせた。さあ、俺が言うべき事は全部言った。後は、彼女がどうするかだ。


「あ……アタシ、は……」


ロウランは唇を噛むと、膝の上でぎゅっと手を握り合わせる。


「ロウラン様」


すると、そんなロウランに、ミイラの一人が声を掛けた。


「ロウラン様。どうか、心惹かれるままにご決断ください」


「え……でも……」


ロウランはすがるような視線をミイラに向けた。親に助けを求める子どもみたいな仕草だ。


「でも……いいの、かな」


「ロウラン様は、もう十分すぎるほどの時を耐え続けました。ロウラン様に文句を言う者など、誰もおりませんとも」


「……」


ロウランはゆっくりとまばたきをすると、握り合わせた手を顔の前に持ってきて、祈るような姿勢を取った。何を考えているんだろう?悩んでいるのか、それとも何かに許しを乞うているのか。俺もミイラも、ただ黙って、その姿を静かに見守る。

ロウランは、ゆっくりと口を開いた。


「……よい姫は、ここでずっと、旦那様を待ち続けなきゃいけない。アタシは、そう教わったの」


「……」


「でも……いいお姫様でいるのは、もう疲れたよ。ここは暗くて、静かで……それに、寂しいの」


ロウランは顔を動かすと、俺をまっすぐ見つめた。


「だから、お願い。アタシを連れて行って」


「っ!……うん。了解した」


六人目の仲間が、我が勢力に加わった瞬間だった。


「じゃ、これからよろしくな。ロウラン」


「うん。よろしく……なの」


俺が差し出した手を、ロウランも掴もうとして……すり抜けた。そういや、この姿は霊体の幻だったっけ。


「っと、そうだった。本体の方も連れて行かないとだな」


『主様、それならば服従もきっちりさせてください』


チリリンと、首元でアニが大きく揺れた。


「アニ。それって、ディストーションハンドを使えってことか?」


『当然です。同行させるのであれば、アンデッドは必ず支配下に置かなくては。万が一があっては困ります』


あー、それはまあ、確かに。俺たちとロウランは、つい数十分前まで激しく戦った仲なわけだし。こっそり夜這いでもされちゃたまんないな。


「えぇっと、ロウラン?さっきも言ったけど、俺はネクロマンサーなんだ。一緒に連れていくとなると、俺の能力を使って、正式に仲間になってもらわなくちゃいけないんだけど……」


「わかったの。何かすればいいの?」


「いや、とくには。本体のほうにさわれればいいだけだ」


「じゃあ、ハコを開けばいいんだね」


ロウランはぴょんと棺の上から下りると、パンパンと手を叩いた。ズゴゴゴ!

石臼のような音がしたかと思うと、棺の蓋がずれ始めた。それと同時に、俺は体の表面に電気が走ったみたいに、びりびりと痺れるのが分かった。ものすごく強い力を感じる……とびきりでかいアンデッドの気配だ。やっぱりこの棺のせいで、気配が遮断されていたんだな。

きらびやかに装飾された棺が開き、ついにその中があらわになる。絶世の美女だったという、ロウランの本体の姿は、はたして……




(こっっっっっっっっっっっっっわ!!!!!)


俺は思わず叫び出しそうになるのを、すんでのところで堪えた。さすがにぎゃー!と悲鳴を上げたら、ロウランもいい気はしないだろう。

ロウランの本体は、何の配慮もなく直球で言えば、干からびた死体そのものだった。目は落ちくぼみ、皮膚は骨に張り付いて、死蝋と化している。髪は擦り切れた糸の塊のようだ。当時の美貌の面影は、はっきり言って一ミリもない。

俺の後ろから中を覗き込んだウィルは、ひっと息をのんだところで無理やり口を押さえつけ、結果としてしゃっくりを始めた。ひっく、ひぃっく!


(まあでも、当然か。ウン百年も経ってるんだもんな)


当時のロウランがどれだけ美人でも、死後もその美しさが保てるわけじゃないってことか。もと居た世界のミイラでも、形を保っていれば上出来みたいに言われていたしな。


「これでいいの?」


霊体のロウランは、愛らしい顔で俺を見つめてくる。たぶん本来は、こっちの顔だったんだろうけど……どうしよう。これで本当に、結婚相手が見つかるんだろうか?えーい、悩むのはこれからいくらでもできる!今はとりあえず、ちゃっちゃと終わらせてしまおう。


「ああ、大丈夫だ。ロウラン、いちおう断っとくけど、体に触るからな?」


「うん……いいよ」


ロウランがうなずいたので、俺は恐る恐る(でも、あんまり怖がっているとは思われない程度の速度で)手を伸ばし、ロウランの胸の真ん中……すなわち、彼女の魂の上に右手を乗せた。


「ひさびさだな……いくぞ。我が手に掲げしは、魂の灯火(カロン)!」


ヴン。俺の右手が、陽炎のように揺らぎ、輪郭を失う。


「汝の悔恨を我が命運に託せ。対価は我が魂……!」


輪郭を失った右手は、ずずずっと、ロウランの体の中に入り込んでいく。その奥の、彼女の魂に、触れるかのように……


「響け!ディストーション・ハンド!」


ブワー!俺の右手が、魂までもが震え、ロウランの魂と共鳴していく。今までのどれよりも、一番強い共鳴だ。俺は右腕だけじゃなくて、全身まで鳴動しているように感じた。

やがて俺の脳裏に、チカチカと、何かの映像のようなものが流れ始めた。


(これは……ロウランの、記憶か)


大きな音が聞こえてくる……ワアァァァァ。歓声だ。割れんばかりの歓声が、あたりを包み込んでいる。俺は晴れやかな気持ちで、みんなに手を振っている……いや、この場合はロウランが、か。これはロウラン視点から見た過去の記憶だから。

ロウランがにこやかに微笑むと、歓声はより一層大きくなった。ものすごい音量が、高い天井に反響している……あ、ここって。上でラミアに襲われたときの、あのホールじゃないか?


場面が変わった。あたりは群青色で包まれていて、きらめく星のようなキラキラがそこかしこでまたたいている。一瞬、夜空かと思ったが、ここはロウランと戦った最後の部屋だ。

部屋の中央に、色とりどりの宝石で装飾されたきらびやかな箱が置かれていて、ロウランはそこに向かって歩いている。箱の傍らには、全身真っ黒な格好の人物が一人立っていた。顔も黒いベールで被われているので、年齢も性別も一切分からない。


「ロウラン様」


黒子が声を出す。おや、意外と若い声だぞ。低めだが、女の声だろう。その黒子女は、箱の中へ入るように促した。ロウランはそれに従い、箱へ足を差し入れる。中はシルクのようにすべすべの布で覆われ、尚且つ綿が敷かれているのか、ふかふかだった。

ロウランが箱の中で横になると、のぞき込むように黒子女がこちらを見下ろす。


「ロウラン様。それでは、これから眠りの魔術を掛けさせていただきます」


「うん……ねえ、痛くはないんだよね?」


「もちろん。夜寝るよりもすばやく、安らかですよ」


「そう……うん、それなら安心なの。もう、思い残すことはなんにもない……」


ロウランは穏やかな声で、瞳を閉じた。


「左様ですか。では、術を進めてまいります」


黒子女はシュルシュルと衣擦れの音を立てると、何やらぶつぶつと唱え始めた。魔法を掛けようとしているんだろう……ロウランがつぶやく。


「……旦那様、すぐ来てくれるかな。退屈にならないか、不安なの」


すると黒子女は、詠唱がひと段落したタイミングで、くすりと笑った。


「そうですね。あまり時間はかからないかと存じますが、それでは一つ助言を。夢を、ご覧ください」


「夢、なの?」


ロウランがぱちりと瞳を開いた。黒子女は、顔のベールを取って、両手をロウランの顔の上に掲げていた。その女の顔を見てみると……


(えっ!?)


その顔に、俺は見覚えがある。今と服装は違うが、真っ黒な格好はここでも同じだ……


(ペトラ?)


あの、荒野で出会った黒い旅人と、目の前の黒子の顔は、瓜二つだった。同一人物?いや、馬鹿な。ロウランのこの記憶は、数百年前のものだ。ありえない。

ペトラそっくりの女は、穏やかな微笑みを浮かべていた。


「そうです。次にあなたが目を開けた時、その瞳に映る人は、あなたを心から愛する者でしょう。その時のこと夢見ながら過ごせば、わずかな時間など風のように過ぎていくはずです」


「そっか……うん、そうなの!ふふふ、なんだか今から楽しみ!」


「それはよかった。さあ、ですがまずはお眠りにならないと。瞳を閉じてください。もう術が完成します」


「はーい」


ロウランは再び瞳を閉じた。俺は胸の中に、満ち足りた気持ちが広がるのを感じた。それと同時に、ワクワクするような、ちょっぴりドキドキするような、期待感も。

黒子女が何かをつぶやくと、ロウランの意識はすぅっと、眠るように闇の中へと沈んでいった。


ロウランの記憶は、ぷっつりとそこで途切れた。



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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よければ見てみてください。


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